リベラルをどう考えるか

2017年11月19日 (日)

非リベラルな言動(2)足立康史代議士(続)/リベラルをどう考えるか(7)

余りにもお粗末ではあるが、選挙で選ばれた「選良」であろうから、やはり批判しなくてはならない。
「朝日新聞、死ね。」とツイートして批判を浴びた足立康史氏である。
⇒2017年11月15日 (水):非リベラルな言動(1)足立康史代議士/リベラルをどう考えるか(5)

もともと問題発言の多い人だった。
以下のような画像のツイートがある。
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17日の衆院文部科学委員会の質疑では、自民党、立憲民主党、希望の党の議員3人の名前を挙げて「犯罪者」と指摘した。
憲の福山哲郎幹事長と希望の玉木雄一郎代表、自民の石破茂元幹事長である。
足立氏は3党の国会対策委員長に「つたない表現だった」と謝罪の上発言を撤回すると共に、維新および足立氏は議事録から問題のあった発言を削除することに応じる方針だという。
しかし、それで済ませて良い問題だとは思えない。

この件についての足立氏の「反省」は次のようなレベルである。
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家族を持ち出して何を言いたいのだろう?
足立氏は「総理の意向」文書は捏造として、朝日新聞に対する批判は継続すると言う。

足立氏はこの質疑で、「総理のご意向」などと記された文部科学省の文書の存在を報じた朝日新聞の記事についても、「捏造(ねつぞう)」と繰り返していた。ただ、この発言については17日、国会内で記者団に「撤回の考えはない」としたうえで、「今も捏造だと思っている」と語った。
足立議員が「犯罪者」発言を謝罪 「捏造」は撤回せず

文書は、とっくに電子書籍化されて市販されているのである。
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⇒2017年6月12日 (月):加計疑惑(18)最初のボタンの掛け違い/アベノポリシーの危うさ(231)

足立氏は、この内容全体が捏造と言うのだろうか?
だとしたら、エビデンスを示すべきではないか。
まさか「悪魔の証明」などとは言うまい。

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2017年11月17日 (金)

山本一郎氏の意見/リベラルをどう考えるか(6)

山本一郎という人が、「文春オンライン11月16日号」に『「日本のリベラル」は科学で再興されるべき』という文章を書いている。
山本氏は、同誌によれば以下のようなプロフィールである。

1973年生まれ。作家、個人投資家。東京都出身。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わりつつ、介護と子育てと投資と研究に人生を捧げている。

山本氏は「中島岳志さんと現代日本を読み解く政治学(江川紹子) - Yahoo! ニュース個人」を材料に論議を進めている。
中島氏については、リベラルのポジショニングについての見方を紹介したことがある。
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横軸はリベラルとパターナルという価値観。
リベラルは、基本的に個人の内的な価値の問題について権力は土足で踏み込まないという原則を持つ。
その反対語は、保守ではなくてパターナルで、価値を押しつける権威主義や父権制といった観念のことで、これは夫婦別姓、LGBT(性的少数者)の権利、歴史認識の問題などに現れやすい。
⇒2017年10月18日 (水): 総選挙終盤の情勢/日本の針路(345)

山本氏は、以下のように中島氏の見方を批判する。

「リベラルとは何か」という定義までは正しく、日本社会が追求するべき理想としてのリベラルを持ち上げるところまでは分からないでもないのですが、その定義にそって日本政治を分析するところで共産党までリベラル政党に押し込んでいて、自民党や公明党は倒すべき権威主義政党だと言い切るような内容になっているようにも見えます。

自民党が権威主義ではないと言いたいのであろうか?
そうでもないらしい。

もちろん、いまの自民党政治を見て権威主義的でないとは思いません。野党の質問時間削ってどうするんだとか、憲法改正の自民党私案はいくらなんでもゴミすぎるだろとか、突っ込みたいところは山ほどあるのが問題です。ただ、本当に権威主義的なら安倍ちゃんはバンカーで転んで世界から爆笑されても放置するような真似はしません。どう考えても中国共産党やトランプさんのほうがよほど権威主義的です。

一党独裁の中国共産党や「アメリカ・ファースト」を主張し続け、「パリ協定」から脱退したトランプ大統領が「価値を押しつける権威主義」であることは確かだろう。
しかし「バンカーで転んで世界から爆笑されても放置するような」安倍ちゃんは、権威主義ではないと言えるか?
日本の永続敗戦を是認し、自国民にもそれを求める権威主義のように思える。

山本氏は公明党に対して、驚くほど寛容である。

 公明党にいたっては、その存在自体が、宗教団体である支持母体を持ちながら、拙速な憲法改正に反対、安易な消費税の増税に反対、高齢者支援や出生率改善に努力するべきという政策を主張していて、セーフティネット推進側の筆頭のような政党です。そのような政党が自民党と連立を組んでいて与党内野党のようなブレーキ役を果たしていること自体が奇跡というか自己矛盾のような気もしますが、実際そうなっているのだから仕方がありません。ちょっと「リベラルか、パターナルか」という分類で斬れるほど明確な意味を読み解けない政党が公明党だと思います。

宗教団体は一般にパターナルであるし、それを支持母体とする公明党もパターナルであると考えるべきであろう。
「「リベラルか、パターナルか」という分類で斬れるほど明確な意味を読み解けない政党」と言っているが、そもそも上図では公明党の立ち位置は示されていない。
山本氏の言うように「セーフティネット推進側の筆頭」だとするなら、縦軸の問題であって、本来独立な2軸を混同しているのは、無意識なのか意識的なのか。
私は、小池氏が順風とみれば小池氏に近づき、逆風になれば離れるという都議会公明党を見ていると、山本氏のように賛辞を贈る気にはなれない。
⇒2017年11月13日 (月): 創価学会と官邸の関係/日本の針路(353)

江川紹子氏も次のようにツイートしている。
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2017年11月15日 (水)

非リベラルな言動(1)足立康史代議士/リベラルをどう考えるか(5)

リベラルの概念は不定形であるから、人によって認識が異なる面がある。
若い人の中には、「自由民主党」がリベラル陣営だと思っている人も多いらしい。
私の周りの安倍信者は、「リベラルってどういうこと?」とか「枝野は自分は保守だと言っているが」などと、不審そうである。
しかし、非リベラルの好例がある。
足立康志衆議院議員である。

朝日新聞が11月11日に『「加計」開学へ これで落着とはならぬ』という社説を掲載した。
誤解の起きないよう全文を引用する。

 加計学園が愛媛県今治市に計画している獣医学部について、文部科学省の大学設置審が新設を認める答申をした。
 はっきりさせておきたい。
 来春開学の見通しになったからといって、あの「総理のご意向」をめぐる疑いが晴れたことには、まったくならない。
 問われてきたのは、設置審の審査をうける者を決めるまでのプロセスが、公平・公正だったかどうかということだ。
 国家戦略特区の制度を使って獣医学部を新設する、その事業主体に加計学園が選ばれるにあたり、首相や周辺の意向は働かなかったか。逸脱や恣意(しい)が入りこむことはなかったか――。
 こうした疑念に白黒をつけるのは、設置審の役割ではない。教員の年齢構成や経歴、科目の体系などを点検し、期待される教育・研究ができるかを専門家の目で判断するのが仕事だ。見る視点や材料が違うのだから、特区選定の正当性を裏づけるものにならないのは当然だ。
 むしろ、きのう公表された審査資料によって、見過ごせない事実が新たに浮上した。
 設置審は今年5月の段階で、加計学園の計画について、抜本的な見直しが必要だとする「警告」を突きつけていた。修正できなければ不認可になる問題点を七つも列挙していた。
 政府は国会などで「加計の計画は、競合する他の大学よりも熟度が高いと判断した」と説明してきた。設置審の見解とのあまりの乖離(かいり)に驚く。
 七つの指摘の中には「ライフサイエンスなど新分野の人材需要の動向が不明」なことも含まれる。これは、2年前の閣議決定に基づき、設置審にかける前に、特区の審査段階でクリアしておかねばならない条件だったはずだ。設置審はまた、四国地方における獣医師の需要見通しの不備にも言及していた。
 これらの重要な点を積み残したまま、なぜ加計学園は特区の認定を受けられたのか。政府に「丁寧な説明」を強く求める。
 安倍首相は先の衆院選の際、街頭演説では加計問題にほとんど触れず、「国会があるのでその場で説明させてほしい」と述べていた。この特別国会で約束を果たす義務がある。
 問題の発覚から半年。疑問は解消されず、むしろ膨らむばかりなのに、学園の加計孝太郎理事長は公の場で一度も説明していない。野党が国会への招致を求めるのはもっともである。
 首相も理事長も、逃げ回っても問題は消えてなくならない。「どうせ国民は忘れる」と高をくくってもらっては、困る。
「加計」開学へ これで落着とはならぬ

これについて足立氏が次のようにツイートした。
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足立氏が朝日新聞と違う意見を持っているのは良いとしても、代議士という性格上、言論機関に対して「死ね。」という発言は許されないだろう。
朝日新聞神戸支局で起きた「赤報隊事件」のことを想起する人もいるのではないか。
殺人教唆と取られ兼ねまい。

足立氏は次のように弁解している。
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きっこ氏は次のように言っている。
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設置審の認可が疑惑の払拭にはならないことは当然である。
⇒2017年11月 3日 (金): 加計疑惑(56)大学設置審認可へ/アベノポリシーの危うさ(315)
⇒2017年11月11日 (土): 加計疑惑(57)韓国人枠の評価/アベノポリシーの危うさ(316)

朝日新聞の社説は極めて真っ当であり、風評などではない。
疑惑についての国会論戦を避けているのが、自民党・官邸側であることからも、誰が隠蔽したいのかが分かる。

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2017年11月 9日 (木)

リベラル・アーツとの関係(3)/リベラルをどう考えるか(4)

社会で要請される知識は、本来「理系」とか「文系」とかという枠とは無関係である。
理系の知識も文系の知識も学ぶ文理融合系や、学際系の学部が誕生しているのは必然であると言える。

複数の学問的(学際的)な視点から学んだり、一つの専門領域を深く学びつつ、それを支える複数の学問領域を学ぶ学部は昔から存在した。
東京大学に教養学部があり、現在は大学院総合文化研究科と一体的に運用され、東京大学大学院総合文化研究科・教養学部と称している。
ICU(国際基督教大学)の教養学部 アーツ・サイエンス学科が私の受験生の頃から設置されていた。

かつて文理学部という学部が多くの地方国立大学を中心に存在した。
それが専門化の必然的な結果ではあるのだろうが、ほとんどが例えば文学部と理学部へと分化した。
いま、秋田の奇跡と称される国際教養大学が見事に成功しているのを見ると、いささか残念のような気がする。

リベラルアーツ系学部の新設としては、山梨学院大学の国際リベラルアーツ学部新設を紹介したことがある。
⇒2014年6月24日 (火):遠藤麟一朗とリベラルアーツ/知的生産の方法(98)
また、「情報」「環境」「社会」「人間」「文化」などの付した「新リベラルアーツ系」も増えている。
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【文系でもない理系でもない新しいリベラルアーツとは】いま注目されるリベラルアーツ教育の新しい波

この傾向は、安倍首相の教育改革の理念の真逆の方向性である。
⇒2017年11月 5日 (日):リベラル・アーツとの関係/リベラルをどう考えるか(2)
奇しくも小泉進次郎自民党副幹事長から、安倍首相の政治手法に疑問が投げかけられている。
これをガス抜きと見る人もいるが、問題の根は深いところにあるのではなかろうか。

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2017年11月 6日 (月)

リベラル・アーツとの関係(続)/リベラルをどう考えるか(3)

私は、安倍政権の考え方は、基本的にリベラル・アーツとは馴染まないと考える。
安倍首相に近い自民党議員の勉強会「文化芸術懇話会」がそれを証明している。
2015年9月の総裁選が無投票であったことに勢いをえて、安倍首相は首相側近の加藤勝信・官房副長官と萩生田光一・党総裁特別補佐を同会の「顧問格」に据え、会の拡大を図った。

同会の基本的な性格として、Wikipediaに次のような説明がある。

2015年5月には自由民主党の若手リベラル国会議員により「過去を学び、分厚い保守政治を目指す若手議員の会」が立ち上げられた現状を憂えた若手タカ派によって結成された勉強会である。

自民党内のリベラル狩りであり、希望の党の先駆だったと言える。
⇒2017年10月 4日 (水):「希望の党」のミッションはリベラル狩り/日本の針路(337)

同会の初会合の講師は、なんとあの百田尚樹氏であった。

2015年(平成27年)6月25日に行われた初回会合の出席者には、総裁安倍晋三に近い議員も多く、同年9月に行われる予定の総裁選挙を前に、安倍の無投票再選の機運を高める狙いがあるとされた。
出席者からは、安保法案を批判する報道に関し「マスコミをこらしめるには広告料収入をなくせばいい。文化人が経団連に働き掛けてほしい」「悪影響を与えている番組を発表し、そのスポンサーを列挙すればいい」との声が上がり、「安全保障関連法案をどうわかりやすく説明したらいいか」との質問や「(安保関連法案を違憲とする)憲法学者や元内閣法制局長官に全く権威はない」との声が出たという。
また、講師として招かれた作家の百田尚樹は、集団的自衛権の行使容認に賛成の立場を表明した上で、政府の対応について「国民に対するアピールが下手だ。気持ちにいかに訴えるかが大事だ」と指摘し、「反日とか売国」という表現を使いながら、「日本を貶める目的をもって書いているとしか思えないような記事が多い」と指摘すると、参加議員から「そうだ、そうだ」と賛同の声が上がったという。さらに、百田は、沖縄県の地元紙・沖縄タイムスと琉球新報の2紙が政府に批判的だとの意見が出たことに対して、「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない。あってはいけないことだが、沖縄のどこかの島が中国に取られれば目を覚ますはずだ」と主張した。
Wikipedia

まるで質の悪い右翼の集会のようである。
百田尚樹氏は、数多くのベストセラーを持つ作家であり、大衆の心を捉える術に長けている。
しかし、それはヒトラーに通じるものであると言うべきであろう。
⇒2014年11月21日 (金):百田尚樹の『殉愛』の売り方/知的生産の方法(110)
⇒2014年11月22日 (土):クリティカル思考の反面教師としての百田尚樹/知的生産の方法(111)
⇒2014年11月28日 (金):安倍首相の盟友・百田尚樹の馬脚/日本の針路(76)
⇒2014年12月 6日 (土):誰が百田尚樹の首に鈴を付けるのか/日本の針路(80)

百田尚樹氏は、安倍首相の肝いりでNHKの経営委員を務めていた。
いかに安倍首相が見識を欠くかの好例であり、モリカケ疑惑の本質を示唆する人事であった。
百田氏については、以下のような相関図を紹介したことがある。
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⇒2014年12月29日 (月):百田尚樹の正体?/人間の理解(8)

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2017年11月 5日 (日)

リベラル・アーツとの関係/リベラルをどう考えるか(2)

リベラルという言葉に関係する言葉として思い浮かぶのは「リベラル・アーツ」である。
リベラルアーツとは何であろうか?

文部科学省は国立大学改革の方向性として“文系不要論”を打ち出している。
即戦力にならないというのが理由であるが、大学を職業教育機関として「だけ」位置づける発想が理解できない。
⇒2015年6月19日 (金):文科省の国立大学改革通知はナンセンス/日本の針路(181)
⇒2015年9月14日 (月):文系学部狙い撃ちの愚/知的生産の方法(126)
⇒2015年12月29日 (火):「知のあり方」が問われた年/知的生産の方法(139)

安倍政権の基本政策の1つに「人づくり革命」がある。
⇒2017年8月18日 (金):改造内閣(4)内閣の基本方針/アベノポリシーの危うさ(278)
しかし、モリカケ疑惑に頬被りして、どのような「人づくり革命」を行なおうとするのだろうか?
ドイツメルケル首相との対比で、安倍首相の教育認識を問うた西川伸一氏の『ドイツ科学の卓越性の秘密:Nature 最新号の記事を読んで』が話題になっている。

安倍政権の下での急速な知力の低下が危惧されているのである。
⇒2017年9月23日 (土):日本の研究力(知的生産力)の低下を憂う/日本の針路(329)

安倍首相の認識が端的に表出されているのは、平成26年5月6日にOECD閣僚理事会で行った「安倍内閣総理大臣基調演説」である。
もっともらしいような言葉が並んでいるが、「学術研究を深めるのではなく、もっと社会のニーズを見据えた、もっと実践的な、職業教育を行う。そうした新たな枠組みを、高等教育に取り込みたいと考えています」というのである。
⇒2017年9月13日 (水):安倍首相の教育改革認識/アベノポリシーの危うさ(279)

要するに「教養教育は不要」というに等しい。
教養教育とは、専門分化する前に学ぶ課程である。
昔は大学の学部の前半を「教養学部」と称することが一般的だったが、現在は各大学でそれぞれのネーミングを付けているようである。

教養教育とは、リベラル・アーツ教育である。

リベラルアーツとは、奴隷制を有した古代ギリシャやローマで「人を自由にする学問」として生まれた。5~6世紀の帝政ローマの末期には、言葉に関わる「文法」「修辞学」「論理学」の3つと、数学に関わる「算数」「幾何」「天文」「音楽」の4つで、併せて「自由7科」という考え方が定着した。これらが奴隷でない自由人として生きていくために必要な素養とされたのである。古代では、音楽も数学的な知識として分類されているのが興味深い。このリベラルアーツは日本では教養と訳されることが多い。
大学の教育は一般的に専門教育と教養教育で構成される。経済学部なら経済学、法学部なら法学、理学部なら物理学や数学等の専門を学ぶと同時に、社会人として必要な教養を身につけるために、専門以外の知識を幅広く身につけるための「教養科目」が置かれているのだ。だから大学に入学すると、この教養科目群と専門科目群の双方から一定の単位数を卒業までに修得する必要がある。
・・・・・・
こうした専門教育とセットになった教養教育を行うのではなく、4年間を通じて教養教育のみを行う大学がある。アメリカではこのような大学をリベラルアーツ・カレッジと呼ぶが、ハーバード大学などの名門アイビーリーグなどがそれに該当する。
【文系でもない理系でもない新しいリベラルアーツとは】いま注目されるリベラルアーツ教育の新しい波

東京大学合格を目指して、国立情報学研究所などが開発してきた人工知能「東ロボくん」の弱点は、リベラル・アーツの不足であった。
⇒2016年11月18日 (金):「東ロボくん」とリベラル・アーツ/知的生産の方法(164)

大学誘致が「地方創生」の切り札のように考えられているが、実際に成功しているのは、中嶋嶺雄氏が尽力した秋田国際教養大学など、限られているようである。
同大学は、ユニークなカリキュラムで知られるが、リベラル・アーツ教育の典型であると思われる。
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AIU SPIRITを育む国際教養大学の5つの特徴

高い山のためには豊かな裾野が必要である。
高等教育の職業教育化を推進することは、日本の衰退を招くことになるだろう。

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2017年11月 4日 (土)

総選挙とリベラル派/リベラルをどう考えるか(1)

総選挙で立憲民主党が健闘したことから、リベラルが話題になっている。
産経新聞の『【衆院選】日本だけ特殊、「リベラル」の意味-本来の語義から外れ「憲法9条信奉」「空想的平和主義」か』を見てみよう。

 リベラルという言葉が盛んに使われるようになったのは、衆院解散が目前に迫った先月下旬、民進の前原誠司代表が「安倍晋三政権に勝つため、野党勢力を結集させる」と、小池百合子東京都知事が代表を務める希望の党への合流を模索して以降のことだ。
 小池氏は、憲法観の一致や集団的自衛権の限定的な行使を認める安全保障関連法への賛成を「踏み絵」として提示。受け入れを拒否した左派が「リベラル派」と呼ばれるようになり、枝野幸男氏(53)=埼玉5区=による「リベラル新党」立民の設立につながった。立民は主張が近い共産や社民と連携を深め、全国の249選挙区で候補者を一本化。これら3党がリベラル勢力と呼ばれている。
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 『広辞苑』によると、「リベラル」とは、「個人の自由、個性を重んずるさま。自由主義的」、『大辞泉』は「政治的に穏健な革新をめざす立場をとるさま」とする。実際に使われている意味と語義が異なる背景には、「リベラル」が特殊な意味で語られることが多かった日本ならではの事情があるという。
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 外国でのリベラルという言葉の使われ方は日本と異なる。日本大の岩井奉信(ともあき)教授(政治学)によると、米国では少数者の権利や福祉政策を重視する立場を指すことが多く、欧州では国家の市場への介入を防ぐ経済的な意味が強い。
・・・・・・
 今回の衆院選では、自民、公明、希望、維新4党を「保守派」、共産、立民、社民3党を「リベラル派」と位置づけて語られるケースが多いが、岩井教授は「対決の構図を作るための色分けにすぎず、本来の意味からかけ離れている」と批判。「政治家の発言や政党の公約を見極めて投票先を選ぶことが重要だ」と有権者に呼びかけている。

よく分からないのが、日本大岩井奉信教授の言葉だ。
「政治家の発言や政党の公約を見極めて投票先を選ぶことが重要だ」としながら、「対決の構図を作るための色分けにすぎず、本来の意味からかけ離れている」と批判する。
「政治家の発言や政党の公約」から「対決の構図を作った」のだとすれば、「政党の公約を見極め」る上で、参照すべきではなかろうか。

産経新聞によれば、リベラルは本来は「自由主義的に穏健な革新をめざす立場」を指すが、日本では異なって用いられている。
憲法改正に関して、9条を変えることに反対しているのが「日本のリベラル」であり、それはむしろ保守的である、と言いたいようである。

この論点に限れば、この指摘は当たっていると言えよう。
総選挙において、小池氏の「踏み絵」を踏まなかった人たちがリベラルと言われている。
特定秘密保護法、集団的自衛権の行使、共謀罪等は一連の流れである。
明らかに、「個人の自由、個性を重んずるさま。自由主義的」と真逆の方向性である。
まさに、本来の意味におけるリベラルである。

踏み絵はリベラル勢力を「排除」するものであったのである。
小池氏が「反安倍」を主張しても、それは立場・価値観の差というよりも、勢力争いなのである。
⇒2017年10月 4日 (水):「希望の党」のミッションはリベラル狩り/日本の針路(337)

世界的なレベルで、リベラルは退潮だという。
しかし、今こそリベラルの価値が重要化していると言える。
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東京新聞10月3日


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