永続敗戦の構造

2016年12月20日 (火)

米軍のオスプレイ飛行再開を追認/永続敗戦の構造(8)

在沖縄米軍は19日、米軍普天間飛行場所属の新型輸送機オスプレイの飛行を再開した。
13日夜に沖縄本島北部沿岸部で起きた事故からわずか6日後である。
⇒2016年12月15日 (木):オスプレイ事故と根拠ない安全主張/永続敗戦の構造(7)

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東京新聞12月20日

在沖縄米軍トップのニコルソン沖縄地域調整官は「安全性と信頼性に米軍は高い自信を持っている。そのことを日本国民が理解することが重要だ」との談話を発表した。
事故直後の「感謝すべきだ」という発言同様の上から目線の言い方である。
菅義偉官房長官も記者会見で、米側が「オスプレイの機体自体に問題はない」としている点を踏まえ「米側の説明は防衛省、自衛隊の専門的知見に照らし合理性が認められる。再開は理解できる」と強調したが、「安全性と信頼性に米軍は高い自信を持っている」と言っても、繰り返し起きている事故が事実を示している。

翁長雄志知事は「一方的に再開を強行しようとする姿勢は、信頼関係を大きく損ね、到底容認できない」と猛反発した。
オスプレイは陸上自衛隊も17機導入し、千葉県の陸自木更津駐屯地では普天間に配備された米軍の24機の定期整備も始まる。
米軍横田基地(東京都)にも米空軍特殊作戦用機が配備され、オスプレイは日本の空を飛び回る。
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オスプレイの飛行再開 事故6日後、原因究明を後回し 政府追認


危険にさらされるのはもはや沖縄県だけではない。
すべての国民が直視すべき現実であり、米軍の見解を一方的に追認する政府は、民意と大きな乖離がある。

安倍晋三首相は原因の徹底的な究明を求めるとしていたが、米軍は事故原因の全容を明らかにする前に、オスプレイの飛行を再開した。
稲田朋美防衛相は、「抑止力の向上」を優先させ、再開を了承したが、「頼りない稲田防衛大臣」の印象を益々強めたと言えよう。
⇒2016年12月 4日 (日):不適格大臣列伝(4)・稲田朋美防衛相-2/アベノポリシーの危うさ(111)

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2016年12月15日 (木)

オスプレイ事故と根拠ない安全主張/永続敗戦の構造(7)

起こるべくして起きた事故と言えよう。
沖縄県名護市沖で米軍の垂直離着陸輸送機オスプレイが「不時着」した。
米側は「コントロールを失った状況でなく自発的に着水した」と墜落の可能性を否定するが、大破した姿を見れば、墜落に限りなく近いだろう。

米海兵隊は報道発表文で「キャンプシュワブ沿岸の浅瀬に着水した」と発表し、防衛省も広報文で「不時着水」との表現を使っている。しかし現場の海岸浅瀬に横たわっている事故機をみると、真っ二つに機体が折れて大破し、回転翼も飛び散って原形をとどめていない。制御不能で墜落したとしか考えられない状態だ。米軍準機関紙「星条旗」は今回の事故を「墜落(クラッシュ)」と報じ、琉球新報も紙面では当初から事故を「墜落」と報じている。
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これが不時着? 機体真っ二つ 沖縄名護東沿岸のオスプレイ事故

オスプレイは、米国本土やアフガニスタン、ハワイなどでは墜落、不時着事故が相次いでいる。
安全性と効率性は、一般論として、トレードオフの関係と言えよう。
軍用が効率優先になるのは分からないでもないが、十分な安全性が確保できないものを、生活圏の中でオペレーションするというのは狂気の沙汰である。
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東京新聞12月15日

現場は米側が規制線を張り、機動隊は米軍の意向に沿って立ち入りを制限する。
絵に描いたような「永続敗戦の姿」である。
取材しようとする記者たちもそれに阻まれている。
オスプレイは、沖縄だけの問題ではない。
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東京新聞12月15日

安全性を強調してきた政府の信頼性が失墜した。
今こそ、アメリカとの軍事同盟のあり方を再検討すべきではないだろうか。

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2016年11月 2日 (水)

政権はなぜTPPの承認を急ぐのか/永続敗戦の構造(6)

山本有二農相が1日夜の自民党議員のパーティーで、TPP承認案に関する自身の「強行採決」発言を念頭に「冗談を言ったら首になりそうになった」と述べ、与野党から批判を浴びている。
山本氏は10月18日夜、佐藤勉衆院議院運営委員長のパーティーで、TPP承認案などの衆院審議を巡り「強行採決するかどうかは佐藤氏が決める」と発言し、その後、撤回して謝罪している。
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東京新聞11月2日

「冗談も休み休み言え」とはこのことだろう。
さすがに公明党の漆原良夫中央幹事会会長も記者会見で、「不誠実な言動の積み重ねが安倍晋三内閣の体力を奪っていくということを認識してもらいたい。猛省を促したい」と指摘し強い不快感を露わにした。
まったく驕りという以外にないが、安倍内閣の本質を示したという意味では、勲一等かも知れない。

こんな状況にもかかわらず、政府・与党は、環太平洋経済連携協定(TPP)の承認案と関連法案を4日の衆院本会議で採決する方針を固めたという。
賛成多数で可決され、同日中に参院に送られる見通しで、政府・与党が目標に掲げてきた8日の米大統領選前の衆院通過によって、承認案と関連法案の今国会での成立が濃厚になった。

承認案と関連法案の審議時間は参考人質疑を含め、与党が当初、めどとした40時間を上回ったことをもって、審議を尽くしたということのようであるが、全体として不透明感が漂っていることは否めないであろう。
しかし、承認案は参院の審議がずれ込んでも、憲法の規定に基づき、衆院通過から30日で自然成立するから、11月30日に会期末を迎える臨時国会を小幅延長すれば自然成立する。
政府が関係国に承認書を出すことで国内の締結手続きは終わる。

しかし、アメリカの世論はTPPに批判的で、有力大統領候補のトランプもヒラリーも反TPPの姿勢を強調している。
さらにオバマ大統領が任期中にTPP発効の承認を議会で得ることは難しく、アメリカが批准する可能性はゼロに近づきつつある。
他の国の状況はどうか。
TPPを批判するニュージーランド・オークランド大のジェーン・ケルシー教授が講演し、参加12カ国の批准に向けた国内手続きの現状を説明した。

Tpp_2 ケルシー氏は、米国による批准が見通せないため、ベトナムは年内完了を予定していた国内手続きを来年に先送りしたと指摘。さらに、オーストラリア、カナダ、ペルー、メキシコ、チリの五カ国も米国の政治状況を見極める姿勢を取っていると述べた。「(米国以外の)過半数が先に進まない状況だ」と強調した。
 国内手続きを急ぐ国としては、日本とニュージーランドを挙げ「オバマ政権のチアリーダーのようだ。なぜ米国がどうなるのか見極めようとしないのか」と疑問を投げ掛けた。ニュージーランドでは国内関連法案が来週にも成立する見通しだと明らかにした。
 外務省によると、TPP参加十二カ国のうち、日本のように協定本体の国会承認が必要な国は七カ国。国内関連法案の成立が必要なのは十一カ国。ブルネイは国会の関与は不要だが、別の国内手続きが必要。参加十二カ国の中で、国内手続きを終えた国はない。
 TPPは「十二カ国の国内総生産(GDP)の85%以上を占める六カ国以上」が国内法上の手続きを終えると発効するため、経済規模一位の米国の国内手続きは不可欠。しかし、米国では民主、共和両党の大統領候補がそろってTPPに反対を表明。国内手続きのめどが立っていない。
TPP承認「日本なぜ急ぐ」 NZの教授が講演で説明

なぜ安倍政権はTPPに前のめりになっているのだろうか。
TPPはアジア版北大西洋条約機構(NATO)との見方がある。

安倍首相は、去年6月の国会で、江崎孝議員(民主党・参議院議員)の質問に対して、「私がアジア版NATOと言ったか、証拠を見せろ!」と激高する醜態を演じました。
よほど、痛いところを突かれたのでしょう。みるみる顔を紅潮させて唇を震わせる様は、視聴者にとって、「見てはいけないものを見てしまった」ような心境だったでしょう。
事実、江崎議員が指摘する3ヶ月前に、「目指せ『アジア版NATO』 首相、石破氏に調整指示 実現へ3つの関門」という見出しの記事が出ているように、自衛隊を「日本版NATO」にすることは、アメリカから安倍内閣に与えられた重要なミッションなのです。
さらに、江崎議員が追及する前の月には、NATOと新連携協定に調印しているのです。
オバマは、「TPP大筋合意」の後、「米主導の貿易ルール作り実現できる」とコメントしましたが、いったい誰がTPPを貿易ルールだと思っているのでしょう。
TPPと安保法制は、「アジア版NATO」を実現するための、なくてはならない両輪なのです。
ウソだったTPPの経済効果。安倍政権の狙いは「環太平洋の軍国化」だ

確かにTPPは、Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement の略である。
Strategicという言葉はあるが、自由貿易を意味するような語はない。
結党以来強行採決したことはないという安倍首相の下で、日本国は軍事化していき、いつか通った道を再び通るのであろうか。

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2016年10月31日 (月)

核禁止条約に反対する日本政府/永続敗戦の構造(5)

核禁止条約の制定を目指す決議案が国連総会の委員会で採決にかけられ、123か国の賛成多数で採択された。
しかし、日本は反対に回った。
唯一の被爆国という立場からすれば、条約をリードするのが自然のように思える。
なぜ反対なのか?

要は、アメリカの意向である。

イスナー通信によりますと、情報筋は、「アメリカは25日火曜、NATOの同盟国に対して、核兵器禁止に関する協議の開始を要請する国連総会の決議草案に反対票を投じ、2017年から協議が始まることになれば、それを無視するよう求めた」と報じました。
アメリカは全ての同盟国に対し、核兵器禁止に関する協議に棄権票ではなく、反対票を投じるよう求めています。
核兵器禁止条約の実効は、アメリカとその同盟国の抑止力に直接影響を及ぼします。
さらに核兵器を装備した国々との共同作戦へのアメリカの同盟国の参加にも影響を及ぼすと見られています。
アメリカが、国連の核兵器禁止決議に反対

政府の立場に近い産経新聞の主張(社説)を見てみよう。

 禁止条約と名付けても、核の脅威を除くことにならない。日本や世界の安全保障を損なう空理空論ともいえる。それが世界平和に寄与するかのごとく、国際機関が振る舞うのは残念な姿である。
 安全保障の根幹を米国の「核の傘」に依存する日本は、決議案に反対票を投じた。国民を核の脅威から守り抜く責務がある、唯一の被爆国の政府として、妥当な判断といえよう。
 中国や北朝鮮などの近隣諸国は核戦力増強に走っている。これが現実の脅威であり、米国の「核の傘」の重要性は増している。
 オーストリアやメキシコなどの非核保有国は、核兵器の開発や実験、保有、使用の一切を禁止する条約の制定を目指してきた。
 それら自体は善意から発するものでも、禁止条約の推進が直ちに核兵器の脅威をなくすことはできない。
 今の科学技術の水準では、核兵器による攻撃や脅しは、核兵器による反撃の構え(核抑止力)がなければ抑えきれない。不本意であっても、それが現実なのだ。
核兵器禁止条約 惨禍防ぐ手立てにならぬ

まあ、考え方の違いではあるが、日本の独自性など必要がないということである。
ハフィントンポストは以下のように論じている。

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生物兵器、化学兵器、地雷、クラスター爆弾、これら非人道兵器は、国際的に使用が禁止されている条約がある。しかし、核兵器を禁止する条約は、未だ存在しない
・・・・・・
外務省幹部の言う“核軍縮のプロセス”とは、「段階的なアプローチが唯一の現実的な選択肢」とするアメリカやイギリスなど核保有5大国のやり方を指す。これに対して、急速に核軍縮を目指す国も存在する。その一つがエジプトを中心とするアラブ諸国だ。
エジプトは1974年に「中東非核地帯構想」を提唱して以来国是としており、2010年には、「(中東の)いかなる国も、大量破壊兵器を保有することで安全が保障されることはない。安全保障は、公正で包括的な平和合意によってのみ確保される」と、自国の立場を明らかにした。
中東非核地帯構想にアラブ諸国は賛同するが、NPTに参加せず、核兵器を事実上保有するイスラエルは、「まず、イランなどに対して適用したあとで、イスラエルに適用すべき」というような趣旨の、アラブ諸国とは異なる立場を取る。
核の存在によって、中東地域でイスラエルが覇権を握ることを警戒するエジプトなどアラブ諸国は、2010年に開かれたNPT再検討会議で、中東の非核化を協議する国際会議を2012年に開催することを勧告する内容を条約に盛り込むことを条件に、NPTの無期限延長を受け入れた。しかし、会議が開かれれば、イスラエルの核保有が問題視されるため、結局国際会議が開かれていない。
今回のNPT再検討会議でも、エジプトらは2016年に中東非核化国際会議を開催することをNPTに盛り込もうと提案。しかし、アメリカがイスラエルを擁護して反発し、国際会議を開催する時期について検討期間がないことや、中東各国が平等の立場で、開催合意に至るプロセスが明確化されていない点などをあげ、国際会議の開催を強引に進めるとしてエジプトを名指しで非難。会議は決裂した。
「核兵器禁止」日本は賛同せず 被爆国なのにどうして?【NPT再検討会議】

まさに永続敗戦の構造の露出である。
東京新聞10月29日付の筆洗を掲出する。
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2016年8月15日 (月)

敗戦記念日の雑感/永続敗戦の構造(4)

天皇陛下は、全国戦没者追悼式に出席され、以下のように述べられた。

過去を顧み,深い反省とともに,今後,戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い,全国民と共に,戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し,心から追悼の意を表し,世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。
主な式典におけるおことば(平成28年)

今年のお言葉は昨年の踏み込んだお言葉から、「深い反省」のみを残し、全体は一昨年以前の「定型」に戻られた。
昨年は、安倍首相の談話等もあったので、かなり意識されたのであろう。
⇒2015年8月15日 (土):安倍首相の「70年談話」を読む/日本の針路(213)
⇒2015年8月16日 (日):追い込まれつつある安倍首相/日本の針路(214)

ゴジラ映画の最新作『シン・ゴジラ』が公開中である。
未見であるが、「シン」は「新・真・神」等の意味で、「現実対虚構」というキャッチコピーに「ニッポン対ゴジラ」というルビが振ってある。
現実の日本に対し、ゴジラは何のメタファー(隠喩)なのだろうか?

東日本大震災からの復興構想会議の議長代理を務めた御厨貴氏は、震災直後に『「戦後」が終わり、「災後」が始まる』という評論を書いた。
震災から5年半経とうとしているが、果たして「戦後」は終わったのか、また「災後」になっているのだろうか?

天皇陛下の生前退位のご意向に対し、日本会議等安倍首相に近い思考の人々が、反発しているという。
日本会議自身のサイトでは、8月2日付で以下のような見解が載っている。

◎いわゆる「生前退位」問題に関する日本会議の基本見解について
七月十三日夜のNHKニュースが「天皇陛下『生前退位』の意向示される」と報じたことを発端として、現在、諸情報がマスコミ各社によって報道されている。しかし、その多くは憶測の域を出ず、現時点で明確なのは、政府および宮内庁の責任者が完全否定している事実のみである。
この段階で、天皇陛下の「生前退位」問題に関連して本会が組織としての見解を表明することは、こと皇室の根幹にかかわる事柄だけに適当ではないと考える。確証ある情報を得た時点で、改めて本会としての見解を表明することを検討する。平成28年8月2日
いわゆる「生前退位」問題に関する日本会議の立場について

ビデオメッセージ公開から1週間経つが、サイトの更新はない。
安倍首相のお気に入り稲田朋美防衛大臣は、「国に命をかける者だけに選挙権を」という反動丸出しの主張をしている。
もちろん、「国民が国に命をかける」のではなく「国が国民の命を守る」のが第一義であるのは言うまでもない。
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福島第一原発事故の教訓を何ら生かすことなく、川内原発に続き、伊方原発を稼働させた。
⇒2016年8月13日 (土):伊方原発3号機再稼働批判/技術論と文明論(62)
福島第一原発事故で、メルトダウンした核燃料(デブリ)をどう処理するのか、未だ方針が立てられていない。
いったん記述された「石棺方式を含め、状況に応じて柔軟に対応する」という計画案が削除された。
状況把握もできていないのが現状で、原発事故はまさに進行中の事態である。
決して「災後」と言える状況ではない。

同様に「戦後」は終わっていない。
日本会議や安倍首相のシンパなどは、戦前の「国体」への回帰が悲願なのだ。
⇒2016年8月 9日 (火):天皇陛下のお気持ちと護憲/日本の針路(285)
⇒2016年8月14日 (日):日本をダメにする日本会議という存在(2)/日本の針路(288)

白井聡氏が『永続敗戦論ー戦後日本の核心』太田出版(2013年3月)で指摘した構造は、より明確になりつつある。
⇒2016年6月 8日 (水):誤りを謝らなくてもいい口実/永続敗戦の構造(3)
⇒2016年6月 6日 (月):伊勢志摩サミットとは何だったのか/永続敗戦の構造(2)

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2016年6月 8日 (水)

誤りを謝らなくてもいい口実/永続敗戦の構造(3)

安倍晋三首相は、1日の記者会見で、来年4月に予定していた消費税率の引き上げについて、「内需を腰折れさせかねない。延期すべきだと判断した」と述べ、2019年10月に再延期する方針を表明した。
首相は15年10月に予定していた10%への引き上げを17年4月に1年半延期する方針を表明した際、「再び延期することはない。はっきり断言する」と述べた。
その後、国会答弁などで「リーマン・ショックや大震災のような重大な事態が発生しない限り確実に実施する」と繰り返してきた。
しかし1日の会見では、「現時点でリーマン級の事態は発生していない」として、従来の発言と整合性がないことを認め、「批判も含めて(参院選で)審判を仰ぎたい」と述べた。
⇒2016年6月 2日 (木):精神鑑定が必要な安倍首相/アベノポリシーの危うさ(75)

新しい判断だと言う。
6月6日の日本経済新聞のコラム「春秋」は言う。

 ある母親と子どもの会話――。「遊ぶのは宿題を済ませてからって、約束したでしょ」「お母さんごめん。まず遊んじゃおうって、新しい判断をしたんだ」。はたまた妻と夫は――。「あなたきょう休肝日じゃないの?」「いやいや毎日飲むぞ。これは新しい判断だよ」▼いま、ちまたでネット空間でこういうジョークがはやっている。発信源はもちろん、われらが安倍首相だ。消費増税の先送りを表明した先日の記者会見で、安倍さんは今回の展開を「新しい判断」と言いつくろった。気持ちはわからぬでもないがちょっと苦しい。今年の流行語大賞に入るのは間違いなし、なんて声もある。
・・・・・・

また、6月2日の東京新聞のコラム「筆洗」は次のようである。

失敗しない人間はいない。それでも謝らなくてもよいとは何とも魅力的な番組ではないか。会社でつまらぬミスをしては上司に叱責(しっせき)される。家庭において生ごみを出し忘れ、妻にうんざりされる。この技術を覚えれば、謝る日々とはおさらばである▼こんな場合を例にその方法を教えていた。絶対にやると言っていた約束を一方的に破る場合の対応である。耳を疑った。そんな場合に謝らないで済む方法などあるはずがない▼ところがである。その方法はあった。講師によると、まずは絶対に「約束を破った」と認めてはならないという。約束を破るのではなく、新しい判断とか、異なる判断をすると言い換える。なるほど間違いを認めなければ、謝る必要もない▼もし約束を守れば、世界の破滅が待っていると恐怖を煽(あお)るのも相手を納得させる効果があるそうだ。世界のリーダーや立派な学者も自分を支持していると加えることもお忘れなく。決めぜりふは「どっちが正しいか、町の意見を聞いてみよう」。これで、そもそも約束を破ったという事実を完全にけむに巻ける。謝らずに済む

「批判も含めて(参院選で)審判を仰ぎたい」というが、そもそも消費増税を嬉しく思う有権者は少ないだろう。
「審判を仰ぐ」と言うならば、アベノミクスと称する経済政策が期待した結果を出していないことを認めて、改めて是非を問うべきだろう。
事実誤認のままでは誤りを拡大再生産する。
戦況が不利であることを認めず、原爆投下を招いてしまった大本営の轍である。
もっとも、廃線も認めず、終戦と言い換えて来たのだから、また同じことだろう。
白井聡『永続敗戦論ー戦後日本の核心』太田出版(2013年3月)で提起された永続敗戦の構造である。
教科書問題を考える 小石川有志の会」が白井氏を招いて行った学習会のサイトに次のずがある。
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柳の下に二匹目のドジョーがいると思っているのだろう。
断固、誤りは誤りであることを認めさせなければならない。

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2016年6月 6日 (月)

伊勢志摩サミットとは何だったのか/永続敗戦の構造(2)

伊勢志摩サミットが終わったが、祭りの後に何が残ったのか。
いろいろ問題はあるが、先ずはオバマ大統領の広島訪問は画期的なことと言えよう。
サミットがなければ実現しなかったと思われる。

サミットの評価は今後の安倍政権の動き方でも変わってくる。
現時点ではっきりしているのは、戦後レジームからの脱却を口にする安倍首相自身が、戦後レジームである永続敗戦レジームに絡め取られ、身動きできないことである。
白井聡氏『永続敗戦論ー戦後日本の核心』太田出版(2013年3月)で提起された永続敗戦の構造を、「教科書問題を考える 小石川有志の会」のサイトを参照しよう。
白井氏を招いて行った学習会の報告である。

白井氏は、「永続敗戦レジーム」は敗戦を終戦と言い換えることから始まったという。

 「敗戦の終戦へのすり替え」がなされなければならなかった最大の理由は、敗戦の責任を有耶無耶にし、敗北必至とあらかじめ分かっていた戦争(対米戦)へと国民を追い込んで行った支配層が、戦後も引き続き支配を続けることを正当化しなければならないという動機であった。
 この策動は、玉音放送において「降伏」や「敗北」といった表現が慎重に避けられたことから早くも開始され、東久邇宮内閣の「一億総懺悔」という標語の提示に見られるように、明確な意図を持って推進されたと言えよう。こうした流れの果てに、敗戦したことそのものが曖昧化され、「敗戦ではなく終戦」というイメージに、日本人の歴史意識は固着してゆく。そもそも敗戦していないのであれば、誰も責任を問われる道理がなくなるのだから、実に見事な(!)論理である。
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安倍晋三首相が、祖父・岸信介を尊敬していることは周知のことである。

 以上のような視点から見た場合安部政権は何なのか。実質は戦後レジームからの脱却ではなく、永続敗戦レジームを死守しようということだろうと思います。これをさらに支えるというのは難しいから、かなり強引な手段をとらざるを得ない。閣議決定で実質憲法を変えてしまうというあり得ないことをしてしまう。憲法改正をめざしているのだろうが、実際に戦争に入っているのではないか、他国民と殺し殺されということをやってしまうのではないか。
 戦争をやる、ということも永続敗戦を維持する一手段です。どういう形で行われるか。
護憲の立場では「憲法を変えて戦争をする国にしようとしている」といいますが順番は逆。まず戦争をする。それから憲法を変える。これが今彼らがやろうとしていることです。 彼らからすれば改憲したいが最終的に国民投票で失敗は許されない。絶対必勝。もうすでに戦争してるじゃん、という状態をつくってしまう。その状態をつくってしまえばそこに存在する矛盾は憲法 9 条と自衛隊どころではなくなります。あとは、その状況を追認する、現状追認していくということだけです。
 どうやったら戦争を始められるか。いきなり、隣国と始められない。ここに集団的自衛権が出てくるわけです。これを使うことを国家として認める状態になると、戦争を実行する可能性が飛躍的に高まる。だから最短ルートを着々と安部政権は走っていると言えます。この流れを、残念ながら日本国民の少なからざる部分が知ってか知らずか、支持しています。どうやっても支持率はある一定以下には下がりません。岩盤のように強い支持層が居るということでしょう。どうしていかなければいけないか。方策が無い。
何が起きているかわかっていない人たちを、どうやって目覚めさせていくかが大切であり、今後の課題であると思います。
教科書問題を考える 小石川有志の会

岸信介は、60年安保の立役者だ。
沖縄の米軍による不条理を存続させている日米地位協定もこのとき結ばれた。
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安倍晋三と彼のお爺様のお仕事によって、沖縄は泣いている❗

改憲も、集団的自衛権も、原発推進も、日米地位協定も、永続敗戦レジームの産物である。

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2016年5月25日 (水)

沖縄女性死体遺棄事件と安倍政権の対応/永続敗戦の構造(1)

沖縄県うるま市の会社員島袋里奈さんが、米国籍で米軍属のシンザト・ケネフ・フランクリン容疑者に殺害され、同県恩納村の雑木林に遺棄されたという悲劇的な事件が発生した。

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安倍内閣の閣僚の一人は「タイミング的にまずい。大変なことになった」と嘆く。サミットやオバマ氏の広島訪問など重要な日米間の外交日程が続く中、友好ムードに水を差すことになるからだ。公明党幹部は「日米首脳会談でも触れざるを得ないかもしれない」とみる。
沖縄・女性遺棄事件で閣僚困惑、オバマ氏の広島訪問控え「タイミング的にまずい」

どうだろうか、安倍内閣の閣僚や公明党幹部の認識はこんな程度なのだ。
国民が殺されて死体が遺棄されているのに、「タイミングがまずい」「日米首脳会談でも触れざるを得ないかもしれない」だと。
殺されるのに良いタイミングなどあろうはずもないし、日米首脳会談では先ず第一に触れるべきだろう。

しかし菅官房長官は、「これまでも運用の改善に取り組んできており、常日頃、必要なものはアメリカ側と折衝しながら改善に努め、安倍政権になって環境補足協定も締結した。さまざまな意見があることは承知しているが、今後も個々の問題について、効果的に機敏な形で目に見える改善を積み上げて、在るべき姿を追求し、国民の理解を得ていきたい」と語るに留めた。
要するに、問題の根幹である日米地位協定の改訂には踏み込まないで、運用の改善を図るというのだ。

今回の事件は、公務外であり、地位協定が壁となって捜査が進まない状況ではない。
しかし沖縄県内では地位協定の存在が米兵らに特権意識を生み、凶悪犯罪を誘発したとの厳しい見方がある。
翁長雄志沖縄県知事は安倍晋三首相との会談で、独自の法的地位が与えられていることで生じる在日米軍の「占領意識」を変えない限り、犯罪は繰り返されるとして、日米地位協定の改定を求めた。

在日米軍の法的地位を定める地位協定は1960年、日米両政府の安全保障条約改定にあわせて発効した。
公務中の犯罪に関する裁判は米側が行うことや、公務外でも米側が先に容疑者を確保していれば日本側の起訴まで身柄を引き渡さなくていいことなどが盛り込まれている。
尊敬する祖父の岸信介が結んだ協定は、安倍首相には神聖不可侵なものなのかも知れない。

この事件は、白井聡氏の『永続敗戦論ー戦後日本の核心』太田出版(2013年3月)の典型のように思える。
白井氏自身の解説を引用しよう。

 ゆえに、アメリカにとって日本は、助けてあげるべき対象というよりもむしろ収奪する対象に変ってくる。そのことを露骨に告げているのがTPP問題である。それにもかかわらず、冷戦崩壊以降、「日米関係のより一層の緊密化」というスローガンが結局のところ優ってきて、今日ますますそうなっているのは、異様な光景である。真の基礎は変わっているのであるから。
 こうして真の基礎が変わるなかで、「暴力としてのアメリカ」の姿が、見える人にははっきりと見えてきた。あの戦争で日本を打ち負かしたところの「暴力としてのアメリカ」である。戦後直後、一九五〇年代には砂川闘争に代表されるように、「暴力としてのアメリカ」の姿は、多くの国民の視界に入って来ざるを得ないものだった。しかし、その後、六〇年安保という危機を乗り越えて、「アメリカ的なるもの」は国民生活のなかに広く深く浸透しつつ、その過程で暴力性を脱色されて文化的なものへと純化されてゆく。だからと言って、アメリカそのものが暴力的でなくなったわけではない。依然として「暴力としてのアメリカ」であった。
 ただし、その暴力が日本へと向くことはなく、ベトナムやイラクへとそれは向けられていた。ゆえにわれわれは、それを見ないで済ますことができてしまった。「ウチに向かってくるんじゃないからいいや、さあどうぞ、大人しく基地も提供しますから、よそのどこかで暴れてきてください」、という態度を日本はとり続けた。「暴力としてのアメリカ」の「暴力」が日本に向けられるかもしれないということはそれこそ「想定外」であり、そのために、そのような事態が現実に起こっているのにもかかわらずそれを認識できないのである。
 無論、いま述べた構図に当てはまらないのが沖縄である。そこでは復帰以前も以後も一貫して「暴力としてのアメリカ」のプレゼンスがはっきりとしていた。ゆえにいま、沖縄は日本の本土に対する強烈な批判者になっているのと同時に、唯一物事の客観的次元を把握できる立場にいる。これに対して、日本社会の大勢は、沖縄のメッセージを理解していないし理解しようとしてすらいない。よくて、「可哀そうに」とか「申し訳ない」くらいにしか思っていない。つまり、他人事なのだ。ここで見落とされているのは、今日の沖縄の姿は、明日の本土の姿であるということにほかならない。
永続敗戦論からの展望/白井聡

安倍首相は、戦後レジームからの脱却をいいながら、最も強く永続敗戦の構造に縛られている。
それは、安倍首相が岸信介の幻影に捉えられているかである。
「敗戦の終戦へのすり替え」がなされたのは、敗戦の責任を有耶無耶にし、敗北必至とあらかじめ分かっていた戦争(対米戦)へと国民を追い込んで行った支配層(その代表が、岸信介や賀屋興宣など)が、戦後も引き続き支配を続けることを正当化しなければならなかったためである。

翁長氏は安倍首相との会談で、地位協定の不平等さに関し「米国から『日本の独立は神話だ』と言われているような気がする」と不満を示した。
永久敗戦の構造下では占領状態が継続しているのだ。

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