技術論と文明論

2017年12月15日 (金)

新幹線のインシデントと品質不正/技術論と文明論(83)

12月11日、博多発東京行きの「のぞみ34号」で異音や焦げ臭い異臭などが発生するという「重大インシデント」が発生した。
新幹線は、開業以来、速さだけでなく安全性、正確性を誇ってきた。
その安全性に揺らぎが生じているのか?

インシデントとは、事故などの危難が発生するおそれのある事態を言う。
ISO22300の定義は次のようである。

Situation that might be, or could lead to, a disruption, loss, emergency or crisis
「中断・阻害、損失、緊急事態、危機に、なり得るまたはそれらを引き起こし得る状況」

幸いにして事故には至らなかったが、インシデントが重視されるのは、ハインリッヒの法則という経験則があるからである。
大きな失敗の背景には、多数の小失敗が存在し、下図のようなピラミッドを形成している。
Photo_4
⇒2011年4月 9日 (土):福島原発事故の失敗学

原因については今後の調査を待ちたいが、冷泉彰彦氏は次のように推測している。

Ws000000台車とギアボックスの双方に異常が発生したということは、その箇所に質量の大きな異物が衝突して、台車とギアボックスを同時に損傷したという可能性だ。
しかし、バラスト(線路の敷石)が衝突したぐらいで台車が壊れることは通常はなく、鋼鉄製などの異物が当たったとか、あるいは車両の床下機器の一部が落下して台車とギアボックスを損傷したという可能性を考えなくてはならない。可能性としては低そうだが、まったくゼロではない。13・14号車における「うなり音」については、ギアボックス内の潤滑油が漏れて減ることで、内部抵抗が増加した音ということかもしれない。
新幹線「重大インシデント」はなぜ起きたのか

まったくの杞憂かも知れないが、気になるのは、神戸製鋼等で品質不正が常態化していたというニュースとの関連性である。
⇒2017年10月28日 (土): 日本を代表するメーカーの不正/技術論と文明論(80)
⇒2017年10月29日 (日): 日本を代表するメーカーの不正(続)/技術論と文明論(81)

新幹線の原点は、完全立体交差化や自動列車制御装置(ATC)、列車集中制御装置(CTC)等で人為ミスを減らすなどの徹底した安全思想のはずである。
大動脈であり、通勤の足でもある新幹線で事故が発生したら被害は甚大である。
インシデントの徹底的な究明を期待したい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月14日 (木)

伊方原発に高裁が停止命令/技術論と文明論(82)

四国電力伊方原発3号機をめぐり、住民が求めた運転差し止め仮処分の抗告審で、広島高裁が、13日、広島地裁の決定を覆し、運転を禁じる決定をした。
巨大噴火のリスクを考えれば当然の決定が、やっと司法の場でなされた。
そもそも火山列島日本と原発は相性が悪いのである。
⇒2016年10月 9日 (日):巨大噴火リスクにどう備えるか/技術論と文明論(77)
⇒2016年4月15日 (金):熊本の地震と『死都日本』のメッセージ/技術論と文明論(48)

広島高裁の判断は合理的である。

 仮処分はただちに法的な拘束力を持ち、今後の司法手続きで覆らない限り運転はできない。伊方原発3号機は今年10月から定期検査のため停止中で、来年1月予定の再稼働ができない可能性が高まった。四電は広島高裁に保全異議申し立てと仮処分の執行停止の申し立てをする方針だ。
 高裁は決定で、大規模地震のリスクについて、「四電の想定は不十分」とする住民側の主張を退けた。一方、伊方原発から約130キロ離れた阿蘇山など火山の影響を重視。現在の科学的知見によれば「阿蘇山の活動可能性が十分小さいかどうかを判断できる証拠はない」とし、原子力規制委員会の審査内規に沿い、160キロ先に火砕流が到達した約9万年前の過去最大の噴火の規模を検討した。
 その場合、四電の想定では火砕流が伊方原発の敷地内に到達する可能性が小さいとはいえず、同原発の立地が不適切だったと認定。この点で、東京電力福島第一原発事故後にできた新規制基準に適合するとした規制委の判断は不合理だったとし、「(住民の)生命身体に対する具体的危険が推認される」と述べた。
 原発と火山の位置関係を重視した今回の決定は、九州電力川内原発(鹿児島県薩摩川内市)や同玄海原発(佐賀県玄海町)など火山近くにある他の原発のリスクにも言及したといえ、高裁の判断として今後の訴訟や仮処分に影響を与える可能性がある。
 原発に対する仮処分をめぐっては、福井地裁が2015年4月、大津地裁が16年3月、関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)の運転差し止めを決定したが、異議審や抗告審で取り消された。今回の決定について広島高裁で異議審が開かれる場合、別の裁判官による構成で審理する。
Ws000001
伊方原発、運転差し止め 阿蘇大噴火時、影響重視 来年9月末まで 高裁が初判断

ジェレミー・リフキン氏は『原子力から脱却しないと日本は二流国に陥る』と警鐘を鳴らしている。

 モノやサービスを生み出すコスト(限界費用)が限りなくゼロにつながり、民泊やライドシェアなどに代表されるシェア経済が台頭する。EUと中国が国家戦略として取り組むのに対し、日本はこのパラダイムシフトに対して計画を持っていません。この状況が続けば、長期的に壊滅的な影響をもたらし、日本は2050年までに二流国家になってしまうと思います。
 なぜそうなるのか、もうちょっと細かく全体像を示しましょう。いまのパラダイム、つまり石油と原子力をエネルギー源とし、内燃機関で動く輸送手段によって成り立っている第2次産業革命の成果はいま、衰退状態にあります。GDP(国内総生産)は世界中で落ち、生産性はもはや伸びようがないのです。

まさにその通りである。
第2次産業革命の成功体験も、最近の品質不正などで危うくなっている。
であるにもかかわらず、安倍政権の世耕経産相は、それでもなお原発最優先だと言っている。

アルゼンチンを訪問中の世耕弘成経済産業相は13日、四国電力伊方原発3号機の運転差し止めを命じた広島高裁の決定について「コメントは控える」とした上で、「原子力規制委員会が世界的に最も厳しいとされる新規制基準をクリアしたと判断した原発については、安全最優先で再稼働させるという政府方針に変わりはない」との立場を改めて表明した。
再稼働方針は変わらず=広島高裁決定で世耕経産相-伊方原発運転差し止め

三権分立をわきまえない傲慢な姿勢であるが、何よりも先見性のないところが政治家失格と言わざるを得ない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月29日 (日)

日本を代表するメーカーの不正(続)/技術論と文明論(81)

総選挙が終わったら経団連の榊原会長は早速に、安倍首相に「痛みを伴う改革を」注文した。
しかし他人に注文する前に自ら顧みるべきではないのか。
経団連に属する企業は円安政策によって内部留保を積み上げているが、賃金は低レベルのままだ。
⇒2017年10月19日 (木):アベノミクスというイカサマ/日本の針路(346)

一方で、不祥事、スキャンダルは後を絶たない。
21710282
東京新聞10月28日

日産のみならずスバルも無資格者が、出荷前検査を行っていた。
2171028
東京新聞10月28日

悪意がなかったことは当然で悪意があったとすれば犯罪である。
経団連よ、目を覚ませ!
会社を支えているのは誰なのか?
彼(彼女)らに対して、十分に報いているのか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月28日 (土)

日本を代表するメーカーの不正/技術論と文明論(80)

神戸製鋼と日産自動車という日本を代表する大メーカーの不正が続けざまに発覚した。
日産自動車の筆頭株主はルノー エスエイであるが、日本を代表する企業と言っても間違いではないだろう。
神戸製鋼は、かつて安倍首相も在社したことのある名門中の名門というべき大企業である。
2つの事件は独立した事象であるが、同時期に起きたことがまったくの偶然とも思えない。
神戸製鋼の不正は底なしの様相だ。
171014
東京新聞10月14日

未だ全容は不明であるが、会社の存亡に係わることになるのではないか。

 神戸製鋼所は26日、アルミ・銅など製品のデータ改ざん問題について再度会見を開いた。2016年9月から17年8月までに納入したのは525社で、このうち8割超の437件で自社、顧客の点検などにより安全性の高さが立証されたという。都内で記者会見した川崎博也会長兼社長は「すべての製品の安全性検証を終えるのがいつかはまだ分からないが、検証完了に向けて最大限努力していく」と陳謝。「業績予想も見通せていない」と述べた。
・・・・・・
 ――新たに機械事業でも不適切な案件が出てきた。これまで最終製品を扱う事業では不正が見つかっていないと説明していた。
 「最終製品を扱う事業でも新たに不正が見つかったのは非常に残念だ」
 ――顧客から費用請求や契約の打ち切りはあるか。業績への影響は。
 「いまの時点では契約取り消しは具体的にない。ただ、例えば早期の取り換えは必要ないが、将来には交換の必要があるとの申し出も、一部の取引先から伝えられている。今後、そういう要求はあるだろう」
 「業績予想については現時点では見通せてはいない。来週、30日に予定する17年4~9月期決算発表の段階でなんらかのコメントをしたい」
神鋼社長「すべての安全性検証、業績とも見通せず」

日本社会の「成長の限界」を象徴しているように感じられる。
⇒2013年5月17日 (金):「成長の限界」はどのような形でやって来るか?/花づな列島復興のためのメモ(214)
⇒2015年9月12日 (土):モーレツからビューティフルへ/戦後史断章(21)
⇒2016年9月27日 (火):日本社会の価値意識の転換/技術論と文明論(73)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年3月11日 (土)

Remember March 11/技術論と文明論(79)

知人から「Remember March 11」というメールが来た。
あれから6年。
確かに、諸々の記憶が風化しつつあるようだ。

内閣府の務台俊介政務官は、3月8日夜、岩手県の台風被災地の視察で職員に背負われ水たまりを渡ったことについて「たぶん長靴業界は、だいぶ、もうかったんじゃないか」と話した。
自身の政治資金パーティーの挨拶の中での発言だが、台風にせよ震災にせよ、被災者を思う気持ちなど全く感じられない。
反省の弁が口先だけであることを雄弁に語っている。

安倍首相も、震災から6年となり、「一定の節目を越えた」ということで、記者会見を打ち切った。
節目とは何であろうか?

「March 11」は、大津波と原発事故による災害である。
大津波だけでも甚大な被害であったが、それでも6年経てば復興の姿は見えてくる。
しかし、原発事故の被災者は、多くの人が依然として大変な状況にある。
⇒2017年2月 6日 (月):原発事故の避難者の現状/原発事故の真相(154)

原発事故は、大津波が真因か地震が真因か、未だ結論は分かっていない。
⇒2016年7月 3日 (日):福島原発事故の調査はまだ途上だ/原発事故の真相(143)

原発事故は収束していないのに、原発再稼働は進んでいる。
しかし、安易に再稼働を進めるのは問題だ。
原子力規制委が審査基準に「適合」と判断すると、当然のごとく再稼働へと進む。
規制委には、前委員長代理の島崎邦彦東大名誉教授が辞任した後、地震動の専門家がいないにも拘わらず、である。
規制委自身、安全性を保障するものではない、と言っているにも拘わらず、である。

島崎氏は、大飯原発について、地震動の評価が過少ではないか、と問題提起した。
しかし、東京電力が、柏崎刈羽の強度不足を3年近くも隠蔽していたように、事業者側は機会があれば安全対策をネグろうとしているのだ。
71703103
東京新聞3月10日

福島第一原発はやっと2号機の一端の映像撮影に成功した段階である。
⇒2017年2月 3日 (金):核燃料デブリを撮影か?/原発事故の真相(152)
推定650シーベルト/時という強烈な放射能である。
⇒2017年2月 4日 (土):福島第一原発の廃炉はどうなるか?/原発事故の真相(153)
デブリの表面は2万シーベルト/時に達すると言われる。
31703112
東京新聞3月11日

廃炉を進めるためには、柏崎刈羽の再稼働が必要だというが、とても再稼働させる状況ではない。
東電に廃炉作業を任せて良いのかという疑問も湧く。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年10月23日 (日)

誰のためのエネルギー政策か/技術論と文明論(78)

現代文明はエネルギー多消費構造である。
世捨て人にでもならない限り、安定的で良質のエネルギー供給は不可欠の条件である。
であればこそ、エネルギーの供給は合理的なものであるべきだろう。

原発立地県の直近の県知事選で、脱原発候補が勝利した。
川内原発のある鹿児島県と柏崎刈羽原発のある新潟県である。
⇒2016年8月29日 (月):『東京ブラックアウト』と国会質疑/原発事故の真相(147)
⇒2016年10月17日 (月):新潟県知事選に野党推薦の米山隆一氏が勝利/日本の針路(298)
地元の民意は、短期的なメリットよりも長期的なリスク重視にシフトしている。
福島原発事故の実態、対応の様相等からして当然と言えよう。

原発は八方塞がりである。
未だに原発に固執する根拠が分からない。
⇒2016年10月 2日 (日):八方塞がりの原発政策は転換すべき/技術論と文明論(74)
原発は、電力会社にとっても合理性があるのだろうか?

原発政策の判断ミスのツケは巨額である。
電力会社と政府は、原発に頼らない新電力の料金にまで負担させようとしている。
⇒2016年10月 6日 (木):電力自由化と廃炉費用の負担/技術論と文明論(75)

原発政策による費用の発生は30兆円超と見積もられている。
4161018
東京新聞10月20日

ムリな再稼働のための審査に忙殺されて、関西電力の課長職が過労自殺に追い込まれるという事態も発生している。
21610202
東京新聞10月20日

原発の稼働は、誰の幸福も増進しない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月 9日 (日)

巨大噴火リスクにどう備えるか/技術論と文明論(77)

10月8日午前1時46分ごろ、熊本県の阿蘇山で爆発的噴火が発生した。
熊本・大分地震の記憶が生々しい。

Ws000000気象衛星ひまわり8号の観測によると、噴煙は高さ1万1000メートルの上空まで上がった。気象庁は阿蘇山の噴火警戒レベルを「2」(火口周辺規制)から「3」(入山規制)に引き上げ、火口から2キロの範囲での噴石の飛散や火砕流に警戒するよう呼び掛けている。
 阿蘇山で、一定以上の爆発や空気の振動を伴う爆発的噴火が起きたのは1980年1月26日以来、36年ぶり。噴火に伴う火山性微動で、熊本県南阿蘇村で震度2の揺れを観測した。阿蘇山で火山性微動により震度2以上の揺れを観測したのは95年以来36年ぶり。気象庁は噴煙の高さから予測して、約380キロ離れた兵庫県南あわじ市まで10県の100以上の市町村に降灰予報を出した。
阿蘇山噴火 気象庁「同じ規模、起こりうる」警戒呼びかけ

「破局噴火」という言葉がある。
石黒耀が2002年に発表した小説『死都日本』で考案した用語である。
作中の設定では、南九州の加久藤カルデラが約30万年ぶりの超巨大噴火を起こし、火山噴火予知連絡会はこれを「じょうご型カルデラ火山の破局“的”噴火」と発表したが、NHKの臨時報道番組のキャスターが「破局噴火」と間違えて連呼したことにより、日本国内のみならず海外においても「近代国家が破滅する規模の爆発的巨大噴火」を Hakyokuhunka と呼ぶようになったとされている。
⇒2016年4月15日 (金):熊本の地震と『死都日本』のメッセージ/技術論と文明論(48)

『死都日本』は現実の火山学者からも超巨大噴火をリアリティーを持って描いた作品と評価された。
阿蘇山はかつて4回のカルデラ巨大噴火を経験しているが、今回の噴火をきっかけにして破局的な噴火を引き起こす可能性はあるのだろうか?

巨大カルデラ噴火を起こした火山は7つあるが、そのうちの4つが九州に集中している。その中でも最大のものが、東西18キロ、南北25キロの阿蘇カルデラである。そう、先日の熊本地震で活発化が懸念される、あの阿蘇山だ。もし、阿蘇カルデラで巨大カルデラ噴火が起こったら、日本はどうなるのか。
まず、最初のプリニー式噴火によって、中部九州では場所によっては数メートルもの軽石が降り積もって壊滅的な状況に陥る。そしてクライマックス噴火が始まると、巨大な噴煙柱が崩落して火砕流が発生する。軽石と火山灰、それに火山ガスや空気が渾然一体流れる火砕流は、キノコ雲状に立ち上がった灰神楽の中心から、全方位へと広がって行く。数百℃以上の高温の火砕流はすべてのものを飲み込み焼き尽してしまう。そして発生後2時間程度で700万人の人々が暮らす領域を覆い尽くす。
Photo九州が焼き尽された後、中国・四国一帯では昼なお暗い空から大粒の火山灰が降り注ぐ。そして降灰域はどんどんと東へと広がり、噴火開始の翌日には近畿地方へと達する。
大阪では火山灰の厚さは50センチを超え、その日が幸い雨天ではなかったとしても、木造家屋の半数近くは倒壊する。降雨時には火山灰の重量は約1.5倍にもなる。その場合は木造家屋はほぼ全壊である。
その後、首都圏でも20センチ、青森でも10センチもの火山灰が積もり、北海道東部と沖縄を除く全国のライフラインは完全に停止する。水道は取水口の目詰まりや沈殿池が機能しなくなることで給水不能となる。
現在日本の発電量の9割以上を占める火力発電では、燃焼時に大量の空気を必要とするが、空気取り入れ口に設置したフィルターが火山灰で目詰まりを起こすために、発電は不可能となる。これにより、1億2000万人、日本の総人口の95%が生活不能に陥ってしまう。
同時に国内のほぼすべての交通網はストップする。5センチの降灰により、スリップするため、道路は走行不能となる。従って除灰活動を行うことも極めて困難を極めるだろう。主にガラスからなる火山灰は、絶縁体である。この火山灰が線路に5ミリ積もるだけで、電気は流れなくなり、電車はモーターを動かすことができなくなるし、信号も作動しなくなるのだ。
さらに言えば、現在最も一般的なレールは15センチ程の高さしかない。従って北海道以外の地域では、そもそもレールそのものが埋没してしまう。
このように、交通網が遮断されてしまうので、生活不能に陥った人たちに対する救援活動や様々な復旧活動も、絶望的になる。巨大カルデラ噴火の発生による直接的な被害者は、火砕流と降灰合わせて1000万人程度であろう。しかし、救援・復旧活動が極めて困難な状況下で生活不能に陥った1億人以上の人々は一体どうなるのだろうか?
人間は断食には比較的耐えることができるようだが、水は生命維持には必須である。最低で4~5日間水分の補給がないと、私たちは生きることはできない。救援活動がほとんど不可能な状態では最悪の事態、つまり1億人以上が命を落とすことを想定しておく必要があるだろう。
阿蘇山「カルデラ噴火」が、日本を壊滅させる

まさに日本沈没である。
阿蘇山は日本を貫く巨大な活断層である「中央構造線」のほとんど真上に位置している。
熊本地震が発生してから、中央構造線付近を震源とする地震が増えており、ほぼ線上に伊方原発が立地しているのだ。
伊方町長選では原発容認派が勝ったが、伊方町だけの問題ではない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月 8日 (土)

「もんじゅ」廃炉と核燃料サイクル/技術論と文明論(76)

やっと廃炉の方向性が決まった「もんじゅ」に目くらましの可能性があると指摘されている。
政府は「もんじゅ」は廃炉にしても核燃サイクルの開発は続けるという。
⇒2016年9月23日 (金):破綻しているのは「もんじゅ」and/or「核燃料サイクル」/技術論と文明論(70)

「もんじゅ」を廃炉にして、核燃料サイクル」は続けるという意味をどう考えるか?

「もんじゅ」の廃炉で、いかにも重大な政治決断をしたように見せかけ、その実、「核燃サイクル」にかける予算や人員は減らさないということではないか。いつものように目くらましでごまかされないよう、政府の真の意図をさぐっておかねばならない。
いまさらいうまでもなく、原子力発電の最大の矛盾は、いつまでも放射能を出し続ける使用済み核燃料の処分方法が確立されていないことだ。
いずれ、科学技術の力で克服できると踏んで、とりあえずスタートさせたものの、最終的に地中深く埋めておく処分場が、候補地の反対でいっこうに見つからず、使用済み核燃料は各原子力発電所のプールに貯まり続けている。
この状況を打開し、ウラン資源を持たない弱みを解消するための、一石二鳥プランとして浮上し、事業化したのが「核燃料サイクル」である。
使用済み核燃料を再処理し、プルトニウムを取り出して再び使うというサイクル計画。そこには、自力で核兵器をつくる技術的な能力を持っていたいという政府の思惑もある。
それを承知のうえ、米国が原子力協定を結んで非核保有国である日本に再処理を認めたのは、思うがままコントロールできる、いわば「属国」という双方暗黙の前提があるからだ。
この事業計画のかなめとなるのが高速増殖炉「もんじゅ」だったが、トラブル続きで36年経っても実用化できなかった。1兆円もの巨費を垂れ流し、多くの職員やファミリー企業の雇用を維持するだけの存在となっていた。
民主党政権下の平成24年9月には、「革新的エネルギー・環境戦略」なる文書のなかで、「研究を終了する」という目標が打ち出された。「もんじゅ」廃炉のチャンスだったが、しょせん目標は目標にすぎなかった。
そして、自公に政権が移ったあと、原子力ムラの勢いが復活し、2013年12月、政府はエネルギー基本計画を作成して、民主党政権が決めた「原発ゼロ」方針を撤回、「もんじゅ」に関しては「研究終了」から「実施体制を再整備する」に転換した。
だがそれには無理があった。「もんじゅ」は、実施体制の再整備どころか、まったく稼働のめどが立たない。年200億円をこえる国費は人件費を中心とする維持管理費に消え、開発の進展にはつながらない。
もんじゅ廃炉の裏に、新たな「天下り利権」死守の目くらまし疑惑

はたして、「もんじゅ」をなくして、「核燃サイクル」が成り立つのか?
「もんじゅ」は廃炉にするが、「高速炉」の研究は続けるという理屈は成り立つのか?

核燃料サイクルは以下のような図で説明されている。
Photo
核燃料サイクル(原子燃料サイクル)とは

高速増殖炉を動かすから、青森県は全国の原発から出る「使用済み核燃料」を引き受けてきたのです。高速増殖炉を動かさないのならプルトニウムは必要なくなり、使用済み核燃料はゴミとなってしまいます。そのばあいは今あるゴミは全て各電力会社へ持って帰ってもらうという約束を国と交わしているのです。だから国も電力会社も「核燃料サイクル計画」をやめるとは口が裂けても言えないのです。
高速増殖炉「もんじゅ」廃炉は「核燃料サイクル計画」というウソ崩壊の序章

「もんじゅ」が止まれば、その燃料を作り出す「核燃料サイクル計画」を続ける意味がない。
「核燃料サイクル」をやめたら、使用済み核燃料は電力会社へ返還されるので、原発の運転ができなくなる。
もはや原発政策は全般的に破綻しているのだ。
⇒2016年10月 2日 (日):八方塞がりの原発政策は転換すべき/技術論と文明論(74)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月 6日 (木)

電力自由化と廃炉費用の負担/技術論と文明論(75)

東京電力福島第1原発の事故炉の処分費用が膨れ上がり、廃炉も迫られているため、積立金の不足が生じている。
原発の事故処理と廃炉に必要な費用の国民負担につながる議論が5日、本格的に始まった。
政府は原発の廃炉費用を、電力小売りの全面自由化で新規参入した電力会社(新電力)に負担させる方針だという。
1610062
東京新聞10月6日

既存大手電力会社の負担を新電力に転嫁すると、電源として原発を選択するか否かが無差別になる。
自由化の前提である競争原理をゆがめることにもなろう。
これに対し、産経新聞は「新電力の負担は当然」との主張を掲げた。

 原発の廃炉費用の負担について、経済産業省が電力自由化で新規参入した新電力にもその一部を求める案を示した。
 これに対し、「原発を保有しているわけでもないのに、なぜ新電力が負担する必要があるのか」との反発が出ている。
 そうした考え方は正確でない。新電力に切り替えた消費者も、自由化前には原発で発電した安い電気を使ってきたからだ。
 その受益を考えれば、原発の廃炉費用を新電力を含めて広く分担するのは当然といえよう。新電力も電力市場の担い手としての責務を負うべきだ。
 大手電力が地域を独占していたときは、原発建設や廃炉の費用は利用者が支払う電気代に含まれていた。4月から電力会社を選べる自由化が始まり、料金制度も変更されたため、新たな費用負担の枠組みを導入することになった。
 経産省案では、大型原発1基で最大800億円かかる廃炉費用について、送電線の使用料に上乗せする形で新電力にも分担を求める。電気代に転嫁され、最終的には新電力に切り替えた契約者が負担する。
 「国策民営」で展開されてきた原発を含め、暮らしを支える電力という公益事業の利用者が、必要な費用を分かち合うのは自然なことだ。割安な料金のメリットだけを受ける「いいとこ取り」を許さない制度にするのは妥当だ。
【主張】原発の廃炉費用 「新電力も負担」は妥当だ

「自由化前には原発で発電した安い電気を使ってきたから」廃炉費用も負担するのは当然だろうか?
電力事業者は、建設から廃棄までのライフサイクルコストを考えて電源を選択しているのではないのか。
いざ廃炉費用が必要になったから、その分は利用していない人も分担してね、というのはおかしい。
原発で作った電力は使いたくないから、という理由で新電力を選択した人もいるはずだ。
電源構成の開示は不十分だと思うが、今後充実化していくだろう。

そもそも政府は、原発のコストは安いと説明してきたのではなかったのか。
転嫁に突き進むならば、その正当性はないということになる。
無責任の体系は健在だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月 2日 (日)

八方塞がりの原発政策は転換すべき/技術論と文明論(74)

経済産業省は9月27日、有識者会合「電力システム改革貫徹のための政策小委員会」の初会合を開いた。
原発の廃炉に必要な費用を、全ての電力利用者に負担させるための制度設計を話し合うという。
10月から有識者会合「東京電力改革・1F(福島第一原発)問題委員会」も始まる。
これらの議論を踏まえ、東電福島第一原発の廃炉や損害賠償、除染にかかる費用の国民負担も検討する予定だという。

原発は発電コストが安いということだったはずである。
それなのに、いざ事故が起きて、廃炉や損害賠償、除染にかかる費用を、国民負担するというのは道理が合わない。

私は視聴する機会を失したが、NHKが8月26深夜に放送した討論番組「解説スタジアム」では、NHKの解説委員7人が、「どこに向かう 日本の原子力政策」というタイトルで議論し、日本の原発政策の行き詰まりを赤裸々に語っていたという。
ネット上の声を拾ってみよう。

〈解説スタジアム、すごい。是非ゴールデンタイムにやってほしい〉〈国会議員は全員観てほしい〉〈これがNHKかと、わが目、わが耳を疑うこと請け合い〉〈各委員の現政権の原子力政策に対する強烈な批判内容に驚いた〉

どんな内容だったのか?

 ある解説委員は、「アメリカは、地震の多い西海岸には設置しないようにしている。日本は地震、津波、火山の原発リスク3原則が揃っている。原発に依存するのは問題だ」と日本の国土は原発に適さないと指摘。
 再稼働が進んでいることについても、「規制委員会が慎重に審査しているとしているが、審査の基準が甘い。アメリカの基準には周辺住民の避難計画も入っているのに、日本は自治体に丸投げだ。こんな甘い基準はない。安易な再稼働は認めるべきじゃない」と正面から批判した。
 その規制委員会や政府に対しては、こんな言葉が飛び出した。
「規制委員会は(再稼働にお墨付きを与えておきながら)『安全性を保障するものではない』としている。だったら地元住民はどうすればいいのか」「政府は責任を取ると口にしているが、(事故が起きた時)どうやって責任を取るのか。カネを渡せば責任を取ったことになるのか。災害関連死も起きている。責任を取れないのに、責任を取ると強弁することが問題だ」
「もんじゅ」を中核とする核燃料サイクルについても、「破綻している」「やめるべきだ」とバッサリ斬り捨てた。
 そして、最後に解説委員長が「福島原発事故では、いまだに9万人近い方が避難生活を強いられている。安全神話は完全に否定され、事故を起こすと、いかに手に負えないかを知ることになった」と締めくくっている。
安倍デタラメ原発政策を一刀両断 NHK番組の波紋広がる

まあ、当たり前のことと言えば当たり前のことではあるが、御用メディア化しつつあるNHKが、政府の原発政策を完全に否定しているのだ。
原発政策の破綻は、端的には次の3つの「行き詰まり」である。
160928_2
原子力政策のほころび次々 原発廃炉の国民負担議論スタート


もはや原発政策は転換せざるを得ないだろう。
タイミングを失えば、それだけ損失は大きくなると考えるべきだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧