知的生産の方法

2017年7月12日 (水)

暗号革命と素数(1)暗号化の基礎/知的生産の方法(161)

素数について、初めて学校で教わった時の記憶がない。
ちょっと調べてみたら、以下のような図があった。
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算数の系統表の一部 (新学習指導要領における算数・数学内容系統一覧表より抜粋)

つまり、小学校5年の教程に位置づけられている。
遙かな昔であるが、小学校の担任教師の顔を思い浮かべても、素数にまつわるエピソードをまったく思い出さない。
しかし、この素数が暗号のパラダイムシフトに深く関係している。

暗号と言って先ず思い浮かべるのは、例えば、ホームズものの『踊る人形』であろう。
森谷明子『春や春』光文社文庫(2017年5月)でも、俳句甲子園を目指す高校生の共通の話題として取り上げられていた。
⇒2017年7月 7日 (金):森谷明子『春や春』/私撰アンソロジー(48)

以下のような図が何を意味するか?
Dancing_men

何かのいたずら書きだろうか?
しかし、ホームズは、これがメッセージだと考え、人形の図形とアルファベットを対応させた。
最初のステップは、英語で最も使用頻度の高い文字「E」の特定である。
ホームズは何とか解読して、対応表を完成する。
古典的な暗号の代表が、文字の置換である。
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このように、暗号化のカギを知っていることが、解読の必要条件である。
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しかし、このカギの安全性をどう担保するか?
カギを盗まれたら、暗号化の意味がなくなる。
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特にインターネットが普及した現代において、「確実な情報伝達」と「情報の保秘」という反対のベクトルの要請にどう応えるかが重要な課題になっている。

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2017年2月20日 (月)

和算と洋算、算数と数学/知的生産の方法(166)

明治維新に伴う学制改革によって、学校教育の内容も江戸時代に発達した和算から洋算へと転換した。
その洋算を先進的に取り入れたのが、沼津兵学校の付属小学校(後の沼津第一小学校)だという。
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「沼津ふるさと通信」(2016年12月20日)

沼津兵学校については、Wikipediaで次のように説明されている。

沼津兵学校は1868年(明治元年)、フランスに倣った軍隊を目指すという目標を掲げ、駿河国沼津の沼津城内の建物を使って徳川家によって開校された兵学校のこと。受講資格は、徳川家の家臣である14歳から18歳ということが原則ではあった。しかし、他藩からの留学生もいたといわれる。初代学長は西周
であり、教師は優秀な幕臣の中から選ばれた。1870年(明治3年)に兵部省の管轄となり、1872年(明治5年)には政府の陸軍兵学寮との統合のため東京へ移転したが、途中で作られた付属小学校は、現在の沼津市立第一小学校の前身である。
沼津兵学校は日本の近代教育の発祥であるとも言われる。

和算は現実の課題を突破するためのもので、具体性を伴っていた。
これに対して、洋算は抽象性を高めることで発展してきた。
その分、実感とは繋がらないものになってきたことも否めない。

算数と数学の違いを、文字式の使用という点に着目すると、抽象度の差異とも言える。
以下、「算数と数学の違いを教育学部の学生がわかりやすく解説 」というサイトの説明を引用する。

算数とは実生活で使えるツールを身につけさせることを大きな目標の1つとしています。

もっとザックリ説明すると「これ知らなかったら、日常生活ですごく困るよね!」ということをしっかり身につけさせるのが小学校の算数の大きな目的なんです。
・四則演算
・時計の読み方
・速さの計算
・割合、「%」の計算
などなど
・・・・・・
数学では「数学という学問を通して論理的に考える力」を身につけさせることを大きな目標としているのです。なので問題の抽象度も一気に上がるのです。

図式化すれば、下記のような対応関係であろうか。
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武谷三男氏の三段階論に倣えば、算数は現象論に近く、数学は本質論に近いと言えよう。
⇒2013年8月11日 (日):三段階論という方法①武谷三男の科学的認識の発展論/知的生産の方法(71)
⇒2013年8月21日 (水):三段階論という方法③庄司和晃の認識の発展過程論/知的生産の方法(73)

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2017年2月11日 (土)

読解力の研究(1)東ロボくんの方向転換/知的生産の方法(165)

東大合格を目指していたロボット(AI)・東ロボくんが方向転換した。
⇒2014年11月 3日 (月):ロボットが東大に入るようになったら/知的生産の方法(109)
⇒2016年11月18日 (金):「東ロボくん」とリベラル・アーツ/知的生産の方法(164)

週刊新潮2月2日号に、プロジェクトリーダーの新井紀子国立情報学研究所教授が、事情を説明する寄稿をしている。
まず、東ロボくんの成績を見てみよう。
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どこに基準を置くかではあるが、普通の高校生としてみれば、まあ立派な成績と言って良いだろう。
代ゼミの理系数学など、偏差値76.2であるから、その限りでは抜群であるし、ベネッセの世界史Bでも、66.3になっている。
このままもう少し頑張れば、東大合格ラインに達するようにも思われる。
しかし、新井紀子情報学研究所教授は、今の延長線上には発展はないと判断した。

今までのアプローチは例えば以下のようである。
英語の短文問題を解けるようにするため、500億語を読ませた。
短文問題とは、空欄の単語を4択で答えたり、語順を正しく並び替える整序問題なのである。
文の数で19億文勉強して、正答率がようやく9割を超えた。
人間とは明らかに違うのだ。

これが2文、3文、整序問題を解くとなると500億の掛け算になり、統計を使っても意味までは分かるようにならない。
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そこで新井教授たちは、脳神経回路の仕組みをもしたものでは限界があるという結論に達した。
そして東ロボくんのレベルに達していない中高生が大勢いることから、中高生対象に読解力をテストすると、案の定著しく読解力が低下していることが分かった。
教科書の読解ができていないのだ。

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2017年1月23日 (月)

「バカの壁」と「バカの力」(2)/知的生産の方法(164)

「Think different」は、「ものの見方・考え方」すなわち思考技術の問題である。
荒俣宏『図像学入門―目玉の思想と美学 』集英社文庫(荒俣宏コレクション( 1998年4月)に、ものの見方として、以下の説明がある。

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 そして、とてもつもなく凄いと思ったのは、図像の見方を3分類するのだが、そのネーミングである。「バカの見方」「ボケの見方」「パーの見方」というのだ。ここでいう「バカの見方」とは、図像が見えるままに認識する。二つの丸の図をみて、大きな丸と小さな丸があると素直に読む。そこに、補助線を引いてみると、その大きな丸と小さな丸が立体になって、この二つの丸は同じ大きさの球体に見えたりする。でも、「バカの見方」をする人は、そんなことは度外視して、大きな丸と小さな丸があると平然といえるのだという。ところが、「ボケの見方」をするひとは、最初は大きな丸と小さな丸と思っていても、「補助線を引いたらどうだ?」と問われると、「そうだな、大きさは同じかもしれない」と考えが動いていく。どんどんと人のペースに乗せられるのがボケの特徴だという。そこへいくと、「パーの見方」というのは、見方がぶっとんでいて、斜線が引いた背景に大小の二つの穴があいていて、そこから向こう側の空白が見える、という見方をしたりするというのだ。
第274歩『図像学入門』荒俣宏著、マドラ出版

クリエイティブとは、「パーの見方」ができるかどうかである、ともいえる。
それは、生田幸士『世界初をつくり続ける東大教授の 「自分の壁」を越える授業 』ダイヤモンド社(2013年7月)流に言えば、どこまで「バカ」になれるか、である。
⇒2017年1月12日 (木):「バカの壁」と「バカの力」/知的生産の方法(163)

差別的な言葉遣いを避けるならば、「馴質異化・異質馴化」である。
人間の視覚は上下反転しただけで、違うように見える。
等価変換理論で有名な市川亀久弥元同支社大学教授は以下のような図を示していた。
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あるいは古代史を考える場合に必須の環日本海という視点。
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環日本海諸国図

ちょっと視線をずらせば、地政学的状況も違って見えて来るかも知れない。
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226.マッカーサーの世界地図

それにしても、「Think different」は容易ではないのが実感だ。

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2017年1月12日 (木)

「バカの壁」と「バカの力」/知的生産の方法(163)

養老孟司さんの『バカの壁』新潮新書(2003年4月)は、新潮新書の創刊の1冊であり、大ベストセラーになってこの新書の成功を約した。
Photo_5「バカの壁」はこの年の流行語となったが、Amazonの紹介には次のようにある。

「人間というものは、結局自分の脳に入ることしか理解できない」、これが著者の言うところの「バカの壁」であり、この概念を軸に戦争や犯罪、宗教、科学、教育、経済など世界を見渡し、縦横無尽に斬ったのが本書である。

この本を意識して書かれたのが、生田幸士さんの『世界初をつくり続ける東大教授の 「自分の壁」を越える授業 』ダイヤモンド社(2013年7月)である。
Photo_6これもAmazonで、次のように紹介されている。

「自分の人生が平凡に思える」「どこかで見たようなアイデアばかり」「結局、二番手以降で終わってしまう―」そんな人にこそ効く。バカの力!「その他大勢」から突き抜ける頭の使い方を東大名物教授が初公開。

一読して共感する箇所が多かった。
例えば、「π型人間」論である。
昔、人間類型を示す言葉として、「T型人間」という言い方があった。
Tの字のタテの棒は、特定の領域における知識が深いことを意味する。
ヨコの棒は、周辺知識が浅いけれども広いことを意味している。

「π型」というのは、タテの棒が2本である。
複数の専門領域を持っていることを意味する。
生田氏によれば、アメリカのエリート層には、複数の学科を出ることはごく普通のことだという。
2つの学科を出ればダブルメジャー、3つの学科を出ればトリプルメジャーである。
生田氏自身は金属材料工学科と生物工学科で学び、大学院は理工学研究科に進んだ。

なぜ「π型人間」が好ましいか?
1997年のアップルコンピュータの広告キャンペーンのスローガンの「Think different」は広く知れている。
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Wikipedia

しかし、現実には「Think different」が難しい。
「同じ」と見るか、「違う」と見るかは相対的な問題である。
⇒2009年8月 8日 (土):「同じ」と「違い」の分かる男

生田氏は山登りを例に、次の3つを挙げる。
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上掲書

企業戦略論の「ブルーオーシャン」は、「違う結果」が得られた場合であろう。
競争の激しい既存市場は「レッド・オーシャン(赤い海、血で血を洗う競争の激しい領域)」であるが、、競争のない未開拓市場は「ブルー・オーシャン(青い海、競合相手のいない領域)」である。
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任天堂を復活させた、ある戦略

「Think different」とは、まさに認識論の問題である。
「I型人間」のような「専門バカ」ではムリな世界と言えよう。

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2017年1月 8日 (日)

見えないものを見る工夫/知的生産の方法(162)

去年横山大観の企画展を観た。
テーマは『横山大観 大気を描く』である。
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大気は目に見えない。
目に見えないものをどう描くか?

大観は大明治元年生まれ。
東京美術学校(現東京芸大)の第1期生として、岡倉天心、橋本雅邦らの教えを受けた。
絵具の濃淡で空気や光を表現する「朦朧体」という手法を創始し、国内では評価されなかったが、海外で高い評価を得た。
画家は見えないものを技法を工夫して表現する。

科学の世界では、胸の異常を検査するX線写真や脳の内部を見るMRI画像などが、見えないものを見る工夫として思い浮かぶ。
⇒2012年12月23日 (日):『脳のなかの水分子』とMRI/闘病記・中間報告(56)
脳卒中患者にとって、MRIは大きな助けである。

また、ニュートリノの研究においては、小柴昌俊さんの発明による「カミオカンデ」が可視化に貢献した。
⇒2015年11月 9日 (月):素粒子論の発展と日本人(6)/知的生産の方法(135)

ノーベル化学賞を受賞した下村脩博士の緑色蛍光タンパク質も印象的が画像である。
オワンクラゲが持つ緑色蛍光タンパク質を発見したことにより、2008年にノーベル賞を受賞した。
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ノーベル化学賞を受賞した「下村脩博士」

緑色蛍光たんぱく質が脚光を浴びたのはSTAP細胞の記者会見である。
理化学究所は、「STAP細胞論文はほぼ事実ではなかった」としたが、アメリカのハーバード大学ブリガム・アンド・ウィメンズ病院がSTAP細胞の特許を出願したという。特許請求の範囲は、「細胞にストレスを与えて多能性を生じるメカニズム」だという。
かなり広い範囲をカバーするものと言えよう。

小保方晴子氏の、実験ノート等は避難されても致し方ないと思うが、STAP現象そのものの評価は別であろう。
私が印象深かったのは、細胞の多能性を証明するために使った蛍光色素で発光させた写真である。
蛍光色素で標識したSTAP細胞をマウスの受精卵に導入し、子宮内に戻すと、生まれてきたキメラマウスには蛍光を発する細胞が全身の組織で見いだされた。
Stap
http://www.riken.jp/pr/press/2014/20140130_1/

現時点では、理研は研究リーダーの小保方氏の不正と認定したままである。
⇒2014年4月 3日 (木):STAP細胞論文の検証/知的生産の方法(85)
ES細胞のコンタミネーションがあったのであろうということのようだ。
ちなみに、米国の特許出願(14/397,080)については7月6日付で非最終拒絶(Non-Final Rejection)が出されていたという。
STAP細胞特許出願を米国特許庁が暫定拒絶

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2016年12月16日 (金)

人文知と技術競争/知的生産の方法(164)

坂井修一氏は現在活躍中の歌人にして、情報理工学者として東京大学大学院情報理工学研究科の教授である。
かなり対極的な両分野で、一流の業績を挙げている。
二足の草鞋であるが、どちらが本業ということもないのであろう。

歌人としては、短歌結社「かりん」に所属して、現在「かりん」編集人であり、現代歌人協会理事を務めている。
1987年、歌集『ラビュリントスの日々』で第31回現代歌人協会賞を受賞した他、2006年に歌集『アメリカ』で第11回若山牧水賞、2007年に『斎藤茂吉から塚本邦雄へ』で第5回日本歌人クラブ評論賞、2010年に歌集『望楼の春』で第44回迢空賞等の数々の受賞歴がある。

情報理工学者としては、電子技術総合研究所(現:産業技術総合研究所)時代に、汎用性があるという意味で世界初といわれている高並列データ駆動計算機「EM-4」の開発に携わり、筑波大学助教授等を経て現職という履歴である。
1989年に情報処理学会研究賞を受賞した他、1991年に日本IBM科学賞、1995年に市村学術賞、IEEE論文賞元岡記念賞、2012年に『ITが守る、ITを守る―天災・人災と情報技術』で第21回大川出版賞などの受賞歴がある。

坂井氏が12月6日付の東京新聞に、『技術競争と文化』という一文を寄稿している。
10年ほど前に、東京大学の文系理系併せて200名ほどの新入生について講義したことがあった。
情報セキュリティについての話題で、「インターネットの向こうにスタヴローギンがいたら」と考えてみようと投げかけたところ、皆ポカンとしていたというのである。
スタヴローギンはドストエフスキーの『悪霊』の主人公の名前であるが、ドストエフスキーを読んだことがあるか、という質問には2人手を挙げた。

Wikipediaではスタヴローギンを次のように説明している。

類い稀な美貌と並外れた知力・体力をもつ全編の主人公。徹底したニヒリストで、キリーロフ曰く「彼は自分が何も信じていないということさえ信じていない」。

坂井教授の目論見は、「人間の悪意がサイバー攻撃にどう反映されるか」を考えて見ようということだったが、そこまで行かなかった。
科学技術は人間を幸せにするか?
ロボットいう言葉を造語したチェコの作家カレル・チャペック以来、幾度となく繰り返されてきた質問であるが、永遠の問かも知れない。
チャペックは、戯曲『R・U・R』(Rossum's Universal Robots:ロッサム世界ロボット製作所)で、進化したロボットが人間に反乱を企て、掃討するというストーリーを創作した。
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⇒2016年11月11日 (金):人脳と人工知能/「同じ」と「違う」(99)

坂井教授は、フロイトの「人間から攻撃的な性格を取り除くなど、できそうもない。攻撃性を和らげるには文化の作用が必要だ」という言葉を引用し、フロイトの言う「文化」の中軸を成すのは、人文知を中核とする教養であろう、とする。
そして、技術競争が激しくなればなるほど、教養が高められなければならないと結論づける。

わが意を得たような思いである。
文科省が文系軽視のような通達を出しているが、今必要なのは、教養すなわちリベラルアーツである。
⇒2015年6月19日 (金):文科省の国立大学改革通知はナンセンス/日本の針路(181)
⇒2016年11月 8日 (火):教えられた通りの答だけが正解だとは!/知的生産の方法(163)
⇒2016年11月18日 (金):「東ロボくん」とリベラル・アーツ/知的生産の方法(164)

トランプ米次期大統領や安倍首相に相応しい言葉ではなかろうか。

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2016年12月 9日 (金)

「基礎科学は文化」by大隅良典/知的生産の方法(165)

今年のノーベル生理学・医学賞を受賞した東京工大の大隅良典栄誉教授が、オートファジーの解明に寄与したとして生命科学ブレイクスルー賞を受賞した。
生命科学ブレイクスルー賞は、アップル会長のアーサー・レヴィンソン氏やグーグルの共同創業者であるセルゲイ・ブリン氏等を設立者とする生命科学ブレイクスルー賞財団が、2013年に創設した賞で、難病治療や延命に関する顕著な研究を行った研究者に対し贈られる。
2012年には、同じくノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授も同賞を受賞している。

大隅教授の業績は、下記で見た。
⇒2016年10月 3日 (月):大隅良典氏にノーベル医学生理学賞/知的生産の方法(161)
生命の本質の一環を明らかにしたものと言えよう。

大隅教授はノーベル賞授賞式を前に、スウェーデンで恒例の記念講演を行った。
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東京新聞12月9日

講演で大隅教授は、自身の研究が、「役に立つとは思わなかった」と振り返り、基礎科学の重要性を力説した。
オートファジーは実用によって大きな効果が期待されているが、実用研究はまだ緒についたばかりと言えよう。
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謎多い「オートファジー」 ノーベル賞・大隅氏の研究最前線

実用研究に目が行きがちなわが国の行政や教育に対する強い批判を感じる。
知的好奇心をベースにしないと、真に独創的な研究は生まれないであろう。
⇒2016年10月10日 (月):応用に傾斜し過ぎている研究費の配分/日本の針路(294)
⇒2016年11月 8日 (火):教えられた通りの答だけが正解だとは!/知的生産の方法(163)

わが意を得た思いがする。

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2016年11月18日 (金)

「東ロボくん」とリベラル・アーツ/知的生産の方法(164)

東京大学合格を目指して、国立情報学研究所などが開発してきた人工知能「東ロボくん」が東大合格を諦めた?

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 2011年に国立情報学研究所が開始した「ロボットは東大に入れるか」プロジェクト。2016年度までに大学入試センター試験で高得点を取り、2021年度に東大入試を突破することを目標に「東ロボくん」というAI(人工知能)の開発が進められていた。
「東ロボくん」はこのほどセンター試験模試で、英国数理(物理)社(世界史)5教科でいずれも平均点を上回り、総合偏差値57.1をマーク。MARCH、関関同立や複数の国公立大学に合格する実力に到達した。
 しかし、東大二次試験を受けるための足切りの点数には届かなかった。さらに点数を伸ばすには、東ロボくんが文脈や複雑な文章の意味を理解することが必要で、このまま開発を進めても、その点を突破できないため、2021年度を待たずしてプロジェクトは、東大受験に関しては一旦凍結した。
「東ロボくん」が偏差値57で東大受験を諦めた理由

東ロボくんは、短い一文の中の一部が空欄になっていて、適切な単語を選んで入れる問題は、ほぼ完璧に答えられたが、ストーリー性があったり、因果関係のある複数の文を読んで文脈を理解したうえで、解答する問題は苦手ということが分かった。
例えば、「A.彼は報告書をまた出し忘れた」「B.おまけに会議に遅刻した」という文章のあとに、続く文として以下3つの選択肢があった場合
(1)私は寝坊した。
(2)会議には報告書が必要だ。
(3)彼は社会人として自覚がない。
東ロボくんは、A、Bと同じ単語が入っている(2)や、遅刻という単語と同じ文章に入っている確率が高い「寝坊」が含まれる(1)を選んでしまうというのだ。
文脈を理解できず、自分のデータにある単語の組み合わせの頻度から推定して答えてしまうためだ。

これを克服するには、“人間としての常識”のデータや膨大な量の複数の文のセットを用意せねばならない。
コストと労力がかかりすぎ、現段階ではその方向で進化させることは物理的に不可能だと言う判断になった。
要するに、東ロボくんは、問題を解き、正解も出すが、読んで理解しているわけではないということだ。
現段階のAIにとって、文章の意味を理解することは、不可能に近いのだという。

しかし、偏差値が57点強ということは、東ロボよりも、得点の低い高校生が大勢いるということだ。
東ロボくんよりも成績の悪い高校生は、文章の意味を理解できているのだろうか?

文科省は、文科軽視としか解釈しようのない通達を出した。
⇒2015年6月19日 (金):文科省の国立大学改革通知はナンセンス/日本の針路(181)
しかし、東ロボプロジェクトが示しているのは、理科とか文科という区分を超越した知の追及である。
⇒2016年11月 8日 (火):教えられた通りの答だけが正解だとは!/知的生産の方法(163)

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2016年11月 8日 (火)

教えられた通りの答だけが正解だとは!/知的生産の方法(163)

Twitterで話題になっているツイートがある。
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元投稿者は小学2年生の母親。
子供が宿題を先生に提出して、答え合わせをして返却された。

「なにこれ?」という赤字のコメントは、教師による。
教師の説明は
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https://vipper-trendy.net/sansuu-huseikai/

この教師の中では、「(8+8+8+8+8+8+8)+17」が正解で、その通りでないと不正解だということらしい。
Facebookに以下のようなコメントがあり、深く同意。

 でもこれ、教師だけがおかしいのではないと思います。
 文科省や地方自治体が教師および教師集団の主体性や発言権や決定権をどんどん削減し、校長の権限を強め、意見さえ言わさないようにして、逆らったら見せしめにきつい処分をくらわすということを何十年も続けてきた、その成果だとしか思えません。
 教師の個性や自由裁量を許さないんだから、上からいわれるとおりのことを、決められた枠の中でそつなくこなすのがカシコイ教師だという風潮になってしまいますよね。
.
 そういう管理手法が強められたのは、もとは教師の政治活動を抑制するためだったと思います。
 しかしそのやり方が結果として教師全体に無気力な事なかれ主義を蔓延させ、クラス運営も授業の進め方も、民間教育会社のマニュアルどおりにしかできないバカ教師を生み出すことになったのでしょう。
https://www.facebook.com/norikadzu.doro?fref=ts

人工知能が職を奪うのではないかと議論されている折である。
自発的に考える力を養わないと、人工知能に駆逐されることは目に見えていると言えよう。
必要なのは、リベラル・アーツではないか。
⇒2013年5月24日 (金):「成熟の喪失」とリベラル・アーツ/知的生産の方法(56)
⇒2014年6月24日 (火):遠藤麟一朗とリベラルアーツ/知的生産の方法(98)
⇒2015年7月12日 (日):「文化芸術懇話会」におけるリベラルアーツの欠落/日本の針路(195)

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