論争

2009年12月10日 (木)

「同じ」と「違う」(11)旧長銀と旧日債銀

旧日債銀(現あおぞら銀行)の窪田弘元会長、東郷重興元頭取ら3人が、粉飾決算の疑いで証券取引法違反の罪に問われた事件で、最高裁判所は12月7日、3人を有罪とした高裁の判決を破棄し、審理を差し戻した。
同様の構図で争われた旧長銀の場合には、最高裁は無罪判決を下している。
2008年7月19日 (土):旧長銀粉飾決算事件

しかし、旧長銀粉飾事件は、意外な内容を包蔵した事件だった。
第一に、破綻時の債務超過額約2兆6535億円という巨額の損失の責任が、結果として曖昧になってしまった。
先日、朝のTVで、鳩山内閣は2009年度2次補正予算に盛り込む総額をめぐって、国民新党が規模の拡大を求めていた案件が、1000億円の上積みで決着したことの解説で、「1000億円」の物理的な大きさを模型を作って示していた。
重さでいえば、1万円札で約10トンということである。
旧長銀の債務超過額は、その26倍以上だから、まあ普通の人の感覚を超えている。
10年間かけた司法的判断の結果が、無罪ということであった。

しかも、この無罪は、「粉飾はあったが、不法性はなかった」という、いささか分かりにくい判断の結果であった。
2009年1月26日 (月):長銀粉飾決算事件再考
2009年1月27日 (火):長銀粉飾決算事件再考②
この年の決算(平成10年3月期)においては、一般の上場企業に適用されていた「企業会計原則」と、旧大蔵省銀行局による「統一経理基準」が併存していたのであった。

そのような事情のもとに、旧長銀の経営陣には無罪判決が下された。
ところが、旧日債銀については、審理の差し戻しであって、高裁の有罪判決は棄却されたものの、無罪の結論が得られたわけではなかった。
日債銀も、旧基準ともいうべき「統一経理基準」によって決算を行った。
このことについては、最高裁は旧長銀の場合と同じように、違法性があるとはいえない、という判断である。

それでは、旧長銀の場合と、旧日債銀の場合とでは、何が異なるのであろうか?
旧長銀の場合、融資先は、第一ファイナンス、NED関係、日本リース関係等の関連ノンバンクが中心であった。
これらの貸出先は、一般貸出先と区分されていて、この身内の貸出先については、引当・償却処理を行わないことによって、損失を軽減する措置をとった。

この措置について、母体行は関連ノンバンクを積極的に支援するように求められており、追加支援策が予定されていれば、事業好転の見通しがないとはせず、回収不能とは評価できない、ということである。
これに対して、旧日債銀の融資先は、第一コーポレーションやどの独立系のノンバンクなどであり、「一般取引先」が主体であった。
つまり、母体行による支援が求められる貸出先ということではなく、回収可能性の判断は、合理的な再建計画や銀行による追加支援などを、旧基準に従って判断するとどうか、という問題である。
差し戻し審では、これらの観点から貸し出し経緯などを再検討することになる。

差し戻し審がどのような判断になるかを現時点で予測することは難しいが、高裁でも、既に貸し出しの経緯等について検討した結果でもあるので、旧経営陣にとって厳しい局面もあり得るのではなかろうか。
しかし、旧長銀の場合も、関連ノンバンクの先は、結局は「一般貸出先」であるので、間にクッションがあるかないかで判断が異なるというのも奇妙な感じがする。
長銀の方が、不良債権を巧妙に偽装したとも考えられるのではなかろうか。
しかし、今さら当時の事情を掘り返してみても、虚しい思いがするのは私だけではないだろう。

私は、以前の会社において、旧長銀の人とも、旧日債銀の人ともお付き合いをさせて頂いたことがある。
もちろん、ごく限られた人であるから、それを一般化できないとは思うが、敢えて言えば、長銀は優等的で、日債銀は野人的であった、という印象を持っている。
いずれにしろ、ある種の国策を担った銀行であり、時の流れを感じざるを得ない。

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2009年12月 9日 (水)

「八ツ場ダム計画」の行方

前原誠司国土交通相は、建設中止を表明していた「八ツ場ダム」について、新たな治水対策を検討する「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」(座長・中川博次京大名誉教授)が、ダム事業の継続を評価する新基準を策定するのを待ち、その新基準に従って「再検証」する方針を明らかにした。

民主党は先の政権交代を果たした衆院選のマニフェストにおいて、「ムダづかい」をなくすことを第一に挙げた。
その第一として、公共事業における「ムダ」が取り上げられており、「川辺川ダム」「八ツ場ダム」は中止、と明記されている。
時代に合わない国の大型直轄事業は全面的に見直すとしており、その代表例として、八ツ場ダムが取り上げられていたわけである。
2009年9月12日 (土):八ツ場ダムの入札延期 その1.計画の現況

民主党の新政権が発足し、国土交通相に就任した前原氏は、このマニフェストに沿って、早速「八ツ場ダム」の建設中止を表明した。
2009年9月18日 (金):八ツ場ダムの入札延期 その7.政権交代と行政の継続性
マニフェストは、政権取得時に果たすべき国民との約束であるから、前原氏の建設中止の表明は、ごく当然のことであった。

しかし、これに対し、地元の反発は激しいものであった。
そもそもの計画の契機は、昭和22(1947)年のカスリーン台風であるから、それから数えれば既に60年以上の時間が経過している。
地元住民に計画が提示された昭和27(1952)からでも、57年である。
この間、地元の強い反対運動があったが、昭和60(1985)年には計画を受容することになった。
しかし、その後も補償の条件等が難航し、ダム本体工事が遅延しているうちに、建設中止をマニフェストに掲げる民主党を中心とする政権交代が起きてしまった。

地元住民としては、長期間翻弄された上に計画の変更では、「今までの苦労は何だったのか?」という思いがすることは当然のことである。
1都5県も、既に相応の負担をしており、自分たちの意見を聞かないで中止を決めるとは何事か、と怒りを表明している。
一方で、今までの国土交通行政のあり方を考え直すためのシンボル事業になってしまっている。
おいそれと、建設推進に政策転換することもできないだろう。

したがって、「有識者会議」の判断を尊重するというのは、1つの政治判断だろう。
「有識者会議」では、「八ツ場ダム」の妥当性について、様々な角度から検証してもらいたい。
中条堤の遊水機能が失われた時点で、上流ダム群の調整機能に大きな配分が課されるのは必然的な論理である。
しかしながら、「八ツ場ダム」以外に代替案はないのだろうか?

一例として、片品村に予定されていた幻のダム計画がある。
片品村は、同じ群馬県であるが、尾瀬の玄関口に位置している。
Photo_3この「片品ダム」と「八ツ場ダム」を比較すると、以下の通りだという。http://blogs.yahoo.co.jp/ken1121souma/34780313.html

1 ダムの貯水量     ほぼ同じ
2 工事費         片品ダムは八ツ場ダムの4分の1の工事費
3 水質           片品のほうがいいそうです(水道水の供給が目的)
4 住民の反対      片品は建設で水没住宅ゼロ、そこで地元では大歓迎

上掲サイトでは、片品村は山村で、産業がさしてない、としている。
温泉とスキー場とハイキング客主体の観光の村だから、観光名所が増えるので地元は大歓迎の意向だったという。

治水上、あるいは水資源開発上、「八ツ場ダム」と同じ規模のダムは、もう1つは不要とのことで、建設中止になったという。
ここで疑問は、なぜ工事費が1/4の「片品ダム」の方が棄却されたのか、ということである。
選択の基準は、「片品ダム」は設計段階で、「八ツ場ダム」は既に工事段階に入っていたから、ということのようである。
あるいは、工事費の大きな事業の方が、建設業界が潤うから、などということもあながち邪推ではないのかも知れない。

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2009年12月 8日 (火)

専門家による「八ツ場ダム計画」擁護論(4)八ツ場ダムの治水上の意義

東京大学名誉教授の虫明功臣氏は、『八ツ場ダムは本当に無駄なのか-治水と水資源の観点から考える』(「正論」09年12月号)において、洪水の処理法は、流すか、溜めて調節するか、の2つの方法である、とする。
そして、沖積平野の河川では、洪水を安全に流下させるために、川幅を決めて堤防が築かれるが、日本では土地利用が高度化しているので、広い川幅を採ることが難しい。
流下させる洪水量を増やそうと思えば、堤防の高さを高くするしかないが、堤防を高くすると、破堤したときの氾濫流の量とエネルギーが大きくなり、被害が増大する。
堤防を高規格化して、切れない堤防にすればいいが、時間とコストを考えると、現実的ではない。

一方で、溜めて調節する方式(ダムや遊水地)は、河川の洪水の水位を下げるという役割を果たす。
破堤したときの水位を下げることが、被害を局限することに繋がるので、治水計画では洪水位を下げることが基本となる。
また、堤防の整備・強化には長時間を必要とし、経時的に劣化することが避けられないので、継続的な維持・補修が必要である。
利根川のように堤防延長の長い河川では、とりわけ洪水位を下げることは大きな意味を持つ。

数値が公表されていないということであるが、虫明教授は、八斗島下流において、上流ダム群が基本高水の水位を低減する効果を、1m数十cmと推測している。
八ツ場ダムは、上流ダム群の中で最も大きな治水容量を持ち、有効な水位低減効果が期待される、とする。
つまり、八ツ場ダムは、無駄なダムではなく、利根川の治水計画の上で、極めて必要性の高いダムである、というのが虫明教授の結論である。

ダムには、治水のための洪水調節機能のほかに、水資源開発機能が期待されている。
日本の河川において、水利権の対象となる安定して流れている流量は、ほとんどが農業用水として利用されてしまっている。
生活用水や工業用水などの新規需要に対しては、ダム等によって、安定して取水できる流量を増やさなければならない。

首都圏における水資源開発は、主として利根川・荒川水系に依存してきた。
水資源開発が重要に追いついていない場合には、流量が豊富なときに限って取水の権利を認める暫定水利権が設定されている。
利根川・荒川水系では、特に暫定水利権が多い。
首都圏の水資源計画上、八ツ場ダムは重要な位置づけがなされている。
1都5県の知事が中止反対を唱えているのも、首都圏の水需給の不安定さによるところが大きい。

虫明教授は、地球温暖化による気候変動の悪影響への対応策としても、八ツ場ダムは被害を軽減するのに有効に機能する可能性を持っている、としている。
確かに、個人的な実感として、暖冬化が通例のようであり、集中豪雨等が凶暴化しているように思う。
しかしながら、、地球温暖化の現象と原因については、いまだ確定的なことが言えない段階のようである。
この部分については、虫明教授も「可能性を持っている」とやや控えめな表現となっている。

同じ「正論」の09年12月号に、地球物理学者でアラスカ大学名誉教授の赤祖父俊一氏が、『地球温暖化の原因は炭酸ガスにあらず』という論文を寄稿している。
赤祖父名誉教授は、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の論議が、鳩山首相や国民世論をミスリードしている、と批判している。
赤祖父名誉教授によれば、地球温暖化の原因は大気中の炭酸ガス等の濃度の上昇によるものではなく、そのほとんどが自然変動と捉えるべきものであるとしている。

つまり、紀元1000年以後の大きな気候変動は、先ず、1400年ごろから1800-1850年ごろまで、「小氷河期」が続いたおとである。
世界平均で約1℃低く、世界各地で飢饉が起きた。
現在は、その小氷河期からの回復中である。
つまり、寒い期間から回復していることが温暖化であって、0.5℃/100年のペースである。
おそらく、2100年まで、このトレンドが続くと予測される。
2100

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2009年12月 7日 (月)

専門家による「八ツ場ダム計画」擁護論(3)利根川改修計画の経緯

引き続き、虫明功臣東京大学名誉教授の『八ツ場ダムは本当に無駄なのか-治水と水資源の観点から考える』(「正論2009年12月号収載)を見て行こう。

2.明治時代における治水事業への要望の高まり
江戸時代を通しての新田開発の拡大と、沖積地への人口・資産の増加によって、全国的に洪水災害が顕在化した。
明治23(1890)年に第1回の帝国議会が開催されると、政府の責任において本格的な治水事業を行うよう要望が高まった。
明治29(1896)年に旧河川法が制定され、大河川における洪水防御を目的とする直轄治水事業が始まった。
地先水防から水系全体を見通した治水方式への転換である。

利根川については、明治33(1900)年に最初の改修計画が立案された。
この計画における計画洪水流量は、栗橋地点を基準地点として、3750立法m/秒であった。
この値は、集水面積を考慮すると、淀川、筑後川、木曽川などに比べて極めて小さく、中条堤の洪水調節効果を前提としたものであった。

明治43(1910)年に、吾妻川、烏川流域に大雨が降り、利根川の全川にわたり大規模な氾濫をもたらす被害が発生した。
中条堤が破堤し、東京まで氾濫流が流下するという事態だった。
中条堤の破堤とその修復をめぐって、上・下流の地域的対立が激化した。
埼玉県議会を2分する争いとなり、住民と警官隊が激しく衝突する事件も起きたりした。
結果的に、上流域側の遊水地化に対する強い反対が入れられて、本川に連続堤を築き、河道の流下能力を高める案が採用されることになった。
利根川治水の大きな転機ということになる。

明治43(1910)年の洪水後、治水計画の対象とする計画洪水流量を増大する改定が行われ、工事が進められてきた。
しかし、昭和10(1935)年、昭和13年と計画洪水流量を上回る洪水が発生し、計画対象洪水流量を引き上げざるを得なくなった。
しかし、戦時体制下となったこともあって、改修はほとんど進捗しなかった。

昭和22(1947)年の敗戦の傷跡も癒えていない時期に、カスリーン台風が利根川上流域に未曾有の大雨をもたらし、利根川流域の全域で甚大な災害が発生した。
この水害を契機として、カスリーン台風規模の降雨による洪水に耐える治水計画が検討され、基本高水は、基準点八斗島で17000立法m/秒とされた。
そのうり、3000立法m/秒を上流のダム群で調節する改修計画が立案された。
この時点で、八ツ場ダムが洪水調節を担うダムとして計画の中に位置づけられたのである。

その後、洪水出水が増大傾向にあることを踏まえ、昭和55(1980)年に、基本高水を八斗島で22000立法m/秒とし、上流ダム群で6000立法m/秒調節する計画に改定された。
さらに平成9(1997)年の河川法の改定時に昭和55年計画の見直しが行われ、上流ダム群の調節機能は5500立法m/秒とされた。

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2009年12月 6日 (日)

専門家による「八ツ場ダム計画」擁護論(2)中条堤の遊水効果

虫明教授は、明治29(1896)年に制定された旧河川法による利根川沖積平野の洪水対策の転換を次のように整理している。
1.江戸時代から旧河川法制定まで
連続堤防ではなく、重要地域を守る地先堤防だった。
埼玉平野の上流部に築かれた中条堤は、上流区域に洪水を貯留・調整する遊水機能を持っていた。
中条堤により、下流の洪水氾濫を大幅に軽減させ得た。
Photo http://www.jice.or.jp/room/200811140.html

虫明教授は、利根川治水の歴史に関しては、関東学院大学宮村忠教授の利根川研究の成果を参照していると書いている。
以下、宮村教授による中条堤の洪水調節効果の解説を見てみよう。
http://www.kubota.co.jp/urban/pdf/19/pdf/19_3_3_4.pdf

根川治水の基本は,中条堤の機構によってささえられてきた.近世における各種の河川事業も,この機構を前堤として成立,または可能であった.
明治中期からの流域杜会の動向は,激しくこの機構をゆさぶり,ついに利根川治水の要をとりのぞいてしまった.そのため,治水計画は混乱し,混乱の中から次第に明瞭に利根川東遷が位置づけられるようになり,同時に江戸川拡大の方向が成立してきた.しかし,中条堤機構が破たんした負担分は,やっと高水計画にのった段階にすぎない.
……
に大きな差が生じる.そのことを考慮しながら仮りに11,000m3/s の効果を中条堤に期待して,明治33年改修計画の流量配分図と付合わせれば,図15のような流量配分図がえがける.
Photo_2                     この図で八斗島における14,750m3/s という数字は,現在の計画洪水流量14,000m3/s とほぼ一致する.
したがってこの図は,あたかも,中条堤を放棄したその負担分を,下流河道で受けもたせている構図のようになる.この意味では,利根川の治水は,基準地点(八斗島)流量で明治33年改修計画と変っていないことになる,他の主要河川は,すでに安全率を高める方向にすすんでいるが,利根川の場合は治水史の観点からみる限り,従来の治水の要の代替えをつくった段階といえよう,

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2009年12月 5日 (土)

専門家による「八ツ場ダム計画」擁護論

「今後の治水対策」が検討されており、河道主体から流域全体での対応という方向性が打ち出されたとしても、ダムが全面的に不必要になるというわけではない。
どうしても必要なダムと、必ずしも必要というわけではないダムとに「仕分け」がなされることになるだろう。
それでには、当面の焦点となっている八ツ場ダムについてはどうだろうか?

11月26日には、地元の「八ツ場ダム推進吾妻住民協議会」が国交省に5万人余りの、八ツ場ダム中止撤回の署名を提出した。
また、関係6都県の知事も、中止反対を唱えている。
八ツ場ダムについては、賛否両論が対立したままで調整の見通しは立っていない。
専門家はどう見ているだろうか?

雑誌「正論」の2009年12月号に、東京大学名誉教授の虫明功臣氏が『八ツ場ダムは本当に無駄なのか-治水と水資源の観点から考える』という論文を寄稿している。
虫明氏は、東大工学部の出身で、東京大学の教授を定年退官後、現在は福島大学の教授を務めている。
専門は、水文学と水資源工学であり、社会資本審議会河川分科会、国土審議会水資源開発分科会などに係ってきた。
現在の水文学分野における第一人者ということになるだろう。

虫明教授は先ず、現在、河川・水資源行政は曲がり角にあり、開発重視からマネジメント重視へ、関連分野の総合性を求めるという方向へ舵を切りつつある、という。
そして、このような河川・水行政の見直しについて、大歓迎である、としている。
おそらくは、この度設置された「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」(座長・中川博次京大名誉教授)においても、マネジメント重視、関連分野の総合性を求める、という方向性で論議が収束されていくことになるだろう。

上掲論文において、虫明教授は、自身の前門の立場からすると、「八ツ場ダム中止」は暴論と言わざるを得ない、という。
八ツ場ダムは必要性が高いダムであるにも拘わらず、代替案を示すことなく、ダム本体着工前の計画を中止するというのは、強引で理不尽な政治決断だと断罪している。
そして、八ツ場ダム計画の妥当性を以下ののように論じている。

先ずは、利根川水系における治水の重要性である。
利根川水系は、群馬、栃木、埼玉、茨城各県の山地を水源として、広大な関東平野を流下し、下流には東京都、埼玉県、千葉県という人口稠密地帯がある。
言うまでもなく、日本において治水上最も重要な河川である。

一方で、利根川が、日本で最も治水の難しい河川である。
それは、勾配の緩やかな平野部を流れる距離が長く、規模の大きな支川を合流することにより、洪水流量が増加するからである。
利根川は、17世紀初頭以前には、東京湾に流れ込んでいた。
2009年9月14日 (月):八ツ場ダムの入札延期 その3.利根川における水資源開発
江戸時代に、埼玉平野を流れていたいくつかの派川を統合し、関宿付近の台地を開削するなどして、利根川と当時の常陸川を接続し、銚子方面へつないで、現在の流路とした。
いわゆる利根川東遷事業と呼ばれるものである。

利根川東遷事業については、その意図と経緯について多くの論議がある。
虫明教授は、東遷事業の主目的は、関東周辺や特に東北地方から江戸への物資を輸送する舟運体系整備の一環であった、とする。
そのため、利根川下流への開削部の川幅が狭く、銚子方面への洪水の分派量は極めて少なかった。
天明3(1783)年の浅間山大噴火により、利根川の河床が上昇し、氾濫被害が激化した。
2009年10月15日 (木):八ツ場ダムの深層(5)浅間山大噴火の利根川への影響
これに対処するため、幕末にかけて開削部の拡幅が行われたが、本格的に下流部への洪水分派量が増強されるのは、明治29(1896)年に、旧河川法が制定されて以降のことである。

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2009年12月 4日 (金)

今後の治水対策のあり方

国土交通省は、11月3日に、新たな治水対策を検討する「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」(座長・中川博次京大名誉教授)の初会合を開いた、と報じられている。
「民主党政策集INDEX2009」では、国土交通政策の中で、大型公共事業について、次のように記載している。

大型公共事業の見直し
川辺川ダム、八ッ場ダム建設を中止し、生活再建を支援します。そのため、「ダム事業の廃止等に伴う特定地域の振興に関する特別措置法(仮称)」の制定を目指し、国が行うダム事業を廃止した場合等には、特定地域について公共施設の整備や住民生活の利便性の向上および産業の振興に寄与する事業を行うことにより、当該地域の住民の生活の安定と福祉の向上を図ります。
また、環境政策の中で、水循環について、次のように記載している。
水循環の確保
日本の水循環の状況を見ると、省庁縦割りの水管理によって、自然環境を活かした循環とはなっていません。現状では細分化され目的も異なる森林、河川、海岸等に関連する各法律を、水循環という観点から環境指向的な一つの法律として統合します。
その際には、住民参加と情報公開により、地域の自然的・文化的・社会的特性に応じて住民が森林や河川の問題に真剣に取り組むことのできるシステムを法律に組み込みます。
また、水不足が深刻な国々の貧困層に十分で安全な水が供給されるよう積極的に援助します。
上記有識者会議では、以下のような内容が検討されるという。
1.幅広い治水対策の立案手法
2.新たな評価軸の検討
3.総合的な考え方の整理
4.今後の治水理念の構築
これだけでは、いささか抽象的すぎて、どういう方向性で考えられるのか不明である。

日本には、およそ2,600のダムのがあり、その総貯水量は202億トンだという。
これに対して、日本の森林2,500万ヘクタールの総貯水量は、1,894億トンであり、なんとダムの9倍にもなる。 さらに森林には貯水機能だけでなく、水源かんよう機能や土砂流出防止機能もあって、その効用はコンクリートのダムを、はるかに上回っている、という説がある。
http://d.hatena.ne.jp/naoshi11/20091003

しかし、もちろん、森林の貯水機能を短期的に管理することは不可能である。
台風が接近して、大雨が予想されるからといって、空にして大雨に備えるというわけにはいかない。
渇水だからといって、臨時に水を供給するわけにもいかない。
森林の貯水機能は、あくまで流出のピークを低減しボトムを上げて平滑化するだけである。
したがって、治水対策や水資源対策を、森林の貯水機能だけで行うことは不可能である。

戦後、わが国の国土は高度利用が進み、特に、昭和30年代以降の高度成長による国土の変貌は著しいものであった。
それが水循環の様相を大きく変えてしまった。
都市域では、道路の舗装や住宅の建設により、雨水を地中に浸み込ませる「保水機能」や、一時的に貯めておく「遊水機能」を持っていた田畑・山林が少なくなり、河川への流入を一時的に遅らせる働きが小さくなった。
そのため、雨が降った時に雨水が河川に流れ込む量が増大し、その変化が急速化した。
また、人口の密集する下流部では河道を拡げることが難しくなった。

そこで雨水の処理を「河川対策」だけに頼らず、一時的に雨水を貯めたり、地下に浸み込ませたりして流域全体雨水の流出を抑える「流域対策」の両面から水害を防ぐ考え方が生まれた。
「総合治水対策」と呼ばれるものである。
Photohttp://www.ara.go.jp/category/09_pd/bousai/water/kouzui/syowa/chisui/chisui.html

果たして、「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」において、総合治水対策を超える発想が出てくるのかどうか。
また、治水だけでなく、利水や親水などを含めた水循環のあり方が議論されることが必要だろう。
しかし、言うは易く、行うは難し、の典型でもある。
それこそ、「百年河清をまつ」にならないように期待したい。

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2009年12月 3日 (木)

「同じ」と「違う」(9)投資と費用-その2.政権交代

スーパーコンピュータ開発に関する事業仕分けが科学技術関係者などの批判を招き、予算としては復活しそうな成り行きである。
特に、理化学研究所の野依良治理事長の「科学技術振興や教育は投資であって、費用と混同して考えてはならない」という発言がかなりの影響力を持ったようだ。
確かに、投資と費用は別の概念であろう。

しかし、考えてみれば、ダムの建設も道路の建設もすべて投資として考えるべき問題ではないか。
これらの公共事業は、まさに産業や生活の基盤整備事業であって、長期間にわたる受益を前提にしている。
およそ公共事業の多くは、投資として行われるものであろう。
その意味で、事業仕分けにおいて、投資と費用とを区分して考えるべきだ、という論理は成立しがたい。

事業仕分けの進め方について、多くの批判を耳にする。
私などは、自公連立政権時代と比べれば、大きな前進ではないかと思うが、もちろん現在の方法や状態に欠陥がないということではない。
変えるべきは変えていけばいいだろう。

今年の新語・流行語大賞は、「政権交代」だそうだが、政権交代自体が、一種の投資と考えるべきだろう。
多くの国民は、決して一過性の流行現象として選択したわけではないと思う。
長期政権の後で、直ちに交代の効果を求めれば、拙速という結果に陥ることになるだろう。
政権交代の費用はもちろん発生するであろうが、重要なことは、投資と位置づけて、長期的な効果をいかにして発現させていくかだと考える。

一般論として、投資に不確実性はつきものである。
不確実性を前提として、意思決定を行わざるを得ない。
ハイリスクのものはハイリターンを期待するし、ローリターンしか期待できないとすれば、ローリスクの道を選ぶだろう。
ハイリスク・ハイリターンがあるレベルを超えると、投資というよりも投機と呼ぶべき領域に入ってくる。
もちろん、その境目のレベルは、手持ち資金の余裕度等によって変わってくるだろう。
私は、国民は、ある程度のリスクを織り込んだ上で、政権交代という選択肢を選んだのだと思う。

投資に際しては、長期的な目論見が重要である。
民主党政権は、日本という国の長期的な展望を示していない、という批判がある。
それも、自公政権との対比で言えばどうなのか、という気がするが、長期的な方向性の提示は、投資、すなわち多くの事業仕分けの判断の基礎になるものである。
政権交代が先に現実化してしまったわけであるが、この国の将来像については、これからでも遅くはないので、議論を重ねていくべきだろう。

しかし、例えばダム問題をとっても、将来的な水循環の望ましい姿などは、そう簡単には描けないのではなかろうか。
とすれば、現時点で、何らかの見切りは止むを得ないのではないかと思うのだが。

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2009年12月 2日 (水)

「同じ」と「違う」(10)「事業仕分け」と「裁判員裁判」

行政刷新会議による「事業仕分け」の様子に対して、人民裁判のようではないか、という批判があるようだ。
確かに、「仕分け人」なる言葉も流通しており、TVドラマの「必殺仕事人」を連想する人もいるのではなかろうか。
さしずめ、「仕分け人」は、長い間さまざまな利権を欲しいままにしてきた「悪い奴ら」を倒す仕事人である。
国民の支持の背後に、そのような勧善懲悪的な心情が作用していることは否めないだろう。
しかし、それは一時的なものに過ぎないと思われる。

確かに、私も、TV映像を見ながら、何となく60年代末の学生反乱の状況を思い出すことがあった。
それは「知性の叛乱」としての要素も多分にあったが、一方で、碩学の教授たちに向かって、「テメェ、バカヤロー、ちゃんと答えろよ」などと罵声を浴びせる、およそ知性の感じられない状況もあったことは事実である。
しかし、今にして思えば、それは戦後史における一種の通過儀礼ではなかったかと思う。
戦後復興から高度成長へ。めまぐるしく変貌する社会を何事もなく過ごすわけにはいかなかったのではないか。

私は、「事業仕分け」の報道に接しつつ、裁判員裁判のことを考えた。
今まで専門家の手に委ねられていたことに関して、市民の目線を導入するという意味では、両者に共通するものがあるように感じられたのである。
もちろん、片や公共的な政策に対する判断、片や個人的な量刑に対する判断であるから、両者のテーマは全く異なるものである。
しかし、専門家の閉じた世界での判断から、より開かれた世界での判断へというベクトルは共通するものであろう。

私は、裁判員裁判の制度についてはいささか疑問を持つものである。
2009年1月24日 (土):裁判員制度に関する素朴な疑問
2009年5月16日 (土):裁判員制度と量刑判断
2009年6月 6日 (土):冤罪と裁判員制度
2009年6月10日 (水):刑事責任能力の判断と裁判員裁判
2009年8月 4日 (火):裁判員制度と刑法総論

社会的にみて如何なものか、と思う判決が出されることがある。
だから、「市民が持つ日常感覚や常識といったものを裁判に反映させる」ために、市民が直接裁判に参加しなければならないものかどうか。
刑法的思考の訓練を受けたことのない一般市民が、的確な判断を示せるものなのか。
冤罪の可能性というのは常に存在すると考えられるだろうが、一般市民がその精神的負担に耐えるべきなのか。

これに対して、「事業仕分け」は公共政策の判断の問題である。
究極的には一般市民・大衆の多数決の論理によるべきものである。
専門性も必要とされる場合もあるのだろうが、すべての分野に対する専門家はいない。
また、すべての案件を、国民投票に付すわけにもいかなりことは自明である。
議員なり有識者に代理的に権限を委ねざるを得ないのが現実だろう。

「木を見て、森を見ず」ではないか、という批判もある。
しかし、森の姿を直ちに目に見えるものとすべきである、というのはないものねだりというものだろう。
今までと比べてより良いかより悪いか、と考えるべきだろう。
確かに劇場的な方式で行われたことにより、仕分け人にはキャストという意識があったと思うし、国民には観劇的な気分もあっただろう。

そして、先般の事業仕分けの風景には、佐伯啓思京都大学大学院教授が言うように、「反論の余地なき正義を振りかざして全権を行使する」(産経新聞12月2日「正論」欄)ように感じられる局面があったことは事実である。
しかし、「反論の余地」はもちろんあったのだろうし、仕分け人に全権が委ねられているというわけではないだろう。
佐伯教授が言うような、優等生が議論を誘導するようなイヤラシサの感覚は私も共有するものであるが、それはまだ不慣れだから、ということもあるのではないか。
公開されている以上、成熟してくるに従い、一般良識的な判断に収斂してくると思う。

しかし、裁判員裁判はこれとは異なる。
1回ごとに選任される裁判員には、判断を成熟させるプロセスは予定されていないからである。
市民の持つ日常感覚や常識は重要だろうが、専門性を軽視すると、衆愚の発露に陥る可能性があることを心しておかなければならないのではないだろうか。

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2009年12月 1日 (火)

事業仕分けの限界と可能性

およそモノ・コトには、「限界と可能性」がある。
そのどちらに着眼するかで、これからの方策に対する考え方は異なってくるだろう。
多くの国民の注目を集めた「事業仕分け」も、限界があることは当然である。
その限界をみて、否定的に考えるか、それとも可能性をみて、今後の改善を考えるか?

大多数の人は、「事業仕分け」については肯定的な評価のようである。
ノーベル賞受賞者や大学関係者から批判が噴出したスーパーコンピュータの開発に関する査定も、予算では復活となりそうである。
政治評論家の屋山太郎氏が高く評価しているのは、「国交省の下水道事業(5188億円)は財源を移したうえで、地方自治体が判断する」とした仕分け作業である。

「民主党政策集INDEX2009」は、下水道政策について、次のように記述している。

環境・暮らしにやさしい下水道法等の改正
下水道整備が各自治体の大きな負担要因になっているとの認識に立ち、硬直的な接続義務を見直す法改正を行い、下水道に偏重した汚水処理対策を正します。
合併浄化槽は、汚水処理性能が下水道と比較して遜色のない水準に達していること、過疎地域において経済効率において優れていること、循環型社会の形成に寄与する機能を有することが指摘されています。このため、下水道法を改正し、公共下水道の排水区域内において合併処理浄化槽で汚水を処理している場合、公共用水域の水質の保全や公衆衛生の見地から著しく不適切な場合を除き、公共下水道への接続義務を免除する等の措置を講じます。
浄化槽方式の汚水処理については、民主党会派に属する新党日本の田中康夫氏が熱心に取り組んできた。
以下は、自民党政権時代の国会での質疑応答である。
(田中康夫君 これは弘友さんのデータではなく、これから申し上げるのは総務省が実際に出している資料なんでございますが、今申し上げました、一億二千七百万人くらいいる中の二千二百三十七万人、七百四十六万世帯の汚水処理ができていないという方々に関して、これを仮に下水道ですべて進めていくと四十七兆二千億円掛かるという形でございます。
 これに対して、仮に浄化槽というものを用いれば、これは六兆円でできるという形でございます。ですので、約年間二兆円という、こうした汚水処理の事業の新規に用いていくお金を使えば、約三年間でまさに基本的な生活という点において、前回も言いましたように、個別銘柄かもしれませんが、ウォシュレットも使える、そして水洗のトイレを、そして生活用水もきちんと環境に配慮して処理していくことができるわけでございます。
国務大臣(金子一義君) 下水道をどの手法でやるべきか、公共下水でいくのか、農村集落排水でいくのか、あるいは合併浄化槽でいくのかということについて地域がそれぞれ計画を作っていただいておりまして、あれは、委員も御担当でありましたから、県の知事の権限で作っているんですね。地図を書いてあるんですね。県が決めるんですよね。)
参議院国土交通委員会平成21年4月9日議事録抜粋 質問者民主党会派田中議員
私たちの世代は、下水道整備が文明のバロメーターのような感じがすることは事実である。
つまり、下水道の延伸を無条件で是と考えてしまいがちである。
しかし、整備が進むにつれて、人口密度が疎な地域が対象になってくる。
当然のことながら、下水道整備の限界効率はどんどん低下してくる。
浄化槽技術の進展により、浄化槽で処理した水も、環境の構成要素として利用できる水質になっている。
下水道管の中を流れている間は、生活と遮断された流水である。
経済的な効率面からだけでなく、環境面からも、排水の有効利用を考えるべきだろう。
「事業仕分け」はスタートしたばかりである。
改めることは多々あるだろう。
しかし、密室の作業をオープン化したことは何物にも代えがたいのではなかろうか。

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