書籍・雑誌

2018年2月22日 (木)

戦争体験・前衛から平和の俳句へ・金子兜太/追悼(118)

前衛俳句の旗手として活躍し第二次世界大戦後の俳壇をリードした俳人の金子兜太さんが20日、埼玉県熊谷市内の病院で死去した。
数え年で言えば「白寿」だった。
中日・東京新聞で、昨年12月まで連載していた「平和の俳句」を主唱し、選者を務めた。
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東京新聞2月22日

「平和の俳句」の相方は、俳優、小説家、お笑いタレント、作詞家、ラッパー、ベランダーとして幅広く活動するクリエイターのいとうせいこうさんだった。
金子さんといとうさんには、『他流試合―兜太・せいこうの新俳句鑑賞 』新潮社(2001年4月)という共著もある。

Ws000000_2 反戦平和への思いを込めた多くの句を残し、安倍政権が強引に進めた安保法に反対する運動のシンボルとなったプラカード「アベ政治を許さない」を揮毫した俳人の金子兜太さんが20日、急性呼吸促迫症候群のため埼玉県熊谷市の病院で死去した。98歳だった。葬儀は近親者のみで営む。
・・・・・・
「『アベ政治』をカタカナにしたのは、こんな政権に漢字を使うのはもったいないから」と話し、「アベとかいう変な人が出てきたもんだから、私のようなボンクラな男でも危機感を痛切に感じるようになりました」などと政権を痛烈批判していた。
俳人・金子兜太さんが死去 「アベ政治を許さない」を揮毫

確かに安倍政権下で、戦後日本のありようが急変してきている。
特定秘密保護法、集団的自衛権の閣議決定、安全保障法制、憲法改正への動き…。
「平和の俳句」は、三年間で十三万句以上が集まった。
詠まれた句は「安倍政権への批判」である。
最後にご自身の句が掲載された。
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東京新聞2017年12月31日

長野県上田市の「無言館」近くに建立された「俳句弾圧不忘の碑」の揮毫もされ、2月25日に除幕式が行われる直前だった。
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今またこんな時代の再来が予感されもする。
⇒2007年10月26日 (金) 新興俳句弾圧事件…①全体像
そんなことがあるはずもないと、歴史の進歩を信じたい。
合掌。

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2018年2月16日 (金)

リベラルの源流としての明六社/幕末維新史(8)

明治6年は明治維新の大きな分岐点だった。
李氏朝鮮に対する政策で、国論が二分されたのだ。
いわゆる「征韓論論争」である。
これが「明治6年の政変」と言われる事態となって、新政府が二つに割れた。
Wikipediaを見てみよう。

そもそもの発端は西郷隆盛の朝鮮使節派遣問題である。王政復古し開国した日本は、李氏朝鮮に対してその旨を伝える使節を幾度か派遣した。また当時の朝鮮において興宣大院君が政権を掌握して儒教の復興と攘夷を国是にする政策を採り始めたため、これを理由に日本との関係を断絶するべきとの意見が出されるようになった。更に当時における日本大使館を利用して、征韓を政府に決行させようとしていたとも言われる(これは西郷が板垣に宛てた書簡からうかがえる)。これを根拠に西郷は交渉よりも武力行使を前提にしていたとされ、教科書などではこれが定説となっている。
この西郷の使節派遣に賛同したのが板垣退助、後藤象二郎、江藤新平、副島種臣、桐野利秋、大隈重信、大木喬任らであり、反対したのが大久保利通、岩倉具視、木戸孝允、伊藤博文、黒田清隆らである。

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歴史人別冊 西郷隆盛と幕末維新の争乱』BEST MOOK SERIES 63(2017年12月)

現象的には岩倉使節団として洋行した派と留守を守った派の対立であるが、結果的には西郷たちは下野して、維新勢力は二分される。
盟友だった薩摩の西郷と大久保は、不倶戴天の敵となった。
⇒2018年1月15日 (月) 西郷隆盛のイメージ/幕末維新史(4)
⇒2018年1月18日 (木) 西郷隆盛のイメージ(続)/幕末維新史(5)

一方、この年に啓蒙主義の団体である「明六社」が設立された。
「明治6年の政変」は明治10年の西南戦争に繋がっていく。
自由民権運動が本格化するのは西南戦争以降であり、それまでの期間は啓蒙思想の時代と呼ばれる。
「明六社」の構成メンバーは、森有礼(主唱者)、西村茂樹、津田真道、西周、中村正直、加藤弘之らである。
開成所出身の旧幕府吏僚が多かったが、日本最初の学術団体とされる。

政治、経済、教育、宗教、思想、哲学、婦人問題など多くの分野で開明欧化、自由進取の立場から論陣を張った。
いわゆる「進歩的文化人」のハシリであり、日本のリベラリズムの源流である。

松岡正剛氏は「千夜千冊第592夜」で『戸沢行夫 『明六社の人びと』』を取り上げ、以下のように書いている。

 日本にはどうも啓蒙が流行らない。啓蒙主義なんて、知識人の暇つぶしのようにおもわれている向きさえ強い。そればかりか、大学から次々に教養学部や教養過程がなくなりつつあるいまでは、教養という言葉だって流行らない。
 日本には啓蒙や教養が根付かないのである。根付かない理由は容易に指摘できる。タテばかりが強い知識人の系譜に対して、知をヨコに組む動きがつくれていないからである。ヨコに組む者たちはたちまち排斥され、横破り呼ばわりされた。だいたい横柄・横行・横着というふうに、ヨコの言葉は悪くうけとられている。
 が、ほんとうはそんなことはない。能の声の出し方には「横(おう)の声」というものがあって、ヨコに広がっていく声をいう。タテの声では能にはならない。また幕末維新の志士たちが何をしたかといえば、その動向の本質は「横議横行」をしたことにあった。松陰や龍馬や高杉や中岡がヨコに脱藩をし、ヨコに海外渡航を企てたから、幕末のすべてが動いたのである。
 日本に啓蒙と教養が定着するには、ヨコの文化が脈動している必要がある。

この「知をヨコに組む」というのがリベラルであり、その方法や分野がリベラルアーツと言えよう。
⇒2017年11月 5日 (日) リベラル・アーツとの関係/リベラルをどう考えるか(2)
⇒2017年11月 6日 (月) リベラル・アーツとの関係(続)/リベラルをどう考えるか(3)
⇒2017年11月 9日 (木) リベラル・アーツとの関係(3)/リベラルをどう考えるか(4)

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2018年2月12日 (月)

下町ボブスレーと「日本スゴイ」騒動/日本の針路(370)

下町ボブスレーというプロジェクトがある。
池井戸潤の小説『下町ロケット』を真似したプロジェクトで、「大田区の小さな町工場が中心となり、世界のトップレベルへ挑戦する日本製のソリを作り、産業のまち大田区のモノづくりの力を世界に発信しようというプロジェクト」になっている。
下町ボブスレーネットワークプロジェクト公式サイト

「下町ボブスレー」を無償で提供されたジャマイカ代表チームが、五輪本番で使用する契約を破棄したことが明らかになった。
替わりにラトビア製が使われる。

 下町ボブスレーのプロジェクト推進委員会は、今月2日に担当者5人を平昌に派遣。交渉は決裂していたが、翻意する可能性を信じて乗り込んだ。4日にジャマイカ連盟幹部と会った際に言われたのは、「それは、われわれのそりではない」。説得する余地はなく、諦めて帰国の途に就いた。
下町ボブスレー、諦め切れない五輪の夢=ジャマイカ翻意せず

これに対し、使用しなかったジャマイカチームを非難する声が上がったらしい。

 ジャマイカのボブスレー製作をしていた組織「下町ボブスレーネットワークプロジェクト推進委員会」が会見を開き、五輪で下町ボブスレーを採用しないのであれば契約書に規定がある通りジャマイカ側に損害賠償6800万円を請求する姿勢を見せると、ネットにはこれに同調し、「下町の町工場の人たちの義理人情をジャマイカは踏みにじった」とジャマイカをバッシングする意見があふれかえったのだ。
 マスコミも同様だ。たとえば、2月6日放送『とくダネ!』(フジテレビ)では笠井信輔アナウンサーが「(ジャマイカの)チームの人たちが下町ボブスレーの下町工場の人たちがつくったこのソリの重みとか意味とかをどれだけわかって使っているのかなって気がするんですよ。(中略)契約解除するんだったら『解除するので賠償金を払います』ということを同時に伝えてくるべきじゃないかなと僕は思います」とまくしたてた。
 さらに、同6日放送『直撃LIVEグッディ!』(フジテレビ)は、ジャマイカがラトビア製のボブスレーを使うことになったのは用意周到に仕組まれたものだったという怪しげな陰謀論まで開陳。夕刊フジにいたっては、「ジャマイカに契約の概念ある!?」などという、差別丸出しの見出しを掲げてジャマイカバッシングを展開した。
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下町ボブスレー問題でジャマイカバッシング! 背景に右派メディアと安倍応援団の「日本スゴイ」の虚妄

おそらく電博などの広告会社の企画だろうが、明治150年に通底する安易なナショナリズムが透けて見える。
ツイッターの意見を拾ってみよう。
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聞けば、ボブスレーを分解してみたところ、「こんなものか」という軽いノリでやって、結局うまく行かなかったということのようだ。
例の如く、安倍首相が深く考えもしないで安易に乗ったらしい。

技術を軽く考えてはいけない。
日本が技術大国になったのは、安倍首相みたいなゴマカシの精神を排除した勤勉な努力の成果なのである。
いたずらに「日本はスゴイ」などと考えているとしたら大間違いで、確かに教訓になる話と言えよう。

と思っていたら、既に教科書に載っていた、というオチがあった。
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以下にように解釈すれば、池井戸潤そのものとも言える。
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2018年2月11日 (日)

水俣病の苦しみを描く・石牟礼道子/追悼(117)

『苦海浄土』の石牟礼道子さんが、10日午前、亡くなった。
90歳だった。
熊本市の介護施設に居たが、パーキンソン病の急性増悪だった。

 熊本県・天草に生まれ、生後まもなく対岸の同県水俣町(現水俣市)に移住した。短歌で才能を認められ、1958年、詩人谷川雁(がん)氏らと同人誌「サークル村」に参加。南九州の庶民の生活史を主題にした作品を同誌などに発表した。68年には、「水俣病対策市民会議」の設立に参加。原因企業チッソに対する患者らの闘争を支援した。
 水俣病患者の心の声に耳をすませてつづった69年の「苦海浄土 わが水俣病」は高い評価を受け、第1回大宅壮一ノンフィクション賞に選ばれたが、「いまなお苦しんでいる患者のことを考えるともらう気になれない」と辞退した。以降も「苦海浄土」の第3部「天の魚」や「椿(つばき)の海の記」「流民の都」などの作品で、患者の精神的な支えになりながら、近代合理主義では説明しきれない庶民の内面世界に光をあてた。
 2002年には、人間の魂と自然の救済と復活を祈って執筆した新作能「不知火(しらぬい)」が東京で上演され、翌年以降、熊本市や水俣市でも披露された。
 晩年はパーキンソン病と闘いながら、50年来の親交がある編集者で評論家の渡辺京二さんらに支えられ、執筆を続けた。中断したままだった「苦海浄土」第2部の「神々の村」を2004年に完成させ、3部作が完結。11年には作家池澤夏樹さん責任編集の「世界文学全集」に日本人作家の長編として唯一収録された。
石牟礼道子さん死去 水俣病を描いた小説「苦海浄土」

NHKの「100分de名著」という番組で、2016年9月に『苦海浄土』が取り上げられた。
解説は若松英輔さんだった。
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若松さんの、静かではあるがきっぱりした語り口に引き込まれた。
石牟礼さんといえば反射的に『苦海浄土』が頭に浮かぶが、直近まで精力的に文学活動を続けていた。
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東京新聞2017年3月24日

近代文明が犯した罪の象徴として、水俣病の教訓を忘れるべきではない。
石牟礼道子さんは、私たちの中に生き続けることだろう。
合掌。

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2018年2月 7日 (水)

世界を覆うカジノ資本主義現象/日本の針路(368)

株式市場が波乱状態だ。
なりふり構わず高株価の維持に資金を投じてきた安倍政権によって、日本市場でも株価は順調に推移してきた。
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日経平均チャート2年の推移

NY株式市場の暴落から始まった全世界的な市場の変調に否応なく日本市場も巻き込まれた。
終値ベースで2月5日に23,486円を付けてた日経平均株価は、今日まで23,274→22,682→21,610→21,645と推移している。
昨日の1,000円を超す低落が、今日どの程度回復するかと思ったが、一時700円を超えて上がったが、結果的にはわずかに35円に留まった。
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2月7日日経平均株価

この株価波乱が、ごく短期的に収束するのか、実体経済にダメージを与えるかは予測できない。
しかし、「カジノ資本主義」そのもののように思える。
「カジノ資本主義」という概念は、英国の国際政治経済学者、S..ストレンジが、投機的な国際金融取引が短期の利得を目指して、活発になった減少を指して使った。
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カジノ資本主義―国際金融恐慌の政治経済学

仮想通貨では、コインチェックの流出事件もあった。
⇒2018年1月28日 (日) コインチェックから仮想通貨が580億円分不正流出/技術論と文明論(91)

仮想通貨は、価値の媒体にはなり得るかもしれないが、それ自体は価値を生むものではないだろう。
それが投機の対象として乱高下しているのも、まさにカジノそのものであろう。
Facebookは仮想通貨の広告を載せないことにした。
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東京新聞2月1日

勤勉の精神を失った資本主義は虚しい。

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2018年2月 5日 (月)

ブロックチェーンのしくみ/技術論と文明論(93)

コインチェックに対する信用は毀損されたが、仮想通貨の基礎となる「ブロックチェーン」の技術は大きな広がりを持っている。
⇒2016年9月15日 (木) ブロックチェーンの可能性/知的生産の方法(159)

コインチェック以前にも一般紙で取り上げられる機会増えていた。
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東京新聞2017年12月18日

改めてブロックチェーンのしくみを見てみよう。
ブロックチェーンは、主に3つの要素の上に成り立っている。
1.ブロック
ブロックとは、ブロックチェーン上で行われたすべての取引の記録がおよそ100~1,000個単位でまとめられているデータのこと。
例えば、Aさんは100万円持っておりBさんに10万円送金した。10万円を受け取ったBさんは、50万円だった残高が60万円になり、取引が成立したため、Aさんの残高は90万円になった。
このような取引の記録が1つとしてまとめられ、いくつも集められているのがブロックである。

2.ハッシュ
ハッシュとは、ブロックチェーンにおいて使われているブロックを守っている暗号のこと。
主にSHA-256とRIPEMDと呼ばれる技術が採用されており、記録を守る「暗号化技術」として多方面で使われている。
通常の暗号化技術では、元の単語を割り出されないようハッシュを利用しているが、ブロックチェーンは元の単語を割り出すための計算式は用意された状態で運用されている。
ブロックごとにハッシュが仕込まれていることにより、仮に改ざんを行おうとしても整合性を欠くデータが出来上がってしまうことになる。

3.トランザクション
トランザクションとは、ブロックに書き込みが行われる取引のこと。
上記のAさんとBさんの取引の例のように、トランザクションがAさんとBさんの間で発生し、ブロックに書き込みが行われることとなる。

ブロックチェーンを国ぐるみで使っているのがエストニアである。
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東京新聞2017年12月25日

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2018年2月 1日 (木)

俳句のキレと味覚のキレ/「同じ」と「違う」(105)

「プレバト!!」というテレビ番組を見ている。
いささかマンネリ気味かなとも思うが、俳句、水彩画、消しゴムはんこなどに芸能人がチャレンジし、それを査定・評価して、格付け(才能アリ、凡人、才能ナシ)する。
特に、俳句の夏井いつきさんのコメントは、毒舌もさることながら、見事な添削の効果が楽しみだ。
ビフォアの作品が、語順の修正やちょっとした補足で、見事なアフタに劇的に変化する。

――番組では毎週5人くらいの俳句を査定していますが、「才能アリ」「凡人」「才能ナシ」の基準は何ですか
夏井 詩のかけらがあるかということですね。詩のかけらを作ろうという意識はあるけど日本語がうまく機能していないのが「凡人」。詩のかけらが希薄で発想がありきたりなのが凡人の下のほう。日本語の仕組みが分かっていないのが「才能ナシ」です(笑い)。
――語順を入れ替えたり、助詞を変えるだけで作品が大変身する夏井マジックはどこからくるのですか
夏井 私じゃなく、日本語がすごいんですよ。助詞を変えるだけで作者の立ち位置が全然違ってくる。無意識にしゃべっている時は気付かない日本語の豊かな働きが、17音という短い詩形の中だとよく分かる。日本語のすごさを知ってもらえたらうれしいです。
「プレバト俳句」夏井先生に聞く芸能人ホントの実力

俳句は五七五という定型の中に日本語を盛り込む文芸であるから、小学生でも制作できる。
事実、出場者の皆さんは、「これぞ俳句!」という顔をしている。
俳句の難しさは、定型の他に季語や「切れ」という要素の扱いにある。
季語は、歳時記等を参照すれば、それらしい言葉を見つけることもできるが、「切れ」は日本語の語感の問題だから、感性が問われる。

俳句の入門サイトには、以下のような説明がある。

 俳句を江戸前の握り鮨に例えたとき、季語をネタ(魚)、それを受け止める定型をシャリ(酢飯)とするならば、切れ・切れ字は、味を引き締めるサビ(山葵)のように大事なものと言えるでしょう。
俳句の切れ・切れ字

そのサビ加減が難しい。
夏井いつきの超カンタン! 俳句塾』世界文化社(2016年7月)では次のように説明している。
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要するに、コンテキストが文字通り「切れ」るのだ。
まあ、「習うより慣れろ」で、実作を通じて、感覚を養うしかないのかもしれない。

「切れ」という言葉には、味覚に関連して、コクの対語として使われることがある。
ビールのCMで浸透した「キレがあるのにコクがある」のように。
さらには、「キレ・コク」を思考の態様にまで拡大した議論もある。
⇒2013年1月17日 (木):「キレ」の思考と「コク」の思考/知的生産の方法(28)
⇒2013年1月21日 (月):「コク」の思考と『「いき」の構造』/知的生産の方法(31)
⇒2013年2月 2日 (土):センター試験問題の「コク」と「キレ」/知的生産の方法(34)
⇒2013年3月 4日 (月):小林秀雄と吉本隆明の「キレ」と「コク」/知的生産の方法(38)
⇒2013年4月 4日 (木):佐藤可士和さんの「キレ」と「コク」/知的生産の方法(46)

まあ、味覚の問題と同じように、多分に主観の問題かとは思うが、それではまったく共通性がないかと言えば、そうでもないだろう。
文芸やデザインについて、多くの人が「良い」というものがある。

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2018年1月31日 (水)

コインチェックの仮想通貨・分散送金か?/技術論と文明論(92)

仮想通貨取引所大手コインチェックから約580億円相当の仮想通貨「NEM(ネム、単位はXEM/ゼム)」が外部からの不正アクセスで流出した問題で、実行犯のハッカーらが盗んだNEMを分散送金したらしい。
NEMは1つの口座に入金された後、9口座に分散されたという。
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東京新聞1月31日

 26日にコインチェックから盗まれたNEMのうち大半は、26日中にこのアカウントから9つのアカウントに送金されていたが、その後、出金はとだえていた。
 30日夜、このアカウントからの出金が突然再開された。30日午後10時半ごろから約30分にわたり、100XEM(30日夜の相場で約9000円)または0XEMを、9つのアカウントに対して、計14回送っている。送金先のほとんどが、26日以降、犯人のアカウントに送金したりメッセージなどを送ったアカウントのようだ。
 26日の事件発覚後からは、犯人のアカウントに対して、さまざまなアカウントから少額の入金や、メッセージの送信が行われていた。犯人にコンタクトを取ったり、犯人のアカウントからの送金を追跡するマーク(モザイク)を送る――などの目的とみられる。
 犯人側は、コンタクトを取ってきたアカウントに対して、NEMを“返信”している形になる。ただ、犯人の資金の移動を追跡するモザイクを送った日本の開発者、@minarin_(みなりん*)さんのアカウントには、送金が行われていない。
コインチェック窃盗犯、送金を再開 コンタクト取った人に“返信”?

この事件が犯人の思う通りに展開するのかどうか、現時点では分からない。
「仮想通貨少女」というアイドル・グループが登場するなど、ブームになっているがコインチェック事件が水を差すのかどうか。
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東京新聞1月24日

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2018年1月30日 (火)

明治維新=the Meiji Restoration/幕末維新史(6)

「幕末の思想地図」として下図が掲げられている。
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真説幕末明治維新史「官軍史観」と「逆賊」の真実』 DIA Collection(2017年12月)

私が子供の頃、チャンバラごっこでは、「尊王攘夷」が正義派で、佐幕はワルモノであった。
例えば何度か映画化されている『侍ニッポン』(郡司次郎正)の主人公・新納鶴千代は次のように歌われている。

〽昨日勤王 明日は佐幕
その日その日の出来心
・・・・・・

上図ですべてを尽くしているわけではないが、多方向のベクトルを持ったイデオロギーが入り組んでいたことが分かる。
幕末を「超克」して明治維新になったわけだが、それでは明治維新は思想地図的にどうポジショニングされるだろうか。
「日本資本主義論争」という有名な論争があった。

1933年頃から1937年頃まで行われたマルクス主義に立つ経済学者の論争のこと。広義には1927年頃から1932年頃まで日本共産党と労農派の間で行われた日本民主革命論争を含めていうこともある。日本の資本主義の性格について、講座派と労農派の間で激しく論戦が交わされた。
・・・・・・
共産党系の講座派は、明治維新後の日本を絶対主義国家と規定し、まず民主主義革命が必要であると論じた(「二段階革命論」)。これに対し、労農派は明治維新をブルジョア革命、維新後の日本を近代資本主義国家と規定し、社会主義革命を主張した。
Wikipedia
近代を代表する大論争と言えるが、明治維新の基本的性格の規定の見解の相違である。
詳しくは知らないが、決着がついたとも聞かない。
西鋭夫『新説・明治維新 西鋭夫講演録』ダイレクト出版(2016年4月)は、『A New Theory Of the Meiji Restoration』というタイトルが付いている。
「restoration」は辞書を引くと「もとに戻すこと、返還、もとの状態に戻ること、復職、復位、回復、復旧、修復、復元(作業)、(建物・死滅動物などの)復元(したもの)」とある(weblio)。
西氏の立場はともかく、用例にも載っているので英語では「the Meiji Restoration」というようだ。
この意味では「王政復古」が最も近いのだろう。

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2018年1月29日 (月)

沢木耕太郎『黒石行』/私撰アンソロジー(52)

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「俳句」KADOKAWA(2017年12月号)所収

俳句における「取り合わせ」の技法が気になっていて、たまたま上掲誌を書店で購入したが、その中に沢木耕太郎さんが『黒石行』と題する紀行文を載せていた。
青森県の黒石である。
弘前や十和田には行ったことがあるが、あまり馴染みがない土地である。
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沢木さんは16歳の時、アルバイトで貯めたわずかの金を元手に東北一周旅行をした。
車中泊や駅のベンチなどで宿泊する貧乏旅行だったが、例外的に黒石温泉の国民宿舎に泊まったのだ。
およそ50年前のことである。

私もちょうど50年くらい前に、友人と2人で東北一周の貧乏旅行をした。
単位を取得するために福島で工場実習をして、日当まで出してもらったのだ。
今でいうインターンのようなものかと思うが、高度成長真っ盛りだったので、企業としては青田刈りの一環の費用だったのだろう。
大学の寮などを探して泊まれば東北一周するくらいの日当を頂いた。

沢木さんの泊まった黒石の国民宿舎はとうに取り壊されていたが、部分的にではあるが、徐々に記憶が蘇ってくる。
さすがに「巧い」という文章だ。
構成といい、ボキャブラリーといい、お手本にすべき文章だと思う。
掲出部分は、沢木さんが父の死に際して突然浮かんだ俳句について書いている箇所である。
昔電通の仕事を請けていたことがあり、オフィスが昭和通り沿いにあった。
「昭和通りを横断し、銀座四丁目に向かって歩きながら」というのもよく通った記憶がある。

そして、私の場合は母であるが、死後、遺してあった雑文・短歌・俳句を一冊にまとめる作業を行った。
意識はしていなかったが、あれも「喪の作業」だったのだろう。
父の死の時はまだ子供だったから、特別の感懐はなかったが、自分が寿命を意識するようになって、父の死についても考えることが多くなった。
敗戦後、家庭を捨てたような人だったが、子供たちのことはどう考えていたのだろうか。
ああいう人生は送りたくないと思っていたのだが。

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