書籍・雑誌

2017年12月 6日 (水)

北村薫『ビスケット』/私撰アンソロジー(50)

Ws000000

北村薫『遠い唇』KADOKAWA (2016年9月)の中の『ビスケット』の一節。
北村氏は本格ミステリー作家クラブの発起人の一人であり、初代事務局長を務めたことでも分かるように、本格派のミステリー作家である。
本格派ミステリーは論理性を旨とするが、小説である以上、文学性も重要な要素であろう。
私は、文学趣味が横溢した『六の宮の姫君』創元推理文庫 (1999年6月)を読んで、熱心な読者とは言えないけれど、ファンになった。
芥川龍之介の短編『六の宮の姫君』角川文庫(1958)の創作意図を解き明かすために、芥川の交友関係を探っていく設定のミステリーである。

遠い唇』も、論理性と芸術性が融合した極上の一冊である。
0052

同書の後書きにあたる「付記ーひらめきにときめき」に、次のような文がある。

わたしが好んで書く《名探偵》は、論理というより、常人の持たないひらめきによって真相に到達するのです。瞬時に、別世界を見てしまう特別な目を持っている。わたしはそれにときめくのです。

著者の言う「ひらめき」とは、セレンディピティと言われるものだろう。
セレンディップは予期しない創造的な発見のことで、ノーベル化学賞を受賞した白川英樹博士の受賞記念講演で有名になった概念である。
「偶然に掘り出し物を見つける能力」などと説明されている。
⇒2016年9月26日 (月):回路から漏出する電子とセレンディピティ/技術論と文明論(72)

ノーベル賞に繋がる業績は、偶然得られた結果かも知れないが、その意味や価値を見逃さない認識力があったからこその業績であると言えよう。

北村氏の言葉を目にしたとき、電通の第4代社長・吉田秀雄氏の「広告は、科学であり、芸術である」という言葉を連想した。
吉田氏は、同社を現在のような広告の巨人なる礎を築いた人として知られ、同社の社訓だった「鬼十則」は同氏の言葉である。
「鬼十則」は、私などのように電通に無関係の人間にも大きな影響力を持ったが、最近は「働き方」の悪しき例として有名になってしまった。
5 取り組んだら放すな! 殺されても放すな! 目的を完遂するまでは・・・
などが、過労死を招いた要因であるとされ、電通の社員手帳からも削除されたという。

しかし、クリエイティブな仕事は本質的にキリがないもので、成果は時間の関数ではない。
「鬼十則」の精神が、同社発展の原動力となったことは否定できない。
「鬼十則」の否定は、電通の自己否定のように思われる。
⇒2016年10月30日 (日):電通「鬼十則」の功罪/日本の針路(301)

前川佳一『パズル理論』白桃書房 (2013年5月)によれば、研究開発業務は「ジグソーパズル型」と「知恵の輪型」に大別される。
前者は、ゴールのイメージが明確で、努力を継続すればいずれはゴールに到達できるもので、後者は完遂できるかどうか不確定なものである。
新車の開発などが前者であり、青色LEDの開発などが後者である。

北村氏が「論理」と言っているのは「ジグソーパズル型」に相当し、「名探偵のひらめき」を必要とするのが「知恵の輪型」といえるだろう。
「知恵の輪型」業務のマネジメントは、今後重要性を増す課題だと思うが、上意下達を旨とする日本社会の弱点である。
青色LEDの開発に成功した中村修二博士なケースが典型であろう。
⇒2007年12月11日 (火):青色LEDの場合
⇒2009年4月23日 (木):LEDの技術開発への期待
⇒2014年10月 7日 (火):青色LEDでの三教授のノーベル賞受賞を寿ぐ/知的生産の方法(104)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月 5日 (火)

計算化学の第一人者・諸熊奎治/追悼(113)

計算化学の第一人者である諸熊奎治博士が亡くなった。

Photo 計算化学の第一人者で京都大福井謙一記念研究センター研究員の諸熊奎治(もろくま・けいじ)氏が、11月27日に京都市内の病院で病気のため亡くなっていたことが4日、分かった。83歳。葬儀・告別式は近親者で行った。
 諸熊氏は京都大工学部卒。同学部石油化学科の教授だった故福井謙一氏の研究室に大学院時代から加わった。福井研究室の助手を経て1964年に渡米し、米ロチェスター大教授などを経て76年に帰国。分子科学研究所(愛知県)で電子計算機センター長を務め、93年から2006年まで米エモリー大教授を務めた。06年から現職。
 量子化学など理論化学にもとづく分子の構造や反応などの理論的予測、計算法の研究を進め、分子をタマネギのように多層化して計算する「ONIOM法」の開発などで知られ、理論、実験と並ぶ第3の研究手法として計算化学を発展させた。京大でもさまざまな化学反応のメカニズムをコンピューターで解析する研究に取り組んだ。
 ノーベル化学賞の有力候補者だった。13年の同賞は化学反応をコンピューターで計算する手法の開発が授賞業績で、スウェーデン王立科学アカデミーは同分野の発展に尽くした1人に諸熊氏の名前を挙げていた。
 エモリー大名誉教授、分子科学研究所名誉教授。12年文化功労者。
諸熊奎治氏が死去 計算化学の第一人者、ノーベル賞候補

化学と言えば一般には「実験」のイメージがあるだろう。
つまり経験科学である。
その化学の非経験化に挑戦してノーベル賞を受賞したのが福井謙一博士だった。
福井博士は工学部燃料化学科(後に石油化学科に改称・改組)の教授であった。
理学部でなく工学部であるところがユニークである。
それは、喜多源逸、兒玉信次郎らによって培われてきた自由を尊び、基礎を重視する学風の中で開花した。
⇒2009年10月10日 (土):プライマリーな独創とセカンダリーな独創

福井博士から直接の指導を受けた第一世代の5人が『量子化学入門』化学同人(1963年)という著書を書いた。
米澤貞次郎、加藤博史、永田親義、今村詮、諸熊奎治の諸氏である。
量子化学を勉強する人の必読書と言われる。

上記記事にあるように、2013年のノーベル賞は計算化学分野に対して授与された。
諸熊博士の業績も大きな貢献をしたが、残念ながら直接の受賞者とはならなかった。
しかし、諸熊博士をも育んだ基礎と自由を重視する学風は現在でも引き継がれている。
⇒2017年9月25日 (月): 日本の研究力を回復するために・基礎と自由/日本の針路(330)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月 4日 (月)

親安倍のイデオローグ(4)見城徹/アベノポリシーの危うさ(324)

「ZAITEN]という雑誌がある。
かつて『財界展望』というの誌名だったが、しばらく見ないうちにリニューアルしたようで、発行元も「株式会社財界展望新社」となっている。
Wikipediaでは次のように解説している。

基本的には経済誌、ビジネス誌である。内容は大企業の内情(怪文書など)を取り上げた記事や、経営者(重役)の動向や私生活、現住所などを「あの人の自宅」と称して、写真付きで連載記事にしている。同種の雑誌と見られる「財界」や「経済界」が企業サロン誌であるのに対して、ZAITENは有力企業の経営者や政治家(主に自由民主党)、官僚を批判する記事が多い。

最新の2018年1月号の表紙は以下のようである。
001

見ての通り、幻冬舎の見城徹氏の批判記事がウリになっている。
私は、一時期、幻冬舎という出版社に好意的だった。
1993年の設立で、命名には五木寛之氏が係わった。
2003年に店頭市場で株式を公開した。
見城氏の個人会社の色彩が強く、上場企業として必要なオープン性を保てるか疑問だったが、2011年に上場廃止した。

幻冬舎は数多くの大ヒット作を出している。
その点は間違いなく商売上手であり、それはおそらく一世を風靡した角川春樹氏に学んだことが多いであろう。
しかし、その出版物に違和感を覚えることが増え、現在では不快感さえある。
部数を売ることには成功したが、多くの読書人から顰蹙を買ったものに、百田尚樹氏の『殉愛』がある。
⇒2014年11月21日 (金):百田尚樹の『殉愛』の売り方/知的生産の方法(110)
⇒2014年11月22日 (土):クリティカル思考の反面教師としての百田尚樹/知的生産の方法(111)
百田氏は自他ともに認める安倍応援団である。

また、石原慎太郎氏は昔からの盟友で、ゴルフも良く一緒にやる仲だという。
石原氏が、田中角栄の独白風に描いた『天才』は、石原氏の衰えを感じさせる駄作だと思う。
文芸出版の志はどこに消えたのだろうか?

これらに輪をかけてひどいのが、準強姦事件を問われている山口敬之氏の『総理』および『暗闘』であろう。
⇒2017年5月12日 (金):アベ友・山口敬之氏の超弩級疑惑/アベノポリシーの危うさ(206)
⇒2017年5月15日 (月):アベ友・山口敬之氏の超弩級疑惑(続)/アベノポリシーの危うさ(208)
⇒2017年6月 3日 (土):アベ友・山口敬之氏の超弩級疑惑(3)/アベノポリシーの危うさ(224)

この件は、福島みずほ氏が国会で取り上げられたが、委員長が、なぜか中断させてしまった。
安倍首相に面識の有無を質問して、首相が「取材対象として」知っていると白々しい答弁をした直後である。
Photo
山口氏はTBS時代に番記者であったから知悉のはずであり、安倍首相は逃げを打ったのだろう。

そもそも、執務室での写真をジャーナリストに使わせることも異例だが、中身を読んでも、山口氏が安倍氏の自宅や外遊先のホテルの客室にもしょっちゅう出入りするシーン、第一次政権崩壊後の2008年から安倍や昭恵夫人と定期的に登山をしていたエピソード、さらには、内閣人事案や消費税をめぐってメッセンジャー的な役割まで果たしていたことを、山口氏自らが自慢げに語っている。それを「取材対象として知っている」とは、開いた口がふさがらない。
詩織さん準強姦事件もみ消し問題で安倍首相が山口敬之氏との関係を「取材対象として知ってるだけ」と嘘八百

この問題には菅官房長官の人脈も関係している。
しかし、希望の党の柚木道義議員も取り上げ、大きな問題になるのは必至である。
Ws000000
【必見】山口敬之氏レイプ&揉み消し事件、希望・柚木道義議員が本格追及!「中村格氏呼んだのに何故来ない?」→凍り付く議場!

山口氏の『総理』は、一読してとてもまともに論評する気にならない代物だった。
こんな本を出し続ける様では幻冬舎や首相の未来はないだろう。
「ZAITEN」記事の一節を切り貼りしておく。0032

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月27日 (月)

伊都国の位置論(4)/やまとの謎(121)

汗牛充棟のごとき邪馬台国関連本の中で、ちょっと興味を喚起されたのが、安田哲也『解読・邪馬台国の暗号-記紀に封印された倭国王朝の光と影』講談社出版サービスセンター(2007年2月)である。
奥付の著者略歴欄を見ると、昭和20年生まれで、最高検検事、鹿児島地検検事正を経て、公証人とある。
実生活でも成功した人と言えるだろう。

安田氏は著書の狙いを「魏志倭人伝」の解釈によって
1.邪馬台国が南九州にあったこと
2.そに『記紀』の暗号解読による裏づけ
と説明している。
オーソドックスな読解をして行くと、南九州説になるとも言えよう。
⇒2012年11月20日 (火):「邪馬台国=西都」説/オーソドックスなアプローチ
私が読んだのは遅かったが、安田氏の著書は中田氏に先行しており、かつ両者の論旨は独立である。

安田氏は、通説の「伊都国=糸島半島」説を、国の所在地を地名や遺跡・遺物で確定しようという発想に問題があるとする。
古代の王都には遷都がつきものであるが、地名や遺跡・遺物を理由として確定はできない。
しかも、通説では年代観が邪馬台国の時代と合わない。

「魏志倭人伝」には、伊都国唐津付近に比定される末盧国から「東南陸行五百里」である。
かつ「南水行」が可能な場所である。

のちの肥前国松浦郡 (佐賀県唐津市付近) にあったとみられる。四千余戸があり,漁業に従事したという。『古事記』には末羅県 (あがた) ,『日本書紀』『肥前国風土記』『万葉集』には松浦県とみえ,古代北九州の要地であった。
末盧国:ブリタニカ国際大百科事典

虚心坦懐に考えれば、有明海沿岸であることは自明である。
Photo

また「世有王皆統属女王国郡使往来常所駐」を、伊都国の説明と読む通説は間違いだとする。
伊都国のことは、その前の「千余戸有」で終わって、「世有王」以下は、伊都国だけでなく既出の四ヵ国に共通する事項と読む。
そして「世有王」の世は世襲の意味であるとする。

問題の「水行十日陸行一月」は、「水行十日及び陸行一月」と解すべきであるとする。
⇒2012年12月 7日 (金):魏使の行程のアポリアとしての「水行十日陸行一月」/邪馬台国所在地論

安田氏の読解による邪馬台国への行程は以下のようである。
Photo_2
通説に比べると支持する人は(現時点では)少ないが、安田、中田、幸田氏らの、伊都国有明湾沿岸、邪馬台国宮崎説は合理的であるように思う。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2017年11月26日 (日)

伊都国の位置論(3)/やまとの謎(120)

もちろん、伊都国を「魏志倭人伝」に書かれているように、末蘆国の東南に読んで考える人たちもいる。

魏志倭人伝の記述によれば、
「末廬国(長崎県唐津市付近)から東南に500里」
だそうです。通説に従うと「1里=約80m」らしいので、「500里=約40km」です。 
するとどこに辿り着くでしょうか。何と佐賀市、小城市付近なのです。
あの有名な吉野ヶ里遺跡のある、佐賀平野。・・・・
なんとなく、納得出来ると思いませんか!?
となると、奴国と不弥国も自ずと判ります。 
魏志倭人伝の記述によると、伊都国の東南100里(約8km)に奴国、さらにその東100里(約8km)に不弥国があるそうです。
つまり、佐賀市東方から鳥栖、久留米、筑後、八女のどこか・・・・ではないでしょうか。おそらく筑後川流域でしょうね。
・・・・・・
「都市は水量豊富な大河の注ぐ、肥沃な平野において発展する」
という歴史の法則があります。
魏志倭人伝の記述から、伊都国は倭の重要拠点であることが読み取れます。比定地佐賀は現在でこそ、某お笑い芸人のネタになるような田舎(失礼)ですが、確かに歴史の法則に適っています。
Photo_10
氷解!! 魏志倭人伝の謎 - 南へ水行20日は「薩摩」

邪馬台国を宮崎に比定するのは多数説ではないが、自然科学的発想のアプローチをしている『日本古代史を科学する  』PHP新書(2012年2月)の中田力氏も宮崎平野節であった。
⇒2012年11月20日 (火):「邪馬台国=西都」説/オーソドックスなアプローチ

やはり伊都国を「魏志倭人伝」の記述に忠実に、東南の方角に比定している。
Photo_11

中田説では、佐賀平野は現在より後退した位置にあり、有明湾の海岸線は現在より内陸側にあったとしている。
Photo_13

これらの説は合理的であり、定説が「伊都国=糸島半島」としたことが、解決がないような混迷に陥った原因ではないかと思える。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月24日 (金)

伊都国の位置論(続)/やまとの謎(119)

「伊都国=糸島半島」説が定説になっていることは、例えば福岡マラソンの以下のようなアピールからも窺える。
Photo_7
奴国から伊都国へ駆け抜ける!! 福岡マラソン

とはいえ、「伊都国=糸島半島」説には致命的な弱点がある。
「東南陸行五百里到伊都國」であって、伊都国はその前の末盧国から「東南」の方角のはずである。
末盧国を松浦半島唐津付近だとすれば(これにも高木彬光『邪馬台国の謎』のように異論はあるにしても、唐津は他の記述との整合性という点で不合理とは言えない)、糸島半島は、「東南」ではなく「(東)北東」と言うべきである。
Ws000000

定説は、誤差、誤記、誤認・・・としているが、伊都国の位置は重要である。
戦後間もなく、榎一雄氏により「放射説」が発表され、「魏志倭人伝」の読解に画期をもたらした。
榎一雄氏は、次の点に着目した。

伊都国までと、伊都国以降で記述のスタイルが異なる。
   伊都国以前 →方位、距離、国名
   伊都国以降 →方位、国名、距離又は日数
これは、伊都国以降の記述が、「伊都国を起点に、それぞれの国の方位等を個別に記述したもの、すなわち放射状に書かれていると解釈すべきである。

放射説によれば、邪馬台国は伊都国の南であるし、順次式に読んでも、大略南であるから、邪馬台国比定の上で伊都国をどう考えるかは重要である。Photo_9
第320回 邪馬台国の会  出雲神話と邪馬台国 『魏志倭人伝』を徹底的に読む

また、伊都国には、以下のような記述があって、伊都国自身が重要な国であったと思われる。
Photo_8
たーさんの部屋

伊都国のプロファイルを以下のように論考している論者もいる。
Ws000000_2
魏誌倭人伝の検証に基づく 邪馬台国の位置比定

このような位置づけを持つ伊都国については慎重に比定すべきではなかろうか。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月22日 (水)

伊都国の位置論/やまとの謎(118)

相変わらず「邪馬台国論」の人気は衰えていないようである。
私も書店で次のムック(2017年10月)をつい購入してしまった。
Real
歴史REAL邪馬台国 (洋泉社MOOK 歴史REAL)

特に新しい内容というよりも、今までの論争の現時点でのおさらいという感じである。
「魏志倭人伝」に記載されている「国」、特に邪馬台国以外で重視されている伊都国については、定説の市島半島以外の記述はない。
Photo_4

邪馬台国への行程記事中で伊都国に関する記述は以下のようである。
Photo_5
ここまでわかった! 邪馬台国 (新人物文庫)2013年10月)

上記にあるように、糸島の「イト」が「伊都」に通じるということから、伊都国=糸島半島説がほぼ定説とされてきた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月10日 (金)

トランプ大統領のアジア歴訪/世界史の動向(57)

アジアを歴訪中のアメリカ・トランプ大統領が、韓国、中国訪問を済ませ、ベトナムでAPECの臨んだ。
この長い歴訪は、世界にとってどのような意味を持つのだろうか?
また、日本の外交は成功したのか?

私の周辺の安倍信者は、「やはり安倍ちゃんの外交力はスゴイ」などと言っているが、本当か?
韓国、中国でもそれぞれすくなくとも表面上は「熱烈歓迎」を受けたように見える。
日本では安倍首相の、まるで宗主国の元首を迎えるかのような接遇が印象に残った。
この「ご接待」は成功したのだろうか?
私にはそう見えない。
⇒2017年11月 7日 (火):トランプ大統領にへつらう安倍首相とマスメディア/永続敗戦の構造(12)

外務省OBの天木直人氏は以下のように論評している。

 首脳外交とは、決して首脳間の個人的友好関係を誇示するものではない。
 その国の国民を背負った二国間の首脳の、国家の威信と国益を賭けた凌ぎ合いなのだ。
 ひるがえって、それに先立って行われたトランプ大統領の来日はどうだったか。
 個人的友好関係を強調するあまり、ゴルフと会食パフォーマンスが優先された。
 米国大統領の初来日にもかかわらず国賓としなかったのは、天皇陛下の謁見を避けるためではなく、ゴルフをしたかったからに違いない。
 いまとなってはそう思わざるを得ない。
 トランプ大統領の国会演説よりも、トランプ大統領とのゴルフと会食を優先したかったのだ。
ゴルフと会食を優先した安倍対米首脳外交の歴史的敗北

しかも、そのゴルフたるやひどいものだったようだ。

 政界で話題になっているのはバンカーにハマった1番ホールでの安倍首相の衝撃映像だ。1回ではバンカーからボールを出せず、2回目のショットで何とかバンカーから脱出。安倍首相は先を歩くトランプと松山英樹に取り残されまいと、バンカーからフェアウエーに一気に駆け上がろうとしたが、バランスを崩して後方にスッテンコロリン1回転。亀みたいに手足をバタつかせて自身がバンカー入りしてしまった。この“珍プレー”をテレビ東京がニュースで放送すると、ユーチューブに映像がアップされ、瞬く間に再生回数が30万回を超えた。
ゴルフで転倒 衝撃映像で露呈した安倍首相の“体調悪化説”

別にミスショットやトランプ大統領との腕の差をあげつらっているのではない。
ゴルフ、豪華会食、プレゼントという一連の発想が、底の浅さを示している。
残念ながら、世界の舞台でリーダーシップを発揮して行けるとは思えない。
しっかり勉強したことがないツケが回ってきているのだ。
加計孝太郎氏とも「留学」という名目で渡米して、実際は遊びまわっていたに違いあるまい。

安倍首相の姿勢と対照的に猛烈な勉強ぶりで知られる佐藤優氏は、以下のように批判している。
171110
東京新聞10月10日

自民党も、本気で安倍降ろしを考えないとマズイだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月 2日 (木)

暗号革命と素数(3)RSA暗号/知的生産の方法(165)

暗号の要諦は、次のように言える。
1.暗号文は解読ルールを知らない人間には、分かりにくい程良い。(保秘)
2.暗号文による伝達は確実に伝わる程良い。(伝達性)
⇒2017年7月12日 (水): 暗号革命と素数(1)暗号化の基礎/知的生産の方法(161)

この2つの要件は、基本的に両立が難しい。
保秘は分かりにくさを旨とし、伝達性は分かり易さを旨としているからである。
この両立が、素因数分解を応用することで可能になった。
現在のところ大きな数を素因数分解できる効率的な方法は見つかっていない。
2つの素数 P と Qを掛けて P×Qを求めることは簡単にできるが、逆に掛けた結果の P×Q から P と Qを効率的に求めることは極めて難しい。
⇒2017年8月26日 (土):暗号革命と素数(2)大きな数の素因数分解/知的生産の方法(162)

科学雑誌「Newton]2013年4月号の『素数のふしぎ』という特集に、インターネット時代の暗号方式である「RSA暗号」の簡潔な紹介があった。
RSA方式では、公開鍵をウェブサイトの利用者に送り、利用者はこの鍵を使った計算で暗号化を行い、ウェブサイトに送る。
20171102_1254172
20171102_1254222

RSA暗号では、ウェブサイトの公開鍵がインターネット上で公開されており、その公開鍵で暗号化している。
素因数分解という昔教わったことがある誰でも知っている方法であるが、「巨大な数の約数を発見すこととが非常に難しい」という事実によって、取引の安全性が担保されているのだ。
素数の世界は不思議が一杯である。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年11月 1日 (水)

「見立て」の手法・再論/知的生産の方法(164)

前に「見立ての手法」について触れたことがある。
⇒2013年5月 7日 (火):「見立て」の効用/知的生産の方法(53)

NHKの朝の連ドラ『ひよっこ』オープニングで典型的な「見立ての手法」が使われていた。
桑田佳祐さんの歌が流れている時に使われていた田中達也さんのミニチュア写真の映像である。
Photo_4
『ひよっこ』タイトルバックも担当 ミニチュア写真家・田中達也の展覧会

このように「A」をまったく別の「B」として見立てることは、文芸のレトリックとして広く用いられてきた。
例えば紀貫之は「さくら花散りぬる風のなごりには水なき空に波ぞ立ちける」と空に波が立つと見立てた。

レトリックは言葉の技術であるが、言葉は思考の乗り物であるから「見立て」は思考の方法論でもある。
日本人は、本歌取りのように、 「A」と「B」を同時に意識する手法が殊に好きだと言われる。
それが文化に奥行きをもたらしたのだという説もあるがどうだろうか?

この「見立て」の力に卓越していたのが、梅棹忠夫さんである。
梅棹さんは産業の発達を生物の器官の発達に擬えた。

人類史において,文明の初期には,まず農業の時代があり,そこでは,食糧の生産が産業の主流をしめた。やがて工業の時代がおとずれ,物質とエネルギーの生産が産業の主流をしめるようになった。つぎに産業の主流をしめるようになるのが,情報産業である。経済的にも,情報の価値が,経済のもっともおおきい部分をしめるようになるであろう。
⇒2009年4月10日 (金):「情報産業論」の先駆性

 

梅棹さんが世界の識者に先駆けて、このような見通しを発表したのは1963年であった。
まさに『ひよっこ』の時代である。
そして、情報産業という概念がその後の日本の電子産業の隆盛を導いたとも言われる。
現在、老若男女こぞってスマホやタブレットなどの情報端末を片時も離さず、AI(人工知能)の話題が溢れていることを思えば、見事に的を射抜いた先見性であった。

かし今や電子業界は苦戦を余儀なくされている。
のみならず、「失われた〇〇年」が続いているように、産業界もしくは社会全体が停滞している。
この停滞を打破するためにはアップル社のキャンペーンで言うように、「Think Different」が重要であろう。

しかし、言うは易く、行うは難し。
どうすればいいのだろうか?

創造的発見は、既知のものを新しい視点から見たり、新しく見聞したことを自分の問題のヒントすることが重要だと言われる。
梅棹さんは、若い時から登山や探検を通じ、見慣れぬ世界に身を置いてきた。
そのことが、もの見方・考え方を鍛えたと考えられる。
政府はインバウンドに注力しているが、創造性を涵養するためには、アウトバウンドにも力を入れるべきであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧