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2019年1月 2日 (水)

『日日是好日と「分かる」ということ/知的生産の方法(182)

年末に近くのシネコンで『日日是好日』を観た。20190101_090716

私自身はまったく縁がない「お茶」の世界を淡々と描いた佳作である。
原作は森下典子さんの人気エッセイ『日日是好日ー「お茶」が教えてくれた15の幸せ』新潮文庫(2008年11月)である。
映画館の帰りにシネコンと同じショッピング・モールにある書店で買ったら、2018年11月で32刷だった。

主役の「典子」役は、『西郷どん』の妻役を演じた黒木華である。
私はそんなに映画好きということでもないが、彼女の出た「草原の椅子」「舟を編む」「小さいおうち」などを観ている。
いずれも印象に残っており、実力派の証明であろう。
「お茶」の先生役の「武田のおばさん」を演じているのが樹木希林である。
昨年『万引き家族』でカンヌ映画祭でパルムドールに選ばれたが、9月に亡くなっているので、これが遺作ということだろう。
2018年6月11日 (月) 『万引き家族』の評価を巡って/ABEXIT(49)
監督の大森立嗣氏は、大駱駝艦を率いた麿赤児氏の長男である。
大駱駝艦の舞台を観る機会は無かったが、前衛的なものというイメージである。
『日日是好日』の和の世界とは対照的なような印象だが、芸術家のDNAであろうか?
『日日是好日』で印象的だったのは「お茶」が(というよりも「和の世界」一般というべきだろうが)、季節の移ろいと密接に関連していることであった。
 
季節を分ける言葉は、四季や月など数多い。
映画では二十四節季の区分が随所に出てくる。
立春、雨水、啓蟄・・・である。
二十四節季は日常生活でも頻繁に登場するが、それぞれをさらに3分した七十二候についてはほとんど日常性がない。
 
さらに多様に季節感を表現するものとして、俳句の季語がある。
「プレバト」の夏井いつき氏のコメントでも、季語の豊富さが俳人の生命線であることが理解できる。
また「名人」「特待生」のタレントが必死で季語を勉強し、自分の言いたいことに相応しい季語を歳時記から引き出そうとしている。
 
この季節を細分することが、和の世界の本質ではなかろうか。
『日日是好日』に「世の中には「すぐわかるもの」と、「すぐにはわからないもの」の二種類がある。」という言葉がある。
「すぐにはわからないもの」とは、「行ったり来たりするうちに、少しずつじわじわとわかりだし、「別もの」に変わって行く」ものである。
 
それは我々が全体の部分にしか触れ得ていないからである。
ニュートンの言葉を援用して、「知れば知るほど分からないことが増える」現象について考えたことがある。

I was like a boy playing on the sea-shore, and diverting myself now and then finding a smoother pebble or a prettier shell than ordinary, whilst the great ocean of truth lay undiscoverd before me.
発見されないままで拡がっている真理の大海、それを前にして、私は浜辺で、より美しい貝殻や、より滑らかな小石をあちこちさがして楽しんでいる子供のようなものだ。

blogs.yahoo.co.jp/tobetobetigers/52618191.html

ニュートンのこの言葉は、「より多く知っている人は、自分がいかに知らないかということを知っている」という真理を示した言葉であ2る。
自分が知らないことがある、という自覚(=問題意識)こそ、探究心を動かすエンジンということでもあろう。

ところで、新しく何かについて知るということは、この既知の小島の領域が拡大することである(図A→図B)。
つまり島の面積が広がるわけであるが、そうすると、当然海岸線も延伸することになる。
つまり、「未知」を意識するゾーンが拡大するというわけで、「知れば知るほど、知らないことが増える」というのは、こういうようなメカニズムではないかと考えられる。
つまり、好奇心は自己増殖するということだ。
2008年8月 8日 (金) 2年目を迎えて

それが自律的学習のメカニズムである。
「分ける」ことは「分かる」ことであり、「分かる」ことは「分ける」ことである。
細やかに季節の移ろいを「分ける」ことは、「和の世界」を理解するための前提条件といえよう。

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