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2018年12月16日 (日)

心の埋め立てはできない/安部政権の命運(29)

粛々と(!)埋め立てを進めるのか?
「沖縄県民に寄り添い」の舌の根(というよりも表面すら)乾かぬうちに、強権的に埋め立てを行う。
岩屋防衛省は、「日米同盟のためではなく、日本国民のため」というが、そう口にせざるを得ないのが後ろめたさの表れだろう。

砂川闘争の時、「土地に杭は打たれても心に杭は打たれない」石野昇(元・砂川基地拡張反対同盟宣伝部長)という言葉が生まれた。
辺野古の海は埋め立てられても、沖縄県民の心は埋め立てられない。
いみじくも毎日新聞の社説が論じている。
181215
毎日新聞12月15日

砂川闘争についてWikipediaを見てみよう。

1955年3月、在日米軍は日本政府に対し、ジェット爆撃機の発着のためとして小牧・横田・立川・木更津・新潟の5飛行場の拡張を要求した。
・・・・・・
土地収用のための測量実施と測量阻止闘争とのせめぎあいが続く中、1956年10月13日には砂川町の芋畑で地元農民らと武装警官隊が衝突、1195人が負傷し13人が検挙される「流血の砂川」と呼ばれる事態に至った。翌10月14日、日本政府は測量中止を決定した。
1957年7月8日、測量阻止のデモ隊の一部が立ち入り禁止の境界柵を壊し基地内に数メートル立ち入ったとして、9月22日に学生や労働組合員23人が検挙され、うち7人が日米安全保障条約に基づく刑事特別法違反の罪に問われ起訴された(砂川事件)。一審では、1959年3月30日に米軍駐留は憲法違反であり被告全員無罪との判断が示されたが(伊達判決)、同年12月16日、上告審で最高裁判所が統治行為論によって原判決を破棄したことから、逆転して1963年12月25日に7人の有罪が確定した。
2008年以降の研究により、伊達判決を早期に破棄させるため日米両国政府間で秘密協議がされていたことが明らかになっている。

アメリカ従属がいまだに変わっていないのだ。
2018年1月21日 (日) 小学校上空の米軍ヘリ/永続敗戦の構造(14)

砂川闘争はやがて「60年安保」の下地となった。
2012年10月22日 (月) 60年安保と岸信介/戦後史断章(3)

学習の嫌いな安部首相は、祖父と同じ過ちをするのだろう。
「茶番」として。

ヘーゲルはどこかで述べている、すべての世界史的な大事件や大人物はいわば二度あらわれるものだ、と。一度目は悲劇として、二度目は茶番(farce)として、と。かれはつけくわえるのをわすれなかったのだ。ダントンのかわりにコーシディエ-ル、ロベスピエールのかわりにルイ・ブラン、1793 年から1795 年のまでの山岳党のかわりに 1848 年から 1851 年までの山岳党、叔父のかわりに甥。そして「ブリュメール 18 日」の再版が出される情勢のもとで、これと同じ漫画が!
マルクス(伊藤・北条訳)『ルイ・ボナパルトのブリュメール 18 日』岩波文庫
http://www.qmss.jp/strategy/condition/brumaire.htm

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