2018年の回顧(1)/安部政権の命運(37)
明治150年の今年は、安倍政治が最悪の形で本質を露呈した年であった。
総裁選への出馬表明に鹿児島を選んだのは大河ドラマ『西郷どん』人気に乗ろうとしたのだろう。
それは良いにしても、自身の出身地山口県を意識して「薩長同盟」と口にしたのは歴史の文脈を理解しない表れであろう。
幕末から明治にかけて、夥しい数の有為で志を持った人間が世を去った。 坂本龍馬もその一人で、1862年に土佐藩を脱藩した龍馬は、1866年に長州藩と薩摩藩の同盟を仲介した。 急進的攘夷論だった長州藩は、禁門の変で朝敵となり、英米蘭仏を相手にした下関戦争で窮地に陥っていたのだ。
1月に徳川慶喜が第15代将軍に就いたが、その20日後に孝明天皇が崩御した。 6月に薩摩藩と土佐藩の間で討幕の密約が成立し、10月に土佐藩から坂本龍馬の「船中八策」に基づく大政奉還の建白書が提出された。
11月には薩長両藩に対して、討幕の密勅が下りた。
極秘裏だったはずであるが、慶喜は薩長の機先を制して大政奉還を奏上し、受理されて討幕の大義が無くなった。
直後に発案者の龍馬は暗殺されてしまい、討幕派は王政復古のクーデターから鳥羽伏見の戦い、戊辰戦争に雪崩れ込む。
つまり「薩長同盟」の本質は暴力革命路線であったとも言えるのだ。
安倍政権の本質の表れの第一は、悪い意味で「忖度」の構造が定着してしまったことである。
公文書偽造という近代国家にはあってはならないはずのことが、安倍首相の国会の場での勢いで出た「私や私の妻が関係していれば、総理大臣は当然、国会議員も辞職する」という言葉によって、行政府の根幹である財務省が決裁文書を改ざんしたのである。
安倍首相自身は、言葉の条件を限定して「金品の受理はしていない」などと姑息な言い訳しているが、昭恵夫人の関与が明らかであることは、森友事件をスクープしたことでNHKを退職せざる得なくなった相澤冬樹氏などの著書(『安倍官邸vs.NHK 森友事件をスクープした私が辞めた理由』文藝春秋(2018年12月) )を見れば明らかであろう。
「忖度」の原点とも言えるさいたま市公民館会報への「九条俳句」不掲載問題も結審した。
しかし、表現の自由は梅雨空のままである。
東京新聞12月26日
2019年は清々しい青空になることを願う。
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