垣根涼介『信長の原理』/私撰アンソロジー(54)
『信長の原理』角川書店(2018年8月)
斬新な視点で織田信長像を描いたハードボイルドな時代小説といえよう。
イソップ寓話の「アリとキリギリス」のように、アリは勤勉な生き物の象徴と言って良い。
しかし、アリにも「働くアリ」と「働かないアリ」がいる。
「働くアリ」:「周りの状況次第のアリ」:「働かないアリ」は、2:6:2すなわち1:3:1になるというのが、掲出部分の信長が「蟻の試行」で得た結果である。
しかもこの比率は、「働くアリ」だけを集めて試行しても保存される。
信長と明智光秀は、その「何故?」を追求するタイプであり、木下藤吉郎(<羽柴→豊臣〉秀吉)は、2人と違って、プラクティカルである。
織田信長は尾張を領地に持つ戦国大名のOne of themであった。
1560(永禄3)年の今川義元を破った桶狭間(田楽狭間)の戦いが、全国大会へのデビュー戦であった。
しかし、翌1561年の勢力図は以下のようであり、周辺の諸大名に比べてもむしろ弱小だった。
しかし短期間のうちに、隣国の美濃を併合し、岐阜を拠点として勢力を拡大し、さらには琵琶湖周辺の諸国を統合し、列島中央部に版図を築くのに成功した。
目の上のこぶのような存在だった石山本願寺(大坂)を退去させ、瀬戸内海の最深部を手中にし、甲斐武田氏を滅亡させて、1582(天正10)年には天下統一の目前まで来ていた。
しかし、「本能寺の変」で有力家臣の明智光秀の謀反に遭い、人生を閉じる。
垣根氏は信長の成功と失敗の原因を、ビジネスでよく用いられる「パレートの法則」を援用して描き出す。
「パレートの法則」とは、2割の要素が、全体の8割を生み出しているというばらつきの状態を示す。
「20:80の法則」とか「パレート分布」など呼ばれているものである。
「選択と集中」戦略の基準を与えるものと言えよう。
「パレートの法則」は、確かな論理や理論から成り立っているというよりも、ビジネスや生活の中で起きる現象を説明する経験則である。
「パレートの法則」は生物社会でも成立する。垣根氏は〈主要参考文献〉の1つとして長谷川英祐『働かないアリに意義がある』KADOKAWA(2016年6月) を挙げているが、短期的効率性だけを追求した組織は崩壊する。
一般に、短期的効率性と長期的安定性はトレードオフの関係にあるのだ。
信長は徹底した「成果主義者」だった。
しかし生物社会の中でも特に人間社会はメンタルという厄介な要素が重要である。
成果の効率を基準にしたことが光秀の謀反を招いたとも考えられる。
「売れ筋商品」の管理のような発想で部下を管理しようとしたことが信長の限界だったということであろう。
「働き方」の方向性についても重要なヒントになると思われる。
創造の要諦は「異質の要素の組み合わせにある」と言われる。
垣根氏は、ベストセラーになった『光秀の定理』角川書店(2013年8月)で、確率論と心理学に係わる「モンティホール問題」を応用して成功した。
⇒2015年6月 1日 (月) 垣根涼介『光秀の定理』/私撰アンソロジー(38)
歴史と数学というかけ離れたジャンルを組み合わせることが、小説創作における「垣根の原理」かも知れない。
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