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2018年3月23日 (金)

考える技術・書く技術(2)理科系の作文技術/知的生産の方法(173)

「森友疑惑」は、霞が関官僚の、尻尾を掴まれない話法・修辞法「霞が関文学」の限界を国民の目の前に明らかにした。
霞が関文学の対極に位置するのが「理科系の作文技術」であろう。

通りすがりの書店で、『まんがでわかる 理科系の作文技術』中央公論新社(2018年1月)が平積みされていた。
木下是雄氏のベストセラー『理科系の作文技術』中公新書(1981年9月)をマンガで開設したもので、久間月慧太郎という人がイラストを担当している。
理科系の作文技術』は、発刊当時読んだ記憶がある。
私は大学は工学部だったから、理科系と言えば理科系なのであるが、この書が刊行された当時は技術の現場はとうにサラバして、ベンチャー企業で経営スタッフをしていた。
その業務の一環で、専修学校の開設準備をしていた頃のはずである。

学生時代の専攻を離れ、リサーチファームを体験し、その後の職場だった。
ソフトウエア開発企業だったが、リクルートに苦戦していた。
ならば自前で養成機関を作ったらどうだ、という発想だった。
ソフトウェア需要の拡大とソフトウェアの巨大化が引き起こすソフトウェアの生産性の限界によって、コンピュータ技術の発展が大きく阻害される事態、すなわちソフトウエア・クライシスが叫ばれていた頃である。

その学校のカリキュラムを組んでいた時、「テクニカル・ドキュメンテーション」の必要性を強調した。
当時のソフトウェア技術者というのが、概してドキュメントをまとめる習慣がなかったので、メンテナンスに苦労しているのを知っていた。
一方、リサーチ・ファーム時代には、報告書の書き方について、かなり辛口のコメントをする先輩がいて、文章の書き方について、仲間と研究会をしていたので、自分でも興味のある分野だった。

いわゆる「文章読本」の類は何冊も出版されていた。
しかし、それらは専門学校のテキストには相応しくなかった。
後に、第1回小林秀雄賞(2002年)を受賞した斎藤美奈子さんの力作『文章読本さん江』筑摩書房(文庫版2007年12月)が出て、既存の「文章読本」が、ビジネスには役に立たない理由を明快に論じてくれたが、それは約20年後のことである。

当時、さまざまな資料を参照して、自分なりのテキストを作成してみた。
2年ほど専門学校生を対象に授業をしたが、本業が忙しくなったこともあってそれきりになったが、ゆっくりとまとめてみたい気持ちは残っている。

おおよそ、次のようなことを考えていた。
私たちが「情報」と呼んでいる物には、「情」の側面と「報」の側面がある。
ソフト(ウェア)という言葉にも、広狭あって、コンピュータのソフトウェアを狭、デザインや企画などを広とすれば、以下のような整理ができるであろう。

Ws000001

そして、[情・報]産業のプロダクツをポジショニングすれば、以下のようになるのではないか。
Ws000002

理科系の作文技術≒テクニカル・ドキュメンテーションであり、生産財的・報的ではないだろうか。
霞が関官僚にも『理科系の作文技術』を推奨したい。

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