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2017年12月 6日 (水)

北村薫『ビスケット』/私撰アンソロジー(50)

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北村薫『遠い唇』KADOKAWA (2016年9月)の中の『ビスケット』の一節。
北村氏は本格ミステリー作家クラブの発起人の一人であり、初代事務局長を務めたことでも分かるように、本格派のミステリー作家である。
本格派ミステリーは論理性を旨とするが、小説である以上、文学性も重要な要素であろう。
私は、文学趣味が横溢した『六の宮の姫君』創元推理文庫 (1999年6月)を読んで、熱心な読者とは言えないけれど、ファンになった。
芥川龍之介の短編『六の宮の姫君』角川文庫(1958)の創作意図を解き明かすために、芥川の交友関係を探っていく設定のミステリーである。

遠い唇』も、論理性と芸術性が融合した極上の一冊である。
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同書の後書きにあたる「付記ーひらめきにときめき」に、次のような文がある。

わたしが好んで書く《名探偵》は、論理というより、常人の持たないひらめきによって真相に到達するのです。瞬時に、別世界を見てしまう特別な目を持っている。わたしはそれにときめくのです。

著者の言う「ひらめき」とは、セレンディピティと言われるものだろう。
セレンディップは予期しない創造的な発見のことで、ノーベル化学賞を受賞した白川英樹博士の受賞記念講演で有名になった概念である。
「偶然に掘り出し物を見つける能力」などと説明されている。
⇒2016年9月26日 (月):回路から漏出する電子とセレンディピティ/技術論と文明論(72)

ノーベル賞に繋がる業績は、偶然得られた結果かも知れないが、その意味や価値を見逃さない認識力があったからこその業績であると言えよう。

北村氏の言葉を目にしたとき、電通の第4代社長・吉田秀雄氏の「広告は、科学であり、芸術である」という言葉を連想した。
吉田氏は、同社を現在のような広告の巨人なる礎を築いた人として知られ、同社の社訓だった「鬼十則」は同氏の言葉である。
「鬼十則」は、私などのように電通に無関係の人間にも大きな影響力を持ったが、最近は「働き方」の悪しき例として有名になってしまった。
5 取り組んだら放すな! 殺されても放すな! 目的を完遂するまでは・・・
などが、過労死を招いた要因であるとされ、電通の社員手帳からも削除されたという。

しかし、クリエイティブな仕事は本質的にキリがないもので、成果は時間の関数ではない。
「鬼十則」の精神が、同社発展の原動力となったことは否定できない。
「鬼十則」の否定は、電通の自己否定のように思われる。
⇒2016年10月30日 (日):電通「鬼十則」の功罪/日本の針路(301)

前川佳一『パズル理論』白桃書房 (2013年5月)によれば、研究開発業務は「ジグソーパズル型」と「知恵の輪型」に大別される。
前者は、ゴールのイメージが明確で、努力を継続すればいずれはゴールに到達できるもので、後者は完遂できるかどうか不確定なものである。
新車の開発などが前者であり、青色LEDの開発などが後者である。

北村氏が「論理」と言っているのは「ジグソーパズル型」に相当し、「名探偵のひらめき」を必要とするのが「知恵の輪型」といえるだろう。
「知恵の輪型」業務のマネジメントは、今後重要性を増す課題だと思うが、上意下達を旨とする日本社会の弱点である。
青色LEDの開発に成功した中村修二博士なケースが典型であろう。
⇒2007年12月11日 (火):青色LEDの場合
⇒2009年4月23日 (木):LEDの技術開発への期待
⇒2014年10月 7日 (火):青色LEDでの三教授のノーベル賞受賞を寿ぐ/知的生産の方法(104)

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