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2017年12月24日 (日)

沼津市が「高尾山古墳」保存の最終案/やまとの謎(122)

沼津市が懸案だった「高尾山古墳保存と計画道路整備」について、最終案を発表した。
1712222
東京新聞12月22日
大要以下の通りである。
4車線の道路の西側2車線をトンネル、東側2車線を一部橋梁とする方式で、工期は2020年代後半、工費は概算で35~40億円。
2015年6月の沼津市定例市議会で、道路建設のため墳丘取り壊しを伴う調査予算が可決された。
遺跡破壊の崖っぷちであったが、各方面から遺跡保存の要望が高まり、栗原裕康前市長が執行を停止するという判断をした。
当時現場を視察した議員の一人は、「こんなもの早く潰してしまえ」と言ったそうである。
当時の議会の雰囲気が窺える。
⇒2015年6月25日 (木) 高尾山古墳が存亡の危機という非常事態/やまとの謎(104) 

同古墳は東日本最古級と推定される。
関心は全国に広がり、中沢新一氏が「週刊現代」に連載中の『アースダイバー』で取り上げたりした。
築造が230年頃、埋葬が250年頃と推定されている。
卑弥呼の墓と言われている奈良県桜井市の箸墓古墳は250年頃の築造とされているから、ほぼ同時期である。
発生期の古墳として、重要な意味を持つ。
箸墓が前方後円墳、高尾山が前方後方墳という型式上の差異は何を意味しているか。
2016年2月、沼津市民文化センターで「狗奴国サミット」が開催された。
狗奴国は邪馬台国のライバルだったとされるクニであり、高尾山古墳の主が狗奴国と関係があるのではないかという説があることの縁である。
⇒2015年6月17日 (水) 高尾山古墳の主は卑弥弓呼か?/やまとの謎(103)
前方後方墳は東国に多いとも言われる。
ヤマトが全国的な統一を果たす前に、各地はどう統治されていたのだろうか。
日本国建国プロセスに係わる重要なランドマークであり、保存されることになったのは喜ばしい。
最終案とはいえ、今後検討していくべき課題も少なくない。
駐車場や見学施設を含めた総費用はいくらであり、それをどう負担するのか?
しかし、遺跡は単なる文化財ではなく、文化遺産である。
⇒2015年9月15日 (火) 高尾山古墳の文化遺産学/やまとの謎(107)
加藤秀俊・川添登・小松左京監修、大林組編著『構想と復元』に、仁徳天皇陵(大仙陵古墳)等の復元シミュレーションが載っている。
監修者は、大阪万博の企画に係わったメンバーで、京都を拠点とするユニークなシンクタンクだったCDIのメンバーである。
同じような発想で、高尾山古墳の工法、工期、工数はどう考えられるであろうか。
同書のサブタイトルは「歴史から未来へ」であるが、未来を考えるためには、歴史を知る必要がある。
高尾山古墳は地域の宝であると同時に、全国の宝である。
せっかく保存するのであれば、そのポテンシャルを活かす方策を考えるべきであろう。

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投稿: shereehb2 | 2017年12月25日 (月) 07時59分

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