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2017年4月26日 (水)

映像世界のパラダイムシフト・松本俊夫/追悼(104)

映像作家の松本俊夫さんが12日、腸閉塞のため、東京都内の病院で死去した。
85歳だった。葬儀は、家族による密葬で行われる。

 東大卒業後、ドキュメンタリーの世界に入り、「西陣」「石の詩」など前衛的作品を発表。67年の「母たち」でベネチア国際記録映画祭のグランプリを得た。69年、ピーター(池畑慎之介)さんを主演に迎えて新宿の先端文化を生きる若者を描いた「薔薇の葬列」で劇映画に進出。88年には夢野久作の長編小説を原作に桂枝雀さん主演の「ドグラ・マグラ」を監督した。70年の大阪万博では「せんい館」の映像を担当。実験映画やビデオアートなど多彩な作品を残した。
映像作家の松本俊夫さん死去 「薔薇の葬列」「母たち」

私の同僚に、九州工科大学の画像設計工学科の出身者が何人かいた。
いずれも個性的で、一家言を持っていた。
密かにどんな教育が行われてきたのか、興味を抱いたことがある。

同大学は、現在、九州大学に統合されている。
設立時のコンセプト策定には、梅棹忠夫さんなども関わっていて、ユニークな大学だった。
九州大学のような総合大学の一学部となることは、メリットもあるだろうが、失うものも多いような気がする。

松本さんは、作家でありかつ批評家でもあった。

 1969年に初の長編劇映画『薔薇の葬列』を発表して、センセーションを巻きおこした。当時、大島渚と今村昌平をトップランナーとしてきた日本映画に、従来とはまったく異なる映画の作り方があることを示し、世界映画の最前線に並んだのだ。
 題材は古代ギリシャのエディプス神話で、主人公を現代日本のゲイボーイにして、原作の有名なドラマを、母を殺し父と交わる物語に転換してしまった。主役を演じたのは、映画初出演の美少年ピーター(後の池畑慎之介)だった。
 だが、それ以前に松本俊夫は、実験的記録映画の旗手であり、さらに、日本の映画理論の水準を格段に高めた批評家として知られていた。私はそのころ中学生だったが、松本の批評集『映像の発見』と『表現の世界』を読み、映画を見、文学を読み、芸術を享受することの根源的な意味と、それを言葉で論理的に説明するやり方を教わった。当時の芸術を志す若者への松本の影響力の大きさは、今では信じられないだろう。
 だが、ここへ来て、松本俊夫の再評価の波が大きく起こっている。気鋭の映画監督・筒井武文は10年かけて、なんと11時間40分のドキュメンタリー『映像の発見=松本俊夫の時代』を昨年完成したし、全文業を網羅する『松本俊夫著作集成』(全4巻)がついに刊行されはじめた。
【書評】学習院大学教授・中条省平が読む『松本俊夫著作集成I 一九五三-一九六五』(松本俊夫著)

私は昔『映像の発見―アヴァンギャルドとドキュメンタリー』三一書房(1963年)を読んだことがあるが、残念ながら継続的にウォッチングしてこなかった。

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東京新聞4月25日

鬼才も安らかに眠るのだろうか。
合掌。

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