「日本3.0」と梅棹忠夫/日本の針路(319)
新年には、これからの日本がどう動いていくかが気にかかる。
特に、アメリカ大統領へのトランプ氏就任、イギリスのEU離脱、混沌が深まる中東情勢など、世界史との関係はどうなるか。
1939(昭和14)年8月28日、独ソ不侵条約が締結されると、平沼騏一郎内閣は「欧州の天地は複雑怪奇」という談話を発して総辞職した。
国際認識の欠如を示した言葉として有名であるが、平沼騏一郎ならずとも、「世界史の動向は複雑怪奇」と言いたくなる。
オックスフォード辞書は、2016年の「今年の言葉」に「post-truth」を選んだ。
最初に使われたのは1992年だというが、イギリスの国民投票やアメリカ大統領選によって使用頻度が急上昇したのが理由である。
いささか意味が取りにくい言葉であるが、同辞書は「世論を形成する際に、客観的な事実よりも、感情や個人的信条へのアピールの方がより影響力があるような状況」を示す言葉だと定義している。
確かに、人間の脳の中で一番早く反応するのは、大脳辺縁系の感情を司る扁桃体だという。
⇒2013年3月 9日 (土):論理が先か感情が先か?/知的生産の方法(40)
ビジネススキルとして「エレベーターピッチ=エレベーターに乗っている15秒から30秒の時間内にプレゼンし、ビジネスチャンスをつかむテクニック」の重要性が指摘されているのもそのためであろう。
特に導入部の「つかみ」が決め手と言わるが、小泉純一郎元首相は名手であると思う。
郵政民営化に反対する人たちを「抵抗勢力」と命名し、「自民党をぶっ壊す!」と叫んで選挙で圧勝した。確かにワンフレーズでのアピールは、端的なエレベーターピッチであり、大きな効果を上げた。
安倍首相(のブレーン)も、エレベーターピッチを意識しているようである。
真珠湾での慰霊のスピーチも美しい言葉だ。
耳を澄ますと、寄せては返す、波の音が聞こえてきます。降り注ぐ陽の、やわらかな光に照らされた、青い静かな入り江……
安倍首相の真珠湾での演説全文
しかし、言葉が往々にして人を誤らせるのも事実だろう。
五輪招致の際の安倍首相の言葉を忘れまい。
⇒2015年6月 2日 (火):安倍晋三=サイコパス論/人間の理解(13)
団塊の世代が全員後期高齢者となる2025年に向かって、日本は大きな曲がり角を曲がることになるだろう。
日本の総人口は既にピークアウトしているが、一極集中の弊害を言われてきた東京都も、間もなく人口減少に転じる。
近代日本は、敗戦までの第1サイクル、敗戦後からの第2サイクルの後の第3サイクルに入るのだ。
「日本3.0」である。
長いスパンでの歴史認識において突出していたのが梅棹忠夫さんだった。
「文明の生態史観」「情報産業論」「知的生産の技術」「中洋という視点」などを次々と提起し、鮮やかな論理を展開した。
それは探検家として、世界各地を実際に足で感得した知見と豊富な文献渉猟や多彩な人脈から得られる情報を反応させ、熟成させた思考である。
鳥の目と虫の目を両立させ得た稀有な学者であった。
例えば、社会発展を生物の発生のアナロジーで説明し、情報社会の到来を論じた。
東谷暁『予言者 梅棹忠夫』文春新書(2016年12月)
2010年に亡くなった梅棹さんは東日本大震災を知らない。
⇒2010年7月 7日 (水):梅棹忠夫さんを悼む/追悼(8)
つまり、もう6年半が過ぎたことになるが、梅棹さんの論説に対する評価は高まりこそすれ、減じてはいない。
震災が発生した時、脳裏に浮かんだのは1973年すなわちオイルショックの年に刊行された小松左京さんの『日本沈没』だった。
日本列島がマントル対流によって太平洋プレートの下に引きずり込まれるという設定は、プレートテクトニクス理論を世に知らしめたが、型破りの科学者・田所博士は、梅棹さんがモデルだと言われる。
情報爆発と呼ばれている現象が加速し、「日本3.0」の主役は、情報を対象とする知的労働になると思われる。
果たして、働き方改革が実効性をあげ、苦役としての労働から解放される社会が到来するのだろうか。
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