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2016年12月29日 (木)

和解の方向性/アベノポリシーの危うさ(117)

安倍晋三首相が真珠湾を訪問し、先の大戦の犠牲者を慰霊した。
首相は記念館を望む埠頭で、「戦争の惨禍は、二度と繰り返してはならない。私たちはそう誓いました」「戦後七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たち日本人は静かな誇りを感じながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります」と述べた。
美しい言葉である。

しかし、かつて激しい戦火を交えた日米両国が「強く結ばれた同盟国」になった意義を強調することに重きが置かれ、反省や謝罪の言葉はなかった。
問われていた歴史認識についてはNo answerだった。161229
東京新聞12月29日

まあ、語れるはずもない。
大山鳴動した昨年の「戦後70年談話」において、「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない」としたが、侵略をどう認識しているかには触れなかった。
侵略の定義は定まっていない、と逃げたのだから。
上記の言葉と、歴代内閣の積み上げてきた解釈を敢えて変更して、集団的自衛権の行使を容認する立憲主義の否定が論理的関に矛盾しているのは明らかである。

真珠湾攻撃に至った歴史を振り返れば、アメリカ「だけ」を向いて和解の価値を高言することがいかに偏っているか。
そもそも、「大東亜戦争」の名称は、1941年(昭和16年)12月12日に東條内閣が、支那事変(日中戦争)も含めて「大東亜戦争」とすると閣議決定したのである。
支那事変とは何か?

支那事変(しなじへん)とは、1937年(昭和12年)から始まった日本と中華民国の間で行われた長期間かつ大規模な戦闘である(ただし、両国とも宣戦布告を行わなかったため事変と称する)。
「支那事変」という呼称は、当時の日本政府が定めた公称であるが、現在は、太平洋戦争(大東亜戦争)勃発後も含めて日中戦争とも呼ばれる。しかし、日中戦争は1937年から1945年までの戦争を指すことが一般的であるが、「支那事変」は1937年から1941年12月8日までとするのが代表的見解とされており、期間が異なる。
Wikipedia

つまり、順序からしても中国との和解が優先すべきであるだろう。
⇒2016年12月 6日 (火):真珠湾訪問を意義あるものにするために/アベノポリシーの危うさ(112)
事実、アジアに目を向けよ、という声は多い。
⇒2016年12月27日 (火):真珠湾と歴史認識/アベノポリシーの危うさ(116)
1612292
東京新聞12月29日

そして、アジアへ目を向けることは、沖縄に寄り添うことに繋がるだろう。
ダブルスタンダードはもう通用しないのだ。

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