人文知と技術競争/知的生産の方法(164)
坂井修一氏は現在活躍中の歌人にして、情報理工学者として東京大学大学院情報理工学研究科の教授である。
かなり対極的な両分野で、一流の業績を挙げている。
二足の草鞋であるが、どちらが本業ということもないのであろう。
歌人としては、短歌結社「かりん」に所属して、現在「かりん」編集人であり、現代歌人協会理事を務めている。
1987年、歌集『ラビュリントスの日々』で第31回現代歌人協会賞を受賞した他、2006年に歌集『アメリカ』で第11回若山牧水賞、2007年に『斎藤茂吉から塚本邦雄へ』で第5回日本歌人クラブ評論賞、2010年に歌集『望楼の春』で第44回迢空賞等の数々の受賞歴がある。
情報理工学者としては、電子技術総合研究所(現:産業技術総合研究所)時代に、汎用性があるという意味で世界初といわれている高並列データ駆動計算機「EM-4」の開発に携わり、筑波大学助教授等を経て現職という履歴である。
1989年に情報処理学会研究賞を受賞した他、1991年に日本IBM科学賞、1995年に市村学術賞、IEEE論文賞元岡記念賞、2012年に『ITが守る、ITを守る―天災・人災と情報技術』で第21回大川出版賞などの受賞歴がある。
坂井氏が12月6日付の東京新聞に、『技術競争と文化』という一文を寄稿している。
10年ほど前に、東京大学の文系理系併せて200名ほどの新入生について講義したことがあった。
情報セキュリティについての話題で、「インターネットの向こうにスタヴローギンがいたら」と考えてみようと投げかけたところ、皆ポカンとしていたというのである。
スタヴローギンはドストエフスキーの『悪霊』の主人公の名前であるが、ドストエフスキーを読んだことがあるか、という質問には2人手を挙げた。
Wikipediaではスタヴローギンを次のように説明している。
類い稀な美貌と並外れた知力・体力をもつ全編の主人公。徹底したニヒリストで、キリーロフ曰く「彼は自分が何も信じていないということさえ信じていない」。
坂井教授の目論見は、「人間の悪意がサイバー攻撃にどう反映されるか」を考えて見ようということだったが、そこまで行かなかった。
科学技術は人間を幸せにするか?
ロボットいう言葉を造語したチェコの作家カレル・チャペック以来、幾度となく繰り返されてきた質問であるが、永遠の問かも知れない。
チャペックは、戯曲『R・U・R』(Rossum's Universal Robots:ロッサム世界ロボット製作所)で、進化したロボットが人間に反乱を企て、掃討するというストーリーを創作した。
⇒2016年11月11日 (金):人脳と人工知能/「同じ」と「違う」(99)
坂井教授は、フロイトの「人間から攻撃的な性格を取り除くなど、できそうもない。攻撃性を和らげるには文化の作用が必要だ」という言葉を引用し、フロイトの言う「文化」の中軸を成すのは、人文知を中核とする教養であろう、とする。
そして、技術競争が激しくなればなるほど、教養が高められなければならないと結論づける。
わが意を得たような思いである。
文科省が文系軽視のような通達を出しているが、今必要なのは、教養すなわちリベラルアーツである。
⇒2015年6月19日 (金):文科省の国立大学改革通知はナンセンス/日本の針路(181)
⇒2016年11月 8日 (火):教えられた通りの答だけが正解だとは!/知的生産の方法(163)
⇒2016年11月18日 (金):「東ロボくん」とリベラル・アーツ/知的生産の方法(164)
トランプ米次期大統領や安倍首相に相応しい言葉ではなかろうか。
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