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2016年10月 5日 (水)

天皇制の始まりを告げる儀式の跡か?/天皇の歴史(9)

奈良県橿原市にある飛鳥時代の都の跡、藤原宮跡で大型の旗を立てたと見られる穴が見つかった。
調査した奈良文化財研究所は古代の歴史書に記された重要な儀式で使われた可能性が高いと見ている。

Ws000000律令国家の成立を告げた701年(大宝元年)の元日朝賀で使われたとみられ、専門家は「国の形が完成したことを内外に宣言した儀式の様子が、具体的にわかる発見」と評価する。
同年には日本最初の法典・大宝律令が完成し、中央集権体制が整ったとされる。この年の元日朝賀について、古代の歴史書「続日本紀」は、文武天皇が朝鮮半島の使節らを招き、7本の幢幡を立てたと伝える。
律令国家成立祝う旗、藤原宮跡で柱穴7個確認

『続日本紀』の大宝元(701)年の元旦に朝賀の儀式の様子は、宇治谷孟現代語訳『続日本紀〈上〉』講談社学術文庫(9206)に次のように記述されている。

春正月一日、天皇は大極殿に出御して官人の朝賀を受けられた。その儀式の様子は、大極殿の正門に烏形の幢(先端に烏の像の飾りをつけた旗)を立て、左には日像(日の形を象どる)・青竜(東を守る竜をえがく)・朱雀(南を守る朱雀をえがく)を飾った幡、右側に月像・玄武(北を守る鬼神の獣頭をえがく)・白虎(西を守る虎をえがく)の幡を立て、蕃夷(ここでは新羅・南嶋など)の国の使者が左右に分れて並んだ。こうして文物の儀礼がここに整備された。
⇒2008年9月 9日 (火):被葬状態の謎と大宝元年正月の朝賀

朝賀の様子は以下のように推測されている。

Ws000001
 発掘してきた奈良文化財研究所の松村恵司所長は「今回の発掘で律令国家完成のシンボルがようやく見つかった」と言う。南門前では2008年以降、一列に並ぶ16個の旗竿跡が見つかったが、続日本紀に記された本数と異なっていた。松村所長は「遺構と文献が合致する点で、今回の発見は非常に重要だ」と強調する。
Ws000002 奈良時代中期以降の平城宮跡などの遺構や、平安時代の即位式を描いたとされる絵図は、旗竿がいずれも一列に並んでいた。藤原宮跡では中央に柱穴1個、左右に三角を形作るように3個ずつ柱穴があった。大阪府立弥生文化博物館の黒崎直館長(考古学)は「常識に一石を投じた」と評する。
 さらに興味深いのは、当時の権力層に与えていた古代中国由来の「陰陽五行思想」の影響だ。続日本紀は701年の儀式について、東側に日像(にちぞう)(太陽)▽四方を守る「四神(しじん)」のうちの青龍と朱雀(すざく)の3本の旗竿を、西側に月像▽四神のうちの玄武と白虎(びゃっこ)の3本を立てたと記す。
律令国家儀式、鮮やかに 続日本紀、記述裏付け 藤原宮、旗竿跡発見

先日復元公開されたキトラ両古墳でも、東に日像と青龍、西に月像と白虎を描くなど共通
した思考が窺える。
⇒2016年9月22日 (木):キトラ古墳の極彩色壁画/やまとの謎(114)
実質的な天皇制の始まりを告げる儀式だったのかも知れない。

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コメント

何故、続日本紀が西暦701年に大宝を建元したと記録しているのか、考古学的にも裏付けが出来そうですねぇ。個人的な願望ですが、ついでに続日本紀の中で聖武帝が九州年号について普通に言及しているのは何故か論じる風潮になればいいと思うのですが。

投稿: 名無し | 2016年10月12日 (水) 19時35分

名無し様

日本古代史には謎が多いですが、九州年号と呼ばれるものの実体は、アカデミズムでは余り論じられていないようですね。在野の研究者の中に光るものもあるんではないかと思っています。

投稿: 夢幻亭 | 2016年10月12日 (水) 21時55分

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