応用に傾斜し過ぎている研究費の配分/日本の針路(294)
今年のノーベル医学生理学賞を大隅良典東京工業大栄誉教授が単独受賞した。
⇒2016年10月 3日 (月):大隅良典氏にノーベル医学生理学賞/知的生産の方法(161)
自然科学分野の日本人受賞者は下表のようであり、単独受賞は1949年の湯川秀樹博士(物理学賞)、1987年の利根川進博士(医学生理学賞)に続き3人目である。
日本人単独は3人目=自然科学系のノーベル賞
まことに慶賀の至りであるが、当の大隅教授の警鐘に耳を傾けるべきではないか。
受賞を祝う記者会見で、記者が、「ここ10年ぐらい政府の研究開発投資がだんだん応用寄りになっているのではないか、と問いかけたのに対する大隅教授の言葉である。
私はたいへん憂いていて。やっぱり先ほども言いましたように、サイエンスってどこに向かっているかというのはわからないところが楽しいことなので、そういうことが許されるなか、やっぱり社会的な余裕みたいなものがですね。だから、「これをやったら必ずこういういい成果につながります」ということを、サイエンスでいうのはとっても難しいことだと思います。なので、もちろんすべての人が成功できるわけではないんだけど、そういうことにチャレンジするというのが科学的な精神だろうと私は思っているので。そういう意味で、少しでもそういう社会がゆとりをもって基礎科学を見守ってくれるような社会になってほしいと常々思っていて。そういう意味で私も少し、1つでも努力をしてみたいと思っています。
ノーベル賞大隅氏「“役に立つ”という言葉が社会をダメにしている」賞金は若い研究者のサポートに
イノベーションだ、起業だと言ってみても、基礎が社会の総合力を支えているのである。
日本で初めてノーベル化学賞を受賞した福井謙一博士の理論が生まれる過程を解説した米沢貞次郎、永田親義『ノーベル賞の周辺―福井謙一博士と京都大学の自由な学風』化学同人(9910)は、副題が示すように、福井謙一博士のノーベル賞受賞の背景に、自由な学風があったこと示した著書である。
福井博士の受賞は、現代化学理論の根幹を成すフロンティア軌道理論に対して与えられたものだが、自由を尊び、基礎を重視する学風が先見性の伝統を生んだのである。
⇒2009年10月10日 (土):プライマリーな独創とセカンダリーな独創
同様のことは、文科系軽視にも当てはまるのではないか。
週刊新潮10月13日号
文科系を含めたリベラル・アーツがないと俯瞰的な構想ができない。
大隅氏も東大教養学部の出身である。
リベラル・アーツの欠落している典型が、安倍首相の応援団である「文化芸術懇話会」である。
⇒2015年7月12日 (日):「文化芸術懇話会」におけるリベラルアーツの欠落/日本の針路(195)
大学の経営を支える公的な仕組みは、基盤的経費(国立大学運営費交付金、私立大学等経常費補助金など)と、国が公募・審査を行う競争的資金との両輪(デュアルサポート)から成っている。
学術研究の振興を担う競争的資金は科学研究費助成事業(科研費)である。基盤的経費に依存する個人研究費が減少する一方、個々の研究者にとっては、もっぱら科研費が自らの力で獲得しえる「命綱」として極めて重い意味を持ってくる。
研究費を支える「命綱」とまで表現される科研費だが、2014年度予算の2276億円から今年度までほぼ横ばいとなっている。
文科省・研究振興局学術研究助成課の担当者はBuzzFeed Japanの取材に「大学の運営費交付金の予算は減っているため、応募者が増加している状況にある。競争率が上がり、相対的には採択率が下がる状況にあります」と話す。
「日本発のノーベル賞は減っていく……」 科学界に不安が広がる理由
何が将来的に意義のある研究かどうかは、予測不能である。
文科省の官僚の判断できることではないのだ。
オリンピックに3兆円の金を使うならば、何割かは基礎研究に回すべきだろう。
その方が結局は、コストパフォーマンスも高いに違いない。
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コメント
応用研究に比べて基礎研究に対する予算が少ない事は、やはり技術立国の根幹を痩せ細らせる結果になろうかと思います。果実を食べるばかりではなく、施肥もきちんと行わねば。
と云いつつ、研究者は予算のつきやすい研究を優先してしまうのでしょう。やはり基礎研究は国立大学を中心に国が予算を割かなければ立ち行かないと思います。50年100年後を見越した投資を、民間企業や私立大学に頼るのは無理というものです。
ところがその肝心の国が基礎研究を軽く見ていて、すぐに製品になりそうなものにしか投資しないというのは如何なものでしょうか。その最たるものが、防衛省防衛施設庁の「安全保障技術研究推進制度」でありましょう。HPによれば、2016年7月29日付で今年度の新規採択研究課題が発表されております。
http://www.mod.go.jp/atla/funding.html
こういう予算があるのだから、もう少し基礎的研究にも予算を取ればいいのに。これでは私立大学ほど採算性を気にしなくて良い筈の国立大学の存在意義が薄れてしまうと思うのですが・・・。
投稿: Yas | 2016年10月10日 (月) 23時07分
Yas様
まったくその通りですね。憂慮すべきは、国公立大学の授業料がいつの間にかびっくりするほど高騰していることです。
大隅さんは東大ですが、昨年の大村さんと梶田さん、一昨年の中村さんは、いずれも学部は地方国立大学だったはずです。
日本が技術立国で成功してきたのは、まじめな研究者、技術者の層の厚さではないでしょうか。
儲かりそうな研究は、放っておいても民間でやるでしょうから、国公立大学の役割は、目先の成果などにとらわれないで進めるべきだと思います。成果主義などというのは、私企業でももうまく行かない例が多いようですが、iPs細胞の山中さんは、想定外の結果が出るとワクワクしたというようなことを書いていたと思います。
投稿: 夢幻亭 | 2016年10月11日 (火) 12時11分