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2016年9月25日 (日)

金融緩和政策の「新しい判断」/アベノポリシーの危うさ(96)

日銀は9月21日の政策決定会合で金融政策の総括的な検証を行い、金融政策の枠組を変えた。
金融政策の目標を国債買い入れなどの「量」から「金利」に転換し、長期金利に目標を設定する世界的にも異例の手法を導入し、0%程度に誘導するという。
黒田東彦総裁は会合後の記者会見で消費者物価上昇率が2%を超えるまで金融緩和を続けると宣言した。

「戦力の逐次投入はしない」として、黒田東彦日本銀行総裁が、異次元の金融緩和に踏み切ったのは2013年4月であった。
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日銀超弩級緩和の衝撃【前編】

爾来3年半が経過した。
GDPも消費も増えず、2年で2%というインフレ目標も達成されていない。
アベノミクスの基軸というか唯一の政策の金融政策の限界は明らかである。
⇒2016年4月 5日 (火):金融政策だけではどうにもならない/アベノポリシーの危うさ(48)
⇒2016年4月28日 (木):金融緩和政策の末路/アベノポリシーの危うさ(58)

財務省出身で嘉悦大学教授の高橋洋一氏は次のように解説している。

  今のところ、失業率は3%と低い。ただし、まだ賃金は全面的に上がっていない。ということは、まだ完全雇用に遠いというわけだ。筆者の試算によれば、完全雇用は失業率2.7%程度であり、まだ失業率を下げる余地がある。しかも、まだインフレ率は目標の2%に達していない。この場合、さらに金融緩和が必要な状態だ。
   こうした立場からみれば、今回の日銀は、金融政策の枠組みを変えたが、その中身をみると、金融緩和はしていない。やり方を変えますと言いながら、何もやらなかったわけだ。
   マスコミはこの方法に騙される。新しい方式の解説で頭がパンパンになって、何もやっていないことを忘れるのだ。筆者は、こうした現象をかつて「マスコミの小鳥脳」といったことがある。
   どうしてこうなったのか。その伏線は、日銀、財務省、金融庁の3者会合が作られたことにある。この会合は、情報交換の場であるが、会合に出席しているのはトップではなく、事務方である。ただし、事務方によって、重要な政策が形成されるので、こうした会合は侮れない。
   その中で、今のマイナス金利はこれ以上やらない、国債買入増額の量的緩和もこれ以上やらないという意思形成が行われたのだろう。
日銀にだまされたマスコミ 「枠組み変更」、実は「何もやっていない」

私は高橋氏の見方が正しいのかどうか分からない。
しかし無軌道な金融緩和政策が拡大すれば、深刻な副作用が生じる恐れがあることは政策実務者の共通認識ではないのだろうか。
安倍首相は2014年11月に、消費税について以下のように断言した。

 再び延期することはない。ここで皆さんにはっきりとそう断言致します。平成29年4月の引き上げについては、景気判断条項を付すことなく確実に実施致します。
 3年間、3本の矢をさらに前に進めることにより、必ずや、その経済状況をつくり出すことができる、私はそう決意しています。

ところが、2016年6月1日、国会最終日に、消費税増税先送りを表明した。
今までの説明との違いを「新しい判断だ」と強弁した。
もちろん、状況に応じて柔軟に判断すべきであることは当然であるが、アベノミクスと称する経済政策の根幹に係る問題である。
エンジンをさらに吹かす前に、その政策の限界を認識することが重要であろう。

金融政策頼みのアベノミクスと称する経済政策の失敗は明らかである。
現実を見ないで楽観論に縋っていると、東亜・太平洋戦争や核燃料サイクルと同様の過ちを繰り返すことになる。
⇒2016年5月14日 (土):PDCAなき安倍政権の政策/アベノポリシーの危うさ(64)
GDP600兆円などという現実離れした目標から、貧困大国と言われる現実から目を逸らすべきではないだろう。
OECDが2014年に発表した報告書で、格差拡大は経済成長を阻害すると指摘している。
経済成長に代わる社会発展像が問われているのである。

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