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2016年9月13日 (火)

シルクロードの夢・加藤九祚/追悼(96)

国立民族学博物館(大阪府吹田市)名誉教授で民族・考古学者の加藤九祚さんが亡くなった。
94歳だった。
調査のために訪れていたウズベキスタンで体調を崩し、7日から南部・テルメズの病院に入院していたが12日に死去した。

Photo加藤さんは大正11年に朝鮮半島で生まれ、上智大学の予科に在学中に徴兵されて、終戦後、ソ連軍の捕虜になり、昭和25年までシベリアに抑留されます。
帰国後に上智大学を卒業すると、シベリア抑留中に学んだロシア語を使ってシベリアの歴史や民族の研究を始めました。
昭和50年には国立民族学博物館の教授になり、翌年、アイヌ民族の研究者として知られるニコライ・ネフスキーの生涯を書いた「天の蛇」で大佛次郎賞を受賞しました。
また、中央アジアのシルクロードの研究も手がけ、地域の情勢が安定しないことから発掘調査が進んでいなかったウズベキスタンの仏教遺跡などの調査にあたったほか、一般向けの著作も数多く出版しました。
平成11年に南方熊楠賞に選ばれ、平成23年には瑞宝小綬章を受章しています。
文化人類学者の加藤九祚さん死去 ウズベキスタンで

シルクロードは日本人のロマンを誘う。
ジャーナリストの嶌信彦氏は、「時代を読む」というメールマガジンの9月9日号に次のように書いている。

 小さい頃から中国大陸、中央アジア、シルクロード──といった言葉に夢やロマンを感じていた。私は1942年に中国で生まれ、1年ほど上海で暮らしたことや、父も新聞記者で中国やアジア地域を駆け巡り、時々取材の話などを聞いていたためだろう。私と母は敗戦間近の1944年末に帰国しているが中国滞在中の記憶は全くない。時々、中国にいた頃の写真を見て記憶を辿(たど)るのだが何も覚えていない。
・・・・・・・
 ウズベクは数千年前から欧州と中国をつなぐ真ん中に位置し、東西の文物、文化、学問、人間の交流の結節点にあった。天文学や数学、織物文化などに優れ、欧州やインド、ペルシャ、トルコ、中国、モンゴル、ロシア人などの交易が行き交い、16世紀の大航海時代が来るまでは世界の文化の中心的存在だった。しかしその後、鉄道や飛行機、宇宙の時代が到来するにつれ中央アジアの存在感は薄れてゆく。

井上靖の西域ものは大ベストセラーだったし、北杜市の平山郁夫シルクロード美術館は人気の高い美術館だ。
同館で見た高句麗壁画古墳の再現模型が、高松塚古墳を思わせる壁画で印象深かった。
⇒2012年9月 8日 (土):平山郁夫シルクロード美術館と高句麗壁画

加藤さんは、井上靖、NHK取材班との共著『NHKシルクロード〈第10巻〉アジア最深部』等の啓蒙的著作で私たちに夢の一端を覗かせてくれた。
しかし加藤さんの亡くなったウズベキスタンをはじめ、シルクロードの現状は、ロマンとはほど遠いようだ。
Photo_2
中央アジアの旅

思い遺したことは多いのかも知れないが、調査の現場で亡くなられたのであれば、本望だったのではないだろうか。
合掌。

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