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2016年8月 9日 (火)

天皇陛下のお気持ちと護憲/日本の針路(285)

昨日発表された天皇陛下のお気持ちのビデオメッセージは、さまざまなことを考えさせられるものであった。
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東京新聞8月9日

「国民の理解を得られることを、切に願っています」と結ばれている。
どう理解すべきであろうか?

先ず「このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ」とある。
長い天皇の歴史において、「象徴天皇」として即位されたのは初めてである。
日本国憲法にそう規定されているからである。

このことを「アメリカが決めた」という人もいる。
しかし、象徴天皇は国民の間に定着しているのではないか。
象徴とはいわゆるシンボルであるが、具体的にはどう考えるか?
天皇ご自身は「私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました」のである。
そして、「天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じ」、「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて」行ってきたのである。

真摯に「天皇の象徴的行為」を考え、履行してきたという自負である。
決して、アメリカに押しつけられ、嫌々ながらやってきたと言うことではない。
もし、現憲法が押しつけだから、改憲すべきだという人たちは、天皇陛下のお言葉をどう受け止めるのであろうか?

ちなみに自民党の憲法草案では、「元首」と明記されているが、「日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」の部分は変わっていない。
「象徴天皇」であることは、同じであると考えられる。

特に、高齢化社会との関係について触れられていたのが印象的であった。
「社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか」、「高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処し」、「健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念され」ると語られた。

「健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合」とは、例えば昭和天皇のことを考えれば、思い至るのではないか。
私は、国民が過度の「自粛」にならないよう、戒めたものと受け止めた。
それは、「天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ二ヶ月にわたって続き、その後喪儀(そうぎ)に関連する行事が、一年間続き」とあることからも窺える。

徹頭徹尾、憲法を尊重する立場から、「天皇の務めとは何か、それをどう履行するか」を考えておられるのだ。
改憲に利用しようなどと言うのは、不敬以外の何ものでもあるまい。

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だから左翼は堕落する。

投稿: | 2016年8月10日 (水) 21時27分

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