« 天皇陛下のお気持ちと護憲/日本の針路(285) | トップページ | 人口変化と地域スポンジ化への対応/日本の針路(287) »

2016年8月10日 (水)

浜岡原発撤退の論理と倫理(12)/技術論と文明論(61)

全国的に記録的な猛暑であるが、電力不足の声は聞かれない。
全国レベルの電力需要の状況を、震災前の2010年度から震災後の2015年度までグラフにすると以下の通りである。

Photo
年間の需要電力量は2010年度の1兆66億kWh(キロワット時)から減り続けて、2015年度には10.2%少ない9041億kWhまで縮小した。震災直後の2011年度に大幅に減少した後、2012年度と2013年度は1%前後の微減にとどまったが、2014年度と2015年度には2%前後の減少率になっている。LED照明をはじめ電気製品の消費電力が着実に小さくなることを想定すると、今後も全国の需要電力量は年2%程度のペースで縮小していく可能性が大きい。
震災から5年間の電力需要、全国で10%縮小するも地域で開き

東京都は電力の大消費地であるが、エネルギー問題は都知事選の争点にならなかった。
小泉元首相と共に脱原発に尽力する数少ない経済人の吉原毅城南信用金庫相談役は次のように言っている。

「福島第一原発事故が起きてから5年が経過し、国民の間に関心が薄らいでいるといわれますが、高濃度の放射能汚染は何千年たっても解決される見通しがありません。電力会社と政府、財界が進めてきた原発政策が破綻しているにもかかわらず、目先の利権のために再稼動が行われようとしている。こうした社会的不正義を是正するのは、やはり政治の力です。
 参院選では原発とエネルギーを争点とした選挙が行われるべきでした。しかし、与党のみならず野党にも原発推進勢力が根強く存在し、意図的に争点から外しています。これが『野党共闘』に国民が信頼を置かない大きな原因となっている。
 都知事選も同じです。福島や新潟の原発の電力を使うのは東京都民で、大きな争点にならなければなりません。
吉原毅・城南信用金庫相談役「都知事選でも原発を大きな争点に!」

この夏は東日本大震災が起きてから初めて、政府が節電を呼び掛ける「節電要請」がない。
家庭や企業で節電の取り組みが広がって使う電力が少なくなったことと、太陽光発電など再生可能エネルギーが普及し電力の供給力も高まったのが理由である。
原発ゼロでも余裕があるということである。 

8今年の政府の見通しでは、沖縄を除く大手電力九社の電力の供給力は、最も消費が高まる八月でも9・1%余る計算だ。既に稼働している九州電力の川内原発1、2号機(計百七十八万キロワット)が停止し「原発ゼロ」になったとしても、7%ほどの余裕がある。電力業界が強調してきた「電力を安定して供給するためには原発が必要」との説明は、説得力を失いつつある。
 余裕が高まってきた背景には、節電が定着し電力の消費が減ってきたことがある。コンビニなどの店舗や企業、家庭では消費電力が少ない発光ダイオード(LED)の照明も増加。経産省のまとめでは、今年八月に必要な電力の予想は最大一億五千五百五十万キロワット。過去最大だった二〇一〇年より約14%減る見通しだ。
 さらに今年四月から家庭も電力会社を選べる「電力の自由化」が始まり、毎日の消費電力量を細かく見られる「スマートメーター」も普及。「家庭が電力について考え、小まめにチェックすることで節電はさらに進む」(自治体職員)と期待されている。
 供給力も増えてきた。太陽光を中心とする再生可能エネルギーの最高出力は八月時点で七百六十八万キロワットになる見通しで、三十万キロワットだった一〇年の二十五倍超。原発七~八基分に当たる。今後も出遅れている風力発電所なども含め、再生エネは増え続ける見通しだ。
「節電要請」ない夏に 再生エネ増で大震災後初

節電と再生エネ供給の増大は必然的なトレンドである。
もはや現在の状況で原子力発電の稼働を急ぐべき理由はない。

二酸化炭素の排出量を減らすために、原発を稼働すべきだという声もあるが、二酸化炭素と地球温暖化の因果関係についてはもっと検証すべきだ。
気温を変化させる要因としては昔から、ミランコビッチ・サイクル、太陽活動、黒点の増減、
宇宙線、地磁気、エルニーニョ、ラニャーニャ、偏西風、太平洋震動、ダイボールモード現象、水蒸気、火山の噴火、エアロゾル、太陽光線を反射するアルベド効果など諸説ある。
原発震災の危険性を指摘した広瀬隆氏は、『二酸化炭素温暖化説の崩壊』集英社新書(2010年7月)において、アラスカ大学国際北極圏研究センター所長・赤祖父俊一氏の『正しく知る地球温暖化―誤った地球温暖化論に惑わされないために』等の文献も引用して、
二酸化炭素の増加と気温の上昇になんの関係もないことを主張している。

二酸化炭素と核廃棄物と処理の容易性や影響の大きさを考えれば、核を是とすることには絶対にならない。
とりわけ危険な浜岡原発は、真剣に廃炉を検討すべきではないか。

|

« 天皇陛下のお気持ちと護憲/日本の針路(285) | トップページ | 人口変化と地域スポンジ化への対応/日本の針路(287) »

ニュース」カテゴリの記事

技術論と文明論」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

原発再稼働に舵を切ったのは民主党野田政権。そして自公政権になってからは稼働ゼロという事実。

投稿: | 2016年8月10日 (水) 23時28分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/395349/66723968

この記事へのトラックバック一覧です: 浜岡原発撤退の論理と倫理(12)/技術論と文明論(61):

« 天皇陛下のお気持ちと護憲/日本の針路(285) | トップページ | 人口変化と地域スポンジ化への対応/日本の針路(287) »