沖縄女性死体遺棄事件と安倍政権の対応/永続敗戦の構造(1)
沖縄県うるま市の会社員島袋里奈さんが、米国籍で米軍属のシンザト・ケネフ・フランクリン容疑者に殺害され、同県恩納村の雑木林に遺棄されたという悲劇的な事件が発生した。
安倍内閣の閣僚の一人は「タイミング的にまずい。大変なことになった」と嘆く。サミットやオバマ氏の広島訪問など重要な日米間の外交日程が続く中、友好ムードに水を差すことになるからだ。公明党幹部は「日米首脳会談でも触れざるを得ないかもしれない」とみる。
沖縄・女性遺棄事件で閣僚困惑、オバマ氏の広島訪問控え「タイミング的にまずい」
どうだろうか、安倍内閣の閣僚や公明党幹部の認識はこんな程度なのだ。
国民が殺されて死体が遺棄されているのに、「タイミングがまずい」「日米首脳会談でも触れざるを得ないかもしれない」だと。
殺されるのに良いタイミングなどあろうはずもないし、日米首脳会談では先ず第一に触れるべきだろう。
しかし菅官房長官は、「これまでも運用の改善に取り組んできており、常日頃、必要なものはアメリカ側と折衝しながら改善に努め、安倍政権になって環境補足協定も締結した。さまざまな意見があることは承知しているが、今後も個々の問題について、効果的に機敏な形で目に見える改善を積み上げて、在るべき姿を追求し、国民の理解を得ていきたい」と語るに留めた。
要するに、問題の根幹である日米地位協定の改訂には踏み込まないで、運用の改善を図るというのだ。
今回の事件は、公務外であり、地位協定が壁となって捜査が進まない状況ではない。
しかし沖縄県内では地位協定の存在が米兵らに特権意識を生み、凶悪犯罪を誘発したとの厳しい見方がある。
翁長雄志沖縄県知事は安倍晋三首相との会談で、独自の法的地位が与えられていることで生じる在日米軍の「占領意識」を変えない限り、犯罪は繰り返されるとして、日米地位協定の改定を求めた。
在日米軍の法的地位を定める地位協定は1960年、日米両政府の安全保障条約改定にあわせて発効した。
公務中の犯罪に関する裁判は米側が行うことや、公務外でも米側が先に容疑者を確保していれば日本側の起訴まで身柄を引き渡さなくていいことなどが盛り込まれている。
尊敬する祖父の岸信介が結んだ協定は、安倍首相には神聖不可侵なものなのかも知れない。
この事件は、白井聡氏の『永続敗戦論ー戦後日本の核心』太田出版(2013年3月)の典型のように思える。
白井氏自身の解説を引用しよう。
ゆえに、アメリカにとって日本は、助けてあげるべき対象というよりもむしろ収奪する対象に変ってくる。そのことを露骨に告げているのがTPP問題である。それにもかかわらず、冷戦崩壊以降、「日米関係のより一層の緊密化」というスローガンが結局のところ優ってきて、今日ますますそうなっているのは、異様な光景である。真の基礎は変わっているのであるから。
こうして真の基礎が変わるなかで、「暴力としてのアメリカ」の姿が、見える人にははっきりと見えてきた。あの戦争で日本を打ち負かしたところの「暴力としてのアメリカ」である。戦後直後、一九五〇年代には砂川闘争に代表されるように、「暴力としてのアメリカ」の姿は、多くの国民の視界に入って来ざるを得ないものだった。しかし、その後、六〇年安保という危機を乗り越えて、「アメリカ的なるもの」は国民生活のなかに広く深く浸透しつつ、その過程で暴力性を脱色されて文化的なものへと純化されてゆく。だからと言って、アメリカそのものが暴力的でなくなったわけではない。依然として「暴力としてのアメリカ」であった。
ただし、その暴力が日本へと向くことはなく、ベトナムやイラクへとそれは向けられていた。ゆえにわれわれは、それを見ないで済ますことができてしまった。「ウチに向かってくるんじゃないからいいや、さあどうぞ、大人しく基地も提供しますから、よそのどこかで暴れてきてください」、という態度を日本はとり続けた。「暴力としてのアメリカ」の「暴力」が日本に向けられるかもしれないということはそれこそ「想定外」であり、そのために、そのような事態が現実に起こっているのにもかかわらずそれを認識できないのである。
無論、いま述べた構図に当てはまらないのが沖縄である。そこでは復帰以前も以後も一貫して「暴力としてのアメリカ」のプレゼンスがはっきりとしていた。ゆえにいま、沖縄は日本の本土に対する強烈な批判者になっているのと同時に、唯一物事の客観的次元を把握できる立場にいる。これに対して、日本社会の大勢は、沖縄のメッセージを理解していないし理解しようとしてすらいない。よくて、「可哀そうに」とか「申し訳ない」くらいにしか思っていない。つまり、他人事なのだ。ここで見落とされているのは、今日の沖縄の姿は、明日の本土の姿であるということにほかならない。
永続敗戦論からの展望/白井聡
安倍首相は、戦後レジームからの脱却をいいながら、最も強く永続敗戦の構造に縛られている。
それは、安倍首相が岸信介の幻影に捉えられているかである。
「敗戦の終戦へのすり替え」がなされたのは、敗戦の責任を有耶無耶にし、敗北必至とあらかじめ分かっていた戦争(対米戦)へと国民を追い込んで行った支配層(その代表が、岸信介や賀屋興宣など)が、戦後も引き続き支配を続けることを正当化しなければならなかったためである。
翁長氏は安倍首相との会談で、地位協定の不平等さに関し「米国から『日本の独立は神話だ』と言われているような気がする」と不満を示した。
永久敗戦の構造下では占領状態が継続しているのだ。
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