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2015年10月29日 (木)

素粒子論の発展と日本人(4)/知的生産の方法(133)

素粒子論は、日本人初のノーベル賞受賞者・湯川秀樹博士以来、日本人の貢献が目立って大きな分野である。
10月23日付の日本経済新聞に、「ノーベル賞の傾向と対策」とでも言うべき記事が載っている。
2000年以降に限れば、自然科学3分野での日本人受賞者数は、米国に次ぐ多さである。
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東大准教授の岡本拓司さんは、「湯川さんに励まされて科学を志した人たちが成果を挙げるようになった」と解説している。
湯川博士の業績を振り返ってみよう。

原子は、原子核とその周りを取り巻く電子とでできている。
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その原子核は正電荷を帯びた陽子と電荷のない中性子が堅く結合したもので、陽子、中性子、電子などは、物質を構成している最小の粒子と思われ、素粒子と呼ばれる(た)。
1930年代では、素粒子はこれら3種と中性微子(ニュートリーノ)だけが知られていたが、現在では数百種の素粒子が発見されている。

原子核の研究が進み、原子核の構造と性質が次第に明らかになっていくと、一つの大きな謎が浮かび上がってきた。
それは原子核を結合している力「核力」である。
陽子は互いに電気反発力が働くから、その反発力よりも遥かに強い力で結合しないと、安定な原子核はできない。
ところが、どのようにして強い核力が生ずるのか、その当時は全く謎だった。
その核力の謎を解きあかしたのが湯川中間子である。

陽子と中性子は、電気のあるなしの違いがあるものの、それ以外ではよく似た性質を持っている。
素粒子間の力は、素粒子の間で粒子を交換することにより生ずることがわかっていた。
すなわち「場の量子論」である。
例えば、陽子と電子の間に働く電気力は、光子(光の粒子)を互いに交換することにより生じる。

したがって、核力も陽子や中性子が互いに何か粒子をやり取りしているのだろうと予想されたが、その媒介となるものが当時知られていた素粒子の中にはなかった。
湯川博士は、核力のもとは「中間子」というまだ未知の素粒子を媒介にして生ずるというアイデアを得て、核力の働く距離は原子核の大きさ程度のごく短い距離なので、その未知の粒子の質量は電子の約200倍であることを理論的に予想した。
そして質量が電子と陽子・中性子の中間なので「中間子」と名付けたのである。
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湯川理論の正しさを検証するには、予言した「中間子」の存在を実験で確かめる必要がある。
1937年にアンダーソンとネッダーマイヤーが、その宇宙線現象の中に質量が電子の約200倍の新粒子を発見した。
湯川理論は世界中から注目されたが、その中間子は強い核力を生むことはできないことが明らかになり、湯川理論は暗唱に乗り上げた。
しかし、1942年に、宇宙線の衝突でまずパイ中間子ができ、それがすぐに崩壊して軽いミュー中間子ができるという坂田-井上の2中間子論が提出された。
2
http://www.sci-museum.kita.osaka.jp/~saito/contribution/yukawa.htm

宇宙線で発見された中間子は、子どものミュー中間子であり、核力の中間子は親のパイ中間子だという理論である。
その後、二種類の中間子が発見され、核力はパイ中間子を媒介にして生ずることが確認された。

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