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2015年10月18日 (日)

古代史のイノベータ―・古田武彦/追悼(76)

古代史の分野に新たな視点をもたらした古田武彦さんが14日、京都市西京区の病院で亡くなった。
89歳だった。
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古代史研究家の古田武彦さん死去 「邪馬壹国」と主張

 福島県生まれ。東北大で日本思想史を学び、高校教師、龍谷大講師を経て1984〜96年、昭和薬科大教授。
 初め親鸞の研究者として知られたが、69年、現在伝わる「魏志倭人伝」の版本で女王卑弥呼の「邪馬台国」が「邪馬壹(いち)国」となっていることを指摘し、原典の表記に忠実に読むよう主張する論文を発表した。女王国の所在地は博多湾岸で、その系譜を引く九州王朝が存在したとする独自の古代史像を提示し、多くの研究者と論争を繰り広げた。
 「『邪馬台国』はなかった 解読された倭人伝の謎」「失われた九州王朝 天皇家以前の古代史」など多数の著書があり、賛同者や読者によって研究会が組織されるなど、「古田史学」として人気を呼んだ。
訃報:古田武彦さん89歳=古代史研究家

斬新な仮説を提示して、多くの論争を起こしたが、アカデミズムでは無視されることが大かった。
Wikipediaでは、以下を挙げている。

・『魏志倭人伝』にある国の名を邪馬台国とせず、現在伝わる「魏志倭人伝」の原文通りに「邪馬壹国」の表記が正しいとする。所在地を博多湾岸とする。
・『魏志倭人伝』のみならず魏晋朝では1里75m~90mの短里が公式に用いられたとする。
・『魏志倭人伝』にある裸国、黒歯国は南米大陸北半(エクアドル)にあるとする。
・金印を賜った倭奴国から一貫して、倭国は、九州王朝であるとする。白村江の戦いによって急激に衰退し、分家である近畿天皇家(日本国)に吸収されたとみる。
・須久岡本遺跡(福岡県春日市)の弥生王墓の年代は3世紀まで下るとする(通説では後1世紀頃)。
・三角縁神獣鏡について通説だった魏鏡説を批判、国産説を唱える。
・九州王朝説をはじめ、列島各地に王権が存在したとする「多元的古代史観」を提唱。稲荷山古墳金錯銘鉄剣銘文の分析などから、関東にも大王がいたとする。
・広開土王碑は改竄されていなかったとする(古田武彦の説で唯一定説になったもの)。

上記では、広開土王碑非改竄説のみが定説になったとするが、アマチュアにはファンが多い。
なお、Wikipediaには以下の記述もある。

中小路駿逸(元追手門学院大学教授)によれば、「大和なる天皇家の王権が7世紀より前から日本列島の唯一の中心権力者であった」とする日本古代史の「一元通念」を否定した点が最も大きな貢献とされる。一元通念が論証を経たものではなく、日中の文献や考古学的な遺物も多元的古代史観によって無理なく理解できると主張している。

私も、多元的古代史観にシンパシーを感じる者の一人である。
2004年9月4日に行われた「「多元的古代」研究会・関東」のシンポジウムで、1回だけ肉声を聞いたことがある。
説の当否は別としても、ポレミークな姿勢は古代史の分野のイノベーターとして良いだろう。
合掌。

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コメント

古田武彦の死去の記事を検索して、この貴記事を読みました。

わたしは、古田の仮説は蓋然性が高いと判断して、上のわたしのブログ(アドレスをご参考に)で、私的解釈を書いています。
よろしければ、ご笑読ください。

投稿: C13シロウズ | 2015年10月24日 (土) 20時50分

C13シロウズ様

コメント有難うございます。
まだ全部に目を通していませんが、大変示唆に富んだ論考を有難うございます。高尾山古墳の近隣の都市に居住しているものです。微力ながら、地元紙などで、何とか保存の方策を考えるべきだと投稿をしております。
現在は沼津市議会が、道路建設のための取り壊し予算を可決してしまっていますが、保存を求める声が高まってきており、ペンディング状態です。「地域創生」という掛け声の大きさに比して実体が見られませんが、「地域の宝探し」をしている一方で、道路のために貴重な古墳を取り壊そうというのが、市議会です。先日の学習会では、大和に対する抵抗勢力ではなかったか、という話がありました。以下のURLに簡単な紹介があります。
http://sp.mainichi.jp/feature/news/20151024ddlk22040156000c.html

投稿: 夢幻亭 | 2015年10月25日 (日) 20時53分

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