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2015年8月17日 (月)

「70年談話」は「平和への誓い」に如かず/日本の針路(215)

広島、長崎に原爆が投下された日、それぞれ平和式典が開催された。
両式典に参列した安倍首相は、それぞれ「あいさつ」を行ったが、広島で言及しなかった「非核三原則」に、長崎では触れた。
広島で言及しなかったことを批判されたのが効いているのかも知れない。
支持率の低下によって、安倍首相の強気に変化が現れていると見ることもできよう。

 長崎の平和祈念式典について、多くの海外メディアで最も注目を集めたのは、被爆者代表の谷口稜曄(すみてる)さん(86)による「平和への誓い」と長崎市の田上富久市長による平和宣言だった。谷口さんは、安保法案は戦争につながるもので許すことはできない、と首相の面前で語った。田上市長は、日本国憲法の平和の理念が今、揺らいでいるのではないか、という不安と懸念が(国民の間で)広がっていると語り、政府と国会にこの声に耳を傾け、慎重な審議を行うことを求めた。
 英メディアからの反応が特に大きく、2人の発言を中心に報じている。BBCは、式典での2人のスピーチで、出席した安倍首相は安保政策のことで批判された、と報じた。ガーディアン紙は、被爆者と長崎市長が安倍首相に対し、日本の外交政策における憲法の制約を撤廃する計画の危険性について警告した、と報じた。
 テレグラフ紙は、谷口さんが平和祈念式典の場を用いて安倍首相に、平和憲法の修正は日本を「戦時中の時代に逆戻り」させるものだと警告した、と伝えた。また、安保法案は被爆者の願いに反したものだと警告した、と伝えた。BBCは、谷口さんの話が、式典でおそらく最も説得力のある時だったとの旨を語っている。彼は首相に食ってかかり、観衆からは大きな拍手が湧いたと語っている。
長崎式典でも安保法案反対の声

谷口さんは次のように言っている。

Ws000000_4 戦後日本は再び戦争はしない、武器は持たないと、世界に公約した「憲法」が制定されました。しかし、今集団的自衛権の行使容認を押しつけ、憲法改正を押し進め、戦時中の時代に逆戻りしようとしています。今政府が進めようとしている戦争につながる安保法案は、被爆者を始め平和を願う多くの人々が積み上げてきた核兵器廃絶の運動、思いを根底から覆そうとするもので、許すことはできません。
 核兵器は残虐で人道に反する兵器です。廃絶すべきだということが、世界の圧倒的な声になっています。
 私はこの70年の間に倒れた多くの仲間の遺志を引き継ぎ、戦争のない、核兵器のない世界の実現のため、生きている限り、戦争と原爆被害の生き証人の一人として、その実相を世界中に語り続けることを、平和を願うすべての皆さんの前で心から誓います。
原爆被害の生き証人として語り続ける 平和への誓い全文

一方、安倍首相も「70年談話」は次のようである。

 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。
 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。
【戦後70年談話】首相談話全文

言葉としては、 「いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない」というから、日本国憲法の第9条そっくりである。
この部分だけ読めば、集団的自衛権などとんでもないということになろそうである。
しかしながら、「侵略」あるいは「植民地支配」についての認識として、次のように書いている。

 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

なんのことはない。
植民地支配は、「圧倒的な技術優位」に立つ「西洋諸国」が行ったものであり、日本は「植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけ」る役割をした、という位置づけである。
確かにそういう面もあったことはあるにしても、日清戦争あるいは満州事変以来の日本の行動に対する反省がなければ、空文というべきであろう。
安倍首相が尊敬してやまない岸信介元首相は、植民地国家満洲国の支配層であった。
その辺りの歴史認識がすっぽり抜けているのである。
だからこそ、次の言葉がなんの説得性を持たない。

 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

「だからこそ」で繋げられる「私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます」と「「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献」が結びつかないのだ。
「平和への誓い」と「70年談話」は両立しない。
美文調のレトリックを駆使した官僚の作文である「70年談話」は、「平和への誓い」に如かず、である。

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