落暉よ碑銘をかざれ・阿川弘之/追悼(74)
『雲の墓標』の阿川弘之さんが亡くなった。
受験生の頃読んで、京都の大学生活に思いを馳せた。
爾来数回読み返している。
しかし、他の作品はほとんど読んだことがない。
戦後70年が何かと話題にされているとき、巨木が倒れるようにこの世を去った。
私は、『雲の墓標』は、日本文学史上屈指の青春文学ではないかと思っている。
⇒2008年5月27日 (火):偶然か? それとも……③『雲の墓標』
雲こそ吾が墓標
落暉よ碑銘をかざれわが旧き友よ、今ははたして如何に。共に学び共によく遊びたる京の日々や、其の日々の盃挙げて語りし、よきこと、また崇きこと。大津よ山科よ、奥つ藻の名張の町よ。布留川の瀬よ。軍に従いても形影相伴いて一つ屋根に暮したる因縁や、友よ、思うことありやなしや。されど近ければ近きまま、あんまり友よしんみり話をしなかったよ。なくてぞ人はとか、尽さざるうらみはあれど以て何をかしのぶよすがとなせ。
友よたっしゃで暮らせよ。
久世光彦さんさんの『みんな夢の中』文藝春秋(1997年11月)に、『言うなかれ、君よ別れを』というTVドラマをプロデュースしたときの放送終了後の反応について、次のようなことが書いてある。
--そして八月十五日、青空を見上げる岸惠子さんの目の裏に、軍医の夫が死んだ紺青の海が浮かび、壇吉の吹いた『海ゆかば』が耳に蘇る。茫然と空を見ている母と三人の娘たちの姿を撮りながら、私は阿川弘之の『雲の墓標』のエピグラムを思い出していた。--《雲こそわが墓標/落暉よ碑銘をかざれ》
阿川さんは保守の人であったが、最近の右傾化を案じていたという。
一度戦争の方向へ動き出すと、ブレーキが利かなくなるからである。
海軍体験を通して戦争を描いた「暗い波濤」や「山本五十六」などの作品で知られる作家の阿川弘之(あがわ・ひろゆき)さんが3日、老衰のため東京都内の病院で死去した。94歳。葬儀は近親者のみで営む。しのぶ会は後日開く予定。
広島市生まれ。東大国文科を繰り上げ卒業後、予備学生として海軍入隊。士官として通信・諜報(ちょうほう)の任務につき、敗戦を中国・漢口で迎えた。復員した1946年、第1作「年年歳歳」を発表。以後、3年半の海軍体験をもとにした52年「春の城」(読売文学賞)や56年「雲の墓標」で頭角を現した。
海軍予備学生を描いた74年「暗い波濤」や75年「軍艦長門の生涯」で注目される一方、65年「山本五十六」、78年「米内光政」、86年「井上成美」など従来の評伝とは一線を画す等身大の提督像をつくりあげて、伝記小説に新境地を開いた。
訃報:阿川弘之さん94歳=作家、「山本五十六」
阿川さん、貴方は戦争で命を落とした人も多い世代を代表して、戦争の愚かさを静かに訴えてくれました。
いま、再び戦争への道を開こうとする法案が成立するかのような状況です。
心残りでしょうが、法案の成立を見ないで逝かれたことは、せめてもの救いではないかと思います。
合掌。
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