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2015年8月

2015年8月31日 (月)

エネルギー源としての太陽光発電/技術論と文明論(32)

原発再稼働と安保法案は直接的には関係が無いように思える。
しかし、民意に顧慮することなく強引に推し進めようとする安倍政権の姿勢には著しい共通性がある。

今年の夏は記録的な猛暑であった。
高齢者は熱中症対策として、エアコンをつけることを推奨され、わが家でも例年になく高い稼働率であった。
夏の甲子園も、スター選手が輩出し、高い視聴率だったと思われる。
にもかかわらず、電力不足を心配する声は聞かれなかった。

もちろん、送電網の充実のような施策もあったであろう。
しかし何よりも太陽光発電が順調に拡大していることが大きい。

 本紙は、原発のない沖縄電力を除く全国の九電力会社に、今年七~八月の電力需要ピークの時間帯に、電源構成がどうなっていたのかデータ提供を求めた。四国電力は提供を拒否したが、八社が回答した。
 地域によってピークの日や時間帯は若干異なるが、八社が需要を見越して準備した供給力の合計は約一億六千六百万キロワット。首位は火力発電で、約一億二千六百万キロワット(75・4%)と圧倒的に多い。二位は、くみ上げておいた水を需要に応じて放水する揚水発電で約千八百万キロワット(10・9%)、三位は水力発電の約千二百万キロワット(6・9%)。
 太陽光発電は僅差で続き、千百万キロワット弱(6・5%)。川内原発の出力は一基八十九万キロワット。約十二倍の電力を生み出していたことになる。政府の事前予測は五百万キロワット前後だったが、大きく外れた。再生エネルギーの固定価格買い取り制度がスタートしてからの三年で、中心的な存在になった。
 需要が高まる日中、軌を一にするように発電するのが太陽光の特質で、割高な石油火力の稼働を最小限にできる効果もあった。
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太陽光発電 今夏シェア6%台に ピーク時に原発12基分

ソフトエネルギーパスの本命である太陽光発電が順調に育ってきているのは心強い。
⇒2015年1月31日 (土):「この道しかない」はソフト・パスだ!/技術論と文明論(17)

ドイツなどで進んでいる脱原発の方向に舵を切れないのはなぜなのか?
⇒2015年3月 6日 (金):ヨーロッパにおける脱原発の傾向と対策/技術論と文明論(22)
アメリカ追随の安倍政権は原発政策を止めることをしない。
⇒2015年2月 9日 (月):安倍政権の再生エネ潰し/技術論と文明論(19)

持続可能性がない地下資源から、地上資源依存に転換することが安全保障政策の上でも重要だろう。
⇒2015年1月29日 (木):「地上資源文明」の可能性/技術論と文明論(15)



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2015年8月30日 (日)

デザインにおける模倣と創造/知的生産の方法(124)

2020年の東京オリンピックは、招致決定の際の高揚感が雲散霧消した感じである。
その潜在的な要因は、招致の時の安倍首相のプレゼンにあるように思う。
原発の汚染水漏れ事故が、焦点の1つになっていた。
⇒2013年9月 6日 (金):オリンピック招致と福島原発事故/原発事故の真相(82)

安倍首相は、福島原発事故の汚染水について、「状況はコントロールされている」「汚染水は港湾内で完全にブロックされている。健康問題は今もこれからも全く問題ないことを約束する」とスピーチした。
⇒2013年9月24日 (火):「嘘も方便」首相と日本の将来/花づな列島復興のためのメモ(264)

その時点でコントロールされている状況とは言えないことは明らかだった。
⇒2013年10月23日 (水):汚染水の流出は止められるか?/原発事故の真相(91)
⇒2014年5月17日 (土):汚染水は完全にブロックされている?/原発事故の真相(113)
⇒2015年2月26日 (木):汚染水はコントロールされていない/原発事故の真相(128)

このことが、トゲとなって心に刺さったままであった。
メイン会場となる新国立競技場の計画についても杜撰な経緯が晒された。
新国立競技場のデザインをウリの1つにしていたにもかかわらず、計画への批判が高まると白紙還元して、支持率対策とした。
⇒2015年7月23日 (木):五輪招致演説に表出した無責任の構造/人間の理解(16)
競技場は予算を大幅に削減できる見通しだという。
ならば今までの検討は何だったのか?
経緯をオープンにすべきである。

追い打ちとなったのが、公式エンブレム問題である。
公募で佐野研二郎氏のデザインに決まった直後に、ベルギーの劇場のロゴに似ていると指摘された。
Photo
私も似ていると思ったが、盗作か否かの立証は難しいだろうな、と思っていた。

創造という行為は、無から有を生み出すのではなく、既存の材料の「新しい組み合わせ」だと言われる。
その過程は脳内のことなので、他人には理解しがたい。
盗作疑惑があった場合、それを立証するのは、盗作を主張する側が負う。
極論を言えば、「すべての創作は模倣である」とも言えるのだ。

しかし、佐野氏の場合、サントリーのトートバッグにも疑問が寄せられ、佐野氏は30種類のうち、8点を撤回した。
さらにはTシャツのデザインや名古屋市の東山動物園のロゴにも疑惑があるという。

こうなれば、逆に佐野氏側に挙証責任が移ったと考えるのが一般的常識であろう。
話をややこしくしているのは、オリンピックエンブレムの審査を行った永井一正さんの発言である。

 審査では「五輪とパラリンピックのエンブレムが互いに関連しつつ区別がつくかどうかや、メディアやグッズ、会場で使われる際の展開可能性も検討された」という。
 その後、大会組織委員会が佐野さんの案を商標登録するために、世界中の商標を確認。永井さんは「(原案と)似たようなものがほかにあったようだ。そのため佐野さんの案は、元のイメージを崩さない範囲でパーツを一部動かすなど、組織委の依頼で何度か微修正された」とした上で、「最初の案は(類似性が指摘されている)ベルギーの劇場ロゴとは似ていなかった。盗作ではない」と話した。
 組織委によると、ベルギーの劇場ロゴは商標登録されていなかった。修正されたものを各審査委員も確認し、発表されたという。
五輪エンブレム当初案「劇場ロゴと似てない」 審査委員

要するに、商標登録されていなかったベルギーの劇場ロゴには似ていなかったが、他の商標に似たようなものがあったということである。
大会組織委員会も、28日エンブレムを制作した佐野研二郎さんが最初に提出した「原案」を初めて公表し、「リエージュのマークには全くない特徴がいくつもあり、オリジナルだと確信している」と強調した。

 組織委によると、審査委員会が応募のあった104点の中から最終的に佐野さんの作品を選んだのが昨年11月。その時点では、アルファベットの「T」に、三角形や円を組み合わせた図形だった。商標登録に向けて国際オリンピック委員会(IOC)と組織委が世界中の商標を調べたところ、海外の会社が持つ商標と類似点があったため、佐野さんに作品の修正を依頼。今年2月初旬ごろ、佐野さんが最初の修正案を提示した。
 大きな円を中心に置いた最終案に近いデザインだったが、「躍動感が薄まった」とし、再度佐野さんに修正を依頼。約2カ月後の4月、最終的に発表されたデザインが提出されたという。
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五輪エンブレム原案初公表 組織委「オリジナルと確信」

組織委の弁明(?)の意図が分からない。
問われているのは最終案であって、当初案ではない。
そして以上のような経緯からすれば、責任は佐野氏から組織委に移ったと考えられる。

似ているか否かの線引きは難しい。
しかしかくなる上は、組織委は五輪エンブレムについても撤回すべきだろう。
こちらのコンペも白紙でやり直すべきだと考える。

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2015年8月29日 (土)

集団的自衛権の根拠としたパネル/日本の針路(223)

集団的自衛権の行使が必要な理由を、安倍首相は2枚のパネルを用意して説明した。
そのうちの1枚を再掲する。
A 紛争地から邦人を救出する米艦の防護
Orightofcollectiveselfdefense570
⇒2015年7月 4日 (土):柳の下に二匹目のB層はいるか?/日本の針路(189)

首相は次のように説明した。

紛争国から逃れようとしているお父さんやお母さんや、おじいさんやおばあさん、子どもたちかもしれない。彼らの乗っている米国の船を今、私たちは守ることができない。

誰でも、母親が乳飲み子を抱いている姿を見れば、心を動かすだろう。
という下心が見え透く図柄であるが、このケースについては、次のような批判がある。
紛争が起こった場合、一般的には各国艦船は民間人を乗船させない。
軍の艦船は敵からの攻撃の標的になる可能性が高いため、民間人が巻き添えなりがちであり、避難民に化けたテロリストが乗り込んでくる可能性もある。
民間人の輸送は、民間の船や飛行機に要請する。

また、横畠内閣法制局長官は、公海上の米艦が他国の攻撃を受けた場合「日本への武力攻撃と認められれば個別的自衛権で対処できる」と答弁している。
首相のパネルはミスリードではないかという疑問があるが、中谷元・防衛相が、このパネルの意図を疑わせるような発言が出た。
26日の参院特別委で、米艦防護について「邦人が米艦に乗っているかどうかは絶対的なものではない」と述べたのだ。

邦人が乗船していなくても米艦を守るということであれば、集団的自衛権行使の目的は結局、日本人ではなく、戦争中の米国を守るということであろう。
それはそれで、集団的自衛権の説明としては納得がいくが、首相の説明とは大きく異なってくる。

中東・ホルムズ海峡での機雷除去も根拠が薄弱である。
パイプラインが敷設された現在、石油輸送にとってホルムズ海峡は絶対ではない。
石油や天然ガスが途絶すれば、大変な事態にはなるだろうが、現時点では途絶ということは考えられないのである。

詐欺的な政府の説明は限界にきている。
「法的安定性など関係ない」と立法よりも政府判断を優先するとしたら、昭和前期の軍部指導者と変わらない。
この人たちは、靖国に行って、何をお祈りするのだろうか?

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2015年8月28日 (金)

『日本のいちばん長い日』と現在(4)/日本の針路(222)

『日本のいちばん長い日』のクライマックスは、玉音放送の原盤を、戦争継続派の陸軍将校たちが争奪しようとした8月14日の「宮城事件」である。
「二・二六」事件を彷彿とさせるが、余り知られてはいない。
Wikipediaでは次のように説明している。

宮城事件(きゅうじょうじけん)とは、1945年(昭和20年)8月14日の深夜から15日(日本時間)にかけて、一部の陸軍省勤務の将校と近衛師団参謀が中心となって起こしたクーデター未遂事件である。
日本の降伏を阻止しようと企図した将校達は近衛第一師団長森赳中将を殺害、師団長命令を偽造し近衛歩兵第二連隊を用いて宮城(皇居)を占拠した。しかし陸軍首脳部及び東部軍管区の説得に失敗した彼らは自殺もしくは逮捕され、日本の降伏表明は当初の予定通り行われた。

中心人物の畑中少佐は、映画では売出し中の松坂桃李さんが熱演している。
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原田さんは、東京新聞フォーラム『映画「日本のいちばん長い日」で考える日本が歩んだ終戦への道』で、次のように評している。

非常にいい感性をもっていますね。阿南とはいわば疑似親子関係にある立場を、例えば阿南が「納得できぬなら、まず阿南うぃ斬れ」と諭すシーンでは血管が破裂しそうなほどの演技でした。『ゴッドファーザー」で、アル・パチーノが一気に化けたことを思い出しました。

安倍首相の「戦後70年談話」をめぐって、官邸と宮内庁の間で悶着があったらしい。
「談話」については、厳しい箝口令が敷かれていた。
報道の錯綜ぶりを「週刊ポスト」9月4日号の『偽りと厚塗りの安倍談話』は次のように伝えている。

 安倍首相は8月7日に談話の「素案」を与党幹部に示したが、NHKが〈歴代内閣の立場継承を明記へ〉と報じたのに対し、日経(8日付)は〈70年談話「おわび」盛らず〉と打ち、朝日(9日付)や毎日(10日付)は首相が与党幹部に示した談話の素案には「おわび」の文言がなかったと報道。その後、一転、〈「侵略」明記へ 「おわび」表現検討〉(読売11日付)、〈「おわび」も言及へ〉(産経12日付)と変化していった。

問題は天皇の「おことば」との関係である。
「おことば」は、宮内庁の事務方が原案をつくり、天皇が目を通し、宮内庁長官らのチェックを経て、宮内庁記者クラブで文書配布される。
全国戦没者追悼式での「おことば」は14日夕刊締め切り後の午後3時以降に記者クラブに伝えられる。
宮内庁サイドは、「首相談話」に反省やおわびが盛り込まれるか、どんな表現になるのか、官邸に問い合わせをし、官邸サイドでは、「おことば」に何か新しいことが加えられるのではないか、と大騒ぎだったらしい。

「週刊ポスト」は、〈我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました〉と「現在完了形」で「反省」と「おわび」に言及し、天皇の「おことば」には、初めて「深い反省」の言葉が盛り込まれ、大きなニュースになったとしている。
⇒2015年8月15日 (土):安倍首相の「70年談話」を読む/日本の針路(213)
⇒2015年8月16日 (日):追い込まれつつある安倍首相/日本の針路(214)

両者について、ルモンド紙(仏)は「安倍首相は直接的には何も謝罪しなかった」、ガーディアン紙(英)は「日本の天皇は、第二次世界大戦について安倍首相以上に謝罪のトーンを強めたおことばを述べた」としている。
「戦後70年談話」の意図したものは何だったのか?

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2015年8月27日 (木)

『日本のいちばん長い日』と現在(3)/日本の針路(221)

お盆で久しぶりに姉たちと話をする機会があった。
7つ年上の姉は、終戦時8歳で玉音放送を覚えているという。
国民学校の学童だったが、大事な放送があると聞かされ、家にあったラジオで聞いたが、内容は良く分からなかったという。
玉音放送を実際に聞いたか否か、この差異は大きいのではなかろうか。

原作者の半藤一利さんは、1930(昭和5)年5月21日生まれ。
1945年3月の東京大空襲では逃げまどい中川を漂流し、死にかける体験をした。
15歳の時に玉音放送を聞き、戦争が終わった事は分かったそうだ。

Wikipediaにより略歴を見よう。

1953年に文藝春秋新社に入社した。同期入社に田中健五。流行作家の坂口安吾の原稿取りをして、坂口から歴史に絶対はないことと歴史を推理する発想を学び、冗談めかして坂口に弟子入りしたと称している。続けて当時『連合艦隊の最後』などで人気を博していた軍事記者の伊藤正徳の担当となり、日本中の戦争体験者の取材に奔走し、『週刊文春』に無署名で「人物太平洋戦争」を連載した。このときに歴史の当事者は嘘をつくことを学び、これらの経験が後に昭和の軍部を描いた作品を書く素地となった。
社内で「太平洋戦争を勉強する会」を主宰して、戦争体験者から話を聞く会を開催。ここから生まれた企画が『文藝春秋』1963年8月号に掲載された28人による座談会「日本のいちばん長い日」である。半藤は座談会の司会も務めた。さらに取材して1965年に単行本『日本のいちばん長い日――運命の八月十五日』を執筆。売るための営業上の都合から大宅壮一の名前を借りて大宅壮一編集として出版された。単行本は20万部、角川文庫化されて25万部が売れた。この他にも30代前半は編集者生活と並行して、太平洋戦争関係の著作を何冊か出す。

上記座談会には、終戦当時の松本瞬一外務次官、佐藤尚武駐ソ大使館員、迫水久常内閣書記官長、鈴木一首相秘書官、外地での捕虜体験者などが出席した。
1945年2月に英米仏にソ連が加わった4カ国会議でソ連の対日参戦が議論されていた。
海軍も陸軍も、現地駐在武官によりヤルタ会談の内容の情報を掴んでいながら、御前会議でこの情報を出さなかった。
海外情報を所管する外務省はこの事実を知らず停戦の仲介をソ連に働きかけていた。

読売新聞戦争責任検証委員会『検証 戦争責任〈2〉 』中央公論社(0610)によれば、昭和天皇や天皇の側近だった木戸幸一内大臣が終戦工作に向けて動き始めたのは、1945(昭和20)年6月に入ってからだった。
5月にドイツが降伏し、本土は連日空襲に曝されており、沖縄戦も必敗の様相だった。
しかし、6月8日の御前会議で、戦争を継続することが決定され、そのことを天皇から聞いた木戸内大臣は、「時局対策私案」を一気に起草した。
その中に、天皇の親書を奉じてソ連に和平の仲介を依頼し、和平交渉に入ることが盛り込まれていた。
⇒2007年8月14日 (火):終戦の経緯と国体護持

7月26日の「ポツダム宣言」も迫水内閣書記官長ですら直ぐには知らされなかった。
全体よrも自分の属する部門を優先する。
あるいは目標と目的の混同であろう。
⇒2015年8月12日 (水):目的と目標/「同じ」と「違う」(87)

結局軍人が自ら終戦に至らせることはできなかったのだ。
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http://homepage2.nifty.com/smilenobori/tsubuyaki/2010/2010.08.htm

しかし象徴天皇は、政治判断はしない。
シビリアンコントロールさえないがしろにしようという最近の動向はきわめて危険である。

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2015年8月26日 (水)

『日本のいちばん長い日』と現在・続/日本の針路(220)

安倍首相の「戦後70年談話」の冒頭部分に、次のような言葉がある。

 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。
内閣総理大臣談話

文言としては間違っているとは言えないだろう。
しかし「戦後70年談話」として読むと、違和感がある。
「アジアで最初に立憲政治を打ち立て」と、立憲政治を称揚している。

ならば安倍政権は立憲主義を尊重しているか?
これは、「No!]と言わざるを得ないだろう。

軍部の独走により、大東亜戦争(太平洋戦争)へなだれ込んでいった。
いま、安保法案の国会での審議を見ていると、まったく立憲政治など意に介していないようである。

 お盆前の審議で「部隊運用などの検討は法案成立後に始めるべきだ」と発言していた中谷防衛大臣に共産党の小池政策委員長が激しくかみ付きました。
 共産党・小池政策委員長:「『法案については成立後に検討を始めるべきもの』と答弁しながら、大臣の指示のもとに検討課題、整理する文書が出てくる。大臣のやったことは、大臣の答弁にてらしても矛盾だらけだ」
 中谷防衛大臣:「分析・研究を行っていくことは必要ですし、様々に今後、具体化していくべき課題を整理しておくということは、私は当然のことだと認識しています」
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「戦前の軍部独走と同じ」共産、内部文書流出で追及

この政権は、論理的矛盾、前言との矛盾などは矛盾とは感じないようだ。
だいたい、チーム安倍の中枢の1人である礒崎首相秘書官が、「立憲主義」という言葉を聞いたことがないと言っているのである。
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こんな人が職務を続けるのは如何なものかと思うのが常識だろうが、安倍首相は気にならないらしい。
⇒2015年8月 4日 (火):礒崎発言は撤回でOKか?/日本の針路(206)
礒崎といい、武藤貴也といい、立憲主義を否定しているのである。
⇒2015年8月 5日 (水):武藤貴也議員のどうしようもないツイート/日本の針路(207)
⇒2015年8月 7日 (金):立憲主義を否定する武藤貴也を国会に喚問せよ/日本の針路(208)
⇒2015年8月20日 (木):呆れた安倍チルドレン・武藤貴也議員/日本の針路(216)

いかに「戦後70年談話」が空々しいか。

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2015年8月25日 (火)

『日本のいちばん長い日』と現在/日本の針路(219)

原田眞人脚本・監督の『日本のいちばん長い日』を観てきた。
原作は、幕末からの近代史に造詣の深い半藤一利氏である。
同じ原作を、1967年に橋本忍脚本、岡本喜八監督で映画化している。
三船敏郎が阿南惟幾を演じた。

原田さんはこの映画を18歳の時に観たそうである。
三船敏郎が自分の美学を追求し過ぎだとして、好きになれなかったという。
それから50年近くである。
まさに満を持して世に問う作品と言えよう。

原田さんは沼津の出身である。
実家は旅館で、幼少期、その旅館で働いていた女性に映画を見せに劇場連れて行って貰った。
その女性から、沼津の町が空襲で半分焼けたことなどを聞き、繰り返してはいけないと感じた。

脚本段階から、阿南は役所広司さん、鈴木貫太郎は山口努さんと考えていた。
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力作である。
特に現在の状況を重ね合わせると、原田さんの問題意識が浮かび上がる。
軍という権力が歯止めを失って暴走する。
結局は、天皇の聖断によってしか戦争を終結させられない。

権力の暴走を止める仕組みが憲法であり、立憲主義である。
⇒2015年5月29日 (金):立憲主義の否定は一種のクーデター/日本の針路(168)
しかし安倍政権は立憲主義を否定する。
⇒2015年7月31日 (金):チーム安倍を象徴する礒崎首相補佐官の暴言/日本の針路(204)

このような状況を考えると、まことにタイムリーな公開である。
安倍政権の暴走による戦前の歴史を繰り返してはならない。

テンポの良い演出で見どころに事欠かない。
例えば、1945年8月14日に出された通達で、閣議や軍事機構の資料を燃やすシーンがある。
権力者が自己に都合の悪いものの証拠隠滅をしている。
国民には強圧的だが、歴史の検証より保身第一であったことを描いている。

今、特定秘密保護法(と個人情報保護法)によって、多くの情報がシャットアウトされているのである。
歴史の検証に蓋をしては、同じ失敗を繰り返すだけである。

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2015年8月24日 (月)

安倍詐術の終焉の始まり/アベノミクスの危うさ(53)

24日の東京株式市場で日経平均株価は前週末比895円安の1万8540円で取引を終えた。
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上海市場の崩壊が主因ではあろう。
甘利明経済財政・再生相は、2万円割れした21日の閣議後の記者会見で、「中国発の世界同時株安」だとの認識を示した。
麻生太郎副総理・財務相も同様の見方をしている。
宮沢洋一経済産業相は株安と日本経済に関し「消費は力強さがあり、投資もそれなりの水準で行われ、心配はないと述べ、日本経済はうまく歯車が回っている、と述べた。
週明けの状況を、今度はどう説明するのであろうか?

もともと、実体経済が好況であるとは思えない。
私も、「景気の緩やかな回復」を期待するものであるが、いわゆるアベノミクスは人為的に物価上昇を誘導するものであって、景気回復には効果がないあろう。

安倍首相は、安保法案は選挙で国民の信任を得たと主張している。
ならばm今国会での成立や説明不足とする国民が過半数なのはどう考えるか?

先の総選挙で自民党が高く大きく掲げたのは経済政策である。
選挙用ポスターのキャッチコピーは「景気回復、この道しかない。」であった。
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⇒2014年12月25日 (木):「この道しかない」という硬直性/アベノミクスの危うさ(45)
どう考えても、旗幟は安保法案ではなく、経済政策であった。

安保法案は、公約296項目の中で271番目の1項目だった。
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東京新聞8月24日

これを詐術と言わずして・・・である。
余りにも姑息というべきであろう。





中国政府は、中国が原因となる世界同時不況にならないよう万全の政策対応をとる」との見通しを示した。

 日経平均の2万円割れは「中国が大きな要素になっているのは間違いない」と発言。上海株の急落などで中国景気に減速懸念が強まっているとの見方を示した。中国が今月11日に人民元の基準値の算出方法を変更したことに関し「市場メカニズムがより良く働くような方向を期待する」とも語った。

 菅義偉官房長官も「企業収益は過去最高で、所得環境も前向きな状況だ。する見込みだ」と語った。




下げ幅は一時900円を超え、東証1部の売買代金は4兆円を突破。日経平均先物9月物の売買高も28万枚を超え、市場では下げ相場の最終局面である「セリングクライマックス到来」を期待する声も聞かれる。だが、多くの投資家のセンチメント(市場心理)は依然底入れしたとは言いがたい。背景にあるのが、予想以上に強いトヨタなど景気敏感株への売り圧力だ。

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2015年8月23日 (日)

日本の政治を劣化させた安倍政権/日本の針路(218)

外国のことは良く知らないが、日本の政治のレベルが劣化していると感じざるを得ない。
まあ、私の周りには政治家になろうとした人間は余りいなかった。
しかし、安倍首相や麻生副首相などは、若い時から政治家になろうと思っていたんだろうな。

安倍首相は8月21日、安保法案を議論している参院特別委員会で、「まあいいじゃん、そんなこと」とヤジを飛ばした。

 蓮舫氏は、中谷元防衛相の答弁が、武力行使の一体化に関する大森政輔元内閣法制局長官の「大森4原則」と、周辺事態を例示した野呂田芳成元防衛庁長官の「野呂田6類型」を混同していると指摘し、質疑を一時中断。その際に首相にやじられ、「どうでもいいとはどういうことか」と反発した。
 首相は「本質とは関わりないと言った。どうでもいいとは言っていない」と反論したが、委員長の注意を受けて発言を取り消した。 
「いいじゃん、そんなこと」=安倍首相再びやじ、すぐ撤回-参院特別委

安倍氏は、2月に、西川農水相の献金問題を民主党の玉木議員が追及している時に、唐突に「日教組!」などとヤジを飛ばした。
その後、根拠のないものだったことがはっきりすると、謝罪した。
まさにネトウヨというレベルであった。
⇒2015年2月20日 (金):低レベルで意図不明な安倍首相のヤジ/日本の針路(108)
⇒2015年2月21日 (土):反知性主義的なネトウヨ・安倍首相/日本の針路(109)

5月の衆院特別委でも、自席から民主党の辻元清美氏に「早く質問しろよ」とやじを飛ばした。
信じがたいようなヤジであるが、抗議を受けて陳謝している。
⇒2015年5月30日 (土):自己を抑制できない自衛隊最高指揮官/日本の針路(169)
⇒2015年5月31日 (日):安倍首相の論理と倫理の欠陥/日本の針路(170)

学習能力がないのかどうか。
「まあいいじゃん、そんなこと」が、「本質とは関わりない」と解釈できるか?
あるいは「本質とは関わりない」としても、「まあいいじゃん、そんなこと」は、一国のリーダーとして備えるべき知性が欠如していることを感じさせる。

武藤貴也という安倍チルドレンが、問題発言を繰り返していた。
⇒2015年8月 5日 (水):武藤貴也議員のどうしようもないツイート/日本の針路(207)
⇒2015年8月 7日 (金):立憲主義を否定する武藤貴也を国会に喚問せよ/日本の針路(208)

箸にも棒にもかからない幼稚な議員で、さすがに与党内からも批判の声が相次ぎ、離党を余儀なくされた。
⇒2015年8月20日 (木):呆れた安倍チルドレン・武藤貴也議員/日本の針路(216)
しかし、そもそも国会議員の資格を疑わせるレベルであり、離党で済ませるとした自民党の責任は大きい。
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東京新聞8月22日

女性や若い議員に対しては平然とヤジを飛ばすのは、自分の方が格上という意識があるのではないだろうか?
立憲主義を聞いたことがないと言った礒崎補佐官も、謝罪しただけで留任である。
身内をかばう低劣なヤジ将軍が、一国のリーダーだというのが現状なのである。

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2015年8月22日 (土)

阿川弘之『雲の墓標』/私撰アンソロジー(40)

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先日亡くなった阿川弘之さんの代表作『雲の墓標』の末尾。
私は高校時代から繰り返し読んだ作品である。
⇒2015年8月 6日 (木):落暉よ碑銘をかざれ・阿川弘之/追悼(74)

主人公は吉野次郎。
藤倉、坂井、鹿島と共に、京大の国文で万葉集を学んでいた。
昭和18年に学徒出陣で応召する。
学徒出陣について、Wikipediaは以下のように記す。

学徒出陣(がくとしゅつじん)とは、第二次世界大戦終盤の1943年(昭和18年)に兵力不足を補うため、高等教育機関に在籍する20歳以上の文科系(および農学部農業経済学科などの一部の理系学部の)学生を在学途中で徴兵し出征させたことである。日本国内の学生だけでなく、当時日本国籍であった台湾人や朝鮮人、満州国や日本軍占領地、日系二世の学生も対象とされた。なお、学徒動員と表記されることもある。
中では、鹿島と藤倉が戦争に「きわめて批判的乃至傍観的であった」。

鹿島は一般兵科で、横須賀武山海兵団に行き、3人とは別れる。
吉野、藤倉、坂井は、飛行科で土浦航空隊に配属される。
その後、大竹海兵団に移って訓練を受ける。
藤倉は、ずっと反戦的な気分を持続させていたが、昭和20年3月に訓練中に事故死する。
坂井は、昭和20年4月に特攻出撃し、戦死する。

吉野の出撃は、7月9日である。
あと1カ月余で敗戦であり、もちろんその頃は必敗ということは分かっていた。
吉野の鹿島宛の遺書が、、次の言葉で始まる。

雲こそ吾が墓標
落暉よ碑銘をかざれ

そして、唯一生き残った鹿島は吉野の両親あての手紙を書き、詩を同封する。
その詩の後半部分を掲出した。
まさに絶唱というべきであろう。

安倍政権の手で、積極堤平和主義という名の下に、戦争ができる国へと大きく舵を切ろうとしている。
しかし、多くの国民はその欺瞞性をすでに理解している。
安倍首相の言うように、「国民の理解が進んでいない」のではなく、理解したから反対しているということが、政府・与党には「理解が進まない」らしい。

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2015年8月21日 (金)

首相の取り巻き百田尚樹の歴史観/日本の針路(217)

私の友人の「安倍百田 籾井が出ると チャネル変え」という戯作ではないが、安倍首相のお仲間は、どうしてこういう人たちなのだろうか、と思う。
⇒2015年6月28日 (日):「勉強会」の暴発は自民党の焦りか?/日本の針路(187)

百田尚樹氏についての私の感じ方は、以下の投稿等で述べた。
⇒2014年12月29日 (月):百田尚樹の正体?/人間の理解(8)
⇒2014年11月28日 (金):安倍首相の盟友・百田尚樹の馬脚/日本の針路(76)
⇒2014年11月22日 (土):クリティカル思考の反面教師としての百田尚樹/知的生産の方法(111)
しかし、百田氏のような人間が、首相に近いとされる勉強会(端的には安倍応援団)に呼ばれて講演を行っていることは、やはり日本の将来にとって好ましいことではないだろう。
Kindleで国内情勢研究会『百田氏問題発言の検証、そして波紋』ゴマブックス(2015年7月)を入手したので、紹介しておこう。
Ws000000

問題発言の場であった「文化芸術懇話会」については、代表に就任した木原稔党青年局長や荻生田紘一総裁特別補佐が「日本会議」の国会議員懇談会に属している。
講師の百田氏を含め、安倍首相と思想的に近い証であるとしている。
つまり「文化芸術懇話会」は、安倍首相の目指す政策実現のために、一致団結し、9月の総裁選においては無投票を目論んでいる団体だ。
ただこの会のメンバーは、首相の邪魔者は汚れ役を買って出て排除するという意気込みであるから、親衛隊の名が相応しいと言えよう。

今国会の最大のテーマである安全保障関連法案と懇話会開催に至る流れは以下のようである。
2012年衆院選において、公約の1つに集団的自衛権の行使を可能にすることがあり、安全保障基本法案をまとめた。
ところが憲法9条からして、難しい。
9条の改定については、国民からの反発があった。

そこで、96条の改定によって、ハードルを下げることを狙った。
しかしこれも目論見通りには進みそうもない。
そこで、基本法案は先送りして、あらたな安全保障法制の関連法案を決定し、今国会での成立を目指した。

安倍首相とその周辺は、安保法案が国民に理解されないのは、報道機関が批判的だからだ、と考えた。
とりわけ沖縄の地元紙がそうだ。
故に「沖縄の2つの新聞はつぶさないといけない」ということになる。

しかし報道への責任転嫁は稚拙であり、沖縄をやり玉に挙げたことは、沖縄県民のみならず多くの日本人の神経を逆なでした。
沖縄が日本全体の安全保障問題のキーとなっていることは多くの国民が理解していることだからである。
沖縄に米軍基地の約74%が集中していて、米軍兵士の犯罪などの多くの面で負担を強いられてきた。

普天間基地の移設については、20年もの間議論されているが未だ解決していない。
沖縄県民には、沖縄が戦争に巻き込まれていないのは、平和憲法で護られているからだ、という意識もある。
こうした事情があるにもかかわらず、沖縄の地元紙を斬り捨てるかのような発言をしたのである。

百田氏は反省するどころか沖繩紙批判のボルテージはますます上がっている。

作家の百田尚樹氏が8月7日、都内で行われた集会に出席し「改めて沖縄の2つの新聞はクズやなぁと思いました」などと発言した。
百田氏が出席したのは「琉球新報、沖縄タイムスを正す県民・国民の会」の集会。6月下旬の自民党の勉強会で百田氏が「沖縄の2つの新聞は潰さないといけない」などと発言した問題を、あらためて考えるという趣旨で開催された。櫻井よしこ氏やケント・ギルバート氏、すぎやまこういち氏らが呼びかけ人となっている。
百田尚樹氏「あらためて、沖縄の2つの新聞はクズやと思った」

私は改めて、「この人はクズやなあ」と思う。
百田氏のような人間が、仲間内の集会で意気をあげているのは勝手ではあるが、首相がこのような歴史観であるのは情けない。

昭和史に詳しい保阪正康さんは、「サンデー毎日」8月23日号の半藤一利、青木理氏との鼎談『「戦争ができる国」最終段階に突入した!』で、「本を読まない人、理詰めに考えない人」の特徴を次のように整理している。
①「形容詞を多用する」。修飾することで実体をごまかす。
②「立論をせずに主張する」。例えば「侵略に学問上の定義はない」などと突然言い出す。
③「話が5分以上もたない」。耳学問で本質的にものを捉えようとしないからである。

安倍首相は見事なまでに3つの特徴を備えている。
その首相がまったく無頓着に戦後70年の軸を変えようとしているのだ。
百田尚樹、大西英男、武藤貴也などの取り巻きの質の低さが、首相のレベルを象徴している。

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2015年8月20日 (木)

呆れた安倍チルドレン・武藤貴也議員/日本の針路(216)

安全保障関連法案に反対する学生らを「極端な利己的考え」と批判した自民党衆院議員の武藤貴也氏(36)=滋賀4区=については、既に余りにお粗末な思考態度を批判した。
⇒2015年8月 5日 (水):武藤貴也議員のどうしようもないツイート/日本の針路(207)
⇒2015年8月 7日 (金):立憲主義を否定する武藤貴也を国会に喚問せよ/日本の針路(208)

案の定、今度は自身のカネを巡る不祥事について、週刊誌の報ずるところとなった。

 滋賀4区選出の自民党衆院議員、武藤貴也氏(36)が、未公開株購入を名目に知人から出資を募り、株を購入せず出資金を返さないとして金銭トラブルになっていると、19日発売された週刊文春が報じた。武藤氏は同日、「ご迷惑をおかけした皆さまには心よりおわびを申し上げます。今後関係者らと相談し、きちんと対応してまいりたいと思います」とのコメントを出した。
 週刊文春によると武藤氏は昨年「国会議員枠で買える」とソフトウエア会社の未公開株購入を知人らに勧め、23人が計約4000万円を武藤氏の政策秘書の口座に振り込んだ。だが、株は実際には購入されず、出資金の一部は戻っていないという。
武藤貴也議員:知人に持ち掛けた株購入せず…出資金返さず

武藤氏は週刊誌の発売当日に離党届を出したが、自民党は離党すればOKなのだろうか。
既に知人らとのやりとりのLINEの写真等もオープンになっている。
Line_2

所詮こんな程度の、志もない男だったのである。

 武藤氏は離党届提出後にコメントを発表した。「先日の(ツイッターでの)発言の件で迷惑をかけたばかりであるのに、さらに党に大変な迷惑をかけていることを心苦しく思う」と離党理由を説明した。
 谷垣氏は、離党届受理後に安倍晋三首相(総裁)に経過を報告。首相は「それは仕方ありませんね」と述べたという。
 谷垣氏は党本部で記者団に「こういう問題は自身がきちっと説明されなければいけない」と強調。安保関連法案への影響については「計りがたい」と否定しなかった。
 安保関連法案への世論の批判が強まるなか、速やかな離党で幕引きを図った形だが、野党に新たな追及材料を与え、今後の国会審議にも影響しそうだ。民主党の福山哲郎幹事長代理は記者会見で「なぜ議員辞職ではなく離党なのか。説明を求めたい」と述べた。
自民:武藤衆院議員が離党 未公開株トラブル発覚

議員辞職は当然であるが、経緯について、自民党も「こういう問題は自身がきちっと説明されなければいけない」などと他人事のように論評するのではなく、公党らしく説明責任を果たすべきだろう。

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2015年8月19日 (水)

福島原発事故の予見可能性/原発事故の真相(134)

東日本大震災、とりわけ福島原発事故は、私たちが築いてきた文明のあり方、あるいは「成長の限界」というものを意識させるものであった。
⇒2011年3月22日 (火):津々浦々の復興に立ち向かう文明史的な構想力を
⇒2011年12月24日 (土):『成長の限界』とライフスタイル・モデル/花づな列島復興のためのメモ(15)
⇒2013年5月17日 (金):「成長の限界」はどのような形でやって来るか?/花づな列島復興のためのメモ(214)
⇒2014年1月29日 (水):「フェルミのパラドックス」と「成長の限界」/原発事故の真相(103)

にもかかわらず、大地の活性化が言われていることなどまったく意識しないかのように、川内原発は再稼働し、その他の休止中の原発も稼働の準備を急いでいる。
なぜなのか?
福島原発事故の教訓はどう考えられるのか?
事故の責任の所在は明確にされないでいいのか?

検察審査会により、東電の旧経営陣が強制起訴され、司法的な検討はさらに続けられることになった。
しかし、一企業の責任の問題だけではあるまい。
問われているのは、産業政策あるいはエネルギー政策ではないのか?

以下では、福島原発事故の予見可能性に絞って考えよう。
検察審査会は、福島第一原発事故は東京電力が津波対策を怠ったために起きた、という結論を出した。
津波だけが原因かどうかも分からないが、津波は予見されていたのか?
検察審査会は、政府の地震調査研究推進本部の長期評価に着目した。

2002年の段階で、マグニチュード(M)8.2クラスの津波地震が発生する可能性があると指摘されていた。
2008年の段階では、長期評価を用い、東電側で明治三陸地震をモデルに試算すると、15.7メートルの大津波が押し寄せる、という結果も出していた。
にもかかわらず、東電は土木学会に検討を委ね、対策を先送りしていた。

東電と国は、巨大地震や大津波は「想定外」と主張してきた。
国際原子力機関(IAEA)が作成した福島第一原発事故の最終報告書でも、「『日本の原発は安全』との思い込みにより、関係機関には、安全レベル(向上)に挑もうとしない傾向があった」と記されている。
要するに、「大津波は来ないだろう」という根拠のない楽観論である。

大東亜戦争でも、最後には神風が吹いて戦局は好転する、と真面目に、本気で考えられていたのだ。
海上保安庁は18日、東日本大震災からの4年間で、南海トラフ巨大地震の震源域として想定される海底では、プレートが年に最大6センチ移動していたことを明らかにした。

 フィリピン海プレートとユーラシアプレートが接触する南海トラフでは、海側のプレートが陸側のプレートに沈み込む地形をしている。海と陸のプレートの境界部分が強く固着していると、陸のプレートが引きずり込まれる際に、地震を起こすエネルギーを蓄積する。
 海保によると、この固着の強弱の分布は、震源域のプレートの動きを調べる地殻変動の観測を通じて推定できるが、年間数センチメートルというわずかな動きを海底でとらえることは技術的に難しく、4年間に蓄積されたデータの分析によって今回初めて検出につながったという。
Ws000000
南海トラフ震源域 海底プレート年6センチ移動 海保

同じ過ちを繰り返してはならないだろう。

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2015年8月18日 (火)

消費の低迷とGDPのマイナス/アベノミクスの危うさ(52)

内閣府が17日、2015年4〜6月期の国内総生産(GDP、季節調整値)の速報値を発表した。
物価変動の影響を除いた実質で前期比0.4%減、この状況が1年続いた場合の年率換算で1.6%減となる。
14年7〜9月期以来、3四半期ぶりのマイナス成長だった。

日本経済は昨春の消費増税後の低迷から持ち直しつつあるとされてきたが、輸出の大幅な落ち込みと個人消費の低迷などで、今春以降は足踏みしている状況が浮き彫りになった。
Gdp
GDP:年率1.6%減 4〜6月、3四半期ぶりマイナス


甘利明経済財政担当相は記者会見で「天候不順など一時的な要素が大きく、回復の見込みはかなりある。中国経済の動向は楽観はしていないが、中国政府が適切な政策対応を取ると期待している」と述べた。
果たして、天候不順など一時的な問題か?

むしろアベノミクスの内包する危うさが表面化してきたと考えるべきではないか?
アベノミクスは、デフレ脱却が最大の眼目である。
そのために物価を上げる努力をしている。
しかし、実体経済が好調で、その結果として需要が高まり物価が上がるのならともかく、人為的な物価上昇策は生活必需品の値上げなど家計の逼迫を招く。

マイナス成長の主因は消費の低迷である。
しかし、物価が先行して上がり、賃金の上昇が追いつかないのだから消費が減るのは当然だ。
年金生活者では、物価上昇は生活を直撃する。
政府は春闘に介入し賃上げを実現したと言うが、企業は総額人件費を増やさないために、正社員で賃上げを実施すれば、正社員以外の労働者にしわ寄せがいく。
トリクルダウンが欺瞞的なのは明らかである。
150818
東京新聞8月18日

安保法案NO,アベノミクスNOである。
全国の有権者よ、声を上げよ。

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2015年8月17日 (月)

「70年談話」は「平和への誓い」に如かず/日本の針路(215)

広島、長崎に原爆が投下された日、それぞれ平和式典が開催された。
両式典に参列した安倍首相は、それぞれ「あいさつ」を行ったが、広島で言及しなかった「非核三原則」に、長崎では触れた。
広島で言及しなかったことを批判されたのが効いているのかも知れない。
支持率の低下によって、安倍首相の強気に変化が現れていると見ることもできよう。

 長崎の平和祈念式典について、多くの海外メディアで最も注目を集めたのは、被爆者代表の谷口稜曄(すみてる)さん(86)による「平和への誓い」と長崎市の田上富久市長による平和宣言だった。谷口さんは、安保法案は戦争につながるもので許すことはできない、と首相の面前で語った。田上市長は、日本国憲法の平和の理念が今、揺らいでいるのではないか、という不安と懸念が(国民の間で)広がっていると語り、政府と国会にこの声に耳を傾け、慎重な審議を行うことを求めた。
 英メディアからの反応が特に大きく、2人の発言を中心に報じている。BBCは、式典での2人のスピーチで、出席した安倍首相は安保政策のことで批判された、と報じた。ガーディアン紙は、被爆者と長崎市長が安倍首相に対し、日本の外交政策における憲法の制約を撤廃する計画の危険性について警告した、と報じた。
 テレグラフ紙は、谷口さんが平和祈念式典の場を用いて安倍首相に、平和憲法の修正は日本を「戦時中の時代に逆戻り」させるものだと警告した、と伝えた。また、安保法案は被爆者の願いに反したものだと警告した、と伝えた。BBCは、谷口さんの話が、式典でおそらく最も説得力のある時だったとの旨を語っている。彼は首相に食ってかかり、観衆からは大きな拍手が湧いたと語っている。
長崎式典でも安保法案反対の声

谷口さんは次のように言っている。

Ws000000_4 戦後日本は再び戦争はしない、武器は持たないと、世界に公約した「憲法」が制定されました。しかし、今集団的自衛権の行使容認を押しつけ、憲法改正を押し進め、戦時中の時代に逆戻りしようとしています。今政府が進めようとしている戦争につながる安保法案は、被爆者を始め平和を願う多くの人々が積み上げてきた核兵器廃絶の運動、思いを根底から覆そうとするもので、許すことはできません。
 核兵器は残虐で人道に反する兵器です。廃絶すべきだということが、世界の圧倒的な声になっています。
 私はこの70年の間に倒れた多くの仲間の遺志を引き継ぎ、戦争のない、核兵器のない世界の実現のため、生きている限り、戦争と原爆被害の生き証人の一人として、その実相を世界中に語り続けることを、平和を願うすべての皆さんの前で心から誓います。
原爆被害の生き証人として語り続ける 平和への誓い全文

一方、安倍首相も「70年談話」は次のようである。

 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。
 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。
【戦後70年談話】首相談話全文

言葉としては、 「いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない」というから、日本国憲法の第9条そっくりである。
この部分だけ読めば、集団的自衛権などとんでもないということになろそうである。
しかしながら、「侵略」あるいは「植民地支配」についての認識として、次のように書いている。

 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

なんのことはない。
植民地支配は、「圧倒的な技術優位」に立つ「西洋諸国」が行ったものであり、日本は「植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけ」る役割をした、という位置づけである。
確かにそういう面もあったことはあるにしても、日清戦争あるいは満州事変以来の日本の行動に対する反省がなければ、空文というべきであろう。
安倍首相が尊敬してやまない岸信介元首相は、植民地国家満洲国の支配層であった。
その辺りの歴史認識がすっぽり抜けているのである。
だからこそ、次の言葉がなんの説得性を持たない。

 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

「だからこそ」で繋げられる「私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます」と「「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献」が結びつかないのだ。
「平和への誓い」と「70年談話」は両立しない。
美文調のレトリックを駆使した官僚の作文である「70年談話」は、「平和への誓い」に如かず、である。

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2015年8月16日 (日)

追い込まれつつある安倍首相/日本の針路(214)

終戦記念日の昨日、政府主催の全国戦没者追悼式が東京都千代田区の日本武道館で正午前から開かれた。
天皇陛下は、お言葉で「さきの大戦に対する深い反省」に戦没者追悼式で初めて言及された。
150816
東京新聞8月16日

前日の安倍首相の「70年談話」でも反省は語られた。
しかし、お言葉の「平和を切望する国民の意識に支えられ」「さきの大戦にたいする深い反省とともに」は、今までのお言葉にはなかった表現であることに留意すると、現下の状況判断が浮かび上がってくる。
今敢えてこうした踏み込んだ発言をした背景は、政治情勢に対する懸念であろう。
象徴天皇としてのギリギリの線とも考えられる。

首相の70年談話は、首相の設置した「二十一世紀構想懇談会」の報告を受ける形で作成された。
しかし報告書自体が、木村草太首都大学准教授から次のように批判されている。

この報告書には、法の支配や人権尊重の重要性を説く点、過去の侵略に痛切な反省を示す点など、評価できる点もある。しかし、第2次大戦後の安全保障分野の見方はあまりに一面的だ。
 例えば、湾岸戦争の財政援助が「国際社会に評価されなかったことは、日本に大きな衝撃を与えた」とあるが、この点で反省すべきは日本ではなく、適正な評価をしなかった国際社会の方ではないか、という考え方もある。また、イラク戦争への自衛隊派遣を積極評価する一方、その正当化根拠であった大量破壊兵器が発見されなかったことへの反省は弱い。
 報告書の内容は総じて、軍事協力拡大の必要性を強調する一方で、それに伴うリスク(判断の誤りや、相手国の反発、自衛隊員や国民の負担など)について、あまりにも楽観的だ。もっと複眼的考察が必要だったと思われる。
安倍首相の戦後70年談話 間接的おわびの自己満足

そして、報告書がこれほど一面的な内容になってしまったのはのは、懇談会の構成員の人選にあるとする。
有識者の見解を自らの望む政策の権威づけの道具にしようとして、人選したからだ。
安保法制懇も、圧倒的な少数派である集団的自衛権合憲論者のみで構成されたので、批判が噴出した。
報告書の行方を懸念して、大沼保昭氏・三谷太一郎氏らが、戦後70年談話に「侵略」・「痛切な反省」・「植民地支配」等の明記を求める声明を出し、歴史や国際政治を専門とする多くのメンバーが名を連ねた。

政権支持率の低下や公明党からの要求で、キーワードは盛り込まれた。
しかし、談話の作成に携わった1人は「首相は本音は納得していないんじゃないか」との見方を示した。
首相を支持する保守派には、妥協に不満もくすぶっているという。
木村氏は、戦後70年談話が、単なる自己満足になったことは残念だとしている。
結局、「大山鳴動して鼠一匹」という談話にならざるを得なかったのは、追い詰められている証ではなかろうか。

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2015年8月15日 (土)

安倍首相の「70年談話」を読む/日本の針路(213)

昨夕、安倍首相が「70年談話」を発表した。
TVで実況中継を視聴したが、入念に推敲を重ねたことが窺われ、談話という語感の直接性は感じられなかった。

 安倍談話は、村山談話で「植民地支配と侵略によって、アジア諸国に多大の損害と苦痛を与えた」とした部分は引用しなかった。代わりに、「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない」と記述したが、侵略をどう認識しているかには触れなかった。「植民地支配」も「永遠に決別」と位置付けたが、韓国への「植民地支配」には踏み込まなかった。
 「反省」と「おわび」についても、「歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないもの」とはしたものの、自ら「おわび」する形にはならなかった。将来の日本人に「謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」との表現もあり、「未来永劫(えいごう)、謝罪をするのは違和感を覚える」(11日、自民党の稲田朋美政調会長)という首相や首相周辺の持論を反映させたとみられる。
 キーワードを盛り込み公明党や周辺国への配慮を示しつつ、首相の支持基盤である右派にも気を配る形になっており、談話作成に苦慮したことがうかがえる。
70年談話:安倍カラーを抑制 支持率急落受け軟化

全体的な印象としては、口では反省しているものの、本心としてどうなのか、という感じが拭えなかった。
当初、首相には「侵略」などの表現を盛り込む意図はなかったはずである。
「(村山談話を)安倍内閣としてそのまま継承しているわけではない」とし、その後「全体として引き継ぐ」と修正したものの、「もう一度書く必要はないだろう」とも語っていた。

しかし、安保法案審議の過程で内閣支持率が急落した。
憲法学者3人が衆院憲法審査会で、法案を「違憲」と発言した。
⇒2015年6月 5日 (金):憲法学者が安保法案にレッドカード/日本の針路(172)
⇒2015年6月 9日 (火):憲法審査会への対応で、反知性主義が露呈した/日本の針路(176)

また自民党若手勉強会での報道威圧発言問題なども起きた。
⇒2015年6月26日 (金):亡国の自民党「勉強会」の中身/日本の針路(185)
⇒2015年6月27日 (土):言論の自由を蹂躙する狂気の安倍応援団/日本の針路(186)

政権運営に公明党の協力が必須の情勢となり、公明党の山口代表との会談で、「歴代内閣の談話を継承した意味が、国内外に伝わるものにしてほしい」と注文された。
結果的に、引用の形で「おわび」を盛り込む形になった。

そのような経緯があるため、心に響かない「反省やお詫び」になった。
「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない」と書いたが、一般論であって、当事者としてどう捉えるかが明確ではない。
そのため、安保法案との関連性も説明していない。
70150815e_2
東京新聞8月15日

仰々しく「二十一世紀構想懇談会」へ諮問し、報告を受けたにしては、内容空疎な印象と言わざるを得ない。
結局、舌先三寸でやり過ごそうというところが見え透いているからだろう。
「武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない」という憲法の文脈と、立憲主義を口にしながら歴代内閣の積み上げてきた解釈を敢えて変更して、集団的自衛権の行使を容認しようという立憲主義を否定することの論理的関係が、矛盾したままであると感じるのは私だけではないだろう。

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2015年8月14日 (金)

原発再稼働とメディアの姿勢/原発事故の真相(133)

多くの反対の声を押し切って、川内原発が再稼働した。
⇒2015年8月11日 (火):なぜ川内原発を再稼働させるのか?/日本の針路(211)
新安全基準に合格しただけで、安全性が担保されているわけではないことは、規制委の田中俊一委員長自身が認めていることである。

原子力規制委員会の田中俊一委員長は、かねてより、審査について「稼働に必要な条件を満たしているかどうかを審査した。イコール事故ゼロではない」と述べいる。
⇒2014年12月18日 (木):原発は審査基準に適合すればOKか?/原発事故の真相(122)
田中委員長は、必要条件と十分条件を区別しているのだ。
Photo
ここが違う 数学が苦手な人、得意な人の「考え方」
⇒2015年2月13日 (金):高浜原発の再稼働を許すな/技術論と文明論(20)

依然として「事故は起こらないだろう」という安全神話の囚われているのか?
しかしあれだけの事故が起きているのだから、もう少し慎重に考えるべきだろうというのが、大方の国民の声だろう。
「MAG2 NEWS」というサイトで、『「原発ゼロ」が終わった日。川内原発再稼働を新聞各紙はどう伝えた?』という比較を行っている。

大手紙の見出しは以下のようである。
《朝日》:「リスク抱え原発回帰」「川内再稼働 新基準で初」
《読売》:「川内原発 14日発電」「再稼働、臨界に到達」
《毎日》:「再稼働 見切り発車」「火山対応後回し」
《東京》:「『反対多数』世論の中」「川内 新基準で再稼働」

見出しだけで各紙のスタンスはある程度理解できる。
特異なのは読売である。
「原発再スタート」という連載記事を始めているが、その第1回目として、安全強化のために1,200もの設備を追加したと九電を讃えているのだ。
さすがに正力松太郎以来の原発万歳という社是によるのだろう。
ただし、「避難訓練間に合わず」「火山、テロ対応も課題」という見出しの囲み記事を載せている。

他紙は再稼働に潜む危うさに触れている。
注目すべきは、東京新聞記事に関する次の指摘だろう。
N150812
東京新聞8月12日

大飯原発をいったん再稼働させたときの野田内閣の責任の取り方と比べ、安倍内閣が「判断に関与せず、説明もしない」ことを批判している点。安倍氏は「この日、夏休み中で何も語らなかった」としている。

安倍1強を招来したのは民主党の不甲斐なさ、特に自民党と無差別化した野田政権の罪であるが、野田より安倍はダメだということである。

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2015年8月13日 (木)

沖縄沖米軍ヘリ着艦失敗と辺野古新基地問題/日本の針路(212)

こういうタイミングで起きるものだなあ、というのが正直な感想だ。
普天間飛行場移設に伴う辺野古への新基地建設をめぐり、翁長沖縄県知事と菅官房長官が会談する直前に、米軍ヘリの墜落事故が起きた。

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 翁長氏は会談で、関係市町村が十三日にもヘリ墜落事故について沖縄防衛局に抗議するとの見通しを示した上で「説明を求めても、(防衛局側は)『原因究明したい』とか『私たちも分からない』とか、しゃくし定規の、何の意味もない答えしか返ってこないだろう」と苦言。「それに時間を費やされる気持ちが分かるか」とも述べ、県民感情に寄り添わない政府の対応を批判した。
 菅氏は会談後、記者団に「事故は極めて遺憾」と強調しながら、「詳細は引き続き確認中で、現時点で確たることを申し上げることは控えたい」などと述べるにとどめた。
「基地あるから事故起きる」 翁長知事「県外」重ねて訴え

オディエルノ米陸軍参謀総長は、事故について「一度の事件をめぐり、大げさに反応するつもりはない」と述べ、冷静に対処すべきだとの考えを示した。
もちろん、一度だけのことであればそうも言えるだろう。
しかしハインリッヒの法則が示すように、一度の事故の背景には、重大な事故が潜んでいると考えるべきである。
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⇒2012年6月19日 (火):フクシマ原発訴訟が問う「無責任の体系」/原発事故の真相(37)

翁長知事と菅官房長官の集中協議も、菅氏が「結論ありき」の姿勢を崩さない限り、進展はあるまい。
仲井眞前知事の任期間際の埋立承認には、瑕疵の疑いが指摘されている。
白紙還元で検討し直すべきだろう。

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2015年8月12日 (水)

目的と目標/「同じ」と「違う」(87)

東芝の「不適切会計」(粉飾)の問題は、さまざまな角度から考えることができる。
その1つが「目的」と「目標」の取り違えでえはないか、ということである。

一般に目的と目標はどう違うと考えられているか?
「ザ・チェンジ」というサイトの『結果を出す為に知っておきたい・目的と目標の7つの違い』ページには次のように述べられている。

「目的」と「目標」は一見似ていますが、その意味するところはまったく違います。特に大きな結果を求める時には、その違いを明確に意識していないとなかなか自身が望む結果が得られません。
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目的と目標の違い1:目標は目的のためにある。
目的と目標の違い2:目標は具体的に、目的は抽象的に。
目的と目標の違い3:目標は見えるモノ、目的は見たいモノ。
目的と目標の違い4:目標は過程、目的は行き先。
目的と目標の違い5:目標は複数、目的はひとつ。
目的と目標の違い6:目標は諦めても目的は諦めない。
目的と目標の違い7:目的は目標の先にある。

経営コンサルタントの小宮一慶氏は、「ダイヤモンドオンライン」に、『東芝の問題は「目的」と「目標」を混同した経営ミス』という文章を載せている。

 会社の目的は、最終的に行きつくところや存在意義です。多くの会社がビジョンに掲げていることです。「お客さまの発展に寄与する」、「自社商品を通じて社会に貢献する」などを指します。もちろん、従業員に幸せになってもらうというのも立派な存在意義ですから目的です。
 一方、目標とは、その理念やビジョンに到達するための通過点です。
「○○億円の売上高」というのは、目標になります。利益も自社ビル建設も目標です。目的ではありません。働いている人がしんどくなったり、東芝のように不正まで行う会社は、多くの場合、本来目標であるべき「数字」が目的化しているのです。
 売上高は、「お客さまに喜ばれる商品やサービスを作る」、「働く人が十分に活かされている」など、会社のビジョン(目的)の到達度合いの評価に過ぎません。結果です。あくまでも、お客さまに喜んでいただくことや社会に貢献すること、働く人が働くことによって幸せであることが会社の「目的」です。
 なぜ、こんなことを言うかというと、普段は「お客さまのため」を目的にして仕事をしている会社も、しんどくなってくると、目的と目標がごちゃまぜになりやすいからです。
東芝の問題は「目的」と「目標」を混同した経営ミス

そして

しんどい時期こそ、立ち返るべきは理念やビジョン、すなわち「目的」の方です。考え方の原点です。

としているが、これはその通りであろう。
しかし、問題は東芝(ほどの会社)が、なぜそうなって行ったかということである。

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2015年8月11日 (火)

なぜ川内原発を再稼働させるのか?/日本の針路(211)

九州電力川内原発1号機が再稼働した。
「3・11」の東京電力福島原発事故の災禍の検証はまだ終わっていない。
大飯原発が運転休止して以来続いていた原発ゼロが終わりを告げたわけである。150811_2
東京新聞8月11日

福島事故以降の再稼働への動きは下表のようである。
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必要性大きく後退 猛暑でも電力不安なし

今年の夏は、猛暑の記録を更新した。
にもかかわらず電力需給の問題が話題になっていない。
太陽光発電等の代替電源がそれなりのシェアを占めてきたからである。

にもわらず、安倍政権は福島事故以前に時計の針を戻そうとしている。
従来言われてきた原発のコスト的優位性は根拠のないものであった。
⇒2014年4月 7日 (月):原発は費用莫大、だが再稼働推進?/原発事故の真相(110)
⇒2015年3月31日 (火):原発再稼働推進の論拠を問う/日本の針路(129)

原発輸出を山号政策の1つの柱に据えるアベノミクスのためには、決して合理的ではない判断も敢えて行うということである。

 国・電力会社・メーカーが原発を推進するのは、決して電力維持といったエネルギー問題が本質ではない。現在、全ての日本の原発が止まっているにも関わらず、必要な電力を供給できていることからもそれは明らかだ。原発推進は原発産業の生き残り、そして発展こそが重要であり、そのためのひとつの方法が原発輸出なのである。
「日本政府が原子力輸出へと大きく舵を切ったのは、内需だけでは自国の原子力産業を維持するのが難しくなったことによる」
 それは皮肉なことに原発事故で加速度を増した。
「福島原発事故後は、発電比率や将来の原子力ビジョンは不明確なまま、原子力産業維持そのものが目的となっていった」
 ある意味、原発事故があったからこそ、輸出の重要性がさらに増すというパラドックス。では、日本政府がそこまでして原子力産業を維持する目的はなにか。本書はその本質にこう切り込む。
「世界から非難されないように気をつけながら潜在的核兵器製造能力を保持する」
原発再稼働の真の目的は?安倍政権が原発輸出に固執する恐ろしい理由

死の産業と一体化した政権が、戦争法案に邁進するのは、ある意味当然である。
瀬戸際ではあるが、安倍政権が追い詰められていることも確かであろう。

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2015年8月10日 (月)

新国立競技場の迷走と情報の隠蔽/日本の針路(210)

新国立競技場建設の迷走が続いている。
公募で選ばれたデザインが、予算の1300億円の枠内に収まらず、下村文科相は最終的に2520億円に上ると発表した。
余りに評判が悪いので、これ以上支持率が低下すると安保法案に影響すると、安倍首相が白紙に戻すことにした。
⇒2015年7月17日 (金):新国立競技場の見直しだけで終わらせない/日本の針路(198)

予算膨張の原因はどこにあるのか?
デザイナーの積算が根拠のないいい加減なものだったのか?
基本設計の段階でのチェックはなぜできなかったのか?

デザイン選考に当たって審査委員長を務めた建築家の安藤忠雄氏は、、「コンペの与条件としての予算は1300億円であり、応募者も認識しています。提出物には建築コストについても示すように求められていました。それは当然評価の一つの指標となりました」と言及し、デザインは予算内に収まる前提で提出されているはずだったとの認識を示した。
下村文科相が「値段とデザインを別々にしていたとしたら、ずさんだと思う」と批判したのに反論した形である。

どこに非があったかはおいおい明らかになるであろうが、オリンピックという大義の前に、何でも許されるという風潮が、関係者の中にあったのではないかと思われる。
それは、安全保障という大義の前に、法的安定性などは関係ない、という安倍政治と共通するものであろう。
⇒2015年7月31日 (金):チーム安倍を象徴する礒崎首相補佐官の暴言/日本の針路(204)

特に、JSCの情報隠ぺい体質は厳しく問われなければならない。
Jsc
東京新聞8月8日

森氏には「諸悪の根源」のイメージが拭えないが、それを隠れ蓑にして、JSCや文科省がオープンな議論をしてこなかったことが、事態の根本原因であろう。
つじつま合わせはいつか破綻する時限爆弾である。

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2015年8月 9日 (日)

トリチウムの不都合な真実/原発事故の真相(132)

福島原発事故について、まだまだ解明されていないことが多いにもかかわらず、九電・政府は川内原発の再稼働を急いでいる。
何故だろう?
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東京新聞8月8日

連日の猛暑にもかかわらず、節電の要請の声は上がっていない。
何故だろう?

原発事故については、本当に重要な情報が伏せられているのではないか?
できれば事故以前から危険性に対して警鐘を鳴らしていた人の声を聞きたいと思っている。
広瀬隆氏はそのような1人である。
広瀬氏が、「ダイヤモンドオンライン」誌に、『フクシマ原発からの放射能漏洩はトテツモナイ量に!/全く報道されない「トリチウム」の危険性』を載せている。

すでに事故から4年をすぎた現在、日本に住むほとんどの人は「事故と被害は終った」と勘違いしているが、「福島第一原発」の事故現場では、大量の放射能放出が続いており、東京電力が発表する放出量は変動が大きすぎて信頼できないのだ。

 東京電力は必死になってそれを回収しているが、この4年間で貯蔵量が75万立方メートルというトテツモナイ量に達しているのだ。
 1立方メートルとは、一辺が1メートルのサイコロの大きさだから、それを縦に積み上げると、75万メートルになる。富士山の高さは3776メートルだから、75万メートルは富士山の200倍の高さになる。
 大型飛行機が飛行するのは、1万メートルだから、75万メートルはわれわれにちょっと想像もできない量だと、分るだろう。
 この汚染水の貯蔵量は、これからも、歳月ときれいに比例しながら増えてゆくのだ。なぜなら、放射能を除去する対策がないまま、水を流しこんで、内部を冷やし続けなければならないからだ。
 しかもそのメルトダウンした燃料の放射能を洗い出した水が、地下に流れこんで、そこから外洋にどんどん流れ出している。
 海岸線の地下水は、太平洋の沖合とつながっているからである。
 しばしば報道されてきた「汚染水の大量漏洩」は、陸上で漏れ出している話だけで、地下から漏れ出している大量の汚染水については、まったく無視している。

東京オリンピックのために、「完全に統御(コントロール)されている」と放言した安倍首相。
この汚染水の中には放射性セシウムと放射性ストロンチウムと共に、トリチウムという放射性物質が含まれている。
トリチウムは、原子核が陽子1個+中性子2個の水素(三重水素)である。

化学的には水素なので、水素のように振る舞う。
人間の体は、大部分が水でできているが、水は、水素と酸素の化合物である。
DNAを構成する原子は水素H、炭素C、酸素O、窒素N、リンPであるが、その水素が、放射性水素になる。
カリフォルニア州ローレンス・リヴァモア国立核研究所での研究(1991~1993年)では、トリチウムによる催奇形性(奇形を生じさせる性質)の確率は、致死性癌の確率の6倍にものぼる。

このトリチウムは、化学的には容易に除去することができないので、福島第一原発では、どんどんたまっているのである。
にもかかわらず、再稼働を急ぐ自民党。
まさに、制服向上委員会の歌うように、「諸悪の根源自民党」である。
⇒2015年7月 7日 (火):アイドルグループが歌う「諸悪の根源自民党」/日本の針路(192)

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2015年8月 8日 (土)

70年談話有識者懇談会報告書/日本の針路(209)

安倍首相の出す戦後70年談話が注目されている。
談話のために、「20世紀を振り返り21世紀の世界秩序と日本の役割を構想するための有識者懇談会」が設置され、「21世紀構想懇談会」と略している。
その報告書が6日首相提出された。
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東京新聞8月7日

◇21世紀構想懇談会の報告書・骨子◇
・日本は満州事変以後、大陸への侵略を拡大し、無謀な戦争でアジア諸国に多くの被害を与えた
・1930年代後半から植民地支配が過酷化
・日本は先の大戦への痛切な反省に基づき、20世紀前半とはまったく異なる国に生まれ変わった
・戦後70年の日本の平和主義・国際貢献路線は国際社会と日本国民から高い評価
・中国、韓国との和解は完全に達成されたとはいえない

報告書で「侵略」をどう取り扱うかが1つの焦点だった。

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戦後七十年談話をめぐっては、村山談話を引き継ぐかどうかが国内外の最大の関心だが、懇談会は直接のテーマにしなかった。首相が村山談話をそのまま引き継ぐことに消極的だからとみられる。
 それでも、村山談話のキーワードである「侵略」は委員の関心が高く、会合でも発言が相次いだ。議事録によると、委員からは「侵略でなかったと記すことは当時の常識からいってもあり得ない」「国際法からみても侵略と言わざるを得ない」と侵略を明記するよう求める意見が出された。これに対して、「現在の価値観で『あの戦争は侵略』と断定するのがいいことなのか疑問。五十年に用い、七十年談話でも用いるべきなのか」と反対意見も出された。
「侵略明記を」に重み 70年談話 私的有識者懇近く報告書

侵略に関し、報告書は「世界の大勢を見失い、無謀な戦争でアジアを中心とする諸国に多くの被害を与えた」とした。
そして、「30年代以後の日本の政府、軍の指導者の責任は誠に重い」としているが、「侵略」の記述に関しては複数の委員から異議が出たことを脚注で紹介した。
北岡伸一座長代理は記者会見で「1人が賛成できないと言い、同調がもう1人いた」と述べ、16人の委員のうち異論は2人だったことを明らかにした。

首相よりの懇談会においても、「侵略」とすることに異論だとする意見は、2人だけであった。
座長の西室泰三日本郵政社長は、会見で「この中から何をくみとってどうするかは、首相にお任せする」と述べたが、安倍首相が「侵略」という表現をつかうかどうかが注目される一点である。

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2015年8月 7日 (金)

立憲主義を否定する武藤貴也を国会に喚問せよ/日本の針路(208)

武藤貴也という国会議員のハシにも棒にもかからないツイートについては既に触れた。
⇒2015年8月 5日 (水):武藤貴也議員のどうしようもないツイート/日本の針路(207)
余りのレベルの低劣さに、過去の発言を検索してみたら、案の定、立憲主義なんて「そんなの関係ねえ」の人であった。

 そもそも「日本精神」が失われてしまった原因は、戦後もたらされた「欧米の思想」にあると私は考えている。そしてその「欧米の思想」の教科書ともいうべきものが「日本国憲法」であると私は思う。
 日本の全ての教科書に、日本国憲法の「三大原理」というものが取り上げられ、全ての子どもに教育されている。その「三大原理」とは言わずと知れた「国民主権・基本的人権の尊重・平和主義」である。
 戦後の日本はこの三大原理を疑うことなく「至高のもの」として崇めてきた。しかしそうした思想を掲げ社会がどんどん荒廃していくのであるから、そろそろ疑ってみなければならない。むしろ私はこの三つとも日本精神を破壊するものであり、大きな問題を孕んだ思想だと考えている。
日本国憲法によって破壊された日本人的価値観。

2012年7月のブログであるから、初当選の前である。
自民党執行部は、当然このような思想の持ち主だと知って公認したのであろう。

自民党の憲法改正案が国民に公知されている。
しかしそれは近代立憲主義憲法ではない。
立憲主義とは、国家権力を制限し人権を保障する法である。
法律を作るときや、それを運用するときに守らなければならないことを示したもので、国民が国家に遵守させるという、法律とは逆方向の役割を本質とするものである。
時に国家は暴走するという歴史的教訓から生まれた役割であり、現行憲法もそういう役割を担っている。
自民党の草案は、そうした従来の意味での憲法ではない。
自民党憲法草案の条文解説

国民が主権者として、「憲法の役割」はなくなり、「国家権力」(政治権力)を規制するものは皆無になり、「国家権力」はやりたい放題になります。(「国家権力絶対主権」)。
逆に国民は現憲法で最大の価値として位置づけている「国民主権」は空洞化され、(平和主義、基本的人権、)の中味は「国家権力」により奪われることになります。
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「自民党改正草案」の中味は、戦前の「大日本帝国憲法」(明治憲法)に似ていますが、「権力者」を規制する「立憲主義」の意味では「大日本帝国憲法」よりさらに劣る内容になっています。
中世の絶対権力制を彷彿とさせる「自民党改正草案」が知れ渡れば「世界中からの笑いもの」になることは必死です。
青空の社会学

安倍首相が口でいくら日本国憲法の「三大原理」は自民党憲法草案でも書いてあると言っても、そもそも立憲主義ではないことには話にならない。
武藤というチンピラのような議員をまず国会に喚問して、説明させるべきだ。
憲法尊重義務に違反していることを自覚させるのは、国会の義務であろう。

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2015年8月 6日 (木)

落暉よ碑銘をかざれ・阿川弘之/追悼(74)

『雲の墓標』の阿川弘之さんが亡くなった。
受験生の頃読んで、京都の大学生活に思いを馳せた。
爾来数回読み返している。
しかし、他の作品はほとんど読んだことがない。

戦後70年が何かと話題にされているとき、巨木が倒れるようにこの世を去った。
私は、『雲の墓標』は、日本文学史上屈指の青春文学ではないかと思っている。
⇒2008年5月27日 (火):偶然か? それとも……③『雲の墓標』

 雲こそ吾が墓標
 落暉よ碑銘をかざれ

わが旧き友よ、今ははたして如何に。共に学び共によく遊びたる京の日々や、其の日々の盃挙げて語りし、よきこと、また崇きこと。大津よ山科よ、奥つ藻の名張の町よ。布留川の瀬よ。軍に従いても形影相伴いて一つ屋根に暮したる因縁や、友よ、思うことありやなしや。されど近ければ近きまま、あんまり友よしんみり話をしなかったよ。なくてぞ人はとか、尽さざるうらみはあれど以て何をかしのぶよすがとなせ。
 友よたっしゃで暮らせよ。

久世光彦さんさんの『みんな夢の中』文藝春秋(1997年11月)に、『言うなかれ、君よ別れを』というTVドラマをプロデュースしたときの放送終了後の反応について、次のようなことが書いてある。

--そして八月十五日、青空を見上げる岸惠子さんの目の裏に、軍医の夫が死んだ紺青の海が浮かび、壇吉の吹いた『海ゆかば』が耳に蘇る。茫然と空を見ている母と三人の娘たちの姿を撮りながら、私は阿川弘之の『雲の墓標』のエピグラムを思い出していた。--《雲こそわが墓標/落暉よ碑銘をかざれ》

阿川さんは保守の人であったが、最近の右傾化を案じていたという。
一度戦争の方向へ動き出すと、ブレーキが利かなくなるからである。

Ws000000_2 海軍体験を通して戦争を描いた「暗い波濤」や「山本五十六」などの作品で知られる作家の阿川弘之(あがわ・ひろゆき)さんが3日、老衰のため東京都内の病院で死去した。94歳。葬儀は近親者のみで営む。しのぶ会は後日開く予定。
 広島市生まれ。東大国文科を繰り上げ卒業後、予備学生として海軍入隊。士官として通信・諜報(ちょうほう)の任務につき、敗戦を中国・漢口で迎えた。復員した1946年、第1作「年年歳歳」を発表。以後、3年半の海軍体験をもとにした52年「春の城」(読売文学賞)や56年「雲の墓標」で頭角を現した。
 海軍予備学生を描いた74年「暗い波濤」や75年「軍艦長門の生涯」で注目される一方、65年「山本五十六」、78年「米内光政」、86年「井上成美」など従来の評伝とは一線を画す等身大の提督像をつくりあげて、伝記小説に新境地を開いた。
訃報:阿川弘之さん94歳=作家、「山本五十六」

阿川さん、貴方は戦争で命を落とした人も多い世代を代表して、戦争の愚かさを静かに訴えてくれました。
いま、再び戦争への道を開こうとする法案が成立するかのような状況です。
心残りでしょうが、法案の成立を見ないで逝かれたことは、せめてもの救いではないかと思います。
合掌。

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2015年8月 5日 (水)

武藤貴也議員のどうしようもないツイート/日本の針路(207)

自民党の武藤貴也衆院議員、がツイッターで、安全保障関連法案の反対運動をする学生団体「自由と民主主義のための学生緊急行動(SEALDs=シールズ)」について「自分中心、極端な利己的な考え」などと非難した。
Ws000000_2

唖然とするようなツイートである。
さすがに自民党内にも批判が出ているようだ。

 自民党の小此木八郎国対委員長代理は5日の記者会見で、同党の武藤貴也衆院議員が安全保障関連法案に反対する学生らのデモについて「『戦争に行きたくない』という極端な利己的考え」と自身のツイッターに投稿したことに関し、不適切との認識を示した。「いろいろな気持ちがあると思うが、表現について不完全、不適切という話が(党内で)出ている」と述べた。
武藤氏投稿、党内にも「不適切」 自民国対幹部

しかしどうしてこうなのか?
そもそも武藤貴也とはどういう人物か?
Wikipediaより、略歴を引用しよう。

北海道白糠郡音別町生まれ(現・釧路市。2005年10月に合併)。北海道釧路江南高等学校を卒業、東京外国語大学を卒業(国際法)、数年の社会人生活後社会人入試で京都大学公共政策教育部に入学、修了(公共政策)。2007年、大学院在学中に滋賀県議会の少数会派の政策スタッフになった。
2009年の第45回衆議院議員総選挙の滋賀4区では、岩永峯一の三男・岩永裕貴が当初自民党の公認を得ていたが、選挙前に父峯一が神慈秀明会から巨額の資金提供を受けていることが発覚。岩永は借りたと主張したが、各紙は「政治資金収支報告書の記載漏れ問題発覚」などと報じ、裕貴は結局立候補を取りやめた(裕貴は峯一の秘書を務めていた)。2011年、武藤は自民党が行った全国公募で選ばれ、自民党から出馬し、民主党の奥村展三に敗れた。
2012年の第46回衆議院議員総選挙に再び出馬し、日本維新の会から出馬した岩永裕貴と前回敗れた奥村を破り、初当選した。この選挙では元自民党衆議院議員の父を持つ岩永と郵政解散まで当時自民党所属衆議院議員の小西理も出馬していた。
2014年の第47回衆議院議員総選挙では、岩永を比例復活も許さずに破り、再選。自由民主党所属議員による「文化芸術懇話会」の結成に参画しており、2015年6月25日の会合にも出席していた。

またしても安倍チルドレンの1人と言えそうだ。
どうして首相の周辺にはこういう人物が寄ってくるのか?
それはまさに安倍首相の考えだから、としか説明できない。

 民主党の枝野幸男幹事長は3日、記者団に「自分が戦争に行きたくない、みたいなレベルでしか受け止めておらず、法案の問題や本質を理解していない。戦後の平和主義、民主主義が積み重ねられてきた歴史に、全く目が向いていない」と追及する考えを示した。維新の党の柿沢未途幹事長も「権力を持っている政党の所属議員として、もってのほかの発言だ」と批判した。
自民党:武藤貴也議員、安保反対学生をツイッターで非難

枝野氏の批判はもっともであるが、私は「自分が戦争に行きたくない」というレベルで十分だと思う。
“尾木ママ”こと教育評論家の尾木直樹氏が4日公式ブログで反論した。

尾木ママは「戦争に行くのは嫌だは当たり前!!」とした上で、それを批判する議員について、「戦前と間違えているのでしょうか!? 恥ずかしいー 議員もやめて欲しい」と書き込んだ。
尾木ママ「戦争に行くのは嫌だは当たり前。議員やめて」武藤貴也・衆院議員に反論

シールズの中心メンバーで明治学院大4年の林田光弘さんは「戦争に行きたくないというのは、若者だけでなく多くの人の共通の願い。それを利己的と批判するのはまさに戦前の国家主義そのものだ」と話している。
まったく困った人が国会議員になっている。
次の選挙では落選すると思うが、武藤氏を当選させた選挙区の有権者は反省すべきであろう。

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2015年8月 4日 (火)

礒崎発言は撤回でOKか?/日本の針路(206)

礒崎陽輔首相補佐官は、新たな安全保障関連法案をめぐって「法的安定性は関係ない」と発言した問題で、3日の参院特別委員会で発言を取り消して陳謝した。
Ws000000
東京新聞8月4日

本件はこれで一件落着なのか?
私には到底そうは思えない。

 冒頭、礒崎氏は「もとより法的安定性が重要であることを認識している。あくまでも合憲性、法的安定性を当然の前提とした上での発言だが、大きな誤解を与えて大変申し訳なく思う」と語り、発言を取り消して謝罪した。礒崎氏の釈明後、鴻池祥肇委員長(自民)や野党が質問した。
礒崎氏「軽率な発言おわびする」 辞任は否定

礒崎氏は、決して自分の「考え」は間違っていないのだが、「誤解を与えた」ことを謝罪すると言っている。
しかし、礒崎氏は「考えないといけないのは、我が国を守るために必要な措置かどうかで、法的安定性は関係ない」と発言したのである。
何を誤解したというのだろう。
「法的安定性を当然の前提とした上で」で、「法的安定性は関係ない」と言ったのか?
だとすれば支離滅裂と言わなければならない。

一方、菅義偉官房長官は3日午前の会見で「法的安定性を否定したものではないが、誤解をされるような発言は補佐官として厳に慎むべきだ」と述べ、さらに「首相の任命責任との指摘は当たらない」と擁護した。
礒崎氏「軽率な発言おわびする」 辞任は否定

これでは、仲間のしでかしたことは、何が何でも守り抜くという姿勢だけが顕著で、冷静にコトの理非を論ずる立場にない、と言っているようなものである。
礒崎氏は、安全保障担当の首相補佐官である。
そういう立場の人間が、参考人招致されるというのも見ものである。

政権のホンネがどこにあるか、見事に浮き彫りになった。
礒崎氏は、憲法審査会で違憲論を開陳した長谷部教授を指名した船田憲法改正推進本部長と共に、法案の性格を顕在化させた功労者とも言える。
もうすこし補佐官を続けていただいて、何を言うか成り行きを待つのも一案かも?


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2015年8月 3日 (月)

東芝粉飾決算と原子力ムラと安倍政権/日本の針路(205)

経団連の初代会長は石川一郎(日産化学社長)である。
石川の略歴をWikipediaから拾ってみよう。

1885年(明治18年)東京に生まれる。元関東酸曹常務・卯一郎の長男。
旧制京華中学、旧制第一高等学校工科を経て、1909年(明治42年)東京帝国大学工科応用化学科を卒業。大学に残り、東京帝国大学工科助教授となる。
1915年(大正4年)に東大を辞し、関東酸曹に入社し、学問と実業を橋渡しすると決意する。
1941年(昭和16年)に産業統制によって発足した日産化学工業社長に就任し、1942年(昭和17年)化学工業統制会会長(のちに化学工業連盟会長)に就任する。
1946年(昭和21年)日本産業協会(日産協)会長、1948年(昭和23年)に発足間もない経済団体連合会(経団連)初代会長に就任した。
講和発効後は、防衛産業の育成に力点を置き、経団連に防衛生産委員会を発足させ、国産兵器生産に道を拓いた。
経団連会長であった1955年(昭和30年)にすでにジュネーヴ原子力平和利用国際会議の日本首席代表、日本原子力研究所理事長として「原子力の父」ともいうべき存在であった。
経団連会長を退任した1956年(昭和31年)に原子力委員会が発足し、原子力委員に就任する。
1963年(昭和38年)設立の日本原子力船開発事業団理事長に就任。

まあ、原子力ムラのルーツ・基礎を築いた中枢人物と言えよう。

日本の原子力体制は、政界では正力、財界では石川を中枢とし、その石川が経団連の会長に東芝の石坂を、経団連の実質的ナンバー2である評議員会議長に東電の菅礼之助会長を、それぞれ据える恰好で始まったのであり、また石坂と土光の20年の後には引き続き新日鉄が2人で10年、その後に東電が4年、経団連会長を務めることになったのである。経団連とは、一皮剥けば原子力ムラそのものなのである。
だから、もし佐々木が次期経団連会長に登り詰めることが出来ていれば、それある意味で順当というか、一皮剥けば原子力ムラという経団連の「本質」に相応しい人事とも言えた。しかし運命は皮肉で、佐々木が「次期経団連会長候補」と言われ出した時にはすでに原子力は、まさに東芝の炉がもたらした福島の大惨事によって、日本ではもちろん全世界的に退潮が始まっていて、それを何とかして食い止めようとすればするほど東芝の赤字は膨らんで巨額粉飾なしには体面も取り繕えないまでに傷が広がってしまい、最後は安倍晋三首相の政治力にすがって切り抜けようとしたのに、今では安倍の政権自身がどうなるか分からなくなってきた。
と言うか、東芝の破滅と佐々木の失脚は、佐々木と組んで原発再稼働と輸出促進を、JR東海の葛西敬之名誉会長と組んでリニア新幹線と新幹線輸出を、「成長戦略」の2本柱にしてきた安倍にとって片足がもげるほどの大打撃であり、だから官邸は「東芝のことは早くなんとかしろ」と焦っている。
東芝の粉飾決算は、「嫉妬」が生んだ原発スキャンダルだった?

制服向上委員会風に言えば、「諸悪の根源原子力ムラ」である。
⇒2015年7月 7日 (火):アイドルグループが歌う「諸悪の根源自民党」/日本の針路(192)
第三者委員会の報告には、「利益先取り」「費用・損失の先送り」「事実の隠ぺい」「上司に逆らえない企業風土」などが指摘されている。
この目先の利益優先と上司に逆らえない風土は、そっくりそのまま安倍政権のものではないか。
 
佐々木則夫副会長は、政府の産業競争力会議の民間議員や政府税制調査会の特別委員、経済財政諮問会議の民間議員などを務め、アベノミクス「成長戦略」の旗振り役だった。
既に老境期を迎えている産業のトップに成長戦略など実現できるわけがないだろう。
原子力ムラを解体し、利権の構造を壊さない限り、この国の健全化はあり得ない。

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2015年8月 2日 (日)

東芝の粉飾と原発事業の「失敗」/ブランド・企業論(37)

東芝の「不適切会計」(粉飾)問題が連日報道されている。
基本的には同社の企業統治が問題にされており、確かに大きな問題であると思う。
⇒2015年5月13日 (水):東芝に何が起きているのか?/ブランド・企業論(35)
⇒2015年7月14日 (火):東芝の不適切会計=粉飾決算の構図/日本の針路(196)
⇒2015年7月22日 (水):日本を代表する企業・東芝の実態/ブランド・企業論(36)

実体論的にみると、問題の原因に原発事業があるという見方が強い。
裏面史にも詳しい高野孟氏の見解を中心に見てみよう。
辞任した3社長のうちキーマンは佐々木則夫副会長。
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東芝利益水増し1518億円 第三者委 社長辞任表明へ


佐々木氏は、原子力事業を東芝の主柱の1つにまで仕立てた功労者だ。
写真から受ける印象も、3人の中で最も「タフなやり手」である。

リーマン・ショック不況の中、09年3月期の決算では営業損益2,500億円の赤字を出したが、同年6月に社長となった佐々木は「15年度に原発事業の売上げ1兆円」と、得意の原子力を主軸に経営を立て直す大方針を打ち出した。この時が彼の人生の絶頂だったろう。その大方針が成果を上げ始める暇もない2年後、11年3月11日に福島第一原発の爆発事故が起きて地獄の底に落ちることになった。東京電力として最初の原発基地となった福島第一の1号機はGE、2号機と6号機はGE・東芝、3号機と5号機は東芝、4号機は日立が手がけており、ここは言ってみれば東芝・GE連合にとっての「聖地」である。それが吹き飛んだことのダメージは計り知れなかった。
・・・・・・
こうして、福島事故のA級戦犯の1人に列せられておかしくない佐々木だが、そうは簡単にはあきらめない。第2次安倍政権が誕生するや、13年1月には早速「経済財政諮問会議」の2人の民間議員に三菱ケミカルの小林喜光会長/経済同友会代表幹事と共に名を連ね、14年9月には小林と2人揃って「産業競争力会議」の民間議員に移り、それを通じてアベノミクスの「成長戦略」の中に原発再稼働と海外への輸出を柱として織り込むよう奮闘した。もはや「安倍と最も親しい財界人」となった佐々木は、13年6月には東芝の副会長になると同時に経団連の副会長にも就任し「次期経団連会長候補」に名を上げられるまでになった。
世に「原子力ムラ」と言われるが、その骨格をなすのは
1.電力会社や東芝はじめ原子炉・発電機メーカーなど産業界
2.経産省はじめエネルギー庁・規制庁など官界
3.東大工学部原子力学科を中心とする御用学者群
──の産官学のトライアングルである。原子力の裾野は広く、原子炉などの機器メーカーだけでなく、素材や部品をつくる鉄鋼・特殊金属メーカー、大規模工事を請け負うゼネコン、燃料の輸入や原発の輸出に携わる大手商社、それらの金融を受け持つメガバンクなどはみな広義での原子力関連産業であり、それは実は、ほぼそのまま、経団連の中心企業なのである。
東芝の粉飾決算は、「嫉妬」が生んだ原発スキャンダルだった?

経団連会長で多くの人に記憶されているのは、「財界総理」という称号をマスコミから与えられた石坂泰三と、メザシの朝食の土光敏夫であろう。
共に東芝会長だった。
石坂は、1956年に第2代会長に就き、1968年まで12年間会長職に君臨した。
土光は石坂から1代おいて、1974年から1980年までの6年間会長の座にあった。
戦後日本経済の最も輝かしい時期の財界トップを、東芝出身の2人が計20年間も占めていたのだ。

その後経団連会長職は東芝には戻っていない。
パソコン・半導体など軽電部門出身の西室泰三(現日本郵政社長/70年談話有識者懇座長)やその直系で次の次の社長・会長だった西田厚聡(今回相談役を辞任)などが画策したが、経団連会長にはなれなかった。

西室・西田からすれば、重電部門から駆け上がってきてしかも原子力で巨額損失を作りだした張本人である佐々木が、自分らを差し置いて財界トップの座を手に入れることだけは許せなかった、という経営陣内部の嫉妬狂いが、このスキャンダル暴発の一因だったと言われている。
東芝の粉飾決算は、「嫉妬」が生んだ原発スキャンダルだった?

「チャレンジ」という都合のよい言葉で粉飾を強いる姿は、中小企業と変わらないが、ドロドロした派閥争いは、スーパー大企業らしいと言えようか。
原子力ムラの崩壊=安倍政権の終焉は近い。

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2015年8月 1日 (土)

福島原発事故は可罰的か?/原発事故の真相(131)

検察審査会が、福島第一原発事故は東京電力が津波対策を怠ったため起きた、という結論を出した。
元幹部3人を強制起訴することにしたのだ。
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東京新聞8月1日

もちろん起訴された段階だから、有罪ではない。
しかしあれだけの大事故が、「想定外」だから仕方がなかったで済ませるわけがない、発災直後から思っていた。
⇒2011年3月17日 (木):「想定を超えた事態」ならば免責されるのか?

検察審査会の判断で記憶が新しいのは、小沢一郎氏と陸山会をめぐる事件である。
小沢一郎氏に対し、検察審査会が「起訴相当」の議決をし、世論は賛意を示した。
とかく対立的な朝日新聞と産経新聞が共に評価していたのが印象的だった。
⇒2010年10月 9日 (土):検察審査会/理念と現実の乖離(4)

しかし、この件に関しては、一種の謀略性を感じた。
⇒2010年10月 6日 (水):「推定無罪の原則」はどこへ行った?
⇒2010年10月 8日 (金):冤罪と推定無罪/「同じ」と「違う」(19)
現在の安倍自民党のやりたい放題とも言える状況をもたらした一因に、小沢氏の影響力が殺がれていることがあることは疑えない。

さて、東電の場合はどうだろうか?
検察の判断は、やはり不起訴である。
おそらくは起訴しても、有罪の判決を得ることが難しいと判断した結果であろう。
しかし市民感覚からすれば、東電の犯した罪を問わないで置くことが社会的不正義だということだ。

2002年の段階で、マグニチュード(M)8.2クラスの津波地震が発生する可能性があると指摘されていた。
2008年の段階では、東電側で明治三陸地震をモデルに試算すると、15.7メートルの大津波が押し寄せるという「想定」もあった。
にもかかわらず、東電は対策を放置した。
安全神話である。

この不幸にして起こってしまった事故を教訓として生かすためにも、司法の場で議論が交わされるのは当然であろう。
その結論も待たないで再稼働に走るとは、神をも恐れぬ所業ではなかろうか。

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