本気で自衛隊の治安出動を考えた岸信介/戦後史断章(20)
自衛隊には、他国からの武力攻撃に対処するための防衛と並んで治安出動という任務がある。
治安出動とは、緊急事態や治安上重大な事態に際し、自衛隊の全部または一部を出動させて、治安の維持をはかることを自的とした活動である(自衛隊法第78条、同81条)。
ただし、「一般の警察力をもっては、治安を維持することができないと認められる場合」(同78条第1項)である。
防衛庁・自衛隊の発足から今日まで、治安出動が行われたことは一度もない。
そのことは戦後といわれる期間、平和主義憲法下に現存する実力組織・自衛隊の性格の一面を示すものであろう。
しかし、治安出動が本気で検討されたことが1回だけあった。
「60年安保闘争」の国民的盛り上がりに対して、岸信介が、時の自民党幹事長・川島正次郎を通じて、防衛庁長官だった赤城宗徳に、デモを鎮圧するため自衛隊の治安出動を要請したのである。
赤城はこれを拒否した。
赤城は、「武器を持った自衛隊の出動で死者が出れば、デモは革命的に全国に発展する。そうしたら、収拾がつかなくなる」と考えたという。
岸の暴走を止める理性が、当時の閣僚にはあったということだ。
「60年安保闘争」は、戦後史を画する出来事であった。
⇒2015年6月29日 (月):吉本隆明『擬制の終焉』/私撰アンソロジー(38)
岸信介は、安保条約の改正を政権獲得時の重要課題としていた。
岸は、敗戦後直ぐにA級戦犯容疑で逮捕されたことがあったが、東条英機らが処刑された翌日に釈放されている。
岸内閣は、軍事・教育・治安三点セットでの統制を強めた(福井紳一『戦後史をよみなおす――駿台予備学校「戦後日本史」講義録』講談社(1111)。
統制経済を主導した官僚の政治家としての姿ということだろう。
1958年10月に、警察官職務執行法改正案が国会に提出された。
激化していた勤評闘争を押さえることが目的といわれ、「戦後版治安警察法」などといわれた。
この法案は廃案になったが、その過程で、社会党・総評を中心に市民レベルに反対闘争が広まった。
岸は、1957年訪米して、アイゼンハワー大統領と「日米新時代声明」という共同声明を出し、1960年1月、ワシントンで日米新安全保障条約に調印する。
⇒2012年10月22日 (月):60年安保と岸信介/戦後史断章(3)
安倍首相が、日本の国会での審議を経ないで、安保法案の成立をアメリカ議会で約束したことが、既視感のように思えるのは、このような経緯があるからであろう。
そして、60年に入ると、全国の老若男女が反安保・反岸といった感じになっていく。
5月、自民が日米安保新条約を強行採決。6月15日、デモ隊と警官隊が衝突し東大生の樺美智子さんが死亡した。アイゼンハワー米大統領は来日中止。新安保は19日に自然承認。23日、岸信介首相が辞任表明。
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1960年 安保の対立、犠牲者も
これから参議院での審議が始まる。
安倍首相自ら、国民の理解が進んでいないという安保法案。
にもかかわらず、珍妙な解説で説明した気になっている。
国民は、理解していないというよりも、何かを隠そうとしているのではないかと感じてしまっているのだ。
反安倍の運動は、今まで政治的な意識が薄いと言われてきた層をも巻き込んで行くことになるだろう。
まさに戦後レジームの評価が問われているのだ。
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