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2015年6月

2015年6月30日 (火)

新国立競技場・ずさんな計画のツケ/日本の針路(188)

2020年東京五輪・パラリンピックの主会場になる新国立競技場が迷走を続けている。
周辺の景観を損ね、膨大な費用が掛かるとして、専門家や市民がデザインの抜本的な見直しを求めてきたが、下村博文文部科学相が29日、総工費2520億円で当初予定より2カ月遅れの19年5月に完成させる計画を、東京都の舛添要一知事らに示した。
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新国立競技場、くじ収益頼み 2520億円の半分?

 文科省は、これまで建設費の財源として、スポーツ振興くじ「toto」の2年分の年間売り上げの5%となる約110億円と国費約390億円を確保した。今後、選手強化などのために使う「スポーツ振興基金」の政府出資分の一部を切り崩すなどして充当するつもりだが、それでも財源の不足分を補えない。
 財源のメドが立たない中、下村文科相はこの日突然、「命名権の販売を検討している」と明言。国立の施設で命名権売却は極めて異例だが「整備費2520億円はやはり高い。民間からの寄付を含め、できたら200億円くらいは集めたい」と話した。「新国立」の金看板を民間に売ってしまえば、1958年に命名されてからアスリートの憧れだった「国立競技場」の名前が消滅する。裏を返せば、それほど財源確保に苦心している表れで下村氏の発案は、まさに苦肉の策と言える。
 ただ、実現には難航が予想される。突然のトップの発言に文科省の担当者は「あくまで一つの案ということで、これから情報収集する」と困惑した。過去に日本で命名権を最も高く取得したのは、今年2月末までに年間5億円で契約した「福岡ヤフオク!ドーム」で、200億円は破格だ。
 加えて、日本オリンピック委員会によると「大会期間中はオリンピック憲章に抵触するため、企業名の入った競技場名は使うことができない」。五輪の舞台で、世界に企業名をアピールできないことになる。異常な高額と命名権を取得しても企業にとって最大のPRとなる五輪で名乗れないとなれば、名乗り出る企業が現れるかは疑問だ。契約期間など詳細も不明で、多額の寄付をした人のネームプレートを競技場の壁面に設置することも検討している。
 苦境に陥る財源確保。東京都に負担を要請している約500億円も了承が得られていない。調整会議に出席した舛添要一都知事は「都民が納得できる説明をまだ受けていないので、これからの議論になる」とした。
 たとえ命名権が200億円で売れたとしても、財源の不足分は約970億円。総工費には、大会後に設置する開閉式の屋根の費用は含まれていないことも発覚。建築家からは「400億円程度かかる」との見方もあり、最終的なコストは増大する見通しで、今後、批判の声がさらに上がりそうだ。
新国立競技場の命名権売却しても970億円不足

デザインは確かに斬新だとは思うが、結局予算制約内でどこまで可能か、ということが基本であろう。
設計の変更を検討したが、2本の巨大アーチは、デザイン最大の特徴で見直す時間がないという理由で残された。
専門家から、コストを押し上げ、工期が延びるとして問題視されているにもかかわらず、である。

建築家の槇文彦氏らはアーチ構造を取りやめれば、1500億円程度に収まり、42カ月間で完成すると提言している。
計画を迷走させてきたのは、文科省とJSCの異論を排する態度であり、ずさんな見積もりである。
東京五輪を錦の御旗として、利権をむさぼるのは、許されることではないだろう。
予算内に収まらない可能性が高いだろうが、予算の使い方が余りに恣意的ではないだろうか。
一方で、福島の自主避難者に対する支援は打ち切られる。

6月15日、原発事故による自主避難者への住宅無償支援を2017年3月で打ち切る方針を福島県が発表した。
対象となるのは、およそ2万5千人。内堀雅雄知事は「これから2年間で区切りを、という国の考え方もある」と国の意向を強調した。
「自主避難者」とは原発事故を機に国の避難指示のない地域から自らの意思で避難した人々を指す。事故直後の11年4月、政府は福島県内の年間被曝線量の上限を1ミリシーベルトから20ミリシーベルトに引き上げ、20ミリ以下の地域は避難の必要はないとした。
とはいえ、事故前と比べると放射線量が10倍から数百倍という地域もある。そこに住む人々、子供の健康被害を不安視する子育て世帯が自ら避難を決断したのだ。
この「自主避難者」と、20ミリシーベルトを超えるとされる避難指示区域から避難した「強制避難者」とでは賠償や支援に大きな差がある。自主避難者にとっては、災害救助法による住宅の無償提供が唯一の支援ともいえるものだった。
今回、それが打ち切られることが決まり、自主避難者はふたつの選択を迫られている。17年4月以降、家賃を支払って避難を続けるか、それとも事故以前に生活していた福島の自宅に戻るか(すでに住居を引き払ったケースもある)だ。
こうした中、難しい局面に立たされているのが「母子避難者」だ。夫を福島県に残し、母と子は県外で暮らすという二重生活を続ける家族や離婚を経て県外で自主避難を続ける母子もいる。
福島原発・県外自主避難者への支援打ち切りで追い詰められる「母子避難者」

県は「国の意向」を慮るが、弱者切り捨てが、政権の一貫した姿勢なのである。

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2015年6月29日 (月)

吉本隆明『擬制の終焉』/私撰アンソロジー(39)

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吉本隆明「『擬制の終焉」『民主主義の神話』現代思潮社(1960年9月)

6月は、「安保の季節」と言っていいのかもしれない。
1960年6月、日米安保条約を改定しようとする岸信介の政権と、これに反対の多数の国民が激しく対立した。
⇒2007年10月11日 (木):「60年安保」とは何だったのか
そのピークが6月15日であった。

60年安保の主役と言われたのは、全学連主流派の学生であった。
⇒2013年9月 9日 (月):ゼンガクレンという伝説/戦後史断章(13)
指導部の多くは、共産主義者同盟(ブントと略称)という日本共産党から離党した(除名された)人たちを主要メンバーとする組織に加入していた。
過激な街頭行動を本領としており、その街頭行動がピークに達したのが、6月15日で、樺美智子という東大の女子学生が死亡した。

全学連主流派と行動を共にした数少ない知識人として、詩人・評論家の吉本隆明氏がいた。
1960年は私が高校に入学した年であり、田舎の高校であることもあって、過激か否かを問わず、直接的な政治活動をしているように見える同級生はいなかった。
吉本氏の名前も、大学に入ってから初めて知ったのだった。
⇒2012年3月16日 (金):さらば、吉本隆明/追悼(20)

掲出の文章は、旬だった頃の吉本氏の文章である。
直ぐ後に、単独の評論集『擬制の終焉』現代思潮社(1962年6月)に収録された。
同書が60年代の学生に与えた影響は大きなものであったと思う。

それからずい分歳月が流れ、吉本氏も亡くなった。
読み返してみれば、70年代末の全共闘世代の思考と行動の様式はかなり的確に予測していたと思う。
しかし果たして擬制は終焉したのだろうか?
真制は出現したのだろうか?

いま岸信介を敬愛する孫の安倍晋三政権により、安保法案が強行審議されているのを見ると、激しい既視感に襲われる。
60年安保の時に、反対運動をしている多くの国民の過半は安保条約の中身のことは詳しく知らなかったという。
ただ、岸首相のの強引な政治手法が国民の反発を招いたのだと言われる。
⇒2012年10月22日 (月):60年安保と岸信介/戦後史断章(3)

それも既視感の大きな要因であろう。
⇒2013年12月 6日 (金):安全保障の名目で国を危うくする安倍一族/戦後史断章(17)
憲法審査会に呼んだ3人の憲法学者がこぞって安保法案違憲論を述べた。
しかし、学者の言うことなど机上の空論だとばかりに聞く耳を持たない。
結局は俺たちの言うと通りになっているではないか。

しかし、国民の過半が現在安保条約を支持しているのは、岸信介の先見性を示すか?
私は違うのではないかと思う。
憲法の運用が日本社会に定着し、自衛のための武力を越えない範囲の装備の自衛隊を評価しているのであって、戦争に加担する自衛隊を支持しているわけではないだろう。
安倍首相は、前提条件を誤解していると思う。

岸信介は、満州国長官や開戦時内閣で商工大臣を務めるなど、文字通りのエリートであった。
⇒2012年12月24日 (月):エリート官僚としての岸信介/満州「国」論(13)
岸に比べると、安倍は単なる良家の世襲政治家という印象を拭えない。
父の安倍晋太郎は、それなりの見識を備えた政治家と思うが、晋三には培養されたお坊ちゃんではないか。
⇒2014年9月28日 (日):「山は動いた」のか? 土井たか子/追悼(58)

安倍にはサイコパスかと思わせるような人間性の欠如を感ずる。
国の骨格を大きく変えようとする国会審議において、公然と「早く質問しろよ」「大げさなんだよ」というような言葉を口にする人間に、国家の舵取りを任せていいのだろうか。
⇒2015年6月 2日 (火):安倍晋三=サイコパス論/人間の理解(13)

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2015年6月28日 (日)

「勉強会」の暴発は自民党の焦りか?/日本の針路(187)

安倍首相を応援すると自称している人たちの勉強会が集中砲火を浴びている。
「勉強会」がトンデモであったので、当然である。
⇒2015年6月26日 (金):亡国の自民党「勉強会」の中身/日本の針路(185)
⇒2015年6月27日 (土):言論の自由を蹂躙する狂気の安倍応援団/日本の針路(186)

 自民党の勉強会でゲストとして招かれた元NHKの経営委員で作家の百田尚樹氏が「沖縄の2つの新聞は潰さないといけない」などと発言したことが大きな問題となっている。
 同勉強会では安保法制に反対の論陣を張るメディアを懲らしめるために、経団連に対してそのようなメディアのスポンサーにならないよう要請するべきだなどという話も議論されたことが報じられている。
 安倍首相は憲法で保障されている表現の自由は尊重するとの立場を取っているが、党内のこうした動きに対して注文をつけるなどの意思は見せていない。むしろこれを黙認し、内心は歓迎しているかのようでさえある。
権力による言論介入と「絶歌」出版批判を混同するな

日頃は「私が最高責任者」と胸を張っているのにもかかわらず、「発言した方に成り代わって勝手におわびすることはできない」と述べ、謝罪をしていない。
「勉強会」そのものが、安倍首相の応援団であることを考えれば、「表現の自由は尊重する」という言葉もご都合主義に思える。
「内心は歓迎している」というのが事実ではないか。

「勉強会」の講師を務めた百田尚樹氏については、すでに十分に批判してきたと思うので改めて触れるのは気が進まない。
⇒2014年12月29日 (月):百田尚樹の正体?/人間の理解(8)
⇒2014年11月28日 (金):安倍首相の盟友・百田尚樹の馬脚/日本の針路(76)
⇒2014年11月22日 (土):クリティカル思考の反面教師としての百田尚樹/知的生産の方法(111)
しかし、問題の出発点なので、以下のような要約を引用しよう。
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百田氏発言、自民認める 首相「勝手におわびできない」

このような人間がNHKの経営委員を務めていたのである。
籾井勝人を会長に据え、百田尚樹を経営委員にするなどの非常識人事を行ったのは、安倍首相である。
私の友人は、「安倍百田 籾井が出ると チャネル変え」と川柳(?)を詠んで見せたが、まったく顔を見ると不愉快になる。
彼らは、同種・同根であろう。

どう考えても、最近の自民党はどうかしている。
「朝まで生テレビ」への出演を取りやめさせられた。

私がオファーを受けたときに聞いた、政治家パネリストの予定者は12名。当然、その中には自民(3~4名)、公明(1~2名)も含まれていました。
しかし、昨夜、スタジオに行ってみると、民主の小西洋之・宮崎岳志・安井美沙子、維新の川田龍平・重徳和彦、共産の宮本徹、そして元気の私、計7名しかいなかったのです。
勿論自民党にも最初にオファーをだし、当初3人からの承諾が得られていたとのことです。しかし、数日前から「地元の予定が入ってしまい・・・」と断りが入り始め、最後の一人に至っては番組直前(20時頃)に「体調が悪くなって病院に行くので深夜の番組には出られない」とドタキャンされたとのこと。
また、公明党も「自民党が出ないのなら・・・」という理由で直前まで広報室が預かっていたものを、急遽キャンセルしてきたそうです。
朝まで生テレビに出演、自公は敵前逃亡

まあ、「勉強会」の余波ということであろうが、討論番組から逃亡していては、政治家失格であろう。
また「勉強会」と同日に予定されていた「過去を学び『分厚い保守政治』を目指す若手議員の会」で講演予定だった小林よしのり氏の講演会が中止された。
小林氏は次のように語っている。

 勉強会の中止については「国会が空転しているから」という説明があっただけだ。その理由ならば、なぜ安倍首相シンパの会合は(同じ日に)できて、リベラル派の会合は開けないのか。「ああ、負けたんだな」と思う。小選挙区制によって、執行部の抵抗勢力になるのが怖くなったのでしょう。自民は全体主義になっている。
 安全保障法制をみても、安保環境の変化というのは、中国が怖いから対米追随を強めるんだ、と。つまり、安倍政権は、中国へのおびえから、立憲主義が崩壊するほど切迫した事態があるのだと言っているわけで、そんなのは強迫神経症だ。
 憲法を変えずにやって、さらに憲法を改正しようとしたら、国民は「まだ足らんのか」となり、国民投票で負けてしまう。改憲派のわしには、それじゃあ困る。安倍政権は取り返しのつかないことをやっているのだ。
小林よしのり氏「ああ、負けたんだなと」 勉強会中止

同日の講演会で、百田氏にはゴーサインを出し、小林氏にはNGを出すという判断基準は何か?
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小選挙区制の1つの帰結が、政権党執行部の権力の強大化である。
しかし言論を封殺するものは、言論によって裁かれるであろう。

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2015年6月27日 (土)

言論の自由を蹂躙する狂気の安倍応援団/日本の針路(186)

AKB48というアイドルグループが活躍していることは知っているが、構成メンバーについては全く知らない。
チームBというのがあって、内山奈月さんと竹内美宥さんという2人の慶応義塾大学の同級生がいる。
内山さんが経済学部で竹内さんが環境情報学部である。

内山さんと九州大学法学部准教授(憲法学)の南野森さんの共著に『憲法主義:条文には書かれていない本質』PHP研究所(2014年7月)がある。
共著というが、南野さんの講義を内山さんが受けるという形で質疑応答が進むという内容である。
講義は内山さんが高校時代に行われ、丸二日間で行われた。
一読して、内山さんの聡明さが窺える。
随所に載っている内山さんのノートを見ても、ポイントをしっかり把握しているのが分かる。

タイトルの憲法主義というのは、憲法の英語constitutionの動詞constituteの語感が立憲主義であるが、憲法主義に近いという南野さんの説明がある。
普段読むことのない「憲法」というものの本質を分からせてくれる良書だと思う。

例えば憲法21条という条文がある。
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三権分立がちゃんと機能するために、もっとも重要な権利である。
戦前・戦中の失敗は、このような規定がなかったことによる。
自分の意に沿わないマスコミに干渉し、挙げ句に「潰さなければ」という安倍政権(の応援団)は、憲法についてもう一度学び直したらいいのではないか。
⇒2014年11月30日 (日):安倍自民党がテレビ局に“圧力文書” /日本の針路(77)
⇒2015年4月 1日 (水):かくして批判的言説は封殺されていく/日本の針路(130)
⇒2015年4月12日 (日):放送法をちらつかせて脅しをかける政府・自民党/日本の針路(135)
⇒2015年4月16日 (木):タガが外れた自民党の言論抑圧/日本の針路(138)
⇒2015年6月26日 (金):亡国の自民党「勉強会」の中身/日本の針路(185)
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毎日新聞6月27日

安倍首相は火消しに必死だが、百田氏を講師に呼んだ「文化芸術懇話会」は安倍応援団であるから身内の不始末である。
まあ、百田氏がどう言おうと、松井大阪府知事の言うように自由ではあろう。

 松井一郎・大阪府知事(維新の党顧問)は26日、自民党議員の勉強会での百田尚樹氏の発言をめぐり「(メディアに)『圧力をかけよ』と言ったのは自民党。自民党をたたくのはいいが、講師として行った百田さんにも表現と言論の自由はある」と擁護した。さらに「ここぞとばかりに復讐(ふくしゅう)だな。朝日(新聞)と毎日(新聞)は、百田さんの表現と言論の自由を奪っているのではないか。圧力をかけて」などと、発言についての報道にも疑問を呈した。大阪府庁で記者団に語った。
「百田さんにも言論の自由ある」 松井一郎・大阪府知事

ではあるが、憲法99条に、「国会議員などの公務員はこの憲法を尊重し、擁護しなければならない」という規定があることを忘れてもらっては困る。
安倍応援団の「勉強会」のホンネが百田氏の口から表現されたに過ぎないからだ。
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東京新聞6月27日

彼らが懲りずに非常識な発言を繰り返すのは、表面はどう装っても、ホンネは別だからである。
身内の気安さからホンネがでるのであろうが、そこを見逃してはならないであろう。
こんなファッショ的政権が続くのは恐ろしい。

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2015年6月26日 (金)

亡国の自民党「勉強会」の中身/日本の針路(185)

自民党の若手議員らが立ち上げた勉強会「文化芸術懇話会」というものがあるそうだ。
あの百田尚樹氏を呼んで、25日講演会を開催した。
安倍首相の盟友ということで選んだのかもしれないが、『殉愛』騒動で作家生命が云々されている人を講師に選ぶという「文化芸術懇話会」のセンスを疑う。
⇒2014年12月29日 (月):百田尚樹の正体?/人間の理解(8)
⇒2014年11月28日 (金):安倍首相の盟友・百田尚樹の馬脚/日本の針路(76)
⇒2014年11月22日 (土):クリティカル思考の反面教師としての百田尚樹/知的生産の方法(111)

案の定、とんだ講演だったようである。
民主党の寺田学衆院議員が、首相らを追及した。

寺田学氏 昨日の夕方、そして今日の新聞報道を見て、開いた口がふさがらなかった。自民党の青年局長を務めている木原稔さんという方が代表だそうですが、党本部で「文化芸術懇話会」が開かれ、その場でさまざまなことがお話しされたそうです。議員から「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番だ。経団連に働きかけてほしい。悪影響を与えている番組を発表し、そのスポンサーを列挙すればよい」。ある種、自分たちの意にそぐわない報道をしているところを広告料収入を減らして、圧力をかけようじゃないかと取られかねない発言があったという報道がありました。どなたが出席されていたのかをいろいろ聞いてみたところ、報道によると官房副長官の加藤(勝信)さんが出席されていたという報道があった。加藤副長官、この文化芸術懇話会にご出席されていましたか。
・・・・・・
 「沖縄は本当に被害者なのか」と疑問を呈した上で、信じがたいんですが、あんまりテレビを聞かれている方が不快な思いをされるかもしれまんが、ご発言があったら重大なので申し上げますが、「沖縄の米兵がレイプ事件が起こしたことがある。過去何例もある。けれども沖縄に住む米兵が犯したよりも、沖縄県全体で沖縄県自身が起こしたレイプ犯罪の方が率が高いですね。こういうことは絶対に言わないですね」と。
・・・・・・
加藤氏 今の質問の趣旨として、副長官としてというのは私として諮りかねて、先ほど申し上げたのは議員個人としての出席をさせていただいたと申し上げたところでございます。また百田氏に講演をされる前提として内々の勉強会として、ご講演いただいたものでありますから、同氏が講演された内容について私からは発言するのは控えたいと思います。
百田氏「沖縄2紙潰せ」発言で紛糾 民主・寺田氏「由々しき発言だ。党総裁として処分すべき」

木原氏によると、会合には37人の国会議員が出席した。
安倍晋三首相に近い加藤勝信官房副長官、萩生田光一筆頭副幹事長も顔を出した。
百田氏と安倍首相は、ホンネの主張ではごく近しい。
民主、維新、共産3党は26日午前の衆院平和安全法制特別委員会の理事会で、抗議し、自民党側は陳謝した。

 菅氏は米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設を巡り政権批判を強める琉球新報と沖縄タイムスについては「地元メディアの報道は許された自由だと考える」と述べた。
 閣僚からは批判的な発言が相次いだ。石破茂地方創生担当相は「我々は政権の側にいる。言論の弾圧と受け取られかねないようなことは心していかねばならない」と批判。山口俊一沖縄・北方担当相は「自民党本部でやった会合。場所柄を考えていただきたい」と述べた。党内でも懸念する声が上がっており、谷垣禎一幹事長は26日午前の記者会見で「メディアに対して批判、反論はあっていいが、主張の仕方にも品位が必要だ」と苦言を呈した。
百田氏発言:「沖縄の新聞社潰せ」…自民「謝罪する」

それでも安倍政権は、安保法案の成立を強行する姿勢である。
しかし、これだけ各方面から違憲の声が上がっているのに対し、「合憲と確信している」と繰り返すだけでは如何なものか。
憲法は最高法規であるから、どんな法律も違憲であることを許されない。

もし法案成立後、違憲訴訟が起きたら、違憲判決がでる蓋然性は高い。
⇒2015年6月 8日 (月):詐欺師の言葉づかいとしての「安倍語」/日本の針路(175)

それが三権分立というものである。
政府が提出し、国会で決まった法律であっても、違憲判決が出れば取り消さざるを得ないだろう。
そんな愚かな道を歩もうとしているのだ。

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2015年6月25日 (木)

高尾山古墳が存亡の危機という非常事態/やまとの謎(104)

東日本最古級とされる沼津市の高尾山古墳が取り壊されようとしている。
⇒2015年6月17日 (水):高尾山古墳の主は卑弥弓呼か?/やまとの謎(103)

沼津市議会は24日、一般会計予算決算委員会で、高尾山古墳(同市東熊堂の発掘調査費を盛り込んだ一般会計補正予算案を賛成多数で可決した。
30日の本会議で可決される見通しとなり、市は「記録保存するための全面発掘」を名目に古墳を取り壊す工事に着手できるようになる。
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150625_5 委員会では複数の議員から古墳の取り壊しへの反対意見が出たが、市側は「道路建設と古墳の保存の両立を目指す」と従来の説明を繰り返した。委員長を除く採決で十人が賛成し、三人が反対した。
 高尾山古墳は一九七八年、都市計画道路の建設中に発見された。古墳を残すために迂回(うかい)路や陸橋など複数案を検討したが、市は「いずれも道路の安全基準を示した政令の基準を満たせない」と判断。昨年十二月に従来の計画での建設方針を決めた。
 一方、一般社団法人・日本考古学協会(東京都)は先月、古墳を「駿河地域における古墳時代最初頭の重要遺跡」と位置付け、異例の会長声明を発表して現状保存を求めた。地元住民でつくる市民グループ「市民の会」など三団体も、市議長宛てに陳情書を提出し、保存を訴えてきた。
 委員会の可決に、市民の会代表の杉山治孝さんは「文化財を大切にする姿勢がないように思える。大変残念だ」と語気を強めた。
 本会議で可決されれば、市は七月以降にいつでも発掘できるようになる。ただ、栗原市長は会見などで「やみくもに道路建設を強行しない。判断を委ねてほしい」と述べ、発掘時期は自らの判断との考えを強調している。
 杉山さんは「沼津の宝を残したいと思う市民の声を高めて、栗原市長の着手の判断を引き延ばしたい」と力を込める。今後、市や県に要望書を提出するほか、来月十一日に市内で考古学者を招いた勉強会を開くなど、古墳の価値のPRに取り組む。
 一方、古墳の地元五自治会は今月二日、道路の早期完成を求める要望書を栗原市長に提出している。東熊堂の杉山僖沃(きよし)自治会長は委員会の可決を「地域の渋滞緩和につながる。市には計画通りに道路をつくってほしい」と歓迎した。
高尾山古墳 存続崖っぷち

一度壊してしまうと取り返しがつかない。
箸墓古墳と同時期の高尾山古墳は、邪馬台国問題、ヤマトの王権に起源問題等、全国的な重要性を持つ。
地元自治会もその辺りを考えるべきだろう。
以下は毎日新聞に掲載された主婦の投書であるが、まさに「全国に沼津市のあり方が問われ」ていると言えよう。

 沼津市が東日本最古で最大級の前方後方墳「高尾山古墳」を取り壊す計画という本紙静岡版の記事を読み、実際に夫と見に行った。表示看板がないため、かつて脇の道を車で通ったことがあるが、そこに古墳があるとはずっと気づかずにいた。道路建設のためとの理由だが、市のやり方は理解しかねる。
 私は沼津に住んで5年になるが、歴史と文化に力を入れていない市だと感じる。また他にも沼津駅鉄道高架化などいくつもの問題を抱えている。それらに共通するのは、行政と市民との間に血が通い合っていないことだ。
 今までは市だけの話だったが、古墳の件で全国に沼津市のあり方が問われることになった。市の中だけでは、もうどうにもならない。
 これを機に全国の皆さんにも沼津の街の行く末をこれからどうか温かくかつ厳しく見守ってもらいたいと、市民として強く願う。
みんなの広場:問われる沼津市のあり方=主婦・阿部園子・42

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2015年6月24日 (水)

循環式農法アクアポニックスの可能性/技術論と文明論(28)

かつて宇宙船地球号という言葉が使われたことがあった。

宇宙船地球号(うちゅうせんちきゅうごう、Spaceship Earth)とは、地球上の資源の有限性や、資源の適切な使用について語るため、地球を閉じた宇宙船にたとえて使う言葉。バックミンスター・フラーが提唱した概念・世界観である。またケネス・E・ボールディングは経済学にこの概念を導入した。
宇宙船地球号

生態系を重視した世界観であり、「成長の限界」に直面した現代文明が、その困難を打開しようというものと言えよう。
限られた資源を有効に使い、廃棄物に起因する環境問題を解決するためには、自然環境との間の物質代謝を循環的なものに変えて行くことが必要である。
現代技術は、とかく効率性を志向して大規模化してきた。
その結果、必然的に人間生活とは切り離され、不可視の装置に依存することになる。
原子力発電はその典型である。

福島第一原発事故はそういう技術体系が破たんしたことを示している。
その対極にある完全循環式農法「アクアポニックス」という取り組みがある。

 少ない設備で魚の養殖と野菜の水耕栽培を同時に実現する「アクアポニックス」と呼ばれる完全循環式農法に、埼玉県川島町の建設会社社長関谷尚恵さん(48)とアメリカ人の夫ジェフ・ワイコフさん(49)の二人が取り組んでいる。水槽の栄養素を水耕栽培の野菜が養分として取り込み、水を浄化して再び水槽に循環させる仕組み。二人は「農地の一角にプラントを作れば、大きな災害を受けても安全で新鮮な野菜や魚を収穫できる」と国内での普及を夢見ている。 
 アクアポニックスは米バージン諸島大学のジェームズ・レカシー教授らのグループが開発したシステム。魚養殖の水槽と水耕栽培プラントの水をポンプで循環させる。野菜は魚のえさや排せつ物の分解物を養分として育つため、肥料を施す必要がない。また、陸上の魚養殖では水質を保つために大量の水を消費するのが普通だが、アクアポニックスは野菜の根が自然のフィルターとなるので水質が悪化せず、蒸発分の補充程度で済むという。
水槽の水循環 栄養素で野菜 完全循環式農法「アクアポニックス」

要するに、魚と植物が水の循環を通して繋がったものだ。
「アクアポニックス:Aquaponicsある。
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部屋に欲しい! 魚と植物の小さな生態系「アクアポニックス」


2段構造になっていて、1段目で魚を飼い、2段目で植物を育てる。
1段目と2段目はポンプでつながっていて、水が循環することで、魚のフンの養分として植物が生長するという仕組みだ。
まだまだ課題はあるだろうが、方向性としてはこういうものだろう。

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2015年6月23日 (火)

不可解な百地章教授の憲法九条解釈/日本の針路(184)

百地章日本大教授(憲法学)が19日、日本記者クラブで「憲法と安保法制」をテーマに講演した。

 憲法9条には集団的自衛権の行使を禁止したり、制約したりする明文の規定は存在しない。日本が国際法上、行使し得ることは明らかだ。
 刑法の「正当防衛」は急迫不正の侵害が発生した場合、「自分」だけでなく一緒にいた「他人の権利」を防衛することができる。個別的自衛権と集団的自衛権を不即不離のものと考えるのが自然だ。
 憲法審査会で憲法学者は「従来の政府見解の枠を超える」として安全保障関連法案が違憲だと述べた。しかし、「憲法の枠を超える」ことへの説明が見当たらない。学者の意見表明はあくまで私的解釈であり、政府や国会を法的に拘束しない。拘束するのは最高裁判例などの有権解釈だ。
日本大の百地章教授「9条に集団的自衛権禁ずる明文規定ない」「学者の意見はあくまで私的解釈」

菅官房長官が、、「全く違憲でないという著名な憲法学者もたくさんいる」と言ったが、実際は数えるほどしかいなかった1人である。
⇒2015年6月 7日 (日):集団的自衛権を合憲とする憲法学者は?/日本の針路(174)

憲法9条が「集団的自衛権の行使を禁止したり、制約したりする明文の規定は存在しない」というが、明文をみてみよう。

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http://event.kinasse.com/kuma9/kyuujo.html

②項は「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」としており、自衛隊は戦力ではないのか、という疑問が湧く。
しかし「前条の目的を達するため」の戦力は保持しないのであって、自衛のための戦力は持てると解釈してきた。
自衛には個別も集団もない、ということが言われるが、個別自衛権と集団的自衛権には、自国を守るか他国を守るかという明瞭な違いがある。
そこに線引きがされてきたのだ。

百地教授は、刑法の正当防衛を援用している。
確かに刑法36条の規定は次のように、他人を含め正当防衛を認めている。

第36条
1.急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
2.防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。

しかし、正当防衛は、そもそも刑法という法律によって例外的に認められたものである。
刑法が個人に例外的に正当防衛を認めたからといって、国家に同じように正当防衛権が認められるという理由にはならない。
国家の問題は国家の問題として、国際法によってどのようなときに自衛権の行使が許されるかを個別に検討べきなのである。

刑法の正当防衛は侵害してきた相手に対しての反撃を許しているだけであることも忘れるべきではない。
反撃の際に、背後の部隊や民間人などを殺害することを正当防衛で正当化することはできない。
要するに、個人の正当防衛の問題と国家の自衛権の問題を同一視すること自体が間違っているのである。

集団的自衛権を現在の憲法の下では行使できないことは、政府も一貫して認めてきたことである。
国際法上、集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上当然だが、憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使には、集団的自衛権を行使することは含まれない、というのが歴代の内閣により定着している考え方である。

持っているけれども、行使できないとはわけがわからないという政治家がたまにいますが、どうしてわからないのか、私にはわかりません。200キロのスピードが出る車を持っているけれども日本では100キロまでしか出さないのと同じです。アイスクリームを食べる権利は誰にもあるけれど、自分は健康のことを考えて食べないことにするのと同じです(これは東大の長谷部恭男教授がよく出される例ですが、けっこう気に入っています)。持っているけれど使わない。できるけど、やらない。これは誰もが理解できることです。
自衛権と集団安全保障

時代の流れは、自衛にこだわることよりも、集団安全舗装の確立であろう。

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2015年6月22日 (月)

太田朋子さんのクラフォード賞受賞を祝す/知的生産の方法(123)

三島市にある国立遺伝学研究所の太田朋子名誉教授が、スウェーデン王立科学アカデミーから、2015年のクラフォード賞を贈呈された。
リチャード・レウォティン米ハーバード大学名誉教授との共同受賞であり、両教授による遺伝的変異および進化への理解を促す先駆的研究に対して贈られたものである。
授賞式は5月5〜7日にスウェーデンのストックホルムで行われた。

 クラフォード賞は、天文学、数学、生物科学、関節炎の各分野の研究に対して年ごとに順次与えられるものであり、ノーベル賞が扱わない専門分野を補完しています。
 今回の受賞は、太田先生が遺伝研で行った遺伝的多型の理解に関する基礎的貢献が認められたものです。太田先生は1973年、集団内における変異および同種間における違いを理解する重要な要素としての「ほぼ中立説」をNature誌に発表しました。現在では弱い淘汰はゲノム進化を理解する上での中核となる考えであるとされており、太田先生の考え方は生体医学、システム生物学、比較ゲノム解析の研究に大きな影響を与えています。
太田朋子名誉教授がクラフォード賞を受賞   

三島市では、三島市の名声を高め、市民に夢と希望を与えたとして、太田名誉教授に市長特別賞を贈った。
2150615
広報みしま6月15日号

太田さんの業績の概要は以下の通りである。

生物の突然変異は生存に有利か不利のどちらかであり、有利なものが生き残るという自然淘汰説が1960年代半ばまで主流だったが、国立遺伝学研究所の木村資生名誉教授が突然変異のほとんどは有利でも不利でもないとの「中立説」を発表し、1970年代に太田が、わずかに不利な「ほぼ中立」の変異でも、集団の規模が小さければ偶然広がる確率が高まるという説を発表した。この「ほぼ中立説」は1990年代以降、蛋白質や遺伝子の研究が進むにつれ、認められるようになった。
太田朋子

私が学生時代には、進化論は突然変異と自然淘汰で説明されていた。
強者生存あるいは適者生存ということである。
しかし、突然変異を持った個体は生きていく上で不利になる場合が多く、たいていは子供を産めるようになる前に死ぬか、子供を産んでもその系統は数世代のうちに絶えてしまう。
個体レベルの突然変異が種の進化を説明するためには、もう一段説明が必要である。

一個体のDNA上に生じた変化が突然変異で、はじめ一個体に生じた突然変異が集団全体に広まることを進化という。
進化とは集団レベルでの遺伝的変化であるが、どのようなしくみで変異が集団に広まるのか。

ダーウィンが「種の起源」で自然選択説を発表しておよそ100年後の1968年、木村資生は「分子進化の中立説」を発表した。木村は「DNAや遺伝子、タンパク質といった分子の世界でみられる大多数の進化は、有利でもなく、不利でもない、中立な変異が偶然に集団に広まった結果起こる」と主張した。
中立説の発表当時はダーウィンの自然淘汰万能の時代だったので、中立説は長い間激しい抵抗にあった。有害な変異を除くと、DNAに蓄積された変異の大部分は中立な変異で、機会的浮動、すなわち偶然に集団に広まった結果であるという考えには当時の多くの生物学者は馴染まなかった。木村は中立説を支持する多くのデータを集め、批判に答えていった。その集大成として1983年に「分子進化の中立説」という本を出版して中立説-適応説論争に終止符を打った。
パラダイムシフト:分子進化の中立説

木村資生と共同で中立進化説の基礎固めを行ったのが太田名誉教授である。
木村-太田の業績は、ダーウィン以来とも評されている。
安倍首相も「女性の輝く社会」を標榜するのなら、太田さんのような女性を顕彰すべきであろう。 

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2015年6月21日 (日)

奇矯な集団的自衛権合憲論の言説/日本の針路(183)

他国を武力で防衛する集団的自衛権の行使を可能にすることを軸とする新安保法案の国会審議が行われている。
しかし、提案されている法案が違憲ではないのか、という意見が強い。
法案の妥当性を吟味する機関が内閣法制局であるが、歴代長官はこぞって否定的である。

 第一次安倍内閣(二〇〇六~〇七年)などで長官だった宮崎礼壹(れいいち)氏は、集団的自衛権の行使について「憲法をどう読んでも許されないのは、論理的な帰結。最小限なら当てはまると言うが、従来の見解と断絶した考えだ」として、違憲と断じた。
 日本周辺で有事が起きた際、米軍支援を可能にした周辺事態法の制定当時(九九年)に長官だった大森政輔(まさすけ)氏も「政府がどんな理屈でも武力行使できる法案。九条に違反している」と述べた。
 小泉政権で長官だった阪田雅裕氏は、憲法解釈の変更は全く認められないわけではないとしながら、集団的自衛権行使は「戦争がわが国に及ぶ状況でなければ従来の論理と合わない」と指摘。「(中東の)ホルムズ海峡で(行使が)あり得るとする説明は憲法論理を超え、その説明では法案は違憲だ」と語った。
 イラク戦争(〇三年)に長官として直面した秋山収氏は、新たな憲法解釈は違憲とまで断じるべきではないとしつつも「具体的運用の説明には違憲のものが含まれ、違憲の運用の恐れがある」と指摘した。
 〇一年の米中枢同時テロ当時長官だった津野修氏は「法案の内容が抽象的すぎて具体的な条文が違憲かは分からない」と述べた。
 取材に応じた五氏のほか、第二次安倍政権で長官を辞め、最高裁判事(現職)になった山本庸幸(つねゆき)氏は就任会見で「(集団的自衛権の行使容認は)解釈変更で対応するのは非常に難しい」と明言。本紙の取材には「現在は立場上差し控える」とした。安保法案の違憲訴訟が起こされた場合、合憲か違憲かを判断する立場になるが「白紙の状態で判断したい」と述べた。
 梶田信一郎、工藤敦夫、茂串俊(もぐしたかし)、角田(つのだ)礼次郎の四氏は、体調や高齢、立場上などを理由にコメントしなかった。
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安保法案 正当性さらに揺らぐ 歴代法制局長官4氏「違憲」

憲法学者、弁護士の圧倒的多数が違憲を表明しているのに加え、「法の番人」といわれる内閣法制局が違憲の立場である。
もちろん法案を審議するのは国会であって、内閣法制局ではない。
しかし、言ってみれば、安倍内閣の安保法案は国会審議にかける資格がないと言われているようなものである。

なし崩し的に憲法解釈の改変を積み重ねるというのは、麻生副首相がかつて言った「ナチスの手口」そのものだろう。
ワイマール憲法もそうして「合法的に」骨抜きにされたのだ。

菅官房長官が「いっぱいいる」として例示した3人の憲法学者のうちの2人が記者会見を開いた。

 安全保障関連法案に憲法学者から「憲法違反」との指摘が相次いでいることを受けて、合憲派の学者2人が19日、日本記者クラブで会見した。憲法審査会で違憲と表明した小林節・慶大名誉教授も記者に交ざって、急きょ参加。2人とやりとりする場面もあった。
 会見したのは駒沢大の西修・名誉教授と日大の百地章教授。菅義偉官房長官が合憲派として名を挙げた3人のうち2人だ。
 集団的自衛権の行使について、西氏は「自国のみの防衛より、はるかに安全で安上がり。目的は抑止効果。その冷厳な事実に目を向けるべきだ」と発言。百地氏は「国連憲章で認められた固有の権利。憲法9条には行使を『禁止』したり直接『制約』したりする明文の規定は存在しない」とした上で、「交戦権の否認」「戦力の不保持」との関係については、「(法案は)限定的な容認にとどめられており、憲法に違反しない」と強調した。
 合憲と表明する学者が少ないことに触れて、西氏は「学説は人数の多寡ではない。私の主張は一貫している」。百地氏は「立場上言わないようにしている人はいる。そういう雰囲気がある」と話した。
合憲派の学者2人が会見 安保関連法案めぐり

上記の説明で、「なるほど合憲だ」と思った人は果たしているのだろうか?
ある程度論理的な思考をする人で、両氏の意見に賛同する人がいるとは思えない。
西氏の「安上がり」というのは、もちろんコストの範囲の取り方によって変わる。
また、「学説は人数の多寡ではない」というのはその通りである。
私もしばしば異端ではあるがスリリングな学説を好む。
たとえば、日本古代史における古田武彦氏のような、である。
しかし、西氏の「安上がり」論には惹かれない。

百地氏の「国連憲章で認められた固有の権利」というのもその通りである。
しかしそれが論点ではない。
固有の権利ということで言えば、「死刑制度」が国家の持っている「固有の制度」であることを否定する人は少ないであろう。
にもかかわらず、多くの国で「死刑制度」を採用していない。
「憲法9条には行使を『禁止』したり直接『制約』したりする明文の規定は存在しない」というのは理解しがたい。
憲法9条の文章を素直に読めば「他国を武力で防衛する集団的自衛権」が否定されているのは明らかであろう。
百地氏に逐語的に解説して頂きたい。

合憲派の学者がいかに奇矯な説明をしているかがはっきりした。
このような奇矯な意見にすがらざるを得ないのが安倍政権の実態である。
それを自覚してのことだろうか、首相の答弁席に着座したまま、質問者にヤジを飛ばすという著しく品格を欠く行為を繰り返し、その都度陳謝せざるを得ない喜劇を演じている。

気をつけなければならないのは、愚説・愚行が繰り返されるうちにそれにマヒしてしまうことである。

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2015年6月20日 (土)

「憲法解釈固執は責任の放棄」なのか?/日本の針路(182)

これほど憲法が軽んじられた政権もあるまい。
中谷防衛大臣が、「現在の憲法をいかにこの(安保)法案に適用させていけばいいのか」という答弁を行い、後に撤回をした。
⇒2015年6月 6日 (土):明白な憲法違反を押し通す政権/日本の針路(173)
⇒2015年6月11日 (木):前言撤回オンパレード政権/日本の針路(178)

安倍首相は、国会答弁で自民党の小野寺前防衛大臣との質疑で次のように発言した。

自民党・小野寺元防衛大臣:「国民の命を守るため、限定的な集団的自衛権を行使することにした総理のお考えを伺いたい」
安倍総理大臣:「国際情勢にも目をつぶって、その(国民を守る)責任を放棄して従来の(憲法)解釈に固執をするのは、まさに政治家としての責任の放棄だ」
安倍総理「憲法解釈固執は責任の放棄」に国会紛糾

身内の討議とも言えないようなやりとりではあるが、言うまでもなく、憲法は国の最高法規である。
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解釈にこだわることこそ、政治家の第一の責務ではないのか。

安保法案違憲論が噴出しているが、もちろん、憲法解釈を硬直的に考えろ、ということではない。
一内閣の恣意的な解釈で、積年の解釈を変更することは、上記条文に照らしてみても著しく法的秩序の安定性を損なうことになるということを言っているわけである。
安保法案を提出するならば、合憲であるように法案を変えて再提出するか、憲法改正を発議するかでないと、なし崩しに憲法を無化することになる。
それこそが、麻生副首相の言ったように、ワイマール憲法を有名無実化した「ナチスの手口に学ぶ」ことになる。
憲法解釈の変更を安易に考えることは、立憲主義の否定である。
そこまでの覚悟をもって、安保法案を審議しているのか?

安保法案違憲論は、憲法学者の机上の空論ではないのだ。
法曹の一角である弁護士会もこぞって違憲の認識である。

 日弁連(会員・約三万六千人)は十八日の理事会で、他国を武力で守る集団的自衛権の行使容認を中心とした安全保障関連法案は「違憲」だとして、法制定に反対する意見書を取りまとめた。全国五十二の弁護士会の会長を含む役員八十五人の全会一致だった。意見書は十九日に安倍晋三首相や衆参両院議長らに郵送し、各弁護士会が地元選出国会議員らに要請活動を行う。
 意見書は、日本に対する武力攻撃がなくても、政府が「存立危機事態」と判断すれば、集団的自衛権に基づいて他国とともに武力を行使しようとする点を問題視。政府が「重要影響事態」や「国際平和共同対処事態」と判断したときに、武力の行使を行う外国軍隊への支援活動を戦闘行為の現場以外の場所で行えるようにすることは、海外での武力の行使に至る危険性が高いことも指摘。国際平和協力業務の安全確保業務や駆け付け警護、在外邦人の救出活動で「自己保存のための武器使用」という限定を外し「任務遂行のための武器使用」を可能にすることは、海外での武力行使に至る危険性が高いことも批判した。
安保法案は「違憲」 日弁連、全会一致で意見書

笑えるのは(笑っている場合ではないが)、船田元・衆院憲法審査会筆頭幹事の「反省の弁」である。

 自民党の船田元・衆院憲法審査会筆頭幹事は18日、長谷部恭男・早大教授を4日の審査会に参考人招致したことについて「安心して選んでしまった。正直、我々のミスだ。最初に人選した方が都合が悪く、二番手になって急きょ決めざるを得なかった」と述べ、長谷部氏の招致は失敗だったとの認識を示した。BS日テレの番組で発言した。
 長谷部氏は自民党の推薦で審査会に出席。新たな安全保障関連法案を「憲法違反」と指摘し、大きな波紋を呼んだ。船田氏は長谷部氏の発言は想定外の「アクシデント」だったとし、今後当面は審査会を開かない考えを示した。
長谷部氏の参考人招致は「我々のミス」 自民・船田氏

中谷氏も船田氏も、、自分のミスがどこにあったのかを理解していない。
人選のミスではなく、憲法解釈のミスなのだ。
と言うよりも、中谷氏や船田氏を起用したキャスティングのミスだろうなあ。

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2015年6月19日 (金)

文科省の国立大学改革通知はナンセンス/日本の針路(181)

労働者派遣法改正案が衆院を通過した。
アベノミクスの一環ということだろうが、結果として格差の増大になる蓋然性は高い。
まさに亡国的な政策のてんこ盛りである。

教育についてもそれは言える。
文科省が8日、国立大学に対して人文社会科学や教員養成の学部・大学院の縮小や統廃合などを求める通知を出した。
理系人材を求める財界の要求に応えて“人文系つぶし”に踏み出したものである。
各大学は通知を参考に中期目標・中期計画を策定することになっている。

通知は、「持続的な競争力を持ち、高い付加価値を生み出す国立大学となることが期待される」と強調し、理系分野の「人材需要」などを理由に、人文社会科学系や教員養成系の学部・大学院について「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組む」と明記した。
国立大学への運営費交付金について、「機能強化に積極的に取り組む大学に対し重点配分する」として、以下の3つの枠組みを示し、学長主導で学部の統廃合などを進めていくよう財政支援の強化も盛り込んでいる。
(1)世界で卓越した研究
(2)全国的な研究
(3)地域貢献

文科省の「高い付加価値を生み出す、理系分野の「人材需要」」といった考え方は、アカデミズムを市場メカニズムで評価・誘導しようというものだろう。
しかし、市場メカニズムが効果的なのは超短期のことであって、「持続的な競争力を持ち」と矛盾するだろう。
この通知に対して、京都大学の山極寿一総長は17日、「京大にとって人文社会系は重要だ」と述べ、廃止や規模縮小には否定的な考えを示した。

山極氏は、霊長類研究グループの人である。
ゴリラ研究の第一人者として知られるが、当該分野は理系分野か文系分野か?
山極氏自身は理学部出身で理系であるが、世界に冠たる霊長類研究グループには、文系出身者も重要な位置を占めているはずである。
そもそも、理系とか文系という区分は、専門分化するための便宜上の区分けであって、研究対象が、理系とか文系に分かれているわけではない。

理系とか文系に分けること自体、市場主義者が好きなグローバル・スタンダードに違背するのではないか。
あるサイトに次のような説明があった。
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茶・青・赤の3色で示されている3種類の「線引き」は次の通り。
(1)理系/文系の区分……茶色の実線
(2)humanities と the science (あるいはartsとsciences)という区分……青色の二重線
(3)本質主義(essentialism)と構成主義(constructivism)の区分……赤い点線
<ぶっちゃけて言えば、理系/文系の区分は「日本だけ」である>。
<humanities(ヒューマニティ)とscience(サイエンス)が「文系/理系」の訳語とされることがあるけれど、分割図のとおり、まるで違う>。
「理系」「文系」の区分は日本だけ 「人文科学」「社会科学」「自然科学」の違い

京都大学には、一般に京都学派と呼ばれる世界水準の研究グループがいくつか存在する。

京都学派(きょうとがくは)とは、一般に西田幾多郎と田辺元および彼らに師事した哲学者たちが形成した哲学の学派のことを指すが、京都大学人文科学研究所を中心とした学際的な研究を特色とした一派も、京都学派、あるいは哲学の京都学派と区別するために、新・京都学派とも称する。その他にも様々な学問分野において『京都学派』と呼ばれるグループが存在している。
京都学派

上記サイトでは、「近代経済学」「京大人文研」「憲法学」「精神医学」が取り上げられているが、山極氏が属する霊長類研究グループも当然含まれる。
⇒2010年7月14日 (水):『行為と妄想』と「飲酒と安息」/梅棹忠夫さんを悼む(4)
⇒2011年6月11日 (土):西田利貞氏と人間性の起源/追悼(12-2)
⇒2012年8月 7日 (火):上山春平さんを悼む/追悼(21)

また考古学分野でも大きな足跡を残した。
⇒2008年12月 2日 (火):邪馬台国に憑かれた人…③小林行雄と「同笵鏡」論
考古学も、理系的要素と文系的要素が混合した分野であると言えよう。

日本で初めてのノーベル賞受賞者である湯川秀樹博士と朝永振一郎博士は、京大の同級生だった。
⇒2012年10月 9日 (火):山中伸弥京大教授のノーベル賞受賞/花づな列島復興のためのメモ(148)
お二人とも京大教授を父に持つ。
湯川の父・小川琢治は、地理学という文理にまたがる分野の学者だったが、子どもは、長男・小川芳樹が冶金学者、次男・貝塚茂樹が東洋史学者、三男・湯川秀樹が物理学者、四男・小川環樹が中国文学者、五男・小川滋樹は第二次世界大戦で戦病死、という文理ハイブリッドな家系である。

日本初のノーベル化学賞受賞者・福井謙一氏を育んだ理論化学の分野また京都学派といっていいだろう。
米沢貞次郎、永田親義『ノーベル賞の周辺―福井謙一博士と京都大学の自由な学風』化学同人(9910)によれば、福井謙一博士のノーベル賞受賞の背景に、自由な学風があった。
⇒2009年10月10日 (土):プライマリーな独創とセカンダリーな独創

山極総長の言をまつまでもなく、京大には人文系が必要である。
物理学や化学、あるいは山中伸弥教授らの医学・生理学の分野に対しても、人文系分野の厚みが大きな意味を持つ。

下村博文・文部科学相は16日、全国の国立大学長らに、卒業式や入学式で国旗掲揚と国歌斉唱をするように要請した。
下村氏は、「介入ではない。お願いしているだけだ」と強調しているが、予算を握っている立場の人間の「お願い」は、「強制」に近く、場合によっては脅迫になり得るだろう。

下村氏の要請に対し、学長らは以下のような反応だったと報じられている。

「納税者に対して教育研究で貢献することが大学の責任だ。要請に従う必要はないと思う」(滋賀大・佐和隆光学長)
「かなり混乱するので、学内での議論は棚上げしたい」(琉球大・大城肇学長)
「下村氏は『適切に』と言っており、大学の自治を尊重してもらっていると考えている。伝統を踏まえて適切に議論する」(京都大・山極寿一学長)
国立大に「国旗国歌を」と大臣要請 学長反応はスルー・困惑・議論する...

私は、大学生に対して、国旗掲揚したり国歌斉唱させたりするセンスを疑う。
しかし、国歌斉唱するならば、古田武彦氏らによって追究されている君が代の「真の意味」を考える機会にするべきであると考える。
⇒2008年6月 3日 (火):「君が代」と九州王朝

下村氏は、要請より先に、自身の疑惑について、まずきちんと説明すべきだろう。
⇒2015年2月27日 (金):下村博文文科相の道徳観を問う/日本の針路(112)
⇒2015年3月 8日 (日):「無知」の「無恥」・末期的症状の安倍内閣/日本の針路(117)
こんな人が、「知の拠点」であるべき国立大学に口を出すべきではない。

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2015年6月18日 (木)

チューリングと『イミテーション・ゲーム』/技術論と文明論(27)

アラン・チューリングの名前は広く知られていると言って良い。
私も、「チューリング・テスト」等で馴染みはあったが、具体的な生涯についてはほとんど知らなかった。
Wikipediaの紹介では以下のようである。

第二次世界大戦の間、ブレッチリー・パークにあるイギリスの暗号解読センターの政府暗号学校で、ドイツの暗号を解読するいくつかの手法を考案し、英国の海上補給線を脅かすドイツ海軍のUボートの暗号通信を解読する部門 (Hut 8) の責任者となった。ドイツが使用していた、エニグマ暗号機を利用した通信の暗文を解読する(その通信における暗号機の設定を見つける)ための機械 bombe を開発した。
戦後は、イギリス国立物理学研究所 (NPL) に勤務し、プログラム内蔵式コンピュータの初期の設計のひとつACE(Automatic Computing Engine)に携わった(ただし、チューリング自身は、その完成を見ずに異動している)。1947年、マンチェスター大学に移ると、初期のコンピュータ Manchester Mark I のソフトウェア開発に従事し、数理生物学に興味を持つようになる。形態形成の化学的基礎についての論文を書き、1960年代に初めて観察されたベロウソフ・ジャボチンスキー反応のような発振する化学反応の存在を予言した。
1952年、同性愛の罪(風俗壊乱罪)で、警察に逮捕され、保護観察の身となり、ホルモン療法を受ける。1954年、死去。42歳の若さであった。検死によると、青酸中毒による自殺と断定されたが、母親や一部の友人は事故だと信じていた。
2009年9月10日、インターネットでのキャンペーンに続いて、首相のゴードン・ブラウンが、戦後のイギリス政府によるチューリングへの仕打ちについて、公式に謝罪した。

映画『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』は、チューリングの数奇な生涯を描いているが、中心はブレッチリー・パークでの暗号解読の仕事である。
ドイツの難攻不落といわれたエニグマの解読に成功するのだが、一緒に集められた仲間が、パズルを一定時間内に解くことに成功した集団である。
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オスカー脚色賞に輝く 『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』

チューリングについて興味があったので、近くの映画館で観てきた。
一緒に行った妻は、行く前は余り唆られない感じであったが、映画が始まると次第に引き込まれていったようである。

チューリングがいなければ、現在のコンピューターはなかったかも知れない。
もちろん、いずれ他の誰かが発想したであろうが、エニグマの解読が遅れたらどうだっただろうか?
ナチス・ドイツが存続していたら世界がずいぶん変わっていたであろうことは間違いない。

チューリングが興味を持ったのは、脳が神経線維で形づくられた組織で、人間の心はそれらのネットワークの結びつきによって生まれているとする解説だった。
ケンブリッジ大学のキングス・カレッジに入学して数学を専攻した彼は、1936年に「計算可能な数について原題:On computable numbers, with an application to the Entscheidungsproblem」という論文を書く。
これは現代数学の父とも呼ばれるダフィット・ヒルベルトの主張を否定するものであった。

彼がその論文で使った手法は、人間の論理思考を機械に喩えることだった。そのモデルは「チューリング・マシン」と呼ばれるようになり、これは現在のコンピューターの基本的なアーキテクチャーを決める、生物学でいうところのDNAの構造を確定するような理論だった。
・・・・・・
当時は人工知能Artificial Intelligenceという言葉はなかった1956年にアメリカでそう名づけられたが、チューリングはまさにこの分野の開拓者でもあり、これは早世した学友クリストファー・モルコムの魂をマシンのなかに蘇らせたいとする彼の思いが結実したものだともいわれている。彼はそれ以外にも、コンピューターを使ったゲームや音楽、ネットワークやロボットに関係する研究や、生命を情報で表現する、人工生命とのちに呼ばれる分野の研究も行っていた。しかし、彼は同性愛者であったため、当時のイギリスの法律で罪に問われ、その後まもなく青酸中毒で謎の死を遂げてしまう。警察はこれを自殺と断定した。
もし、チューリングがこうした差別の犠牲にならずに自分の夢を実現できていたら、もし、イギリス政府が彼の業績を正当に評価してその研究をバックアップしていたら、その後のイギリスはアメリカに先行して情報テクノロジーで世界を牽引していたに違いない。“ジョブズ”はアメリカではなくイングランドで生まれて、ビートルズのように女王陛下から勲章を授与されていたかもしれない。しかし差別や秘密主義が、この偉大なアイデアを不当にも葬り去り続け、イギリスにはその栄誉は訪れなかった。
WIRED

現在の人工知能の発展を考えると感慨深い。
歴史にイフは禁物だと言うが、イギリス政府がもっと開明的であったならば、イギリスの凋落も遅れたのではないか。
翻ってわが日本はどうか、と考えると、反知性主義が我が世の春を謳歌している。
驕れる者は久からずとはいうものの、早くしないと世界史の動向においていかれるのではなかろうか。
残念なことだ。

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2015年6月17日 (水)

高尾山古墳の主は卑弥弓呼か?/やまとの謎(103)

沼津市東熊堂というところに「高尾山古墳」という遺跡がある。
現在の国道1号線のすぐ脇である。
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沼津の高尾山古墳 壊さないで

道路計画があって、間もなく取り壊される予定になっている。
以前には辻畑古墳と呼ばれており、私も発症前に発掘現場を見に行ったことがある。
⇒2009年9月20日 (日):沼津市で最古級の古墳を発掘
⇒2009年9月21日 (月):沼津市で最古級の古墳を発掘(続)
⇒2009年10月25日 (日):朱の効能

市議会で取り壊しの予算化が審議されるのを前に、ようやく古墳の保存を求める市民グループ三団体が相次いで発足し、16日古墳の現状保存を求める陳情書を市議会議長宛てに提出した。
1506162
東京新聞6月16日

 高尾山古墳は前方後方墳で、本体の大きさ(墳長)は62メートルと古墳出現期としては屈指の規模を持つ。前方部、後方部ともに31メートルで、他の前方後方墳と比べ前方部がよく発達しているのが特徴という。
・・・・・・
 棺の底と考えられる場所には首から胸の辺りにかけてと、足元辺りに大量の水銀朱がまかれていた。朱は当時極めて貴重で被葬者が社会的、経済的に圧倒的な地位にいたことを示している。
Ws000001 敷いた朱の上に乗るようにして副葬品の青銅鏡1面、鉄槍(やり)2点、鉄鏃(ぞく)32点、やりがんな1点、石製勾(まが)玉1点、などが見つかった。
 鏡は大きさ13.5センチ、後漢時代の中国製で「上方作系浮彫式獣帯鏡(しょうほうさくけいうきぼりしきじゅうたいきょう)」と呼ばれ、破片がバラバラに散らばった状態で見つかった。意図的に壊された「破砕鏡」と考えられている。
 高尾山古墳を巡る最大の問題は古墳がいつ作られたのか、という築造時期だった。研究者の見解が「230年ごろ説」と「250年ごろ説」に分かれたからだ。この20年の違いが意味するところは、日本の古代史を考える上でとても大きいのだ。
 230年ごろの場合、卑弥呼の墓との説がある箸墓古墳(奈良県桜井市)に代表される本格的な前方後円墳が築造されるより以前に、東海地方で独自に古墳が造られたことになる。250年ごろの場合だと、初期のヤマト政権が作成した設計規格に沿って墳墓が造営されたとの見方が強まる。
 年代は一般的に土器などの副葬品を手掛かりに、これまでに他の古墳で見つかった膨大な量の類似品との前後関係の比較や、発掘した土壌の層、古墳の形など様々な要因を勘案して決定される。
 230年ごろ説は、周溝や墳丘から出土した東海地方西部から持ち込まれたと見られる高坏(つき)や器台といった土器の年代を主な根拠にあげる。
 東海地方の土器などに詳しい愛知県埋蔵文化財センターの赤塚次郎・前副センター長は「2世紀にあった大規模な自然災害から立ち直るため、スルガは治水技術などが進んだ東海系の文物を取り入れた。前方後方墳という形から東海系文化を採用。被葬者は2世紀後半から3世紀前半にかけて地域をまとめあげた英雄」との考えだ。
 250年ごろ説は棺の上にあったと推定される土器が250年ごろのもので、副葬品の鉄鏃もその頃より新しいことや、古墳の形(墳長と各部分の長さの比など)が奈良県桜井市にある纒向(まきむく)遺跡の古墳と設計規格に共通性があることなどを挙げる。
 規格がほぼ同じことについて寺沢薫・桜井市纒向学研究センター所長は「古墳にはしっかりとした規格が存在する。ヤマト王権との政治関係を知りうる資料で、前方後円墳と前方後方墳の関係は徳川幕府における譜代大名と外様大名のようなもの。その意味で東日本に前方後方墳が多いのは当然」と解釈する。
 両見解を踏まえ、沼津市教育委員会は昨年、墳丘での大がかりな再調査を実施。主体部を中心に幅1メートル、深さ2メートルの溝を計7本掘った。墳丘内に230年ごろ造られた別の埋葬施設がないかなどを確かめるためだった。
 その結果、約2000点もの土器が見つかったが、(1)大半が230年ごろ製作と見られるため、墳丘が造られたのは230年ごろ(2)主体部から出土した遺物から埋葬は250年ごろ。主体部で230年ごろの土器も出たが、埋葬時に紛れ込んだとみられる(3)墳丘内に別の埋葬施設が存在する可能性は少なくなった――。との見解が発表された。
・・・・・・
 高尾山古墳が造られたころ、現在の富士市田子の浦の辺りは古浮島湾と呼ばれる汽水湖で、現在の沼津市街まで奥深く入り込み、高尾山古墳近くまで舟が進入できたと考えられている。このため陸路とともに河川、海上とあわせ交通の要衝だった。高尾山古墳から北陸、近江、東海西部からの土器が出土するのもこれらが深く関係しているというのが研究者らの一致した見解だ。
・・・・・・
 日本考古学協会(高倉洋彰会長)は今月25日、高尾山古墳について「日本列島における古墳文化形成を解明する上できわめて重要。駿河の古墳時代最初頭の重要遺跡で、歴史・文化的重要性を知る起点」と述べ、道路建設事業の見直しを強く求める会長声明を発表した。同協会は3年前にも同内容の要望書を文化庁、静岡県、沼津市などに提出している。
「古代スルガの王」が出現か 最初期屈指の前方後方墳

沼津市教育委員会の見解のように、墳丘が造られたのは230年ごろで埋葬されたのが250年ごろとすると、魏志倭人伝の卑弥呼の記述と重なってくる。
魏志倭人伝には次のような卑弥呼の死に関する記述がある。

倭女王卑彌呼與狗邪國男王卑彌弓呼素不和遣倭載斯烏越等詣郡説相攻撃状遣塞曹掾史張政等因齎詔書黄幢拜假難升米爲檄告喩之卑彌呼以死大作冢徑百餘歩徇葬者奴婢百餘人
『魏志』倭人伝 全文


卑彌呼以死」は解釈の分かれるところであるが、上記の部分は、一応次のように訓読されている。

倭の女王卑弥呼、狗奴國の男王卑弥弓呼と素より和せず。倭載・斯烏越等を遣わして郡に詣り、相攻撃する状を説かしむ。塞曹掾史張政等を遣わし、因りて詔書・黄幢を齎し、難升米に拝仮し、檄を為して之を告喩せしむ。卑弥呼以て死す。大いに冢を作る。径百余歩。徇葬する者、奴婢百余人。
魏志倭人伝

常識的に解釈すれば、卑弥呼が死んだのは狗奴國の男王卑弥弓呼と、相攻撃する状況と関連して、と考えられる。
それでは、狗奴國はどこに比定され、卑弥弓呼の墓はどこか、ということになる。
それに関して、次のようなコメントがあった。

 静岡文化芸術大の磯田道史教授(歴史学)の話 中国の歴史書「魏志倭人伝」に「女王卑弥呼(ひみこ)、狗奴国(くなこく)の男王卑弥弓呼(ひみここ)ともとより和せず」とあり、狗奴国は東国にあるというのが考古学研究者の説だ。高尾山古墳は二三〇~二五〇年の間に築造と埋葬が行われ、まさに卑弥呼の墓とされる箸墓古墳(奈良県桜井市)と同時代でもある。箸墓古墳と同様に、高尾山古墳は周囲に堀があり、大きさも六十メートル超と東国最大級。卑弥呼のライバルと言うべき東国の王の墓だ。卑弥弓呼の墓の可能性も十分にある。
沼津の高尾山古墳 壊さないで

卑弥弓呼の墓の可能性があるとすれば、まさに歴史的に重要である。
そうすると、邪馬台国畿内説ということになり、九州説を支持してきた私としては具合が悪いが、今後の調査の深化のためにも、取り壊さずにおくべきであろう。

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2015年6月16日 (火)

大人の恋の物語『風の盆恋歌』・高橋治/追悼(69)

『風の盆恋歌』で幅広い読者を獲得した高橋治氏が13日肺炎で亡くなった。
1929(昭和4)年5月生まれで、86歳だった。
私も『風の盆恋歌』の愛読者の一人だった。
⇒2013年9月 2日 (月):高橋治『風の盆恋歌』/私撰アンソロジー(26)

世紀の変わり目の頃、親しい人たちと「おわら風の盆」を見に行ったことがある。
大変な賑わいで、期待していた抒情的雰囲気とは遠かったが、まあいいことだろう。
私の周辺には、遂に『風の盆恋歌』のヒロイン「えり子」のような女性は現れなかった。
ちょっと心残りであるが、まあ現実と虚構は乖離しているのが常だろう。

高橋治さんは千葉県出身で、金沢市の旧制第四高校から東京大学に進んだあと、昭和28年に松竹大船撮影所に入りました。そして日本映画の巨匠、小津安二郎監督の代表作「東京物語」の撮影に助監督とし関わったほか、「彼女だけが知っている」などの作品で監督を務めました。その後、作家として活動を始めた高橋さんは昭和59年に人生を釣りにささげた釣り人たちの生きざまを描いた「秘伝」で直木賞を受賞したほか、富山県の伝統行事、「おわら風の盆」を舞台に大人の男女の恋をテーマにした小説「風の盆恋歌」が話題となるなど、情緒に富んだ恋愛から社会問題まで幅広いテーマで作品を数多く発表しました。また、高橋さんは石川県に私塾、「白山麓僻村塾」を作って人材育成につとめたほか、相撲好きの知識を活かしてスポーツ新聞で相撲の観戦記の連載などもしていました。高橋さんは先月、神奈川県藤沢市の病院に入院し、療養していましたが、本人の希望で自宅に戻り、13日、神奈川県の自宅で亡くなりました。
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直木賞作家の高橋治さん死去

私には『蕪村春秋』朝日新聞社(1998年8月)の1冊が忘れがたい。
高橋さんは、「蕪村に狂う人、蕪村を知らずに終わる人。世の中には二種類の人間しかいない。」と言って、蕪村を知らずにいた私を強制的に蕪村の世界に引っ張っていった。
しかし「蕪村に狂う人」にはなれずじまいだった。

私の高校時代からの愛読書・阿川弘之『雲の墓標』の映画化で、堀内真直監督と共同で脚本を書いた。
⇒2008年5月27日 (火):偶然か? それとも……③『雲の墓標』
⇒2008年5月29日 (木):『言うなかれ、君よ別れを』
私が反戦リベラリストとして生きようと決意した「私の一冊」である。

 

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2015年6月15日 (月)

言語の「小鳥のさえずり起源説」の実証?/進化・発達の謎(6)

動物行動学者の岡ノ谷一夫さんの「小鳥のさえずり言語起源説」は、ユニークで面白いが検証が難しいだろうと思っていた。
⇒2014年5月 2日 (金):言語の歌起源論/進化・発達の謎(4)

しかしその第一歩を歩み始めたということであろうか?
北海道大のチームが、文鳥のオスが求愛のさえずりのとき、決まった鳴き声の前後に規則的にくちばしをこすって音を出していることをあきらかにした。
人間が歌いながら手をたたくように、さえずりの歌に合わせて拍子をとっていると考えられるという。

Ws000000 文鳥がくちばしをこすって「ギリッ」という音を出すことは知られていたが、鳴き声との関係は不明だった。チームは30羽のオスのさえずりを録音し、くちばしの音が入るタイミングなどを調べた。
 文鳥は、鳥によって求愛のさえずりのパターンが異なり、くちばしの音が入るタイミングは、鳥ごとに決まった鳴き声の前後に限定されていた。また、求愛のさえずりは父から子に受け継がれ、くちばしの音を発するタイミングも父子で似る傾向があった。
 一方、父や他の文鳥から隔離して育てられ、独自のさえずりを発する鳥も規則的にくちばしの音を発していた。チームは、くちばしの音は歌とセットに学ぶのではなく、拍子を取るような性質があると結論付けた。
 人間以外で音楽などに合わせて拍子を取る動物は、オウムなど非常に少ない。チームの相馬雅代・北海道大准教授(行動生態学)は「文鳥のメスは複雑なさえずりを好むと言われる。オスはくちばしの音を入れて、より魅力的な歌にしているのかもしれない」と話す。
文鳥:拍子で求愛の歌彩る くちばしこすり「ギリッ」 北大チーム発表

私は発症以来、声が出にくいし、酒席というものにも縁がなくなったので、歌を歌う機会がなくなった。
先日知人の入っている男声合唱団のコンサートがあり、久しぶりに男声合唱を聴いた。
馴染みの曲も多く、久しぶりに声を出して歌いたい気分になった。
そう言えば、言語学・哲学の学徒であった故丸山圭三郎氏に、『人はなぜ歌うのか』岩波現代文庫(2014年9月)という著作があった。

言語哲学の第一人者であり、熱烈なカラオケファンである著者が、楽しくかつ真摯にカラオケを様々な視点から論ずる。人間は唯一の“歌う動物(ホモ・カンターンス)”である。人は歌うことにより世界に気づく。カラオケで歌うことは、生(レーベン)の回復であると著者は考える。カラオケと歌うことの魅力を存分に語り、歌うことの好きな全ての人におくる格好の書。井上陽水と著者が歌うことの楽しさを語り合った対談を併せて収載。

なぜ歌うのか?
言語の発生は、情報行動(表出と伝達)欲求を解明する重要な糸口と思われる。
その意味で、歌は人間性の本質に迫る1つの切り口になり得るだろう。   

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2015年6月14日 (日)

「福島原発事故を乗り越えた」という安倍妄言/原発事故の真相(130)

安倍首相の虚言は、オリンピック招致スピーチで、一般に良く知られるところとなった。
⇒2014年5月17日 (土):汚染水は完全にブロックされている?/原発事故の真相(113)
⇒015年2月26日 (木):汚染水はコントロールされていない/原発事故の真相(128)

しかしそれはなかなか直らないようである。
ホルムズ海峡の石油途絶の可能性についても、堂々と言っている。
⇒2015年6月 3日 (水):ホルムズ海峡機雷掃海に関する安倍虚言/日本の針路(171)

むしろ、精神病理の問題ではないかと思える。
⇒2015年6月 2日 (火):安倍晋三=サイコパス論/人間の理解(13)

安倍首相はG7サミットが開催されたミュンヘンで記者会見した。
「力によって一方的に現状が変更される。強い者が弱い者を振り回す」という言葉は、そっくり自身にお返ししたいが、福島原発事故について、看過できない発言をしている。

先月、福島で開催した太平洋・島サミット。ツバルのエネレ・ソポアガ首相は巨大サイクロン・パムに襲われたときの恐怖をこう表現しました。『私たちの島が沈んでしまう』。地球の温暖化は海面を上昇させ、南太平洋に浮かぶ美しい島を消滅の危機にさらしています。首相はさらにこう訴えました。『もう時間がない。島に住む人々をどうか救ってほしい』。日本は東日本大震災と(東京電力福島第1)原発事故を乗り越え、温室効果ガスについて野心的な削減目標を掲げました
【安倍首相会見(1)】「強い者が弱い者を振り回すのは認めない」

福島原発事故は、乗り越えたのか?
そう思っている人が何人いるであろうか?
汚染水は現在も外洋流出が続いているのだ。
⇒2015年3月 1日 (日):原発事故汚染水の傾向と対策/原発事故の真相(129)

大震災の津波、福島第1原発事故から丸4年。相馬の浜からがれきは消え、震災前と変わらず漁船群は港にたゆたい、高台には公営住宅が建ち始めた。しかし、何一つ終わっていない、始まってもいない。福島の浜通りの漁業復興を妨げる原発の汚染水は止まらず、廃炉作業の入り口もいまだ見えない。安倍首相は今国会で「福島第1原発の廃炉・汚染水対策に、国も前面に立ち、全力で取り組みます」(2月12日の施政方針演説)と従来からの姿勢を強調した。が、昨年12月、相馬市松川浦漁港で衆院選の第一声を上げた際、漁業者の前では「廃炉」「汚染水」に一言も触れなかった。他原発の再稼働論議への飛び火を懸念したのか。ほそぼそとした漁の悔しさに耐え、1つ1つ安全な魚種を増やし、風評に脅かされ、思惑の知れない政府の「責任」をも頼みにできず、それでも試験操業に希望を託す漁業者たちの苦闘は新たな3月11日を超えて続く。
原発事故から4年:地元漁協「汚染水流出」への怒り

健康被害についてはどうか?

大きな問題となっているのが、事故が福島県の住民に放射線被曝による健康被害を引き起こしているのか、ということだ。今でも専門家の間では意見が分かれている。
 福島県は2月12日、事故当時18歳以下の約38万5千人の甲状腺を調べ最新データを発表した。昨年末までに118人が、がんやその疑いがあると診断されたという。
 注目を集めたのは、今年度から2巡目に入った検査で結果が判明した約7万5千人分のデータだった。うち8人が、がんやその疑いがあると診断された。8人のうち5人は、1巡目の検査では、しこりも何もないと診断されていた。
・・・・・・
 検討委員会の星北斗座長(県医師会常任理事)はこう述べた。
「まだ判断に十分な数はそろっておらず原発事故との関連がないとは言えないが、影響は考えにくい」
 一方、津田敏秀・岡山大学教授(疫学)の反応は違う。
「事故による被曝の影響は明らか。現実に対応した対策を急ぐべきだ」
 1巡目で患者が多く見つかったのは、「これまで詳しく検査したことがないから、検査するだけで見つかるため」(スクリーニング効果)と主張する専門家がいた。しかし、今回は1巡目で患者を拾い上げた後の発生であり、スクリーニング効果では説明できない。
 津田教授によれば、2巡目までの3年間に約7万5千人から8人という発生率は、全国平均の100万人のうち3人(年間)と比較すれば、統計的に有意に多発しているのは明らかだという。
福島県の健康被害の有無 専門家まっ二つ

楽観的な見方として、「原発事故との関連がないとは言えないが、影響は考えにくい」というものがあるにしても、安倍首相のように「健康問題については今までも現在も将来もないと約束する」と言ってしまうというのは、やっぱりサイコパスだろうか?
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2015年6月13日 (土)

昨年末総選挙の争点と安保法案/日本の針路(180)

安倍政権は、全権委任を受けたのかのように、やりたい放題である。
その根拠は、昨年末の総選挙で、多数派だったからであろう。
しかし、史上最低の投票率であったことを忘れてはならない。
投票率が低かったのは、投票したくないという積極的な忌避意識もかなりあったのではないかと思う。
⇒2014年12月14日 (日):拒否権行使行動としての選挙/日本の針路(85)

しかし小選挙区制の欠陥の1つだとは思うが、有権者の16%の票の獲得率に過ぎない自民党が、国民から信任されたという理屈がまかり通るのだ。
⇒2014年12月16日 (火):衆院選に関する若干の感想/日本の針路(86)

しかも、「大義なき解散」といわれたのに対して、「消費税アップを先送りした判断について是非を問いたい」などと言っていたはずである。
⇒2014年11月20日 (木):総選挙の争点を増税延期と言う「まやかし」/日本の針路(72)
事実は、増税を先送りしなければならないほど、消費が落ち込んでいたからではないか。
⇒2014年11月17日 (月):GDP速報値が示す衆院選の争点/アベノミクスの危うさ(42)

選挙戦が始まると、アベノミクスを問うのだ、ということに重心をずらした。
⇒2014年12月25日 (木):「この道しかない」という硬直性/アベノミクスの危うさ(45)
菅官房長官は、「集団的自衛権の行使容認に踏み切った7月の閣議決定や、12月10日に施行される特定秘密保護法の是非」は総選挙の争点にはならないと明言していたのである。
⇒2014年12月 3日 (水):総選挙の争点を決めるのは誰か/日本の針路(79)

それが多数派を占めた途端にこのありさまである。
連立を組む公明党も、与党の味がよほどおいしいのか、平和の党の看板をかなぐり捨てている。
⇒2015年6月 9日 (火):憲法審査会への対応で、反知性主義が露呈した/日本の針路(176)

菅官房長官が、合憲という憲法学者はたくさんいると胸を張ってみたが、せいぜい10人に過ぎないことを認め、「数の問題ではない」と前言を翻した。
⇒2015年6月11日 (木):前言撤回オンパレード政権/日本の針路(178)

それに引き替え、安全保障関連法案(戦争法案)は憲法9条に反し、「戦争法案」と呼ばれていることには十分な根拠があるとして、憲法研究者38名が呼びかけ人となった「安保関連法案に反対し、そのすみやかな廃案を求める憲法研究者の声明」に賛同する憲法学者は日増しに増大している。
6月12日現在で、賛同人は187人であり、呼びかけ人を加えれば実に225人である。
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http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/0b06ffa7d1b04a723bd55a4fafd79f5d

専門家の意見は明らかである。

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2015年6月12日 (金)

憲法解釈は変えたのか、変えていないのか?/日本の針路(179)

安保法案の担当大臣である中谷元氏は相当に論理、すなわちアタマが弱いようだ。
「現在の憲法をいかにこの(安保)法案に適用させていけばいいのか」という本末転倒の答弁については、さすがに撤回をした。
⇒2015年6月 6日 (土):明白な憲法違反を押し通す政権/日本の針路(173)
⇒2015年6月11日 (木):前言撤回オンパレード政権/日本の針路(178)

しかし、何を批判されたのか、分かっていないと判断せざるを得ない。

 昨年7月の閣議決定で、集団的自衛権の行使を容認した政府の憲法解釈について、中谷大臣は「将来的に安全保障環境が変われば解釈が再変更される可能性もある」との認識を示し、こう言った。
「時代の背景とともに、憲法で許される必要最小限度の範囲で(集団的自衛権を行使できると)政府として考えている。これからも考えていく」
口を開けば問題発言…中谷防衛相の“末期症状”に呆れる識者

質問したのは民主党の寺田学議員であるが、憲法が国の根幹になるものであることを中谷氏は分かっていない。
政権の認識で変わるのではなく、政権が恣意的にならないように枠をはめるというのが、立憲主義である。
中谷氏は、大臣失格というよりも、政治家失格のレベルであろう。
もう少し巧妙なのは、稲田朋美自民党政調会長である。

 唯一、憲法9条について判示したのは後にも先にも砂川判決のみ。判決の中の、日本の存立が脅かされているときには、自衛権は行使できる。その中に個別か集団的かの区別はないし、一見明白に違憲というとき以外は、日本の存立にかかる安全保障については、国会と内閣に任されていると最高裁自身が判示している。その意味からは、憲法に違反するかどうかという議論を、これ以上続けていくことには、そんなに意味が無いのかなと思う。
 平和安全法制は集団的自衛権の問題だけでは無くて、様々な後方支援やグレーゾーンの問題とか、PKO、様々な観点がある。そういった議論を深めていくことが、国権の最高機関としての国会の責務だろうと思う。(記者会見で)
違憲か否かの議論継続「意味無いのかなと思う」 稲田氏

最高裁だけが違憲判断ができるとする稲田氏の持論であろう。
これは、自民党所属議員向けの文書と同じ理屈である。
⇒2015年6月10日 (水):安保法案で墓穴の深掘りに励む政府・与党/日本の針路(177)

確かに砂川事件の最高裁判断は、国の自衛権を認めるものであった。
しかし、集団的自衛権というのは、自国の防衛ではなく同盟関係にある他国の防衛(他衛)であるから、砂川判決を引用するのは論理のすり替え以外の何物でもない。
何よりも自民党政権が、一貫して現憲法下では集団的自衛権は許されないとしてきたのはどういうことか?
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「安保法案9条違反」憲法審参考人が見解 「違憲立法」論戦焦点

あるときは砂川判決をよりどころとし、ある場合には環境変化に応じて変わるべきだとする。
明らかなダブルスタンダードである。
さすがに戦前派の政治家が見かねたのだろう。
4人が反対を表明した。

 自民党で幹事長や閣僚を歴任した山崎拓・元党副総裁(78)を含む元衆院議員ら4人が12日、日本記者クラブで会見を開き、衆院で審議中の安全保障関連法案に、「憲法解釈を一内閣の恣意(しい)によって変更することは認めがたい」などとして反対を表明した。
 出席したのは山崎氏と、自民党時代に政調会長を務めた亀井静香・衆院議員(78)=無所属=、元新党さきがけ代表の武村正義氏(80)、元民主党幹事長の藤井裕久氏(82)の計4人。いずれも戦前生まれ。武村氏、藤井氏もかつて自民に所属していた。
 山崎氏は改憲派として知られ、防衛庁長官や党安全保障調査会長などを歴任した防衛族。小泉政権下では自衛隊海外派遣に関わった経験を持つ。「不戦国家から軍事力行使国家へとの大転換を意味し、国策を大きく誤る」などとする声明を発表した。
山崎拓・元自民幹事長ら4人、安保法案に反対表明

山崎氏や亀井氏は、明らかに右派だろう。
この国を牛耳っているのはウルトラ右翼である。

砂川判決解釈を変えたのか、変えないのか?
変えたのならば、明瞭にそう言うべきだ。
変えないのなら、今までの自民党政権の憲法解釈は誤っていたのか?

第9条解釈を変えたのか、変えないのか?
現憲法の最重要論点である。
変えるのなら、解釈の変更などという姑息な方法によらず、成文法であるから改正案を示して国民投票を行うべきだ。
変えないなら、今までの自民党政権の憲法解釈は誤っていたのか?

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2015年6月11日 (木)

前言撤回オンパレード政権/日本の針路(178)

まったく安倍政権の閣僚の発言はコロコロ変わる。
しかも大事なキモのところである。
こんな政権に舵取りを任せていいのだろうか、いやいいはずがない。
中谷防衛大臣は、安全保障法制をめぐる国会答弁で「憲法を法案に適応させる」と述べた。
⇒2015年6月 6日 (土):明白な憲法違反を押し通す政権/日本の針路(173)

いくらなんでも、と思っていたら、10日、一転して「趣旨を正確に伝えられなかった」と発言を撤回した。

 中谷大臣は、新たな安保法制が憲法に違反するという指摘が相次いだことに対して、先週の国会審議で「現在の憲法を、いかにこの法案に適応させていけばいいのかという議論を踏まえて閣議決定を行った」と答弁しました。
 安倍内閣が進める法整備のために憲法を都合よく解釈したとも取れる発言で、10日の委員会でも認識を質されました。
 「普通は法案を憲法に適応させるのであって、憲法を法案に適応させる、この発言を撤回した方がいいと思います。本音がぽろっと出たのかなと私は思います。この発言は撤回するということでよろしいですね」(民主党 辻元清美 議員)
 「確かにあの言葉でございますので、違った意味にとらえられる部分もございますので、発言の趣旨を正確に伝えられなかったということで、ただ今、申し上げました趣旨に訂正をさしていただきたいと思います」(中谷 元 防衛相)
防衛相、「憲法を法案に適応」発言を撤回

「安保法制を合憲と考える学者がたくさんいる」と豪語していた菅義偉官房長官。
⇒2015年6月 5日 (金):憲法学者が安保法案にレッドカード/日本の針路(172)
⇒2015年6月 7日 (日):集団的自衛権を合憲とする憲法学者は?/日本の針路(174)

しかし10日の衆院特別委員会では、やはり一転して「数(の問題)ではない」と述べた。
合憲派の学者について菅氏は「10人ほど」とし、事実上前言を撤回した。
菅氏が実名を挙げた学者は、長尾一紘・中央大名誉教授、百地章・日本大教授、西修・駒沢大名誉教授の3人だった。

 10日の特別委では、維新の高井崇志議員も「212人の憲法学者が違憲だと表明し、どんどん増えている。国民の関心事だから(合憲派は)何人いるか」と質問。菅氏の「私が知っている方は10人程度いる」との答弁に、高井氏は「極めて少ない」と突き放した。
 菅氏は終了後の記者会見で、「憲法学者のどの方が多数派で、どの方が少数派かは重要ではない」と述べ、多数の憲法学者の批判は審議に影響しないとの見方を改めて示した。
安保関連法案:「合憲という学者」官房長官たくさん示せず

菅氏が名前を挙げた3人のうち、西氏と百地氏は、2013年に産経新聞が発表した憲法改正草案「国民の憲法」の起草委員である。

産経新聞の「国民の憲法」は、産経自身によるエッセンスが次のようにまとめられている。
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本紙「国民の憲法」要綱を発表 「独立自存の道義国家」

憲法とは何かを私如きが云々しても仕方がないが、フジサンケイ・グループの自信作と言うことなのだろう。
京都の弁護士・渡辺輝人氏のブログから引用する。

フランス人権宣言
第16条(権利の保障と権力分立)
権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていないすべての社会は、憲法をもたない。

国家に対する国民の権利保障が確保され、国民の権利を侵害する国家権力の分立(これによって人権侵害の元凶である国家権力自体を弱体化する)が定められていなければ、憲法という名前を名乗っていても、日本国憲法も含まれるフランス人権宣言以来の「憲法」には含まれない、ということなのだ。

こんな憲法草案の起草者を味方にしていることをよく覚えておこう。
安倍政権の「憲法観」は、フランス人権宣言以前ということだ。
だから、都合良くコロコロ変えればいいと思っているのだろう。
Ws000000
東京新聞6月11日

菅氏の挙げたもう1人の長尾一紘氏については、Wikipediaに次のように載っていた。

長尾 一紘(ながお かずひろ、1942年 - )は、日本の憲法学者。中央大学名誉教授。外国人参政権に関する「部分的許容説」を紹介し、のちにこの説が憲法上認められず、破綻したとして撤回したことで知られる。
・・・・・・
論文発表から20年以上経過し、2009年に民主党政権が誕生して以降、外国人参政権付与が現実味を帯びたことで、長尾はこの動きに危機感を抱き、2009年12月に「部分的許容説は維持できない。違憲である」とした論文をChuou Online上で発表した。 この中で、(1)日本の位置する国際環境の変化、(2)日本人の国家意識の欠如、を学説を変更した理由としてあげており、特に許容説は国政と地方との切り離しが可能であることが前提であるが、近年この分離ができないと現状を分析している。
「現実の要素が法解釈に影響を与える『立法事実の原則』からも、部分的許容説はもはや誤りである」「国家解体に向かう最大限に危険な法律を制定しようというのは、単なる憲法違反では済まない」と再主張、部分的許容説を否定、撤回した。
自身が学説を紹介したことで外国人参政権付与が勢いづいたことに関しては「私の読みが浅かった。慚愧(ざんき)に堪えない」と謝罪した。

閣僚が発言を安易に撤回するのもどうかとは思うが、首相自身が低俗なヤジで謝罪という愚を繰り返しているので、閣僚も倣えということだろう。
首相は外国での演説では、「価値観を共有する」と言っているが、女性の議員に対して「早く質問しろ!」などという実態をしったら、「価値観を共有したくない」という国がほとんどではなかろうか。
⇒2015年5月31日 (日):安倍首相の論理と倫理の欠陥/日本の針路(170)
⇒2015年5月30日 (土):自己を抑制できない自衛隊最高指揮官/日本の針路(169)

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2015年6月10日 (水)

安保法案で墓穴の深掘りに励む政府・与党/日本の針路(177)

政府は9日、集団的自衛権の行使容認を含む安全保障関連法案について、「これまでの憲法解釈との論理的整合性および法的安定性は保たれている」とする見解を文書で提示した。
憲法審査会での憲法学者の違憲論に対する抗弁である。
見解は1959年の砂川事件最高裁を援用するものであるが、砂川事件判決は集団的自衛権に触れたものではなく、墓穴を深くしているだけだろう。

砂川事件判決について振り返ってみよう。以下Wikipediaによる。

第一審(判決)
東京地方裁判所(裁判長判事・伊達秋雄)は、1959年3月30日、「日本政府がアメリカ軍の駐留を許容したのは、指揮権の有無、出動義務の有無に関わらず、日本国憲法第9条2項前段によって禁止される戦力の保持にあたり、違憲である。したがって、刑事特別法の罰則は日本国憲法第31条(デュー・プロセス・オブ・ロー規定)に違反する不合理なものである」と判定し、全員無罪の判決を下した(東京地判昭和34.3.30 下級裁判所刑事裁判例集1・3・776)ことで注目された(伊達判決)。これに対し、検察側は直ちに最高裁判所へ跳躍上告している。
最高裁判所判決
最高裁判所(大法廷、裁判長・田中耕太郎長官)は、同年12月16日、「憲法第9条は日本が主権国として持つ固有の自衛権を否定しておらず、同条が禁止する戦力とは日本国が指揮・管理できる戦力のことであるから、外国の軍隊は戦力にあたらない。したがって、アメリカ軍の駐留は憲法及び前文の趣旨に反しない。他方で、日米安全保障条約のように高度な政治性をもつ条約については、一見してきわめて明白に違憲無効と認められない限り、その内容について違憲かどうかの法的判断を下すことはできない」(統治行為論採用)として原判決を破棄し地裁に差し戻した(最高裁大法廷判決昭和34.12.16 最高裁判所刑事判例集13・13・3225)。

見解のキモは、以下のように書かれている。

国際法上集団的自衛権の行使として認められる他国を防衛するための武力の行使それ自体を認めるものではなく、あくまでも我が国の存立を全うし、国民を守るため、すなわち我が国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として、一部、限定された場合において他国に対する武力攻撃が発生した場合を契機とする武力の行使を認めるにとどめるものである。したがって、これまでの政府の憲法解釈との論理的整合性及び法的安定性は保たれている。
「安保法案に関する政府見解」と「自民党議員向け文書」全文

これまで政府が説明してきたものである。
これに対して、憲法審査会で違憲という意見が表明されたのであるから、言ってみれば答えになっていない。

 見解は安保法制を「(昨年7月の)閣議決定の考え方に立ったもの」と強調している。ただ、長谷部氏は「(集団的自衛権は)自衛よりむしろ他衛で、そこまで憲法が認めているという議論を支えるのは難しい」と閣議決定そのものの論理矛盾を指摘しており、議論はかみ合っていない。
Vs
集団的自衛権:政府「行使は限定的」…違憲指摘に反論

冷静になって考えれば、「限定的」だから許されるという論理はいかにも苦しい。
限定的な武力行使が限定の範囲に留まることは非常に難しいだろう。
やはり集団的自衛権の行使は、憲法に抵触するだろう。
所属議員向けの文書には、次のように記されている。

 かつてほとんどの憲法学者は自衛隊が違憲だといっていました。今でもそういっている憲法学者もいます。憲法9条の2項に「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」と書いてあるから、憲法違反だというのです。しかし、私たちの先輩は日本が侵略されたとき『座して死を待て』と憲法が決めているはずはないと言って自衛隊の創設を決断しました。その自衛隊のおかげで日本の平和と安全は守られてきたのです。
 みなさん、そもそも憲法判断の最高の権威は最高裁です。最高裁だけが最終的に憲法解釈ができると、憲法81条に書いてあるのです。その最高裁が唯一憲法9条の解釈をしたのが砂川判決です。そのなかで、日本が主権国家である以上、自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために自衛権の行使ができるとしたのです。最高裁のいう自衛権に個別的自衛権か集団的自衛権かの区別はありません。複雑化する世界情勢のなかで、他国が攻撃された場合でも日本の存立を根底から覆すような場合があります。そのような場合、集団的自衛権を行使することはなんら憲法に反するものではないのです。
「安保法案に関する政府見解」と「自民党議員向け文書」全文

恐るべき詭弁・論点のすり替えである。
問題は自衛隊が違憲かどうかではない。
また、自衛権の行使が問われているのでもない。
集団的自衛権という「他衛のための武力行使」が問われているのである。
砂川判決にすがるのは、憲法違反を自覚しているからと思われても仕方がないであろう。

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2015年6月 9日 (火)

憲法審査会への対応で、反知性主義が露呈した/日本の針路(176)

自らが推薦した憲法学者から「集団的自衛権は違憲」と指摘された自民党は、まさにオウンゴールだった。
⇒2015年6月 5日 (金):憲法学者が安保法案にレッドカード/日本の針路(172)

自公両党は挽回に必死であるが、その姿から両党の本質が浮かび上がってくる。
公明党は結党以来「平和の党」を自称してきたはずであるが、戦争法案に荷担することで存在理由を失った。
自民党は、自ら招いた参考人が、自分たちと違う意見を表明したので、憲法審査会の権威を低く見せようと躍起である。

中谷防衛大臣は、「憲法を法案に合わせようと苦労した」と本末転倒の答弁をしていたが、素直な人なんだろうと思う。
中谷大臣は、憲法98条をどう理解しているのか?

第10章 最高法規
第98条 【最高法規、条約及び国際法規の遵守】
 第1項 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、 詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。            
 第2項 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

菅官房長官は、「全く違憲でないという著名な憲法学者もたくさんいる」と述べたが、その憲法学者になぜ参考人依頼をしなかったかの説明はない。
⇒2015年6月 7日 (日):集団的自衛権を合憲とする憲法学者は?/日本の針路(174)

高村正彦副総裁は、五日午前の役員連絡会で「憲法学者はどうしても(戦力不保持を定めた)憲法九条二項の字面に拘泥する」と反発した。
 谷垣禎一幹事長も記者会見で「憲法学者には自衛隊の存在は違憲と言う人が多い。われわれとは基本的な立論が異なる」と反論した。
 菅義偉(すがよしひで)官房長官は午前の記者会見で「(憲法解釈を変更した)昨年七月の閣議決定は、有識者に検討いただき与党で協議を経て行った」と指摘。その上で「現在の解釈は、従来の政府見解の枠内で合理的に導き出すことができる。違憲との指摘はあたらない」と重ねて強調した。
「学者は9条字面に拘泥」 高村氏、参考人に反発

高村氏は法案に関する与党協議の座長を務めたが、憲法こそ厳格に字面に拘るべきだろう。
谷垣氏は「「憲法学者には自衛隊の存在は違憲と言う人が多い」と言うが、自衛隊発足当時はそうであったであろうが、現時点で「多い」というのはどうか?

まあ、強者(権力側)が後からいろいろ言うのは見苦しい感じである。
そもそも「憲法審査会」とは如何なるものか?

2007年の国民投票法の成立を受けて、新たに衆参両院に設置された機関。 両院にはこれまで、憲法一般について「広範かつ総合的な調査」を行う「憲法調査会」、次いで国民投票法を議論する「憲法調査特別委員会」が設けられてきた。 憲法審査会はこの2つを引き継ぐ機関であり、初めて「憲法改正原案、憲法改正の発議」を審議できると規定された、憲法改正を具体的に進めていく場と位置づけられる。 ただ、公布後3年間は改憲原案の国会への提出、審議は凍結されるため、その間は「投票権18歳以上」に関連する法整備や「公務員の政治的行為の制限」の基準づくりなどを議論することになっている。 さらに、国民投票法採決の際の「与党強行」に民主党などが反発したことに加え、07年9月の安倍首相退陣で政界の改憲機運が急速にしぼんでしまったことから、審査会は実質的なスタートを切ることができないままになっている。(根本清樹 朝日新聞記者 / 2008年)
知恵蔵2015の解説

「憲法改正を具体的に進めていく場と位置づけられる」機関によって、安保法案が違憲とされたわけで、いかに真面目に検討してこなかったが明らかになったわけである。
稲田政調会長は、最高裁の専決事項というが、最高裁が判断するのは、法律ができて具体的にその法律に触れることが争われる場合であって、それを言うのは論理的ではない。
⇒2015年6月 6日 (土):明白な憲法違反を押し通す政権/日本の針路(173)

火消しに躍起の自民党であるが、世論の潮目も変わったのではないか。

 谷垣幹事長が登壇するとシュプレヒコールはさらに大きくなった。筆者は話を聞き取るために街宣車に一番近い場所まで移動した。
 「日本国憲法の守護者は最高裁なんです。最高裁は自衛隊は違憲ではないと言ってるんです」。
 党をあずかる谷垣幹事長は火消しに懸命だ。幹事長は砂川判決を引用し「集団的自衛権は違憲ではない」ことをアピールしようとした。
 砂川判決(1959年)は「集団的自衛権は違憲である」とする趣旨の東京地裁の判決を、田中耕太郎最高裁長官が米大使館から圧力をかけられてひっくり返し「合憲」としたのである。
 谷垣幹事長の「砂川判決」引用は、袋小路に入った自民党の姿を象徴していた。
Photo
在特扱い 戦争法制で自民に「帰れコール」

憲法学者が自分たちの言うことを聞かないといって不満をぶち上げる自民党幹部の姿は、まさに「ヤンキー(、「周囲を威嚇するような強そうな格好をして、仲間から一目おかれたい」という志向を持つ少年少女を指す俗語)=反知性主義」を体現している。

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2015年6月 8日 (月)

詐欺師の言葉づかいとしての「安倍語」/日本の針路(175)

安倍首相は詐欺師のレトリックを多用すると書いた。
⇒2015年5月24日 (日):詐欺師のレトリックを多用する安倍首相/日本の針路(164)
そもそも詐欺行為とはどういうものか?

私はM資金まがいの体験をして、詐欺というものについて調べたことがある。
刑法では、詐欺罪について次のように規定している。

(詐欺)
第二百四十六条  人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
 2  前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
(電子計算機使用詐欺)
第二百四十六条の二  前条に規定するもののほか、人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り、又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者は、十年以下の懲役に処する。

つまり、「人を欺いて」ということが詐欺の基本的な要件である。
この人と話していると、とても気持ちよくて楽しい、と思わせるこが、「人を欺いて」の前段階として重要である。
⇒2009年5月 4日 (月):詐欺の第一段階としての錯覚誘導

安倍首相の国会答弁を「安倍語」というらしい。
品格なきヤジについてはたびたび触れた。
⇒2015年2月20日 (金):低レベルで意図不明な安倍首相のヤジ/日本の針路(108)
⇒2015年2月21日 (土):反知性主義的なネトウヨ・安倍首相/日本の針路(109)
⇒2015年2月28日 (土):安倍首相のヤジは辞職に相当する/日本の針路(113)
この件について、毎日新聞に言語学者からのコメントが紹介されていた。

 2月の衆院予算委で、首相は西川公也前農相の献金問題を追及する民主党議員に「日教組もやっているよ!」と事実でないヤジを飛ばし、陳謝に追い込まれた。にもかかわらず、品のない発言を繰り返した。直後に「言葉が少し強かったとすればおわび申し上げたいと思います」と述べ、1日の特別委でもわびた。が、「少し強かったとすれば」という留保がひっかかる。
 「歴代首相の言語力を診断する」の著者で、立命館大の東照二教授(社会言語学)は「『言葉にパンチを利かせすぎたが、内容は誤っていない』と言っているよう。国民の理解を得たいと思っているか疑問です」と言う。
特集ワイド:続報真相 「安倍語」なぜ共感できないか

そして、「ごまかし話法」であると断じている。

 「今回は論理をすり替える『ごまかし話法』と呼ぶのがふさわしい」。成蹊大の高安健将(けんすけ)教授(比較政治)は評する。27日の大串博志議員(民主)とのやりとりが典型という。
 大串議員 「活動エリアが広がるから自衛隊のリスクが高まる、と考えるのが普通ではないか」
 安倍首相 「今まで自衛隊に死傷者が出ていなかったかのごとくの認識ですが、それは違いますよ」「新法にのっとって、自衛隊はしっかりと訓練を重ねていくことによってリスクを低減する」
 高安さんは「これまでの自衛隊の犠牲は、ほとんどが訓練中や災害時等の事故死であり、戦闘行為による死者はゼロ。全く質が違う両者をわざと混同させている。さらに危険な地域に近付くことによる戦闘のリスクの質問なのに、訓練で低減できるリスクを語っており、質問に正面から答えていない」。
特集ワイド:続報真相 「安倍語」なぜ共感できないか

「ごまかし話法」すなわち詐欺の話法である。
拘っているホルムズ海峡の機雷掃海についても、ごまかしであることが判明した。
⇒2015年6月 3日 (水):ホルムズ海峡機雷掃海に関する安倍虚言/日本の針路(171)

相手によって態度を変えるのもこの人の特徴だ。
⇒2015年5月31日 (日):安倍首相の論理と倫理の欠陥/日本の針路(170)
この問題については、次のように指摘されている。

 「与党側はこんなに静かに礼儀正しく聞いてるじゃないですか。みなさんも少しは見習ったらどうですか」▽「議論の妨害はやめていただきたい。学校で習いませんでしたか」▽「我々は国民の生命と幸せな暮らしを守る責任があるわけです。大きく変化する安全保障状況に目をそらすわけにはいかない。(民主党衆院議員の)長妻(昭)さんにそれはないかもしれませんが」(いずれも27日)
 政治的立場の違いを尊重しあうのは、自らの主張が誤っている可能性があるためで、議論の前提、ひいては民主主義の基本だろう。議院内閣制の先輩・英国議会に詳しい高安さんは「英国議会での議論が常に充実しているわけではありません。しかし、答弁する側は、野党議員も国民の代表であることに敬意を払い、厳しい質問にも誠実に答えるのが常識です。安倍さんの言葉からはそういう姿勢や品位が感じられません」と嘆いた。
特集ワイド:続報真相 「安倍語」なぜ共感できないか

そもそも私的懇談会の答申に基づいて憲法解釈までやろうとするところに無理があるのだ。
憲法学者ならずとも論理矛盾は見つけることができる。
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集団的自衛権、蛮行はひっくり返せる!全国地方の違憲訴訟で=三重県松坂市の山中市長が、違憲と国に提訴!

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2015年6月 7日 (日)

集団的自衛権を合憲とする憲法学者は?/日本の針路(174)

安保法案に対する憲法学者からの批判が徐々に国民を動かしつつある。
東京大学で行われた「立憲主義の危機」と題するシンポジウムでは、開始前に700人収容の会場から人があふれ、急きょインターネット中継を利用して300人収容の別会場が用意され、そこも満員で立ち見が出る盛況ぶりで、最終的に約1400人が詰めかけたという。
シンポジウムでは、自民党などが衆院憲法審査会への出席を、当初要請した憲法学者の佐藤幸治京都大名誉教授が講演した。

 基調講演で佐藤氏は、憲法の個別的な修正は否定しないとしつつ、「(憲法の)本体、根幹を安易に揺るがすことはしないという賢慮が大切。土台がどうなるかわからないところでは、政治も司法も立派な建物を建てられるはずはない」と強調。さらにイギリスやドイツ、米国でも憲法の根幹が変わったことはないとした上で「いつまで日本はそんなことをぐだぐだ言い続けるんですか」と強い調子で、日本国憲法の根幹にある立憲主義を脅かすような改憲の動きを批判した。
 戦後作られた日本国憲法はGHQ(連合国軍総司令部)の押し付けとも言われる。しかし、佐藤氏は「日本の政府・国民がなぜ、軍国主義にかくも簡単にからめとられたかを考えれば、自分たちの手で、日本国憲法に近いものを作っていたはずだ」と述べた。
憲法改正:「いつまでぐだぐだ言い続けるのか」 佐藤幸治・京大名誉教授が強く批判

菅官房長官は、4日の記者会見で、「全く違憲でないという著名な憲法学者もたくさんいる」と述べ、今後の法案審議への影響は限定的との見方を示した。
⇒2015年6月 5日 (金):憲法学者が安保法案にレッドカード/日本の針路(172)
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菅官房長官の集団的自衛権行使を「全く違憲でないと言う著名な憲法学者もたくさんいる」発言の笑撃!

「たくさんいる」という憲法学者の中で、佐藤氏には断られ、わざわざ長谷部氏にお願いをしたのか?
まあそれはともかく、安倍首相の設置した「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)」の中に憲法学者はいるのか?
憲法学者の肩書は、西修(国家基本問題研究所理事 駒澤大学名誉教授 憲法学者)だけのようである。
⇒2014年5月30日 (金):政府安保法制懇と国民安保法制懇/「同じ」と「違う」(75)

それでは他に誰がいるのか?
ググってみると以下のような記事があった。

 だが、いくら考えても調べても、思いつくのはせいぜい3名しかいない。それは、西修・駒澤大学名誉教授と、百地章・日本大学教授、そして八木秀次・麗澤大学教授だけだ。参考人として国会に呼ばれた憲法学者のひとりである小林節・慶應義塾大学名誉教授も、昨日の審議会後に「日本の憲法学者は何百人もいるが、(違憲ではないと言うのは)2、3人。(違憲とみるのが)学説上の常識であり、歴史的常識だ」(朝日新聞より)と語ったというが、きっと小林氏の頭のなかにもこの3名の顔が浮かんだはずだ。
 しかも、この3名は揃いも揃ってかなりのトンデモ発言を連発している面々なのである。
 まず、西氏と百地氏は、2013年に産経新聞が発表した憲法改正草案「国民の憲法」の起草委員でもあるのだが、この中身が凄まじい。「日本は立憲君主国と国柄を明記」にはじまり、「天皇は元首で国の永続性の象徴」「国の安全、独立を守る軍を保持」「家族の尊重規定を新設」「国民は国を守る義務を負う」などなど、自民党の改正草案以上の戦前回帰ぶりなのだ。この改正案からは西氏と百地氏のイデオロギーがありありとわかるが、実際、西氏は今年3月に開催された講演会でも「平和主義は日本だけのものではなく、非常事態に国民の権利を一部制限して対処することも当たり前になった」と発言。百地氏も「例えば国家そのものが存亡の危機にある場合、国益、国民全体の利益を守るためには、一時的に人権が制限される場合がありうる」(TBS『サンデーモーニング』/13年6月)と述べるなど、国家のために国民の人権も立憲主義も停止する悪名高い“緊急事態条項論”をもちだす始末。彼らの頭には“基本的人権”も“立憲主義”もない様子だ。
 さらに、八木氏については、既報の通り、「正論」(産経新聞社)14年5月号で天皇の護憲発言を取り上げ、「両陛下は安倍内閣や自民党の憲法に関する見解を誤解されている」「両陛下のご発言が、安倍内閣が進めようとしている憲法改正への懸念の表明のように国民に受け止められかねない」と、安倍首相の擁護のためなら天皇をも批判する、保守ならぬ“安倍主義者”というべき論を展開。また、拉致問題解決のための集会後のデモで「全ての朝鮮人を東京湾にたたき込め」というシュプレヒコールが上がったことについても、「外国勢力の関与も疑われる」(「正論」15年1月号)とヘイト丸出しの記述を行っている。
保守系学者までが違憲と…「安保法制が合憲」だという憲法学者は3人しかいなかった?

まったくトンデモな「著名な憲法学者」である。
仲間を集めて徒党を組む裸の王様だから、批判的な思考(クリティカル・シンキング)に欠如することになる。
⇒2013年10月17日 (木):安倍首相は裸の王様か?/アベノミクスの危うさ(16)
⇒2014年11月27日 (木):続・安倍首相は裸の王様か?/日本の針路(76)
⇒2015年5月26日 (火):次第に剥がされていく「裸の王様」の衣?/日本の針路(165)

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2015年6月 6日 (土)

明白な憲法違反を押し通す政権/日本の針路(173)

憲法審査会で3人の参考人が全員、安保法案が違憲であるという認識を示した。
⇒2015年6月 5日 (金):憲法学者が安保法案にレッドカード/日本の針路(172)
普通なら、政府・与党は真っ青になるところだろう。
援護射撃を期待していたところから、自分に向かって銃弾が飛んできたのである。
001_3
東京新聞6月6日

しかるに政府・与党は専門家の批判にもまったく耳を貸そうというように見えない。
自民党の佐藤国会対策委員長は、人選ミスを攻めるという本末転倒ぶりだ。

衆議院の特別委員会では、民主党の辻元清美議員が、安全保障関連法案の撤回を求めるなど、野党は批判を強めている。
憲法審査会で、自民党などが推薦した参考人が憲法違反としたことに、与党内から、「なんであんな人を選んだんだ。人選ミスだ」との声が出ている。
自民党の佐藤国対委員長は「同じ意志を持った参考人を選ぶことが基本。猛省を促させていただいた」と述べた。
自民党の佐藤国対委員長は、人選にあたった船田憲法改正推進本部長に厳重注意したことを明らかにした。
自民・佐藤国対委員長、船田憲法改正推進本部長に厳重注意

おいおい、厳重注意の対象が違うのではないかい。
また、稲田朋美・自民党政調会長は、憲法解釈は最高裁の専決事項だとして、憲法学者の意見は無視する態度である。

 集団的自衛権の一部の行使を認めるのは、憲法違反という憲法学者の意見が出たが、憲法違反ではない。憲法9条のもとで、できるだけのことをやったのが平和安全法制。9条の解釈のもとで国民の命と平和を守るためにできるだけのことをやる。これは政治家として当然の責務だ。憲法解釈の最高権威は最高裁。憲法学者でも内閣法制局でもない。最高裁のみが憲法解釈の最終的な判断ができると憲法に書いている。
「憲法解釈の最高権威は最高裁」 自民・稲田氏

違憲か合憲か意見が割れて収拾がつかない場合に最高裁が判断するのであって、安保法制は常識人が見れば明らかに憲法に抵触している。
菅官房長官も谷垣自民党幹事長も、強引に押し通せば何とかなるという態度がミエミエだ。
2
東京新聞6月6日

政府の裁量で自由気ままに憲法解釈を変えられるとする感覚が異常ではないか?
中谷防衛大臣は、次のように答弁した。

民主党・辻元清美衆院議員:「(憲法学者)3名が違憲と言ったことを受けて、法案は政府は撤回した方がいい」
中谷防衛大臣:「現在の憲法をいかにこの(安保)法案に適応させていけばいいのかという議論を踏まえて閣議決定を行った」
参考人揃って「憲法違反」 身内“墓穴”に野党攻勢

憲法を法案に合わせる?
何なんだろう、この人は。
当然、法案を憲法に合わせるべきだろうが、政権の憲法認識が表れたとみるべきだろう。
馬脚というか墓穴というか。

憲法審査会で、安全保障関連法案について「憲法違反」との見解を示した小林節・慶大名誉教授は、学生らが主催する国会前の抗議集会に参加した。

 集会には、学生ら数百人が参加。小林さんは雨の中、学生らに向かい、「憲法を無視する習慣がついてしまうと、民主国家ではなくて、独裁国家になってしまう。次の世代のために戦ってほしい」と訴えた
憲法審査会で安保法案「違憲」の小林氏、抗議集会に参加

徐々に反対の機運が醸成されつつある。
60年安保のような盛り上がりを見せれば、安倍退陣ということになる。
時間との勝負だろうか。

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2015年6月 5日 (金)

憲法学者が安保法案にレッドカード/日本の針路(172)

よほどひねくれた解釈をしない限り、安保法案は憲法に抵触する。
⇒2015年5月29日 (金):立憲主義の否定は一種のクーデター/日本の針路(168)
それを閣議決定して、強引に国会に上程したのだが、憲法学者から強硬意見が示された。

 この日の憲法審査会は本来、立憲主義や憲法制定過程を巡る議論について、各党推薦の専門家から意見を聴く参考人質疑だった。しかし、野党議員の質問をきっかけに議論は衆院特別委で審議中の安保法案をめぐる議論に集中していった。
 小林節・慶大名誉教授は、今の安保関連法案の本質について「国際法上の戦争に参加することになる以上は戦争法だ」と断じ、平和安全法制と名付けた安倍晋三首相や政府の姿勢を「平和だ、安全だ、レッテル貼りだ、失礼だと言う方が失礼だ」と痛烈に批判した。
 憲法や安全保障についての考え方が異なる3人の参考人だが、そろって問題視したのは、昨夏の閣議決定で認めた集団的自衛権の行使だった。集団的自衛権は「違憲」との見方を示し、憲法改正手続きを無視した形で推し進める安倍政権の手法を批判した。
 長谷部恭男・早大教授は、従来の政府解釈が個別的自衛権のみを認めてきた点を踏まえて「(閣議決定は)どこまで武力行使が許されるのかも不明確で、立憲主義にもとる」と批判した。
 笹田栄司・早大教授は、内閣の判断で憲法解釈を変えることについて、戦前のドイツでナチスの台頭を許した「ワイマール(体制)のことを思う」と言及。専門の違憲審査の問題を踏まえて、憲法解釈については「少しクールに考える場所が必要」などと指摘した。
 教授らは、新たな安保関連法案が、「戦闘現場」以外なら米軍などへの後方支援を拡充する点についても問題点を指摘した。
Ws000000
憲法学者から思わぬレッドカード 安保法案審議に影響か

当たり前だ。
数を頼りに「勝てば官軍」とばかりに、理屈も人間的な情もないようなやり方が通用してはならない。
原田伊織『明治維新という過ち―日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』毎日ワンズ(2015年1月)では、諸悪の根源は長州だということのようだが、それは保留しておく。

長谷部教授は、自民、公明両党の与党と次世代の党が推薦した人である。
しかし、集団的自衛権の行使を認めた昨年7月の憲法解釈変更に基づく安保法案について「従来の政府見解の論理の枠内では説明できず、法的安定性を揺るがす」と批判した。
与党が推薦する参考人が、政府提出法案に異論を唱えるのはもちろん、違憲と明言するのだから、いかに異常かが分かる。
笹田教授は維新の党推薦であるが、これまでの安保法制が合憲性を保つ限界だったとして「今回は踏み越えてしまい、やはり違憲だという考えだ」と述べた。
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「安保法案9条違反」憲法審参考人が見解 「違憲立法」論戦焦点

しかし菅官房長官は次のようにコメントした。

 菅義偉官房長官は4日の会見で、同日開かれた衆院憲法審査会の参考人質疑で、3人の参考人全員が審議中の安全保障関連法案について「憲法違反」としたことに関し、「法的安定性や論理的整合性は確保されている。全く違憲との指摘はあたらない」と述べた。
 菅氏は、昨年7月に閣議決定した安保関連法案の基本方針に触れ「憲法前文、憲法第13条の趣旨をふまえれば、自国の平和を維持し、その存立を全うするために必要な自衛措置を禁じられていない」と指摘。「そのための必要最小限の武力の行使は許容されるという、以前の政府見解の基本的な論理の枠内で合理的に導き出すことができる」と話した。
 自民党などが参考人として推薦した早稲田大の長谷部恭男教授が憲法違反だと指摘した点に関しては「全く違憲でないという著名な憲法学者もたくさんいる」と述べ、今後の法案審議への影響は限定的との見方を示した。
違憲指摘「全く当たらない」 菅氏、衆院憲法審査会参考人質疑に反論

おそるべき傲慢さではなかろうか。
憲法13条の条文を示そう。
Ws000001
憲法13条

「個人の尊重」の条文を引き合いに出して、戦争法案を推進するという無神経。
こんな政権をやりたい放題にさせてはならない。

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2015年6月 4日 (木)

エルデシュとモンティ・ホール問題と『博士の愛した数式』/知的生産の方法(122)

モンティ・ホール問題には多くの逸話がある。
その1つに、「放浪の天才数学者」と言われたエルデシュに関するものがある。

エルデシュについては、Wikipediaに次のように解説されている。

Erdos_budapest_fall_1992_cropped_2ポール・エルデシュ
1913年3月26日 - 1996年9月20日)はハンガリーのブダペスト出身の数学者。生涯に約1500篇もの論文(多くは共著)を発表しており、これ以上に多数の論文を発表した数学者は18世紀最高の数学者と呼ばれているレオンハルト・オイラーのみである。プリンストン大学、ノートルダム大学などで教職に就いた。
数論、組合せ論、グラフ理論をはじめ、集合論、確率論、級数論など幅広い分野で膨大な結果を残した。グラフ理論・数論などにおける確率論的方法、組合せ論の種々のテクニックは著しく、特にセルバーグと共に素数定理の初等的な証明を発見したことは有名である。彼の数学は、次々に問題を考えてはそれを解くという独特のスタイルであったが、彼が発する散発的な問題が実際には理論的に重要なものであったり、あるいは新しい理論の発展に非常に重要な貢献をした例も少なくない。

天才数学者であるが相当に奇人でもあった。
次の伝記が和訳されている。

『放浪の天才数学者エルデシュ』草思社文庫(2011年10月)

Photo_2出版社からのコメント
『博士の愛した数式』のエキセントリックな博士のモデルにもなったエルデシュの評伝。 数学に没頭するあまりに日常生活に必要なことがほとんど出来なかったほどの奇人で生涯に渡ってお湯を沸かしたことがおそらく一度もないだろうと言われています。
内容(「BOOK」データベースより)
鞄一つで世界中を放浪しながら1日19時間、数学の問題に没頭した天才数学者エルデシュ。83歳で死ぬまでに発表した論文は1500、有史以来どんな数学者よりもたくさんの問題を解き、しかもどれもが重要なものであったという。アインシュタインを感服させ、奇才ゲーデルを励ました数学界の伝説的人物エルデシュは、子供とコーヒーと、何よりも数学を愛した。やさしさと機知に富んだ天才のたぐいまれな生涯をたどる。

なんと『博士の愛した数式』の博士のモデルというではないか。
⇒2014年2月 4日 (火):小川洋子『博士の愛した数式』/私撰アンソロジー(31)
このような天才がモンティ・ホール問題に手こずったらしい。
次ような挿話が残されている。

答えに納得行かなかったエルデシュは数学仲間に相談。話し合うが納得行かない。
そこで大嫌いなコンピューターで数百回に及ぶシュミレーションを実行。
2:1でドアを変えた方がいいという結果を見たがまだ理由が分からなかった。
「この問題のポイントは、司会者が必ずはずれのドアを開けることだ」という説明でようやく納得。
http://plaza.rakuten.co.jp/kubire/diary/200508230000/

これを読んで、少しホッとした。
このような大数学者でも勘違いをするのだから、われわれ凡人が間違えるのも当然といえば当然である。

モンティ・ホール問題に関しては、「極論を考えてみる」という方法が有効なようである。
例えばドアの数を10000で考えてみよう。
最初の各ドアの当たる確率は1/10000である。
プレイヤーが1枚のドアを選び、司会者は別の9999枚からハズレのドアを9998枚開く。

開いていないドアが2枚残る。
最初に選んだままにするか、変えるか、と問われればどうだろう。
まず、ドアを変えるという選択をするに違いない。
問題の性格は同じことであるが、3枚のドアの場合は錯覚に陥るわけである。

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2015年6月 3日 (水)

ホルムズ海峡機雷掃海に関する安倍虚言/日本の針路(171)

またしても欺されるところであった。
集団的自衛権行使の事例として、安倍首相が拘りを見せるホルムズ海峡の機雷掃海に関してである。
ホルムズ海峡は、中東石油を運ぶタンカーの通路である。
Photo
イラン制裁強化した英国の真意とは

この図を見れば、ホルムズ海峡が機雷で封鎖されてタンカーが通れなくなると、石油途絶(油断)といった事態になるのではないかと思う。
1年前の議論であるが、以下のような批判がある。

さらに私が許すことができないのは、ホルムズ海峡機雷封鎖で原油輸入が途絶し、我が国の存立が根底から脅かされるという安倍首相のデマゴギーです。
軍事の専門家は、イランがホルムズ海峡を機雷封鎖することはあり得ないであろうと指摘していますが、そのことは脇に置いて、もし機雷封鎖したら日本へ輸入される石油が途絶するでしょうか。
6月2日に開かれた衆議院安全保障委員会外務委員会連合審査会で、共産党赤嶺議員がこの点を取り上げました。政府答弁によると、2011年当時の日本の石油備蓄は国家備蓄と民間備蓄を併せると、なんと、168日分(5ヶ月分以上)あるというのです。2014年3月末現在では193日分の備蓄があると報道されています(6月19日付しんぶん赤旗)。石油備蓄法による備蓄です。2011年はイラン大統領が、イスラエルが空爆すればホルムズ海峡を機雷封鎖すると発言した年です。赤嶺議員はさらに、ホルムズ海峡を迂回するパイプラインが設置されていることも指摘しました。アラブ首長国連邦のホルムズ海峡の外に向けたルートと、サウジアラビアの紅海へ至るルートです。
安倍首相がこのことを知らないはずはありません。このことを知らずに機雷掃海の必要性を主張しているなら、それこそ首相失格でしょう。ホルムズ海峡が機雷封鎖されても、我が国には石油備蓄が半年分ある、ホルムズ海峡を通らなくても、石油は輸入できる、だから心配をする必要はない、と国民に説明するのがまともな政治家です。
ところが安倍首相は根拠のない不安を故意に煽りながら、自分がこだわる機雷掃海をすべきことを国民に納得させようとデマゴギーを振りまいているのです。
根拠なき危機を煽るデマゴーグ政治家安倍首相の退陣を求めよう

上記の指摘のうち、「ホルムズ海峡を迂回するパイプライン」については知らなかった。
ググってみると、今年の2月に以下のようなニュースがあった。

Uaeハブシャン-フジャイラ石油パイプラインは、最大で日量180万バレルの原油を輸送可能な(UAEの原油生産量は日量約250万バレル)ほか、原油積み出し港のフジャイラには、100万バレルを保管できるタンク8か所、多目的輸送ターミナル9か所、沖合原油積込み設備3か所が備えられている。
アルクバイシ常務は、「アブダビ首長国は、このパイプラインが完成したことによって、原油輸出に要する時間、手間、費用を大幅に圧縮できるとともに、(世界の海上輸送原油の4割が通過する)ホルムズ海峡を迂回して直接オマーン湾に原油を輸送することが可能となった。ハブシャン-フジャイラ石油パイプラインプロジェクトは、この種のプロジェクトとしては、アブダビ首長国がこれまで手掛けた事業の中で最も重要なものだ。」と指摘した。
|UAE|ホルムズ海峡を迂回するハブシャン-フジャイラ石油パイプラインが開通

安倍首相も知らないわけがない。
知っていて未だに堂々と集団的自衛権の必要性の事例に拘るのだろうか?
柳沢協二氏は、安倍首相が一番理解し易かったのではないか、としている。
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東京新聞6月2日

やはり虚言と言うよりも、サイコパスと考えた方が良さそうである。

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2015年6月 2日 (火)

安倍晋三=サイコパス論/人間の理解(13)

安倍首相のオリンピック招致の際のスピーチに驚いた人も多かったのではないか。
福島原発事故の影響について、「汚染水による影響は福島第1原発の港湾内の0・3平方キロメートルの範囲内で完全にブロックされています」 と言ってのけた。
汚染水が港湾に流出し、湾内と外洋の間で水の出入りがあることが分かっていたにも拘わらず、こういうスピーチができるのは、異常である。
⇒2015年1月 5日 (月):福島原発事故による海洋汚染/原発事故の真相(124)
⇒2015年2月26日 (木):汚染水はコントロールされていない/原発事故の真相(128)

不審に思っていたが、サイコパスという言葉がキーだという。
サイコパスとは何か?
あるサイトでは次のように事例を挙げている。
Ws000000
http://www.psy-nd.info/

Wikipedia-精神病質では、次のように記述されている。

精神病質(せいしんびょうしつ、英: psychopathyサイコパシー)とは、反社会的人格の一種を意味する心理学用語であり、主に異常心理学や生物学的精神医学などの分野で使われている。その精神病質者をサイコパス(英: psychopath)と呼ぶ。

確かに符合することが多い。

途上国に行く度に、まるで御大尽気分で税金をばらまいているあの安倍ってサイコパスでしょ?もう誰か何とかしませんか?総理大臣になって数か月で50数兆ばら撒いたんですよ?国家予算の半分人にやって何してる訳?
国民を苦しめて企業を潤わせるのが安倍政治の正体、国民以外の全部を潤してる、敵国もね。
もうね、皆さん、サイコパスの実例ですよ 安倍政権って。

安倍首相は5月14日の記者会見で、次の3点をあげた。
・アルジェリア、シリア、チュニジアで日本人がテロの対象となった。
・北朝鮮が数百発の弾道ミサイルと核兵器を開発している。
・自衛隊機の緊急発進(スクランブル)の回数が10年前と比べて実に7倍になっている。
そして、「これが現実です。私たちはこの厳しい現実から目をそむけることはできません」と言った。

しかし次のような指摘がある。

「自衛隊機の緊急発進(スクランブル)の回数が10年前と比べて7倍」というのは完全なまやかしだ。たしかに、2014年のスクランブル回数は943回で2004年の141回の7倍弱。しかし、それはもっとも少ない年と比較しているだけで、1980年から1990年代はじめまでは常に毎年600回から900回のスクランブルがあった。その後、2000年代に100回から300回に減少していたのが、2013年に突如、急増。24年ぶりに800 回台をマークしたのだ。これはむしろ、安倍政権になって無理矢理スクランブルを増やしただけだろう。実際、2014年も増えているのはスクランブルだけで、領空侵犯されたケースはゼロである。
自衛隊機の緊急発進急増も嘘…まるで“サイコパス”安倍首相の安保法制会見の詐術を検証

私は詐欺師のレトリックを多用していると言ったことがある。
⇒2015年5月24日 (日):詐欺師のレトリックを多用する安倍首相/日本の針路(164)
そうだったのだ。
サイコパスと考えれば、不審な点も理解できる。
とすれば、この政権の暴走を止めることが喫緊の課題である。

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2015年6月 1日 (月)

垣根涼介『光秀の定理』/私撰アンソロジー(38)

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モンティ・ホール問題(Monty Hall problem)というものがある。
確率や心理に関係する問題で、アメリカのゲームショー番組、「Let's make a deal」の中で行われたゲームに由来する。
正しい答えを推論する人も多いが、一種の心理トリックになっているせいで、誤った答えを直感的に推論してしまう人も多いと言われる。

問題は以下のようなものである。

Wikiプレイヤー(回答者)の前に閉じられた3つのドアが用意され、そのうちの1つの後ろには景品が置かれ、2つの後ろには、外れを意味するヤギがいる。プレイヤーは景品のドアを当てると景品をもらえる。最初に、プレイヤーは1つのドアを選択するがドアは開けない。次に、当たり外れを事前に知っているモンティ(司会者)が残りのドアのうち1つの外れのドアをプレイヤーに教える(ドアを開け、外れを見せる)。ここでプレイヤーは、ドアの選択を、残っている開けられていないドアに変更しても良いとモンティから告げられる。プレイヤーはドアの選択を変更すべきだろうか?
モンティ・ホール問題-Wikipedia

『光秀の定理』角川書店(2013年8月)の掲出部分は、モンティ・ホール問題と同型である。
正解は、 「プレイヤーが選択した扉、モンティが開けた扉、残りの扉のそれぞれの当たりの確率は、1/3, 0, 2/3 である。したがって選択を変更するのが得である。」

しかし、直感的には扉を開けても確率は変わらないように思える。
事実、1990年9月9日発行、ニュース雑誌Paradeで正解を正解を紹介したところ、読者から「その解答は間違っている」との約1万通の投書が殺到したという。
中には高名な数学者も含まれていたという。

ジョージ・メイソン大学 ロバート・サッチス博士
「プロの数学者として、一般大衆の数学的知識の低さに憂慮する。自らの間違いを認める事で現状が改善されます」
フロリダ大学 スコット・スミス博士
「君は明らかなヘマをした(中略)世界最高の知能指数保有者自らが数学的無知をこれ以上世間に広める愚行を直ちに止め、恥を知るように!」
モンティ・ホール問題-Wikipedia

  • 私もなかなか納得ができなかった。
    データが得られたことによって確率が変化するのであるが、一般にベイズの定理と呼ばれている。
    『光秀の定理』の光秀は、本能寺の変を起こすことになる明智光秀のことであるが、数学の理論をうまく歴史小説の取り入れている。

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