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2015年4月22日 (水)

教科書デジタル化の功罪/知的生産の方法(119)

文部科学省が小中高校で使う教科書をデジタル化する方向で本格的な検討に入るという。
文字や図だけだった教科書が、音声や動画などにも広がる可能性があり、ちょっと考えると時代の方向性とも合致しているように思える。
しかし、デジタルは本質的に近似値であり、「何か」を捨象したものであるから、失われるモノがあることに留意する必要がある。

Ws000001 現行制度は全ての教科書が紙の本であることが前提で、導入には学校教育法など関連法の改正が必要だ。教科書は作り始めてから使い始めるまで最低3年はかかるうえ、デジタル版の開発には紙よりも多くの時間が必要となる。導入は、早くても新学習指導要領がスタートする20年度よりも後になりそうだ。全教科書を一斉に移行するのではなく、段階的に導入する方向で議論するとみられる。
 タブレット端末やパソコンの画面で見るデジタル教材は、算数で立体を切って断面図を確認できたり、音楽や英語で音声を聴けたり、体験型の学習がしやすい。クラス全員の解答を電子黒板に同時に表示することや、自宅であらかじめ録画された説明を見て授業では議論を中心にする「反転授業」もやりやすくなる。
 現在もデジタル教材を使っている学校はあるが、国の無償配布の対象とならず検定もない「補助教材」の扱い。教科書が丸々一冊デジタル化されれば、授業の全てをタブレットやパソコンで行うことも可能になる。
デジタル教科書、検討へ 来年度中に結論 文科省

確かに、タブレット端末などの使用は教育の方法的的自由度を高めるであろう。
しかし、小学生のうちから紙の教科書ではなく、タブレット端末などで学習するのはどうだろうか?
高校生くらいになると、スマートフォンを持つのが当たり前になり、大学生では授業中に何らかの形でスマホに接している学生が非常に多いらしい。
先日も、信州大学の入学式の山沢清人学長の式辞が話題になった。

  「信州でもものやサービスがあふれ始めました。その代表例が携帯電話です。スマホ依存症は知性、個性、独創性にとって毒以外の何物でもありません。スマホを切って本を読みましょう、友達と話をしましょう、自分で考えることを習慣づけましょう」と学長は熱心に呼びかけたのだ。
スマホやめますか、大学やめますか?入学式で信州大学長「依存症は毒」

渋谷で学生たちにたずねたところ、 大学をやめます派は10人、スマホやめます派は20人だったということである。   
司会の小倉智昭氏は、「お願いですから、100%スマホをやめてもらいたい。学長の話は当然だと思いますよ。学生に本をもっと読んでもらいたい」と語っていたが、当然であろう。
碩学の話は、いかに訥々としていようとも、デジタル機器から得られない含蓄がある。
そこから汲み取る力こそが、学ぶべきことであって、学校に行って勉強するのは単に知識を得ることではない。

「クーリエ・ジャポン」という雑誌の2015年5月号が『「頭がいい人」の条件が変わった。』という特集を組んでいる。
人工知能が急速に実用範囲を広げつつある現在、求められるのは「考え方」だということである。
Ws000000

ある意味では永遠の課題とも言えるが、2045年が技術的特異点といわれている。
技術的特異点とは、「人工知能の能力が人類の能力を超える時点」である。
⇒2014年4月27日 (日):電王戦の結果と2045年問題/知的生産の方法(93)

未来予測というのは当てにならないものであろうが、人工知能の急速な発展の様子を見ると、技術的特異点を視野に入れなければならない時代になったのを実感する。
2045年は30年後であるが、30年という時間が短いものだということは、私たちくらいの年齢になると誰しも実感するところだろう。

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