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2015年4月23日 (木)

川内原発に関する鹿児島地裁の判断/日本の針路(140)

九州電力川内原発1、2号機(鹿児島県薩摩川内市)の再稼働差し止めを九州の住民らが求めた仮処分の申し立てに対し、鹿児島地裁(前田郁勝裁判長)が、申し立てを却下する決定を出した。
先般、福井地裁が高浜原発3、4号機の再稼働差し止めを命じる仮処分決定を出したが、判断が分かれた結果となった。
各裁判官は独立であり、判断が分かれること自体は驚くことではない。
しかし、鹿児島地裁の判断は妥当といえるのだろうか?

 川内原発は2014年9月、原子力規制委員会の新規制基準の適合性審査に全国で初めて合格。1号機の再稼働に向け、規制委が使用前検査を実施している。
 主な争点は▽耐震設計の基準となる基準地震動(想定する地震の最大の揺れ)や新規制基準の適否▽火砕流を伴う巨大噴火の可能性▽周辺自治体が策定した避難計画の実効性。前田裁判長は規制委の新規制基準について「最新の調査・研究を踏まえており、内容に不合理な点は認められない」とした。
川内原発:再稼働差し止め認めず…鹿児島地裁決定

国の再稼働推進政策の追い風であるだろうが、全国で多数の原発をめぐる訴訟が起きている。
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東京新聞4月23日

問題になっているのは、規制基準の用いる基準地震動(想定される最大の揺れの強さ)の妥当性のようである。
福井地裁では、新規制基準を「緩やかすぎる」と否定したが、鹿児島地裁は、合理性を認めた上で、基準地震動の適切さと、「耐震安全上の余裕はある」とする九電側の主張を受け入れた。
しかし、基準地震動が妥当か否かなど、大規模地震のように稀にしか起きない事象について論議しても、生産的ではないような気がする。

しかし、より重要な論点は、平常時の運転である。
運転をすれば、核燃料廃棄物が発生する。
その処理のメドがまだ立っていないのだ。
⇒2012年9月 4日 (火):核廃棄物をどうするか?/花づな列島復興のためのメモ(137)
ガラス固化体にして地下に埋めるというが、その候補地になることさえ忌避されるだろう。
そんな状態で、再稼働を目論むのは、目先のカネに心を奪われているとしか言いようがないではないか。

経産相は、原発の発電コストを安く見積もるために、事故発生確率を1/2にするという。
安全対策が進んだためだという。
現実に事故が発生したことを考慮すれば、事故発生前よりさらに確率を大きくすべきであるのにも拘わらず、である。

ベイズの定理の説明として、大栗博司『数学の言葉で世界を見たら』幻冬舎(2015年3月)の第1話に「6 原発大事故が再び起こる確率」として載っている。
数字はともかく、福島原発事故事故が実際に発生した後でも、「安全基準の是非は、専門家と政治判断に委ねる」というのは妥当性を欠く。

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