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2015年4月 3日 (金)

歴史の歪曲を恐れ、密約を認めた吉野文六/追悼(66)

沖縄返還交渉をめぐる日米間の「密約」の存在を認めた元外務省アメリカ局長の吉野文六さんが3月29日亡くなった。

 1941年に外務省に入省。アメリカ局長として沖縄返還の日米交渉を担当していた72年、米側が負担すべき米軍用地の原状回復補償費を日本側が肩代わりする密約があったとする機密電文の存在が国会で問題化した。その後、電文の写しを持ち出した女性事務官と、持ち出しを依頼した毎日新聞記者だった西山太吉さんが国家公務員法容疑で逮捕された。
 2000年に密約の存在を裏付ける米公文書が明らかになったが、外務省は一貫して密約を否定。しかし吉野氏は06年、朝日新聞などの取材に対し密約の存在を認めた。09年には密約文書をめぐる情報公開訴訟で証人として法廷に立った。
 13年には国会審議中だった特定秘密保護法案について朝日新聞記者の取材に応じ、「秘密が拡大すれば、国民の不利益になる」と話していた。
元外務省局長の吉野文六さん死去 沖縄密約の存在認める

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東京新聞4月1日

毎日新聞の西山氏は、有罪判決を受けた。
安倍政権の下で特定秘密保護法が施行され、ますます国民は重大な情報から隔離されることになった。
⇒2014年7月 8日 (火):沖縄密約裁判と秘密保護法/日本の針路(6)
⇒2014年7月22日 (火):沖縄密約裁判、特定秘密保護法、解釈改憲、アベノミクス/日本の針路(11)

西山氏のように、権力の意向に反すると、どんなことになるのか?
1956年に公開された今井正監督、橋本忍脚本の映画「真昼の暗黒」が示している。
⇒2012年2月22日 (水):小沢強制起訴裁判で墓穴を掘るのは誰か?
⇒2012年4月26日 (木):小沢裁判の影響/花づな列島復興のためのメモ(56)

吉野氏が1972年の裁判当時、はっきり密約の存在を認めていれば、西山氏に対する判決はどうなっていただろうか?
歴史にイフはないにしても、そんなことを考えたくなる。
まあ、エリート国家公務員の限界ではあろうが、最後の良心を示した人である。

北海道新聞のコラムを引用する。

評論家の小林秀雄は、親友の詩人中原中也の人となりをつづっている。<世間を渡るとは一種の自己隠蔽(いんぺい)術にほかならない。彼には自分の秘密なものを人々に分かちたい要求が強かった>と。96歳で亡くなった元外務省アメリカ局長の吉野文六さんも、中也のような心境だったのか▼沖縄返還の際、米国が支払う経費を日本が肩代わりした「密約問題」。西山事件として記憶されている方も多いだろう。交渉当事者として30年以上も否定してきたその存在を9年前にいきなり認めたときは驚いた。「外務省で育った人間が持つ隠せという習性に従った」と述べていたのに▼密約を裏付ける文書は既に米国で公開されている。そこにある「BY」が自分のイニシャルと分かり、否認する意味がなくなったという▼外務省に入りたてのころ、ドイツでナチスの実態をつぶさに見てきた。国民に正確に戦況を伝えないヒトラー、保身に走る日本大使館の上司…▼作家の佐藤優さんは近著「私が最も尊敬する外交官」で吉野さんの行動をこうみる。<ナチス崩壊から学んだ「国民に嘘(うそ)をつく国家は滅びる」法則を、密約の証言によって後輩に伝えようとしているように思えた>▼沖縄密約のような文書は今後、特定秘密保護法でお蔵入りする可能性がある。行きすぎた情報管理の果てに何が待っているのか。吉野さんは身をもって教えてくれたのかもしれない。
北海道新聞:卓上四季4月1日

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