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2015年2月 8日 (日)

石油資源と石油文明の限界/技術論と文明論(18)

石油は現代文明そのものである。
石油の使用は、1858年にドレイクがペンシルバニアで油井の採掘に成功した時に始まる。
以後その使用量は指数関数的に増大してきた。
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1859年から2050年までの世界の石油生産ポスター

直近の人類の発展は、石油の消費によって支えられてきたのが良く分かる。
しかし、産出国は偏在しており、地政学的リスクの主要要因になっている。
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原油の生産トップ10と日本の輸入先

わが国はまぎれもない石油消費大国である。
しかし宿命的に資源に恵まれずに、そのほぼ全量を輸入に頼らざるを得ない。
しかもその9割近くが中東地域からである。
Photo
原油輸入先

安倍首相は、原油の確保のためにということを集団的自衛権の必要性の根拠の1つとしている。
今では1973年のオイルショックの記憶のある人は少数派である。
私は、転職直後のことだったが、それまで従事していた石油化学の仕事がきわめて不安定性な基盤の上にあることを知ったが故の転職であり、来るべきものが来たという記憶がある。
⇒2009年4月 4日 (土):同級生の死/追悼(6)
⇒2009年9月 4日 (金):自由民主党・自壊の構造
⇒2014年9月20日 (土):藤原肇『石油危機と日本の運命』/私撰アンソロジー(33)

しかし原油の埋蔵量は有限である。
いくら探索・採鉱技術が進歩したとしても、程度の問題である。
地下資源文明から地上資源文明に転換していくべきなことは、自明の理ではなかろうか。

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