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2014年12月 2日 (火)

義ある者との連帯・菅原文太/追悼(62)

俳優の菅原文太さんが11月28日亡くなった。
転移性肝がんによる肝不全のためで、81歳だった。
高倉健さんの後を追うかのようだと感じた人も多いに違いない。
⇒2014年11月19日 (水):寡黙に耐える男・高倉健/追悼(60)

いよいよ昭和という時代も遠ざかりつつあるということだろう。
映画「仁義なき戦い」「トラック野郎」シリーズなどの、昭和の映画界が最後の輝きを放った時代だった。

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 仙台市生まれ。早稲田大中退後、雑誌モデルとして活躍中の1956年「哀愁の街に霧が降る」で映画初出演した。所属した新東宝が売り出すが、61年に同社は倒産。松竹に転じたがそこでも芽が出ず、東映に移籍した。任(にん)きょう路線全盛の東映では二線級のスターだったが、71年「懲役太郎 まむしの兄弟」(中島貞夫監督)がヒットして頭角を現し、73年「仁義なき戦い」(深作欣二監督)でトップスターに躍り出た。暴力団の抗争をリアルに描いた実録路線のさきがけでシリーズ5作は大ヒットした。一方、75年の「トラック野郎 御意見無用」では、乱暴だが情に厚いトラック運転手をコミカルに演じ、これも人気シリーズに育った。
 また、77年「ボクサー」(寺山修司監督)▽78年「ダイナマイトどんどん」(岡本喜八監督)▽79年「太陽を盗んだ男」(長谷川和彦監督)など異色作にも挑戦。「トラック野郎」シリーズが79年で終了してからは渋い脇役として存在感を示した。2001年「千と千尋の神隠し」の釜爺役で声優として出演。12年、俳優引退を表明していた。
訃報:菅原文太さん81歳=俳優、「仁義なき戦い」

広島弁が極道と上手くマッチした「仁義なき戦い」は日本映画史に残る作品である。
脚本・笠原和夫、監督深作欣二は、やはり得難い名コンビだろう。

呉市の美能組の元組長・美能幸三の手記を元に、飯干晃一が書いたものが原作である。
映画化の経緯については諸説あるようであるが、菅原さん本人は「京都へ撮影で行くとき、自分が週刊誌の表紙に初めてなった『週刊サンケイ』(1972年5月26日号)を東京駅の売店で喜んで買ったら、それに『仁義なき戦い』の連載第1回が載っていて、東映の岡田社長に「これをやらせてくれと頼み込んだ」と語っていて信憑性が高そうである。
「仁義なき戦い」が先導した実録路線への転換は、俊藤浩滋プロデューサー(富司純子の父)が推し進めてきた任侠映画の否定であり、以後俊藤氏と岡田氏は疎遠になったという。

私生活では1998年岐阜県清見村(現高山市)に移住し、2007年に膀胱がん発症で一時帰京したが、2009年に山梨県北杜市で農業生産法人を設立し、耕作放棄地でライ麦などの有機農業に取り組んだ。
東日本大震災の後は、福島原発事故を受けて「命よりカネ優先だ」と憤って脱原発を表明した。
2012年に、消費社会を見つめ直す運動体「いのちの党」の発起人となった。

三島市の市民団体による環境保全活動にも積極的に支援した。
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東京新聞12月2日

安倍政権に対しては、特定秘密保護法や集団的自衛権行使容認について「先の戦争の片りんが影絵のように透けて見える」と強く反対してきた。
先の沖縄知事選では、翁長氏の応援演説に立っていた。

妻の菅原文子さんのコメントが心に沁みる。

七年前に膀胱がんを発症して以来、以前の人生とは違う学びの時間を持ち「朝に道を開かば、夕に死すとも可なり」の心境で日々を過ごしてきたと察しております。
「落花は枝に還らず」と申しますが、小さな種を蒔いて去りました。一つは、先進諸国に比べて格段に生産量の少ない無農薬有機農業を広めること。もう一粒の種は、日本が再び戦争をしないという願いが立ち枯れ、荒野に戻ってしまわないよう、共に声を上げることでした。すでに祖霊の一人となった今も、生者とともにあって、これらを願い続けているだろうと思います。
恩義ある方々に、何の別れも告げずに旅立ちましたことを、ここにお詫び申し上げます。
菅原文太さん死去、81歳 映画「仁義なき戦い」【妻文子さんのコメント全文】

総選挙は菅原さんにとって不本意な結果に終わるかも知れないが、いつまでも理不尽な政治が続くことはないだろう。
合掌。

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