特定秘密保護法と適時・的確な情報開示/日本の針路(84)
特定秘密保護法のような重要な法律が、十分な国会の審議を経ないで施行されてしまった。
情報には、常に機密の保持と適切な開示という問題がある。
両者は、基本的にはトレードオフであろう。
両立のためにはきめ細かい配慮が必要であるが、そのプロセスが欠けるという乱暴なやり方である。
機密の保持は重要である。
安全保障の分野に限らず、たとえば株式市場において、公開企業の情報開示について、厳しいレギュレーションがあることはよく知られている。
重要事項の適時開示である。
これに抵触したいわゆるインサイダーは厳しく罰せられる。
株式市場のばあいには、該当する情報が規定されている。
しかし、特定秘密保護法の場合には、その辺りが曖昧なままである。
原案には四分野ごとに項目も記され、「防衛」の最初の項目は「自衛隊の運用、これに関する見積もり、計画、研究」。このような抽象的な表現が多く、幅広い情報を「特定秘密」に指定できる余地を残す。「国の安全保障に著しい支障を与える恐れ」という条件も、「国の安全保障」にはさまざまな定義があり、広範囲な解釈が可能だ。
さらに問題なのは、どの情報を特定秘密とするかは、大臣などの「行政機関の長」の判断に委ねられることだ。政府のさじ加減で、厳罰の対象になる情報が決まる。
例えば、原発は、事故が起これば「国の安全保障」を揺るがす事態をもたらし、テロ組織に狙われる可能性も否定できない。それを口実に、原発に関する情報が「特定秘密」に指定されないとも限らない。外交でも、環太平洋連携協定(TPP)など、国民生活に影響が大きい情報が指定される可能性がある。
特定秘密 際限なく広がる恐れ
今朝の東京新聞のコラム「筆洗」が卓抜な例で説明している。
「日本永代蔵」などの井原西鵬。エッと目が留まった方は注意深い方である。「西鵬」? 相撲取りでもあるまいに、うかつなコラム書きが間違えているぞと騒ぐのは早い。実際に西鶴は「西鵬」と改名した時期がある▼一六八八(貞享五)年正月のお触れのせいである。綱吉公の「鶴字法度」。綱吉の実子は当時、鶴姫しかいない。その身を案じた綱吉は「鶴」の字の使用を固く禁じることにした▼身分の高い人の名の使用をタブーとした「避諱(ひき)」の一種だが、長寿につながる縁起のいい鶴の字を既に使っていた人やその屋号の商家は改名を迫られ、大変な迷惑であっただろう▼天下の悪法には違いない。それでもお触れの内容に解釈の余地はない。鶴の字さえ使わねば、お咎(とが)めを食らうことはないのである▼特定秘密保護法が施行となった。「鶴字法度」と違って、あいまいさと拡大解釈の可能性の「山」である。秘密指定の対象が示されたが、世間の不安が消えるはずもない。政府の裁量で秘密の範囲は限りなく広がる。「鶴」といいましたが、「鶴亀」なので「亀」も、鶴の色の「白」も、いっそのこと、同じ鳥の「鶯(うぐいす)」も「鷺(さぎ)」も。違反すれば厳罰が待つ▼政府は安全保障、テロ対策での効果を謳(うた)い、首相は報道抑圧があれば辞任と見得(みえ)を切るが「その身に染まりてはいかなる悪事も見えぬものなり」(日本永代蔵)か。
もちろん、国防の上で広く開示すべきでない情報はあるだろう。
要は 国民の「知る権利」との兼ね合いである。
国民主権といっても、政府が恣意的な判断をしていれば、国民も的確な判断ができない。
アメリカで、米中央情報局(CIA)が2001年の同時多発テロ以降、ブッシュ前政権下でテロ容疑者らに過酷な尋問を行っていた問題についての報告書を公表した。
報告書は拷問が横行していたことを指摘し、その実態を明かしたうえで、CIAが主張してきた成果を否定している。
CIAの拷問は「成果なし」 実態調査で分かったポイント
1971年、米紙がベトナム戦争に関する国防総省の機密文書を入手して連載し始めた際、ニクソン政権は掲載差し止めを求める訴訟を起こした。
連邦最高裁は「知る権利」に軍配を上げたように、曲がりなりにもアメリカでは国民主権が実体化している。
内田樹『街場の戦争論』ミシマ社(2014年10月)で、内田氏は次のように言っている。
諜報活動、いわゆるインテリジェンスについては、特定秘密保護法は何の役にも立たない。
真に有用な「機密」は、エリートと周囲から信頼されているようなダブルスパイ的に、つまり相当程度敵に有用な情報を与えなければ触れ得ないものである。
日本という国は、機密がひたすらアメリカに漏れ続けるだけで、見返りはジャンク情報だけだ。
また、池上彰、佐藤優『新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方』文春新書(2014年11月)において、佐藤氏は「有名無実の『集団的自衛権』」として、次のように言っている。
たとえばホルムズ海峡の国際航路帯の封鎖が議論されていたが、たとえ封鎖されても自衛隊が出動できないことを、安倍首相はどこまで知っているのか?
海上交通の要衝はオマーン領に属しているので、イランが機雷を敷設した瞬間に国際法的に戦闘地域になり、「戦闘状態の地域には自衛隊は行かない」とする閣議決定に反する。
パラドックスのようであるが、佐藤氏は国際関係の分析のプロである。
このような穴が開いているのも、十分な審議が行われなかったことのツケであろう。
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