普天間基地移転問題と沖縄県知事選/日本の針路(68)
沖縄県知事選の最大の焦点である普天間基地の辺野古移設問題については、政権交代を果たした民主党の鳩山由紀夫氏の発言が懐かしく思い出される。
「最低でも県外」というリアリティを欠いた発言が、民主党政権への失望の第一歩だったのではないだろうか。
鳩山氏は善意の人なのだろうが、沖縄の利権が複雑に絡み合った構造の中で、落下傘のように発言してみても所詮現実の力になるものではなかった
これは良いか悪いかという問題ではない。
自民党政権下でできあがった構造は、鳩山氏の言動でどうなるものではないということだ。
たとえばその構造の一端は、元防衛事務次官守屋武昌氏の『「普天間」交渉秘録 』新潮文庫(2012年8月)に記されている。
著者は普天間基地移設問題の解決に尽力してきたが、在任中の収賄などによって有罪判決を受けた。
いわゆる山田洋行事件である。
2008年11月5日、東京地方裁判所にて懲役2年6月の実刑判決を受け、控訴するも2009年12月22日、東京高等裁判所で控訴棄却。
2010年8月27日に最高裁判所への上告を取り下げ懲役2年6月、追徴金約1250万円の実刑が確定した。
栃木県の社会復帰促進センターで服役後、2012年7月に仮出所した。
今や検察庁が正義の味方と思う人は余りいないだろうが、この事件も背景的に複雑である。
著者が逮捕されたのが、首相が安倍から福田に替わって2カ月ほどした07年11月末である。
東京地裁の判決が出た時が麻生首相で、2009年9月に民主党の鳩山内閣が発足した。
普天間基地移設をめぐる迷走が始まるが、2010年5月末、前政権時代の名護市辺野古移設の合意案に戻る形で日米共同声明となり、社民党が政権離脱した。
6月初めに鳩山内閣は総辞職し、菅内閣が発足した。
著者は克明に日記をつけており、その日記を元にして書いたのが上掲書である。
2005年8月、アメリカの国防副次官、ローレス氏が来日し、1500mの滑走路を辺野古沖の浅瀬に造るという「名護ライト案」を日米協議の場で示した。
この年の6月にはローレス氏は「ヘノコ・イズ・デッド」と言い、辺野古沖の海上空港案は日米間で消えたはずだった。
「名護ライト案」は、沖縄県北部の建設業者が中心の「沖縄県防衛協会」の北部支部(名護市)がその総会で、決議したものが原案である。
つまり沖縄側は埋め立てを望み、アメリカは地元が呑まない案は実現性がないと考えて、両者の思惑が合致したのが「名護ライト案」ということになる。
守屋氏は環境を破壊し強い反対運動が避けられない「名護ライト案」のような埋め立て方式には反対で、キャンプ・シュワブという既存の基地の敷地内に飛行場を建設する「L字案」を進めようとしていた。
1999年、小渕内閣はいわゆる「北部振興策」という特別な予算を、10年間にわたり毎年100億円つけることを閣議決定しており、沖縄北部12市町村の財政を支えていた。
普天間移設という「ムチ」を受け入れてもらうための「アメ」が、「北部振興策」という関係である。
普天間移設を遅らせれば、地元は長期にわたって公共事業を誘致できるという構造ができあがったのである。
上図の赤印が普天間基地、青印が辺野古である。
2006年11月の沖縄知事選で、仲井真弘多氏が当選した。
翌年の1月7日夜、下地幹郎議員から守屋氏に、「国場組の国場(幸一郎)会長が訪ねてきた。自分のことを仲井真知事の使者と言っていた。仲井真知事は『V字案で二月の県議会で受け入れを表明する。受け入れ条件は、那覇空港の滑走路の新設、モノレールの北部地域までの延伸、高規格道路、それからカジノである』」という電話があった。
国場組は沖縄最大のゼネコンで、知事の提案通りになれば、沖縄で最も技術レベルが高いとされる国場組が受け持つ事業が多いことになる。
国場組と親密な政治家は、財務相や沖縄担当相を歴任した尾身幸次氏だった。
結局、守屋氏の「L字案」は、名護市側の要求に防衛庁長官の額賀福志郎氏が応じ、滑走路の先を300m沖合に移動する「V字案」に変更された。
「L字案より埋め立ての面積が東京ドーム9個分広がることになる」ものであり、守屋氏は納得がいかなかった。
尾身氏は西松建設の政治団体から多額の政治献金を受けていたうちの1人だった。
その他にも、中川秀直氏や山崎拓氏等の名前が出てくる。
これらの政治家と地元の経済界が結びついているところに、鳩山官邸はいわば丸腰で入っていったのであり、所詮動くはずもなかったのだ。
この構造がひょっとしたら動くかも知れないのが、沖縄知事選であるという。
「新潮45」に常井健一という人の『沖縄県知事選と「國場組」』という記事が載っている。
それによれば、沖縄県知事選は、事実上、辺野古移設のための政府の埋め立て申請していた仲井眞氏と、これに反対する翁長氏の一騎打ちである。
翁長氏はかつて自民党の沖縄県連の幹事長を務め、前回の知事選では仲井眞選対の本部長だった。
つまり自民党が割れて、沖縄VS中央の色彩になっている。
その中で、長年キングメーカーの役割を果たしてきた國場組の立場が揺らいでいるというのだ。
翁長陣営の中心に座っているのは、金秀グループ会長の呉屋守将氏である。
県知事選が経済界の顔と結びついているのだ。
沖縄の選挙には「三日攻防」という言葉があるそうである。
情勢はまだ動くのか?
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