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2014年11月19日 (水)

寡黙に耐える男・高倉健/追悼(60)

俳優の高倉健さんが亡くなった。

 日本映画界最高の銀幕のスター、高倉健さんが10日、83年の生涯を閉じた。俳優の名前で多くの観客を映画館に呼べる数少ない俳優だった。晩年まで、私生活をほとんど公にすることはなく、役柄のイメージの高倉健を観客の心に残したまま旅だった。「健さん」として親しまれてきたのは、役の中での男の生きざまであり、高倉さん自身の生き方も重なって多くのファンが魅了された。日本映画は長年映画界をけん引してきた大きな柱を失った。
 高倉さんが人気を不動にしたのは任(にん)きょう映画。1960年代に大人気となった「網走番外地」「日本きょう客伝」シリーズなどは、学生運動に身を投じる若者らからも圧倒的な支持を得た。着流しのアウトローが逆境に耐えながらも復讐(ふくしゅう)を果たす物語に観客は熱狂した。多くを語らず、いざという時に体を張って、義理や人情を大事にする姿は、男っぽさの神髄と受け入れられた。
高倉健さん死去:「不器用な男」日本人の美学重ね

60年代末の学生運動が活発だった頃、健さんの任侠映画が活動家たちの心情と同期した。
ムリやムダを承知で大組織に向かって行く。
特に、中核派や社学同のような街頭左翼といわれたセクトは馴染んだのではなかろうか。
映画館の中ではでは「健さん!」という掛け声が飛び、感情移入の余韻が残ってまま映画館を出た学生が肩を聳やかしていた、という伝説がある。

東映を退社してフリーになってからの『南極物語』『鉄道員』『ホタル』などを観に行った。
遺作となった『あなたへ』の印象が強い。
Photo
あなたへ

刑務所の指導技官が、富山から亡き妻の故郷・長崎の平戸まで、キャンピングカーを走らせながら、旅の途中でのエピソードを織り交ぜたストーリーだ。
美しい風景の映像が効果的であった。
壮年になってから結婚した妻とも死別した寡黙な男の像が、高倉健という俳優のイメージと完全にオーバーラップしていた。

今日の各紙のコラムは、こぞって健さんへのオマージュである。

朝日新聞:天声人語
 英国の哲学者ベーコンが言葉を残している。「名声は川のようなものであって、軽くてふくらんだものを浮かべ、重くてがっしりしたものを沈める」。タレント多くしてスター稀(まれ)なる現代に、最後の大スターとも称された俳優の高倉健さんが亡くなった▼世の中を漂う名声は儚(はかな)く、うたかたのように結んでは消える。しかし、高倉さんのたたずまいは、孤高に深く錘(おもり)を下ろしている者だけが醸(かも)す存在感に満ちていた。吹雪の中に立つだけでこれほど絵になる人を、ほかに知らない▼「八甲田山」「網走番外地」「南極物語」――寒地の映画が記憶に残る。「鉄道員(ぽっぽや)」も北海道の終着駅を守る初老の話だった。不器用に生きる男からにじみ出る「情と味」を、手のひらで包むように温かく演じて見せてくれた・・・・・・

日本経済新聞:春秋
・・・・・・あとから思えばアウトローにぴったりの面差しなのだが、東映ニューフェースで登場しただけに長い回り道をたどったわけである。世の理不尽に耐えに耐えたあげく敵陣に切り込んでいく、というストイシズムを鮮やかに体現できたのはそういう苦労のたまものだったかもしれない。あの寡黙にはさまざまな言葉があった。▼60年に及ぶ映画人生を生き抜いた、われらの健さんが亡くなった。任侠(にんきょう)ものを離れてからは年々また新たな風格をたたえ、この人の名を知らぬ日本人はいないだろう。「駅」「居酒屋兆治」「あ・うん」「鉄道員(ぽっぽや)」……。そこに登場する孤高の男は、役を抜け出して高倉健そのものでもあったのだ。スターというほかない。・・・・・・

毎日新聞:余録
「あんたも、もうこれだけ長い間やってるんだから、もうちょっといい役やらしてもらいなさいよ」。高倉健さんは母親からそう言われて戸惑った。雪中行軍遭難を描いて大好評だった映画「八甲田山」が封切られた当時のことである▲「もうその雪ん中ね、なんか雪だるまみたいに貴方が這い回って、見ててお母さんは切ない」。母親は健さんが小さいころからあかぎれができやすいのを知っていた。任俠映画の全身ポスターを見て、かかとのばんそうこうにただ一人気づいて心配したのも母だった▲後に随筆「あなたに褒(ほ)められたくて」(集英社文庫)でそんな母への思いをつづった健さんだ。しかし母の葬儀には参列していない。映画「あ・うん」の撮影中だったからだ。私事で撮影を妨げないというのが自らに一貫して課してきた「プロのプライド」であった・・・・・・

東京新聞:筆洗
昨日は風が強かった。正午すぎ、訃報を伝える号外が東京本社の玄関前に張り出された。行き交う人が足を止める。初老の男性が記事を読んでいる。思い入れの強い世代であろう。読み終え、静かに再び木枯らしの中へ歩きだす。この人も「健さん」か▼日本は高倉健のいない世界を生きることになった。<往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし> 愛した言葉の通りに「忍びて」の俳優である▼一九六〇年代に若者が心情を重ねた、「網走番外地」の健さんはいかなる逆境であろうと信念のために命を投げ出す男。七〇年代以降の健さんには人生につまずきながらも、それに耐えて誠実に生きたいと願う男の心情があった・・・・・・

静岡新聞:大自在
・・・・・・「器用なたちではないですから」と、不器用に男の美学を貫いた健さんが10日、83歳で亡くなった。1960年代に任侠(にんきょう)映画で圧倒的な支持を集め、「幸福の黄色いハンカチ」「南極物語」などの主演でファン層を広げた▼寡黙でストイック。でもロケでは市民エキストラにもよく声をかける気さくな人だったという。たびたび訪れた熱海温泉の定宿からコーヒーの注文を受けた喫茶店ボンネットのマスター増田博さん(85)は「コーヒーも一本道だった」としのんだ・・・・・・▼振り返れば、「解散はまったく考えてない」と言い残し、外遊に出たのはわずか10日前。不在中に一気に強まった解散風にも動じず、与党過半数割れならば「退陣する」と言い切った。健さんはそんな安倍さんを不器用と見るか、器用と見るのか。

匿名ではあるが、各社名うての名文家の文章であるから、本当は全文を引用したいところである。
共通しているのは、今はほとんど絶滅してしまったような男の肖像ということだろう。
役柄と実像が一致していたということだろうが、世代的にも思い入れが強いということがあるような気がする。
合掌。

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