平和主義の進歩的文化人・坂本義和/追悼(59)
国際政治学者の坂本義和さんが2日、東京都内の病院で死去した。87歳だった。
坂本氏の名前は、学生時代に雑誌「世界」に掲載された論文でよく目にした。
その頃の学生は、無理をしてでも「世界」や「展望」のような総合誌を購読した。
というような書き方をすると、老化現象だと自覚しているが、若い人たちの教養レベルに愕然とすることがある。
坂本氏は、岩波書店を拠点とする、いわゆる「進歩的文化人」の1人であった。
私の好みは筑摩書房の「展望」の方であったが、展望に載る論文の方がより深く切り込んでいるように思えた。
すなわち私の感覚でradical(根源的)なものが多いような気がした。
それはさて措き、坂本氏の死は、いよいよ「戦後」という時代が終焉したことを感じさせる。
⇒2014年9月23日 (火):朝日新聞、ソニーの凋落と戦後という時代の終わり/戦後史断章(18)
1927年生まれ。東大法学部卒。米国留学後の59年、雑誌「世界」掲載の論文「中立日本の防衛構想」で、中立的な諸国の部隊による国連警察軍の日本駐留を提唱した。64年、東大教授。66年、中国との国交などを主張した「日本外交への提言」で第1回吉野作造賞を受賞するなど、学問的成果をしばしば提言の形で世に問い、戦後平和思想の定着に貢献した。79~83年、欧州以外で初の国際平和研究学会事務局長を務めるなど、幅広く活動した。
平和主義を重視しつつ、護憲派の課題も指摘した。日米安保も憲法理念も同時に実現しようとする姿勢は「憲法をめぐる二重基準」だと批判。矛盾をあいまいに済ます思考停止はやめて、両者のギャップを埋めるべく軍縮や緊張緩和に向けた具体的構想を打ち出すべきだ、と訴えた。
国際政治学者の坂本義和さん死去 平和主義の可能性追求
Wikipedia坂本義和では、以下のように記述されている。
1964年から1988年まで法学部教授として国際政治学を担当する。東大紛争では加藤一郎総長代行と共に解決に尽力。東大教授退官後は明治学院大学、国際基督教大学で教える。衆議院議員の加藤紘一や政治学者の藤原帰一は坂本の演習の選択者である。門下生の学者に高橋進、中村研一、大西仁(東北大学教授)らがいる。
戦後冷戦期の論壇において、アメリカに批判的な平和主義の立場から、高坂正堯や永井陽之助らと外交や安全保障政策をめぐって、論戦を交わす。いわゆる「アイデアリズムとリアリズムの論争」とされるものだが、モーゲンソーの弟子としての坂本は、外交を道徳論レベルでのみ考えるものでない。したがって、坂本にあっては、日米安保条約の相対化のみならずいわゆる9条護憲主義もまた相対化され、「一国平和主義でなく、国連中心主義にたっての自衛隊の国際貢献のみの使用」が導き出される。
北朝鮮による日本人拉致問題では、「『拉致疑惑』問題は、今や日本では完全に特定の政治勢力に利用されている。先日、横田めぐみさんの両親が外務省に行って、『まず、この事件の解決が先決で、それまでは食糧支援をすべきでない』と申し入れた。これには私は怒りを覚えた。自分の子どものことが気になるなら、食糧が不足している北朝鮮の子どもたちの苦境に心を痛め、援助を送るのが当然だ。それが人道的ということなのだ」と発言した。この発言を巡っては拉致被害者家族会やその支援者からの反発を受けた。
2002年(平成14年)に北朝鮮自身が日本人拉致を認めると、坂本は『諸君!』『正論』などから激しく批判された。また、山脇直司のようなリベラル派からも、北朝鮮による拉致という国家犯罪は絶対に許してはならないし、左翼知識人の過去の言動は徹底的に糾弾されてしかるべきだろう、と批判された。こうした言動を取る坂本は、北朝鮮が日本で最も信用する進歩的文化人の1人であり、武者小路公秀と共に、朝鮮労働党と日本共産党の関係改善の斡旋役を務めたこともある。
今の時点で見れば、拉致問題に対する坂本氏の見解は硬直的というか教条的であり、現実が見えていなかったと批判されるのは当然であろう。
しかし理想論を語るのは悪いことではないと思う。
特に現実主義と称する勇ましい言論が風靡している状況に対しては。
麻生副総理は「ナチスの手口に学べ」と言った。
⇒2013年8月 4日 (日):撤回では済まされない麻生副総理の言葉
「ナチスの手口」とはどういうものか?
秋原葉月氏のツイートがある。
ゲーリングの言葉に思い当たるところがあるのではないだろうか。
「憲法第9条にノーベル平和賞を!」が話題になっている時であるが、国内外の落差は大きい。
坂本氏は受賞の報を聞きたかったのではないか。
土井たか子氏と共に、天国で賞の行方を見ているような気もする。
合掌。
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