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2014年9月12日 (金)

朝日新聞の蘇生は可能か/日本の針路(41)

朝日新聞が窮地に陥っている。
自ら播いた種であるし、対応の仕方も疑問ではあるということはすでに触れた。
⇒2013年10月14日 (月):朝日新聞社はどうなっているのか?/ブランド・企業論(3)
⇒2014年8月22日 (金):続・朝日新聞社はどうなっているのか?/ブランド・企業論(30)
⇒2014年9月 5日 (金):朝日新聞の池上彰氏のコラム掲載騒動/日本の針路(37)

従軍慰安婦問題と吉田調書の扱いが問題になっているが、まずは後者についての木村伊量社長のお詫び会見から。

 朝日新聞社の木村伊量(ただかず)社長は11日、記者会見を開き、東京電力福島第一原発事故の政府事故調査・検証委員会が作成した、吉田昌郎(まさお)所長(昨年7月死去)に対する「聴取結果書」(吉田調書)について、5月20日付朝刊で報じた記事を取り消し、読者と東京電力の関係者に謝罪した。杉浦信之取締役の編集担当の職を解き、木村社長は改革と再生に向けた道筋をつけた上で進退を決める。
 朝日新聞社は、「信頼回復と再生のための委員会」(仮称)を立ち上げ、取材・報道上の問題点を点検、検証し、将来の紙面づくりにいかす。
 本社は政府が非公開としていた吉田調書を入手し、5月20日付紙面で「東日本大震災4日後の2011年3月15日朝、福島第一原発にいた東電社員らの9割にあたる約650人が吉田所長の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発に撤退した」と報じた。
 しかし、吉田所長の発言を聞いていなかった所員らがいるなか、「命令に違反 撤退」という記述と見出しは、多くの所員らが所長の命令を知りながら第一原発から逃げ出したような印象を与える間違った表現のため、記事を削除した。
 調書を読み解く過程での評価を誤り、十分なチェックが働かなかったことなどが原因と判断した。問題点や記事の影響などについて、朝日新聞社の第三者機関「報道と人権委員会」に審理を申し立てた。
吉田調書「命令違反」報道、記事取り消し謝罪 朝日新聞

吉田調書の解釈をめぐっては、他紙から解釈が違うと批判されていた。
それを追認したわけであるが、ある意味で解決済みのことであった。
140912
静岡新聞9月12日

私は朝日新聞によって「吉田調書」の存在が明らかにされたとき、特筆すべきスクープだと思った。
そして、当初公開する予定はないとしていた政府(安倍内閣菅官房長官)に対して、全面公開すべきだと考えた。
⇒2014年5月22日 (木):「吉田調書」を全面開示して真相解明の一歩に/原発事故の真相(114)

その考えは変わっていないし、開示すれば多くの人の目で見た検証が可能になる。
⇒2014年9月 2日 (火):吉田調書を多角的に検証すべき/原発事故の真相(118)

所員が「命令に違反 撤退」したわけではない事実は、現段階で多くの人がすでに知っていることであろう。
「週刊文春」9月18日号は『朝日新聞が死んだ日」という特集である。
特集ではない連載コラムで池上彰さんが「『掲載拒否」で考えたこと」を載せている。
ラストの部分がわが意を得ているので引用する。

 新聞や雑誌に書くより、ネットやツイッターでつぶやいた方が影響力を持つ。そんな時代が来つつあるのでしょうか。となると、週刊新潮さんも週刊文春さんも、安閑としていられませんよ。

問題は、慰安婦記事である。

朝日新聞社の木村伊量社長は会見で、いわゆる「従軍慰安婦」の問題を巡る自社の報道のうち、「慰安婦を強制連行した」とする男性の証言に基づく記事を取り消すまでのいきさつや、国際社会に与えた影響などについて、第三者委員会を設置し検証することを明らかにしたうえで、「誤った記事を掲載したこと、そしてその訂正が遅きに失したことについて、読者の皆様におわび申しあげます」と謝罪しました。
朝日新聞 慰安婦問題検証へ 謝罪も

池上氏のコラムの掲載をしないという判断は、杉浦編集担当取締役だった。

 記者「慰安婦報道について、掲載を最終的に判断されたのか」
 杉浦取締役「池上さんのコラムの一時的な見合わせを判断したのは私です。結果として間違っていたと考えています。社内での議論、多くの社員からの、えー、批判を含めて、えー、最終的に掲載するという判断をしました」
池上コラム掲載見送り「判断したのは私です」 杉浦取締役

朝日新聞にとっては重大なピンチである。
毎日新聞が西山事件によって大きく部数を減らしたことを考えると、同等以上のダメージを受けると考えられる。
朝・毎の2紙凋落して、老害を発揮している読売新聞と、右派であることをはっきり掲げている産経と財界御用達の日経だけがメジャーになると日本の言論にとって大きな不幸であろう。
もっとも、新聞の影響力そのものが、特に若い人にとっては小さくなっているようであるが。

思えば朝日新聞の捏造記事は数が多い。
たとえば、「伊藤律会見記」。Wikipediaから引用する。

1950年9月27日朝日新聞は、同社神戸支局の記者が、当時レッドパージによって団体等規正令違反で逮捕状が出ていて地下に潜伏中だった日本共産党幹部の伊藤律と宝塚市の山林で数分間の会見に成功したと報道した。
会見模様として伊藤の表情が書かれ、記者との一問一答まで紹介されていた。また会見の状況として、記者は目隠しされた上で潜伏先のアジトまで案内されたと説明された。
この会見記事には、伊藤の行方を追っていた警察も重大な関心を寄せることとなった。しかし法務府特別審査局の聴取に対し、取材記者が伊藤律と会見していたとする時刻に旅館にいたことが発覚するなど供述に矛盾が出て、ついに会見記事が完全な虚偽であったことが記者の自白により判明。朝日新聞は3日後の9月30日に社告で謝罪した。
事件の結果、担当記者は退社、神戸支局長は依願退社、大阪本社編集局長は解任となった。担当記者はその後に占領目的阻害行為処罰令違反で逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けた。担当記者は捏造の動機について特ダネを書こうという功名心からと述べた。
出稿前に大阪本社通信部のデスクから信憑性を疑う声が出たが、編集局長は現場の声に押されて掲載を決めた。東京本社ではさらに共産党担当記者から伊藤がインタビューに応じる必然性がないなどの声が出たが、「大阪がそこまでがんばるなら」という声に押されて報道に踏み切った。
朝日新聞縮刷版ではこの記事は非掲載となっており、該当箇所は白紙で、虚偽報道であったと「お断り」告知になっている。
また、昭和(戦後)の三大誤報のひとつとしてあげられる。

私は後に川口信行、 山本博『伊藤律の証言―その時代と謎の軌跡』朝日新聞社(1981年3月)を読んだが、新聞記事をうかつに信用してはいけないという教訓を得た

記憶に残っているのは「朝日新聞珊瑚記事捏造事件」である。
1989年4月20日、朝日新聞夕刊に、「サンゴ汚したKYってだれだ」という見出しと共に、以下のような写真が掲載された。
Ky
サンゴKY事件。

よほどの覚悟で臨まないと朝日は蘇生できないだろう。
優秀な記者がどんどんいなくなってしまう。
普通紙の全国紙が産経と読売だけの社会なぞ、望んではいない。
しっかりしてくれ、朝日。

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コメント

地方紙、週刊誌、英字紙その他があるので十分。朝日/毎日は〇くてもよい。

投稿: 白楽鷹雄 | 2014年9月13日 (土) 09時45分

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