藤原肇『石油危機と日本の運命』/私撰アンソロジー(34)
「人生を変えた一冊の本」というような言い方がある。
私にとっては、どの本だろうか?
藤原肇『石油危機と日本の運命―地球史的・人類史的展望』サイマル出版(1973年)がそうだったかも知れない。
工業化学系の学科を出て、当然のように就職した化学会社で、エポキシ樹脂の用途開発の仕事に携わりながら、「これが自分の天職なのか? 果たして自分はこういう仕事をずっとつづけるのだろうか?」というようなことを考え、悶々とした日々を送っていた。
著者の藤原氏は、1938(昭和13)年生まれだから、まだ30代半ばだったということになる。
仏グルノーブル大学理学部博士課程修了した構造地質学を専攻する理学博士で、多国籍石油会社でキャリアを磨いた。
今の私からすれば「若造」という感じになるが、当時は目から鱗が落ちるような斬新な感じであった。
現在は、ニューサイエンスにシフトしているようで、違和感がある。
この書のたとえば「石油開発は、ある意味で知識産業であり、情報産業であるといってもかまわないほどで、石油会社の実力の優劣は、まさにその会社が蓄積してきた地質学的な知識の内容と、それを石油発見に結びつけていく、質的に高い人材群によって象徴される。」というような箇所に触れ、「現在の仕事は石油に関連はするが、知識産業や情報産業からはほど遠い」と考えざるを得なかった。
そして思い切って、某リサーチファームに転職した。
その頃は、転職自体が一般的ではなく、同じ研究室を出た仲間は、アカデミズムの世界に向かった1人を除き、基本的には定年の日まで最初に就職した会社に在職している。
また、リサーチなどという職業も市民権を得ているとは言い難く、事実大学を出る時の就職担当の教授には、設立したばかりのシンクタンクへの就職を相談したら、「工学部の学生は実業に就きなさい」と反対されて化学会社に就職したのだった。
転職したのが1973年10月1日であるが、10月6日に第四次中東戦争が勃発して、10月16日に、石油輸出国機構 (OPEC) 加盟産油国のうちペルシア湾岸の6ヶ国が、原油値上げを発表した。
また、翌日10月17日にはアラブ石油輸出国機構(OAPEC)が、原油生産の段階的削減(石油戦略)を決定した。
「産油国の輸出中止という事態が起こったりしたら、たちまち日本が壊滅的な打撃を受けるということは、想像に難くないだろう」という著者の予言がある意味で的中し、日本社会はパニック的状況に陥った。
石油価格の上昇は、直ちに日本経済を直撃したといっていいだろう。
1960年代以降に「石炭から石油へ」のエネルギー革命によりエネルギー源を石油に置き換えていた日本は、ニクソン・ショック(ドル・ショック)から立ち直りかけていた景気に打撃を受けた。
前年からの列島改造ブームによる地価急騰で急速なインフレーションが発生していたが、石油危機により便乗値上げが相次ぎ、さらにインフレーションが加速された。
私は幼い子供も抱えていたが、不思議に転職に対する不安も前途に対する不安も感じなかった。
若さ故かも知れないが、後に2人の子供が生まれた後の転職の際には、非常に悩んだことと対照的であった。
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