« 朝日新聞の2つの「吉田証言」問題/日本の針路(44) | トップページ | 藤原肇『石油危機と日本の運命』/私撰アンソロジー(34) »

2014年9月19日 (金)

もし「沼津兵学校」が現存していれば・・・/知的生産の方法(103)

沼津兵学校と聞いても、ほとんどの人が聞いたことがないだろう。
Wikipediaに以下のような説明が載っている。

沼津兵学校は1868年(明治元年)、フランスに倣った軍隊を目指すという目標を掲げ、駿河国沼津の沼津城内の建物を使って徳川家によって開校された兵学校のこと。受講資格は、徳川家の家臣である14歳から18歳ということが原則ではあった。しかし、他藩からの留学生もいたといわれる。初代学長は西周であり、教師は優秀な幕臣の中から選ばれた。
1870年(明治3年)に兵部省の管轄となり、1872年(明治5年)には政府の陸軍兵学寮との統合のため東京へ移転したが、途中で作られた付属小学校は、現在の沼津市立第一小学校の前身である。
沼津兵学校は日本の近代教育の発祥であるとも言われる。

沼津兵学校は、徳川家兵学校が正式名称であり、大政奉還した徳川家が、静岡藩として270年余にわたって日本の政権を担当してきた威信を賭けて設立したものである。
それだけに、錚々たる教授陣とカリキュラムを誇っていた。
初代学長の西周は、啓蒙家として、西洋哲学の翻訳・紹介等、哲学の基礎を築くことに尽力した人物として著名である。
西は、明治6年(1873年)に森有礼・福澤諭吉・加藤弘之・中村正直らと共に明六社を結成し、翌年から機関紙『明六雑誌』を発行した。

東海道線の沼津駅のすぐ西側にあるガードは、西周にちなんで「あまねガード」と命名されている。
沼津兵学校長時代、西周はガードのすぐ近くに住んでいたのだという。
Photo_2
ディープな沼津④

兵学校は、陸軍士官養成を目的としており、教授陣は旧幕開成所、海軍所、陸軍所の洋学者たちが充てられた。
Ws000000
熊澤恵理子『沼津兵学校における教育の史的考察』

いわゆる士官学校と異なり、「普通学」を採用した教育内容に特徴があったとされる。
予備教育機関として、徳川家兵学校付属小学校を設置し、小学校修了者の中から選抜されるというシステムであった。

付属小学校は現在の沼津市立第一小学校の前身である。
私が学齢期の頃には、沼津を代表する小学校であり、周辺の郡部の学校にいた私たちからすれば、ハイカラな雰囲気のマンモス校であった。
現在はいわゆるドーナツ化現象により中心市街地の空洞化が進み、存続すら危ぶまれるようになっている。
同校のクラスの名前は、孔子の説く十徳から「仁・義・礼・智・信・勇・・・」と名付けられていた。
私は縁あって、同校の六年信組の人たちだった人たちによる「六信会」の準メンバー扱いとして、旅行等を一緒にさせて頂いている。
⇒2012年8月27日 (月):大川小学校の悲劇と避難誘導の難しさ/因果関係論(20)・みちのく探訪(1)

1870年(明治3年)に兵部省の管轄となり、1872年(明治5年)には政府の陸軍兵学寮との統合のため東京へ移転した。
短命であったが、沼津兵学校は日本の近代教育の淵源であると評価されている。
いま、沼津には東海大学の開発工学部および大学院があるが、高等教育機関としてはいかにも物足りない。
隣りの三島市の日本大学国際関係学部と順天堂大学看護学部を合わせても、多くの若者を惹きつけるパワーは不足しており、域内の大学進学者は殆どが域外に流出している。

総務省の人口移動調査によれば、2013年、沼津市人口転出者が全国の市でワースト6位だった。
「沼津兵学校がそのまま存続していれば・・・」と歴史のイフを無意味と承知しつつ想像してみる。
当時の陣容からすれば、東京工業大学にも匹敵するような学校になり得たのではないか。
風光明媚で温暖な土地である。
シリコンバレーのような先端的な研究学園都市が形成されていた可能性は十分あると言えるのではないか。

|

« 朝日新聞の2つの「吉田証言」問題/日本の針路(44) | トップページ | 藤原肇『石油危機と日本の運命』/私撰アンソロジー(34) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

知的生産の方法」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/395349/56998228

この記事へのトラックバック一覧です: もし「沼津兵学校」が現存していれば・・・/知的生産の方法(103):

« 朝日新聞の2つの「吉田証言」問題/日本の針路(44) | トップページ | 藤原肇『石油危機と日本の運命』/私撰アンソロジー(34) »