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2014年7月 2日 (水)

政治における曖昧なレトリックの危険性/日本の針路(1)

s安倍内閣は、集団的自衛権の行使容認を閣議決定した。
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東京新聞7月2日

首相官邸周辺で「反対」のシュプレヒコールが響く中、記者会見を行って行使の意義を強調した。

 「安保改定当時は戦争に巻き込まれるという批判がずいぶんあった。しかし、強化された日米同盟は、抑止力として、長年にわたり日本とこの地域の平和に大きく貢献してきた」
閣議決定、首相「今後50年、日本は安全だ」 改憲射程「やっと、ここまで来た」

首相は確信的であるが、私には熱病に罹患しているようにしか見えない。
どう頭をひねって解釈しても、同盟国救援のために武力を用いることを容認するという解釈は出てこない。
つまり、「集団的自衛権の行使」というのは、憲法に抵触する。
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http://event.kinasse.com/kuma9/kyuujo.html

私たちは、「解釈改憲」という言葉にもう少しナーバスになった方がいいだろう。
あたかも、「改憲ではありません」と言っているようだが、改めるというよりも破棄したと考えるべきだろう。
世界のスタンダードが集団的自衛権行使容認だとしても、あえてそのスタンダードとは異なる選択をしても何が悪いというのだろうか?
それこそが「以和貴為」の理念の表示である。
憲法は規範なのである。

集団的自衛権は他衛権であり、解釈改憲は憲法廃棄であった。
そして、積極的平和主義。
アメリカと共同して軍事力行使によって平和を維持して行こうと解釈できる。
⇒2013年10月18日 (金):積極的平和主義をどう理解するか/アベノミクスの危うさ(17)

耳障りのいい、曖昧な概念でことを進めようとするのは、何かしらの企みを疑わせる。
集団的自衛権行使の論拠が迷走しているのがそれを裏付けている。
140702
静岡新聞7月2日

最終的に、集団的自衛権は持っているが憲法の規定により行使できない、という1972年の政府見解を論拠(?)にして、正反対の結論を導くというアクロバットである。

柳条湖事件をきっかけとして軍事的に鮮やかな動きをみせた関東軍(日本陸軍)は、満洲全域を掌握し、なし崩し的に日中戦争が始まった。
結局は、世界を相手にした無謀な戦争をし、打ちのめされるまで引き返すことができなかった。
外圧によってしか変われない、カタストロフまで行かないと変われない。
それを繰り返すのか。

安倍首相は、記者会見で基本的には従来とは変わりはないのだ、と強調する。

 現行の憲法解釈の基本的考え方は、今回の閣議決定においても何ら変わることはありません。海外派兵は一般に許されないという従来からの原則も全く変わりません。自衛隊がかつての湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことはこれからも決してありません。外国を守るために日本が戦争に巻き込まれるという誤解があります。しかし、そのようなこともあり得ない。
安倍内閣総理大臣記者会見

これは首相の主観の表明であって、何の裏付けも示されていない。
基本的考え方が「何ら変わることはない」ならば、どうしてもっと慎重にことを進めないのか?
「外国を守るために日本が戦争に巻き込まれるという誤解」が、どうして誤解と断定できるのか?
曖昧なレトリックでなし崩し的に事態が進み、折り返し不能な地点まで進むという愚を繰り返してはなるまい。

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