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2014年7月28日 (月)

白鳳文化の代表としての夢違観音/法隆寺・聖徳太子(1)

静岡市美術館で、6月14日~7月27日の会期で「法隆寺展」が行われていた。
7月15日に一部展示の入れ替えがあるということで、前期と後期に行ってみたが大きな入れ換えはなかった。
出展の目玉は、白鳳美術の典型とされる「夢違観音」像と、聖徳太子信仰関連である。
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三嶋大社で開講されている「古典講座」の今年度と通年テーマは「万葉の挽歌」であるが。7月27日の第4回は『行路死を悼む聖徳太子の歌』だった。
前日に後期展示を見てきたばかりだったので、偶然とはいえ驚き、菊地義裕東洋大学文学部教授の名調子の講義もいつもに増して頭に入った。

ところで、夢違観音(ゆめちがい、もしくはゆめたがい)は、悪い夢を良い夢に変えてくれる、あるいは悪夢から逃れさせてくれるということからのネーミングである。

高さ86.9cmの銅造で、やや鋭角的な唇に優しほほえみをうかべている。
上半身裸形で身体は豊かな厚みがあり、天衣はゆるやかな曲線で、左手には小さな水瓶を持っている。
現在は法隆寺の大宝蔵院にあるが、江戸時代の宝永7年(1710年)以降は東院絵殿の本尊として祀られていたという。

この像について、以下のような解説がある。

白鳳時代も後期になると、仏像の人間臭さが目立ってきて、豊満な肉体を感じさせるものが多く現れる。その代表的なものは、法隆寺宝蔵にある夢違観音だ。ふっくらとした顔、肉付きのよい体つきが、いかにも人間的な地上性を感じさせる。
白鳳時代の仏像3:夢違観音

この解説にあるように、夢違観音像は白鳳美術の代表例とされるが、「白鳳」とは何だろうか?
以前に九州年号との関連について書いたことがある。
⇒2008年1月 6日 (日):「白鳳」の由来
⇒2008年1月 8日 (火):「白鳳」年号の位置づけ
⇒2008年1月12日 (土):「白鳳」という時代

学習百科事典では、白鳳文化と関連語彙について、以下のように図解している。
Ws000000

つまり、薬師寺が白鳳文化の代表例とされる。
⇒2008年2月22日 (金):薬師寺論争…①「白鳳」か「天平」か
あるいは、藤原京自体が白鳳的だといわれる。
⇒2008年1月 5日 (土):白鳳芸術としての藤原京

具体的には、乙巳の変(645年)から平城遷都(710年)までの期間である。
この期間の状況は複雑であり、白鳳時代像をどう認識するかは日本古代史理解の大きなカギであると言ってよい。

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