さいたま公民館の俳句掲載拒否と新興俳句事件/日本の針路(4)
渡辺白泉という俳人の代表句を紹介したことがある。
⇒2012年1月17日 (火):渡邊白泉/私撰アンソロジー(14)
中でも次の句は人口に膾炙しているといえよう。
戦争が廊下の奥に立ってゐた
渡辺白泉は長く沼津市立高校で国語を教えた。
⇒2007年10月19日 (金):有名句の評価…③白泉
⇒2007年11月16日 (金):渡辺白泉
構内に同窓会により、句碑が建てられている。
http://www.genki1.net/item/33326
戦争は、いつの間にか家の中に入り込んでいた。
渡辺自身によれば、「戦争」とは憲兵のことだそうだが、憲兵ならずとも不気味な監視の目が私たちの生活を見張っている。
この句のことを思い出したのは、集団的自衛権の行使容認に反対するデモを詠んだ市民の俳句が、さいたま市の公民館の月報への掲載を拒否されたというニュースを目にしたからだ。
拒否された句と経緯は以下のようである。
梅雨空に『九条守れ』の女性デモ
俳句の掲載を拒否したのは大宮区の三橋(みはし)公民館。同公民館は、毎月発行する「公民館だより」の俳句コーナーに、館内で開く俳句教室の一作品を掲載している。
作者らによると、掲載作品は、この俳句教室の会員約二十人が詠んだ句の中から、互選で一句選ぶ方式。「梅雨空-」は六月に選び、七月号に掲載予定だったが、公民館は月報の俳句欄を削除して発行した。公民館長は「世論が大きく二つに分かれる問題で、一方の意見だけ載せられない」と説明したという。
公民館を管轄する市生涯学習総合センターの小川栄一副館長は、本紙の取材に「この句が市の考えだと誤解を招いてはいけない。公民館の判断は妥当だ」と話した。
梅雨空に「九条守れ」の女性デモ さいたまの70代俳句 月報掲載拒否
公民館長と生涯学習総合センター副館長の態度は、いわゆる「自主規制」というものだろう。
自主規制が昂進して他人に対する圧力に転化し、圧力が強制に転化していくことは、新興俳句弾圧事件等で知る人ぞ知ることである。
短詩型文学に加えられた最初の弾圧は、川柳にたいしてであった。
・・・・・・
俳句にたいする弾圧は、主として反伝統派の総称たる「新興俳句」派の弾圧であったが、そのトップを切ったのが「京大俳句会」事件であった。同会は京都大学および第三高等学校の学生らによって古くから存在しいわゆる伝統俳句の陣営に属していたが、一九三三年から機関紙「京大俳句」を発行し、いわゆる新興俳句運動と提携して、無季(季題無用)、規準律(五・七・五の一七字定型と、その定型を全く無視する自由律の中間の型で、一七字定型の精神をできるだけ維持しながら自由な形式をとるもの)を提唱してリアリズムを標榜し、また三七年以降いわゆる「戦争俳句」の実践を俳壇に率先しておこなった。京都に中心をおき、東京・京都・大阪・神戸にそれぞれグループをもち、句会・研究会を開催するとともに機関誌を発行し、検挙時の会員は四八名であった。このうち、京都在住の平畑静塔・波止影夫・仁智栄坊ら六名が、四〇年二月に検挙され、さらに五月から八月にかけて西東三鬼ら七名が各地で検挙されて京都に連行された。検挙総数は警保局調によれば一五名である。検挙にあたって犯罪証拠となったのは、主としてリアリズムに関する俳論であったらしいが、彼らの作品を例示すれば左の通りである。
軍橋もいま難民の荷にしなふ 平畑静塔
あなたいゐない戦勝の夜を嬰児は眠る 波止影夫
タンク蝦蟇の如く街に火を噴きつ 仁智栄坊
塹壕に一つ認識票光る 西東三鬼検挙された人たちのうち三名が治安維持法によって起訴され、約一年後に禁錮二年執行猶予三年をいいわたされ釈放された。
http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rn/senji2/rnsenji2-220.html
このブログでも紹介したことがある。
⇒2007年10月26日 (金):新興俳句弾圧事件…①全体像
事件を題材にした小説に、五木寛之『さかしまに』(齋藤慎爾編『俳句殺人事件―巻頭句の女 』光文社文庫(0104)所収)がある。
「オール讀物」の75年5,6月号に連載された作品であるが、さすがに面白く読ませる。
⇒2007年11月 2日 (金):『さかしまに』
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