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2014年7月27日 (日)

ホワイトカラーの仕事はなくなるか?/技術論と文明論(3)

かつて、労働する人を、ホワイトカラーとブルーカラーに大別していた。
カラーは色ではなく、襟のことである。
つまりブルーカラーは、主に作業服を着た現場の作業員など現業系や技能系の職種であり、業務内容は肉体労働が主体である者である。
対義語がホワイトカラー、つまり白襟で、ワイシャツの襟が白である事からデスクワーカーを指していた。

まあ、私自身の例で言えば、メーカーの技術開発の仕事に従事していた時は、いわゆる作業着でブルーカラー(実際はグレーカラー)だったし、リサーチャー時代は服装は自由だった.。
マネジメントに携わるようになってからは、基本的にはスーツを着ていたが、カラーシャツが一般的になった。
仕事の内容自体は、余り差がないと思う。
デスクワークでも必ずしも白襟というわけではないが、ホワイトカラーという言い方は生きているようである。

「オフィスの未来像」という調査をした時、労働は、できればしないで済ませたい苦役か、あるいは自己実現のために進んで行う行為か、ということが議論になったことがある。
もちろん実際は、どちらかに決められるというようなものではないだろうが。

「文藝春秋」誌の8月号に、新井紀子(国立情報学研究所教授)の『ホワイトカラーの職場はロボットに奪われる』が載っている。
人間は、ロボットを、苦役としての労働を人に替わってするものとして開発した。
⇒2010年5月23日 (日):「恐竜の脳」の話(4)山椒魚
⇒2010年6月27日 (日):赤ちゃんロボットと認識の発達過程

しかし、そのロボットが進化した結果、人間固有の仕事だと思われていた領域を浸食しつつある。
いわゆる「ビッグデータ」を解析して、最適解を導出する仕事は、コンピュータには適わない。
インターネット広告の世界では、利用者の履歴などから趣味や嗜好を判断して表示する。
Amazonなどのオススメは、有難いこともあるが、ウザイ感じの時もある。
投資のディーリング業務などは、瞬時の判断が求められるが、人間よりコンピュータの方がパフォーマンスはいいだろう。

将棋の世界では、着実にトップ棋士のレベルに近づきつつある。
⇒2014年4月27日 (日):電王戦の結果と2045年問題/知的生産の方法(93)
新井教授らが進めている「ロボットは東大に入れるか」のロジェクトについては以下で触れた。
⇒2014年1月19日 (日):ロボットが東大に入る日/知的生産の方法(78)
すでに私大579校のうち、403校で合格可能性8割のA判定だという。

東大合格レベルはまだ先のことになるが、時間の問題であることは間違いない。
その時、人間に残されている職種は何か?

新井教授は、ロボットが苦手な領域として、「言語と論理を駆使した高度な思考」「身体や五感を使った認識」などを挙げる。
それらはどう学び、どう教育すべきか?
少なくとも、効率至上主義からは決別しなければならないだろう。

内田樹『街場の共同体論』潮出版社(2014年6月)で、学校の教師がコンビニの店員化しているのではないか、と言う。
子供たちは、賢い消費者化している。
つまり、最小の投資で最大の効果を得る消費者である。
となれば、学校でも最少の学習で最大の成績を得ようとするだろう。
できるだけ学習しない、努力しないということである。

ホワイトカラーやブルーカラーに対してゴールドカラーという言い方が話題になったのは何時頃のことだっただろうか?
ロボットに浸食されない職業こそ、ゴールドカラーと呼ぶべきではないか?

 経営学者Robert Earl Kelleyの『The Gold-Collar Worker』(Addison-Wesley刊、1985年)という本を読んだのはもう随分前ですが、そこに書いてあった「ゴールドカラー層が形成される」動きが最近現実になってきたようです。学者ってすごいですね。何十年も前に「世の中がこれからどうなっていくか」を学術的に推測できるのですから。
 内容を簡単に説明しましょう。産業革命以降の、第1次産業から第2次・第3次産業への移行期にブルーカラー層とホワイトカラー層が分離しました。昔は大半が農民だったのに、その息子や娘たちは工場に勤める者と、ビルの中で書類仕事をする者とに分かれていったということです。
 Kelley氏は「その次の段階として、先進国ではホワイトカラーから、“自分の能力”を自由に売って働くゴールドカラーが分離する」と主張しています。「一方、ブルーカラーは減少するだろう」とも予測してます。今ならブルーカラー層が消えていくというのはよく分かります。日本も工場自体が減り、そこで働く人は大幅に減少しました。中小企業には存在し続けていますが、大企業が巨大工場を国内に多数保有していた時代とは、ブルーカラーの数は大きく異なります。
新たな職種層、“ゴールドカラー”の登場

しかし誰もがゴールドカラーになれるわけではない。
中間層の消失が言われているが、言い換えればブルーカラーはおろかホワイトカラーの消失ということであろう。
安倍首相は成長戦略として「ロボット革命実現会議」を掲げた。
しかし、中間層が消失してしまった社会の成長は至難であろう。

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