鋭敏と鈍感の間・渡辺淳一/追悼(50)
作家の渡辺淳一さんが、4月30日に都内の自宅で亡くなった。80歳だった。
2008年に前立腺がんと診断され、脊椎に転移するなど治療を続けていた。
昨年から体調を崩し、今年1月に開かれた直木賞の選考委員会に欠席し、その後選考委員も辞任した。
1958年、札幌医科大学医学部卒業し、1964年札幌医科大学助手、1966年同大医学部整形外科教室講師になった。
並行して、北海道の同人誌に執筆し、1969年に同大学の和田寿郎教授による和田心臓移植事件を題材にした『小説・心臓移植』を発表して、大学を去った。
1970年、37歳の時に総理大臣寺内正毅をモデルとしたとされる『光と影』で第63回直木賞を受賞し、本格的に作家活動を開始した。
直木賞、吉川英治文学賞、中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞、島清恋愛文学賞選考委員等を務めたから、現代の文壇の重鎮と言える。
初期の作品は、医師としての体験を生かし生と死をみつめた医学小説が多かったが、次第にテーマを広げて行った。
1970年に「光と影」で直木賞を受賞し、1980年には「遠き落日」「長崎ロシア遊女館」で吉川英治文学賞を受賞した。
読者層を広げたのは、「ひとひらの雪」「うたかた」等の性愛をテーマにした作品であろう。
「失楽園」や「愛の流刑地」は、映画化、テレビドラマ化されて大ヒット、流行語にもなった。
中国では、「言情大師(叙情の巨匠)」という異名で知られる人気作家となっているという。
1990年代末以降、中国で最も翻訳されている日本の作家は村上春樹と渡辺淳一だといわれる。
渡辺の恋愛小説の影響を強く受けた作家も登場し、都市化による家族の紐帯の希薄化により、精神的支柱としての家庭が崩壊しつつあることが背景にあるようだ。
自伝的小説『何処へ』(1992年)では、逃げた彼女を追いかけて警察ざたになった自分の体験をベースにしている。
リアリティ追求のためには、自分の体験をも対象化した。
文学者である以上、鋭敏な感性の持ち主であったであろうが、1997年には、鈍感になって生きることを提唱した『鈍感力』を提唱してベストセラーになった。
小泉純一郎元首相が、「目先のことに鈍感になれ。『鈍感力』が大事だ。支持率は上がったり下がったりするもの。いちいち気にするな」と発言して有名になった。
率直な発言でも知られ、(07年)、恋愛の指南書「欲情の作法」(09年)などエッセーでも人気を博した。 「作家として生き残っていくためには、自らの欲望と好奇心をギラつかせなければいけない。品よく落ち着いたら消えますよ。金がほしい、有名になりたい、女にもてたい、家を建てたい−−」。次いで「これ、結構大変なんですよ」と声を落とした後、一転「どの世界もスターはギラついている。だからスターなんだね」と語り喝采を浴びた。
まさにこの言葉通りに生きたスター作家だった。夜の銀座で遊び、女性とのうわさも絶えなかった。常々、「僕の小説はある種“私小説”なんだ」と話していた。小説になった恋愛の核の多くは実体験ということだ。例えば、京都の女性と縁ができれば京都が舞台になる。その半面では、帯や反物の製作現場から取材するなど世界観を構築するための努力を欠かさなかった。
訃報:渡辺淳一さん死去 恋愛小説の核の多くは実体験から
私は熱心な読者とは言えなかったが、評判になった作品のいくつかは目を通した。
エネルギッシュに見えたが、やはり寿命というものはあるのだ。
合掌。
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