脳内情報過程のマーケティングへの応用/知的生産の方法(95)
フィリップ・コトラーの名前はビジネス・パーソンなら知らない人はいないと言ってもいいだろう。
現代マーケティングの第一人者として、日本でも多くの著作が翻訳され、研究書が出版されている。
日本経済新聞の「私の履歴書」という月替わりの連載の昨年12月がコトラーだった。
1カ月の連載を通じて、「マーケティングは科学である」という主張が通奏低音のように流れていたように思う。
最終日の12月31日には、次のようなことが書いてあった。
多くの人が学ぶ経済理論では消費者、仲介者、生産者それぞれの合理的行動を前提としているが、その妥当性には疑問符がついている。
新たな経済学は、行動経済学と命名され、経済の非合理性を研究した心理学者ダニエル・カーネマンが2002年にノーベル賞を受賞した。実は行動経済学は「マーケティング」の別称にすぎない。
コトラーの言うように、行動経済学は人間の一見すると不合理のように見える行動に光を当てる。
大竹文雄、田中沙織、佐倉統『脳の中の経済学』ディスカヴァー携書(2012年12月)はそのような研究の成果の解説書である。
以下、マーケティングを専門としている電通の人たち(電通感性工学ユニット)による『そそるマーケティング』ダイヤモンド社(2011年7月)を参照してみよう。
副題は、「ヒトは「脳内会話」で動いていた」。
電通は広告会社だから、人を惹きつけるような広告をクライアント(主に生産者、仲介者)に提案することがs中核的業務である。
しかし、「感性の時代」とか「価値観の多様化」が言われるような時代になって、効果的な広告の手がかりがなくなった。
人間が外部の情報を取り込み、行動に至るプロセスは下図のように考えられる。
『そそるマーケティング』
行動を決めるのは、人の脳内で生じる意味や価値であり、それは外部からの情報がきっかけとなり、今までの(情報の)ストックである。
外からの情報が脳内にインプットされ、アクションというアウトプットに至るプロセスにおいて、インプットとストックが干渉して意味や価値を生じさせることを、「脳内会話」と名付けた。
「脳内会話」のきっかけは、新たな情報(ニュースと呼ぶ)によってストックが動き始めることにあり、これを「発火」と名付ける。
広告は、「発火」を促すものでなければ目的を果たせない。
そこで、どういう状態ならば「発火」するかという仮説を立てた。
「発火」が起きるかどうかは、ストックの状態と、そのストックに対してどういうニュースが入ってきたかによるだろう。
ストックの状態は、「あるまとまったイメージや理解」を持っているか否かである。
どういうニュースかは、ニュースとストックが同質か異質かということである。
以上のように考えれば、脳内会話を下図のように分類することができる。
上掲書
ターゲット(生活者・消費者)のストックがどうであるかを踏まえて、広告というニュースを提供しようということである。
同書には個別のケースについての解説が載っている。
しかし、価値観の多様化というのは、情報のストックの多様化あるいは「脳内会話」の多様化のことではないのか?
とすれば振り出しに戻ってしまうような気がする。
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