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2014年5月

2014年5月31日 (土)

タイの軍事クーデター/世界史の動向(16)

タイの軍事クーデターをどう理解するか。
なかなか理解しづらいのではなかろうか。

私は、タイへは、1980年代の終わりごろ、2回行ったことがある。
タイは1997年に始まった嵐のようなアジア通貨危機の発火地である。
私は韓国に飛び火したアジア通貨危機に直接の影響を受けたが、タイを訪れた頃は今から思えば長閑な時代であった。

リゾートに関連した仕事をしていたこともあって、視察という名目であったが、率直に言ってほとんどが観光であった。
滞在したのは、バンコクとバタヤだが、治安は良いという印象が残っている。
ただ、ホテルで飲んだ水割りに使った氷で(多分)腹痛になった。
海外で水に中った唯一の経験である。
Thailand
http://www.a-daichi.com/travelogue/thailand.html

アジア通貨危機で経済は一時的に停滞したものの、その後急激な回復を見せた。
現在では、東南アジアにおける代表的な工業国となっている。
しかし、2006年頃からのタクシン派と反タクシン派との政治的内紛が続いていて、今回のクーデターになった。

5月22日、プラユット陸軍司令官がクーデター宣言をして、混乱が続いていた情勢が急展開した。
タイのクーデターは、1930年代以降、未遂を含め約20回を数えるという。
政治対立を軍が武力で収めるという形は、民主制国家とは言えない。

同司令官は、国内分断の解消を掲げている。
一時的には国内治安が回復に向かうだろうが、軍介入はタクシン元首相派の反発を招いて、再び対立のサイクルが繰り返される方向に進む可能性が大きい。

2006年にも軍事クーデターが起きた。
クーデターは国王の介入により収拾され、軍事政権が発足し、暫定憲法が公布された。
2007年8月には2007年タイ王国憲法が公布され、民政復帰が開始された。
2008年1月に、選挙を経てクーデターで政権を追われていたタクシン系の文民のサマック・スントラウェートが首相に就任したが、スキャンダルで9月に辞任した。
2008年10月にタクシン元首相の義弟であるソムチャーイ・ウォンサワットが首相に就任したが、憲法裁判所から前年からの選挙違反のため解党命令が出され失職し、12月には野党・民主党のアピシット・ウェーチャチーワが首相となった。

2006年のクーデター以降、国民の間でタクシン派の反独裁民主戦線(UDD;赤シャツ)と反タクシン派の民主市民連合(PAD;黄シャツ)が鋭く対立している。
何が対立点か良く分からないが、次図のように整理されるようである。
Ws000002_2
http://www.ide.go.jp/Japanese/Research/Region/Asia/Radar/20100524.html

タクシン派と反タクシン派は、それぞれ支持層の違いを反映したものだ。とされる
タクシン派は下層の支持が厚く、反タクシン派は都市中間層の支持がある。

クーデターの前のインラック首相は、タクシン元首相の妹である。
反政府デモは、インラック首相は傀儡だと口にしていたが、選挙で国民の審判を受けてケリをつけるのではダメだとする。
なぜならば、選挙をすればタクシン支持派が勝つからだという。
余りロジカルとは思えない。
それにしても最後は軍事力なのだろうか?

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2014年5月30日 (金)

政府安保法制懇と国民安保法制懇/「同じ」と「違う」(75)

安倍首相は、自ら設置した「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)の報告書の提出を受けて、記者会見を行い集団的自衛権の行使が必要であることを説明した。
⇒2014年5月16日 (金):成長戦略の実体は原発と軍需産業か/アベノミクスの危うさ(31)

安保法制懇とはいかなる存在か?
首相官邸のサイトでは次のように説明している。

 我が国周辺の安全保障環境が一層厳しさを増す中、それにふさわしい対応を可能とするよう安全保障の法的基盤を再構築する必要があるとの問題意識の下、集団的自衛権の問題を含めた、憲法との関係の整理につき研究を行うため、内閣総理大臣の下に「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」を開催するものです。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/anzenhosyou2/

メンバーの構成は以下のようである。
Ws000001

安倍首相の考えと同じもしくは似ている人を中心に人選したということである。
首相の設置した懇談会だから当然である、という見方もあるが、その報告書をもとに憲法解釈を変えようとするにはいかにも正統性がない。
集団的自衛権行使の容認論者だけを集めて構成した法的な設置根拠もない首相の私的機関で、議事録も非公開だという。

 正式会合は事前に開催日を公表。終了後、北岡伸一座長代理らが内容を説明し記者団との質疑に応じた。一週間後には議事要旨が公表された。非公式会合は日程が公表されず、議論の中身は非公表で、密室度が高い。安保法制懇はメンバー全員が集団的自衛権の行使容認論者で、客観性が欠けていると批判されてきた。非公式会合が頻繁に開催されていたことが明らかになり、不透明さが増した。
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安保法制懇 非公式に会合8回 集団的自衛権 頻繁に密室協議

「後ろめたさ全開」という感じであるが、それで国の根本を変えようとしているのだから恐ろしい。

さすがに、28日に、憲法解釈変更による行使容認に批判的な内閣法制局長官経験者や憲法学者らが、安保法制を考える懇談会を発足させた。
メンバーは、改憲派の憲法学者、小林節・慶応大名誉教授、孫崎享・元外務省国際情報局長、内閣法制局長官を務めた阪田雅裕、大森政輔両氏、第1次安倍政権で官房副長官補を務めた柳沢協二氏ら12人である。
「国民安保法制懇」と命名され、今年夏にも報告書をまとめるという。
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集団的自衛権:批判派の憲法学者ら「安保法制懇談会」発足

私の知る限り、改憲派、護憲派が入り混じってなかなかバラエティに富んでいる。
解釈改憲による集団的自衛権行使には反対、というのが共通点である。

28日は、集団的自衛権を巡る国会集中審議が始まった当日である。
午前中の集中審議で、戦争に巻き込まれるとの懸念に対し「実際に武力行使するかは高度な政治的決断だ」と釈明した。
この発言に対し、小林氏は「法的規制がないに等しい。『おれに任せろ』ということか」と批判した。
安倍首相は、「法治よりも人治」という考えなのだろう。
元長官の大森氏は「首相の判断の誤りを防ぐ人たちが内閣に集まっているとは思えない」と突き放し、首相の諮問機関「安保法制懇」の報告書について、「結論ありきで、まさに牽強付会。理由づけも実にひどい」と酷評した。

私は、元自衛官のジャーナリスト・江口晋太朗氏の次の意見に1票を投じたい。

 日本が持つ戦争放棄の考え方は、世界的に認知が広がっている。だからこそ、この考え方を国の強みとし、世界に発信すること、世界に対して戦争放棄という考え方を輸出することこそが、日本ができることではないだろうか。そのためには、中国やアメリカ、近隣諸国、武力解決を図ろうとする人たちに対して「あなた達は間違っている」と言えるかどうか。その気概をもち、地道な外交交渉を行っていくことこそが、戦後レジームからの脱却なのではないだろうか。
 これまで、あまりに政治的な話題を学校や家庭で話すことをタブー視してきた。しかし、それによる弊害が政治的無関心を作り出している。その結果、気づいたら自分たちが望まない形に法律が変わった、憲法(解釈)が変わっていた、ではいけない。自分の身が安全であることに安住するが、ひとたび自分の身が危険になった時にはすでに手遅れ、ということにもなりかねない。ハンナ・アーレントの言う「悪の凡庸さ」は、まさに私たちの普段の意識によって生み出されているということに気づかなければいけない。自分は知らなかった、ではすまされないのだから。
問われているのは日本のプリンシプル/民主主義のプロセス軽視の行使容認に反対

「政府」と「国民」、対照的な2つの安保法制懇である。
報告書が出揃った時点でどちらの議論が正鵠を射ているか、判断は国民に委ねられていると考えるべきだろう。

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2014年5月29日 (木)

未熟橋下と老害石原の協議離婚/花づな列島復興のためのメモ(329)

日本維新の会の石原慎太郎、橋下徹共同代表は5月28日、名古屋市内で会談し、石原氏が、維新の分党を提案。橋下氏も了承したという。
「分党」というのは、双方の合意の上で分かれることだというから、協議離婚のようなものだろう。
橋下氏が目指す「結いの党」との合流に、石原氏が憲法観の違いなどから反対し、溝が埋まらなかった。

維新は2012年9月に結党した。
11月に石原氏が率いる「太陽の党」が合流して、衆院53人、参院9人と議席を伸ばしてきたが、約1年半の寿命だった。
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http://www.asahi.com/articles/DA3S11161080.html

そもそも、両者の合流からして無理があったと考えるのが常識であろう。
合流時の夕刊紙の紙面である。
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http://www.asyura2.com/12/senkyo139/msg/154.html

理念や大義がどこにあったのか?
石原氏の看板がプラスになると考えたのなら、橋下氏の未熟というべきであろう。
石原氏と橋下氏には、大衆の支持がある(あった)という共通性がある。
ある意味でのスター性ということだろうが、石原氏と橋下氏の発言内容には齟齬があったことは明らかであろう。
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東京新聞2012年11月30日

石原氏は、テレビで見ても明らかに老いている。
こういう人が政党の代表の座にいることは、老害以外の何物でもないだろう。
⇒2014年3月 9日 (日):石原慎太郎の耄碌/人間の理解(3)

分かれることが決まってホッとしている人も多いだろう。
1党多弱の弱が細分化したわけだが、野党がしっかりしてこそ民主主義である。
野党再編は新たな局面を迎えている。
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石原系とみんな、橋下派と結い 野党再編新局面、綱引き激化

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2014年5月28日 (水)

ウクライナ政府軍と親ロシア派の攻防/世界史の動向(15)

ウクライナの政府と親ロシア派とのヘゲモニー争いが熾烈化している。
東部のドネツクでは、26日、親ロシア派の武装集団が空港を制圧し、ウクライナ政府軍が奪還作戦を始めた。
ウクライナ軍は26日、国際空港を占拠していた親ロシア派武装集団に対し空爆を決行したほか、パラシュート部隊による攻撃も実施して、26日中には武装勢力を空港から撤退させた。
ただ、27日もウクライナ軍と親ロ派との戦闘は続いた。
親ロ派は50人以上が死亡したとし、ドネツクの市長は前日からの交戦で民間人2人を含む40人が死亡したと明らかにした。

 同空港は市中心部から約10キロ離れた場所に位置し、国際線を持つ東部の拠点だ。交戦で、空港は閉鎖され、航空機が離着陸できない状態になっている。戦線が拡大すれば一般住民が巻き込まれる可能性がある。
 ウクライナ当局幹部が朝日新聞に語ったところによると、同日午前3時ごろ、武装した親ロシア派の男たちが空港の敷地を占拠。軍は午後1時ごろから作戦に着手した。同3時現在、敷地内の旧ターミナル付近で戦闘が続いている。親ロシア派の地上からの激しい攻撃で軍は追加部隊を送り込めず、「苦戦を強いられている」という。
親ロシア派が空港制圧 ウクライナ軍は奪還作戦で空爆   

25日の大統領選で親欧州派のポロシェンコ元外相の当選が確実になったが、親ロシア派武装勢力も戦闘を収める気配はない。
同氏は過去に、親ロシア派、反ロシア派の両方の政権で閣僚経験がある。
そのためロシアが暫定政権に向けていた執拗な国家主義者との批判から、逃れられる可能性もある。双方の橋渡し役が可能な現実主義者と目されている。

ポロシェンコ氏はキエフで記者会見を開き、「ウクライナ東部の状況改善に向け、ロシアが支援することを望む」と語り、9月前半にロシア首脳らと会談する考えも示した。
一方で、「テロリスト」とはいかなる交渉もしないと言明した。
「親ロ派武装集団に対する軍事攻撃はより迅速かつ効果的である必要がある」と指摘し、「反テロリスト作戦は数カ月も続くべきではない。数時間で終わるべきだ」とし、強硬姿勢を鮮明にした。

同氏は、「国民を保護することは国家機能の1つ」とも述べ、軍事費を拡大する意向を表明した。
ロシアは東部親ロ派への作戦停止をウクライナに求めているが、これに応じる気配は全く見せなかった。
ロシアのプーチン大統領は前週末、ウクライナ大統領選について「国民の決定を尊重する」と発言し、ラブロフ外相もこの日、ポロシェンコ氏と対話の用意があると述べた。   
しかし、西側諸国は、これまで何度もウクライナ国境付近の軍部隊を撤収させるとしながら実行に移していないとして、ロシアに対し懐疑的な見方を崩していない。

ポロシェンコ氏は大統領就任後、最初に東部を訪問する考えを示しており、親ロ派による空港占拠は同氏の訪問を阻止することが狙いだった可能性がある。
これに対し、ウクライナ軍は、親ロシア派が空港を閉鎖した数時間後には、空港上空に戦闘機を飛来させている。

25日実施の大統領選挙では、ウクライナ東部のドネツク、ルガンスク両州では、親ロシア派の妨害で全体の約8割の投票所で投票ができない事態だった。 
しかし、ポロシェンコ氏が圧倒的な勝利を収めたことで、ロシアがポロシェンコ氏の正統性を認めないことは難しい。

オバマ米大統領は、27日、ポロシェンコ氏に電話し、ウクライナ新政権が最重要課題とする国の統合に向けて、米政府が全面的に支援することを伝えた。
米大統領がいち早く新政権への支持を表明することによって、ロシアにウクライナ新政権との対話を促したとみられる。
アメリカは、国の指導者が選挙で国民に選ばれることを重視しており、ポロシェンコ氏の正統性を支持する立場に立つ。

しかし、西欧とロシアは、基本的な価値観において異なっている。
ウクライナ情勢の混乱の出口は容易には見つかりそうもない。

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2014年5月27日 (火)

緊迫するウルムチ/世界史の動向(14)

中国新疆ウイグル自治区ウルムチ市中心部の朝市で、テロが起きた。
22日午前7時50分ごろ、2台の車が人混みに突っ込み、市民らをはねた後に爆発・炎上した。
国営新華社通信などによると、31人が死亡し、94人が負傷した。
ウルムチと言っても一般の日本人には馴染みが薄い。
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北京や上海からは遠く離れたところである。
昨年10月には、北京の天安門広場で、ウイグル族が関与していると見られる自動車の自爆テロが起きている。
⇒2013年11月 4日 (月):天安門自爆テロ?/世界史の動向(1)
中国政府への根強い反発が動因となっていることは明らかである。

中国共産党は26日、新疆ウイグル自治区のウルムチで22日に起きた爆発事件を受けて政治局会議を開き、自治区における政策方針は「完全に正しい」と強調する一方、「反テロ闘争の長期性、複雑性、先鋭性を深刻に認識しなければならない」として相次ぐ事件に危機感をにじませた。会議は習近平国家主席(総書記)が主宰した。
http://mainichi.jp/select/news/20140527k0000m030134000c.html

中国公安省は、今後1年間、「暴力テロ活動取り締まり特別行動」を全国で展開すると明らかにした。
公安省の幹部は、「あらゆる方法を用いてテロを防ぎ、極端な宗教活動が広まるのを阻止せよ」と発言し、新疆を主戦場としつつ、その他の省や市の協力も得ていくとしている。

中国から海外に亡命したウイグル人の組織を束ねる世界ウイグル会議という組織がある。

世界ウイグル会議(せかいウイグルかいぎ、ウイグル語:دۇنيا ئۇيغۇر قۇرۇلتىيى, Dunya Uyghur Qurultiyi、英語:World Uyghur Congress)は、世界各国のウイグル人組織を統括する上部機関。ドイツのミュンヘンに拠点を置く。
東トルキスタン及び海外のウイグル人の利害を代表する唯一の国際機関を標榜し、平和的手段によるウイグル人の政治的地位確立を主張している。加盟組織は20を超え、在外ウイグル人組織では最大の運動組織である。
世界ウイグル会議-Wikipedia

同会議のラビア・カーディル主席は、中国新疆ウイグル自治区ウルムチで爆発事件などが相次いだことについて「問題の核心を見ることを拒否し、誤りに誤りを重ねている」と中国政府を批判している。
おそらく力で抑えつけようとしても抑えきれないであろう。
中国という国が統一的に存続し得るのかどうか、きわめて危うい分水嶺に差し掛かっているように思われる。

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2014年5月26日 (月)

脳内情報過程のマーケティングへの応用/知的生産の方法(95)

フィリップ・コトラーの名前はビジネス・パーソンなら知らない人はいないと言ってもいいだろう。
現代マーケティングの第一人者として、日本でも多くの著作が翻訳され、研究書が出版されている。
日本経済新聞の「私の履歴書」という月替わりの連載の昨年12月がコトラーだった。

1カ月の連載を通じて、「マーケティングは科学である」という主張が通奏低音のように流れていたように思う。
最終日の12月31日には、次のようなことが書いてあった。

多くの人が学ぶ経済理論では消費者、仲介者、生産者それぞれの合理的行動を前提としているが、その妥当性には疑問符がついている。
 新たな経済学は、行動経済学と命名され、経済の非合理性を研究した心理学者ダニエル・カーネマンが2002年にノーベル賞を受賞した。実は行動経済学は「マーケティング」の別称にすぎない。

コトラーの言うように、行動経済学は人間の一見すると不合理のように見える行動に光を当てる。
大竹文雄、田中沙織、佐倉統『脳の中の経済学』ディスカヴァー携書(2012年12月)はそのような研究の成果の解説書である。
以下、マーケティングを専門としている電通の人たち(電通感性工学ユニット)による『そそるマーケティング』ダイヤモンド社(2011年7月)を参照してみよう。
副題は、「ヒトは「脳内会話」で動いていた」。

電通は広告会社だから、人を惹きつけるような広告をクライアント(主に生産者、仲介者)に提案することがs中核的業務である。
しかし、「感性の時代」とか「価値観の多様化」が言われるような時代になって、効果的な広告の手がかりがなくなった。

人間が外部の情報を取り込み、行動に至るプロセスは下図のように考えられる。
Photo_2
 そそるマーケティング

行動を決めるのは、人の脳内で生じる意味や価値であり、それは外部からの情報がきっかけとなり、今までの(情報の)ストックである。
外からの情報が脳内にインプットされ、アクションというアウトプットに至るプロセスにおいて、インプットとストックが干渉して意味や価値を生じさせることを、「脳内会話」と名付けた。

「脳内会話」のきっかけは、新たな情報(ニュースと呼ぶ)によってストックが動き始めることにあり、これを「発火」と名付ける。
広告は、「発火」を促すものでなければ目的を果たせない。
そこで、どういう状態ならば「発火」するかという仮説を立てた。

「発火」が起きるかどうかは、ストックの状態と、そのストックに対してどういうニュースが入ってきたかによるだろう。
ストックの状態は、「あるまとまったイメージや理解」を持っているか否かである。
どういうニュースかは、ニュースとストックが同質か異質かということである。
以上のように考えれば、脳内会話を下図のように分類することができる。
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上掲書

ターゲット(生活者・消費者)のストックがどうであるかを踏まえて、広告というニュースを提供しようということである。
同書には個別のケースについての解説が載っている。
しかし、価値観の多様化というのは、情報のストックの多様化あるいは「脳内会話」の多様化のことではないのか?
とすれば振り出しに戻ってしまうような気がする。

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2014年5月25日 (日)

牛丼御三家の戦略の差異/ブランド・企業論(26)

牛丼と回転寿司は、和食のファストフードとしてすっかり定着したようだ。
いずれも低価格で気軽に食べられるところが共通である。
牛丼業界には、御三家という存在がある。
吉野家(吉野家HD)、すき家(ゼンショーHD)、松屋(松屋フーズ)である。

3月まで、御三家の牛丼価格は280円で横並びであった。
デフレの時代とはいえ、280円というのは割安感がある。
そのためか、2015年度の決算は、各社ともに好調だった。
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日本経済新聞5月15日

各社の業績は下表のようだった。
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同上

消費税増税に伴い、御三家の価格戦略に差が出た。
吉野家は20円値上げして300円とし、松屋も10円引き上げた。
しかし、最大手のすき家は、10円値下げした。

結果はどうだったか?
まだ4月分の速報値しか出ていないが、以下のように報じられている。

4月の実績を詳しく見ていくと、吉野家の既存店売上高(速報)は、前年同月比で3.3%の減少。客単価は上昇したが、既存店客数が同9.2%減ったことが響いた。昨年4月以降、同年9月を除いて既存店売上高で前年同月の実績を上回っていたものの、ここに来て業績拡大にブレーキがかかった形だ。
すき家は、既存店売上高が同1.4%減、既存店客数も同4.8%減った。松屋も既存店売上高が同0.2%減、既存店客数は同4.4%減となり、数字上は吉野家の下げ幅が大きく見える。
値付けで分かれた牛丼「御三家」、初陣の意外な勝者

今回の既存店の売り上げ実績からは、各社の値下げや割引キャンペーンの影響もあって、増税における価格改定の影響は読み解きにくいという。
ただし、値下げしたすき家が必ずしも好調でないことを考えると、牛丼の価格弾力性は大きくないと推測される。
とすれば、商品力が問われてくる。
その中核は、吉野家が先行した牛すき鍋膳などの「鍋」メニューである。

ただ、もともと豊富なメニューで差別化を図ってきたすき家では、鍋メニューの追加により思わぬ事態が起きている。
メニューが多いと当然、店員への負荷も高い。
そこに、手間がかかる牛すき鍋が加わったため、アルバイトの不満が爆発し、すき家を去るアルバイトが相次いで、約2000の店舗のうち、一時は123店が、閉店や営業時間の短縮に追い込まれた。
私自身は、現在は牛丼を食する機会はほとんどないが、牛丼戦争の行方は興味深い。

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2014年5月24日 (土)

日和見と観天望気/「同じ」と「違う」(74)

仙台市宮城野区の日和山が、18年ぶりで「日本一低い山」に返り咲く可能性が出てきたという。
「日本一低い山」として認定されるためには、地形図に山の名称が記載されていることが条件になる。
1996年に大阪市の天保山(4.5メートル)が、住民の強い要望で地形図に山名が掲載され、標高6.05メートルだった日和山は日本最低峰の座を奪われてしまった。
日和山は、東日本大震災の津波で大きく削られてしまったが正確な高さは誰も計測していない。
日和山を愛してやまない地元の住民たちは本当に「日本最低峰」になったのかどうか、固唾をのんで行方を見守っているという。
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日本一低い山再び? 津波で地形一変 仙台・日和山

日和山といえば、石巻市の日和山から見た被災地の記憶は忘れがたい。
⇒2012年8月27日 (月):大川小学校の悲劇と避難誘導の難しさ/因果関係論(20)・みちのく探訪(1)

このように、各地に日和山というのがある。
日和山-Wikipedia には、以下のように紹介されている。

日和山(ひよりやま)は、日本各地にある山の名前。船乗りが船を出すか否かを決める際に日和を見る(天候を予測する)ために利用した山で、港町に多い。
日和山 (北海道) - 北海道登別市にある標高377mの山。
日和山 (秋田県) - 秋田県能代市にある標高30mの山。
日和山 (石巻市) - 宮城県石巻市にある標高56.4mの山。東廻り航路の拠点港・石巻にある。
日和山 (塩竈市) - 宮城県塩竈市にある標高26.8mの山。東廻り航路の拠点港・寒風沢(塩釜港の外港にあたる)にある。
日和山 (仙台市) - 宮城県仙台市にある標高3mの山。貞山運河と七北田川の積替港・蒲生にある。日本一低い山に認定されている。
日和山 (名取市) - 宮城県名取市にある標高6.3mの山。貞山運河と名取川の積替港・閖上にある。
日和山 (山形県) - 山形県酒田市にある山。最上川河口・酒田港が望める。
日和山 (新潟県) - 新潟県新潟市にある山。天保2(1831)年、江戸の絵師長谷川雪旦が訪れ、当時の様子を描いている。
日和山 (石川県) - 石川県鳳珠郡能登町にある標高29mの山。
日和山 - 兵庫県豊岡市の地名。日和山海岸を参照。
日和山 (尾鷲市) - 三重県尾鷲市にある標高301mの山。
日和山 (鳥羽市) - 三重県鳥羽市の鳥羽駅南側にある標高68mの山。

日和を見る(天候を予測する)から、日和見という言葉に独特のニュアンスが生まれた。
杉晴夫『生体電気信号とはなにか―神経とシナプスの科学』講談社ブルーバックス(2006年7月)の中に、次のような記述がある(pp71~72)。

 加藤らは世界の学界の定説であった興奮の減衰説にチャレンジして、これを覆す証拠を次々と発表したが、国内での彼らの研究に対する反応は冷淡かつ日和見的であった。これはわが国の学界の「伝統的」な態度で、現在も依然として続いており、独創的な研究の芽を摘み続けている。

著者は、東大医学部の助手からアメリカの研究機関を経て帝京大学医学部の教授になった。
わが国の学界に対する批判がどの程度の正確さと射程で問題を射抜いているか分からないが、STAP細胞を巡る一連の動きに、やや似ているような気もする。

「日和見」という言葉に、余り良いイメージはない。
若いころの私の記憶では、動詞形の「日和る」というのは、一種の侮蔑用語であった。
Wikipedia-日和見主義には、以下のような解説が載っている。

日和見主義(ひよりみしゅぎ)とは、ある定まった考えによるものではなく、形勢を見て有利なほうにつこうという考え方のことである。
・・・・・・
普通、政治的な場で相手を侮辱する時に使う言葉である。機会主義(きかいしゅぎ)、投機主義(とうきしゅぎ)、オポチュニズム(Opportunism)とも言う。
・・・・・・
日和見主義に陥る事を、1960年代の大学闘争の現場においては“日和(ひよ)る”と軽蔑した。

私は上記の闘争現場にいたというわけではないが、学生同士の日常会話で、初志貫徹に挫折しそうな時、あるいは軸がブレている時などに普通に使っていたように思う。
しかし、情勢を見て判断することが一概に悪いこととは言えない。
柔軟に状況に対応できないことはむしろ悪ではないか。

日和見とは、天気を観察することである。
日和を辞書で引くと以下のようである。

ひ‐より 【日和】
空模様。天気。「―をうかがう」
晴れたよい天気。晴天。また、なにかをするのに、ちょうどよい天気。「待てば海路の―あり」「小春―」「行楽―」
物事の成り行き。雲行き。形勢。「―を見る」
「日和下駄」の略。
kotobank > 日和とは

史上名高い日和見は、洞ヶ峠における筒井順慶であろう。
洞ヶ峠は、京都府八幡市と大阪府枚方市との境にある峠である。
天正10年(1582)の山崎の戦いで、明智光秀が軍を進め、筒井順慶に加勢を求めたが、順慶は兵を動かさなかった。
ここで戦いを観望し、有利なほうに味方しようとしたためであるとされる。
この故事から、有利なほうにつこうと形勢をうかがうことを、洞ヶ峠(を決め込む)と言うようになった。
しかし、この伝説は史実に反しているとされる。
筒井順慶は最終的には洞ヶ峠に着くことなく大和へと撤兵して中立を保ったのである。

日和見は、情勢判断の基礎であろう。
かつて日本の降伏後、山西省で「祖国復興・山西独立」をスローガンに、「李誠」の名で資源確保のために閻錫山の山西野戦軍(約6万人・5個師団)を指揮し、毛沢東が率いる中国人民解放軍と戦ったといわれる故城野宏氏が、情勢判断学を提唱したことがあった。
城野宏の情勢判断学―活きた人間活動の事実をとらえる』ソーテック社(1987年11月)、『経済情勢判断学』 講談社(1981年7月)などの著書がある。
「情勢判断学」とは、いかにして客観的かつ効果的に「日和る」方法の謂いではなかろうか。

富士山麓の住民は、昔から富士山にかかる雲の形を見て、天気を占う。
日和見であるが、別の言葉で言えば、観天望気ともいう。

 富士山は単独峰であるため、湿気をふくんだ風が山に直接ぶつかり、高度を増すにつれて、いろいろな形をした雲があらわれます。富士山にかかる雲は古来より観天望気のよい指標となってきました。観天望気(かんてんぼうき)とは、雲や風など大気の状態を観測し、天気を予測することです。富士山の雲は非常に顕著な現象を示すため、麓の住民は富士山の雲を見て天気を予測してきたのです。富士山に発生する雲の中で代表的なものが笠雲とつるし雲です。「富士山が笠をかぶれば近いうちに雨」「ひとつ笠は雨、二重笠は風雨」など、麓には雲に関係することわざも多く残されています。実際、笠雲がかかったあとの天気は、24時間後までに雨となる確率を季節別にみると春秋が約70%、夏は約75%、冬も約70%と、統計からみてもかなり信頼性が高いと言えます。さらに、笠雲とつるし雲が同時に現れると雨の確率は約80~85%もの的中率になると言われています。
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富士山の雲と天候の関係

静岡県には民謡が少ないが、代表的なものが「ちゃっきり節」であろう。
作詞:北原白秋、作曲:町田嘉章で、1927年(昭和2年)、静岡市近郊に開園した狐ヶ崎遊園地(後の狐ヶ崎ヤングランド)のCMソングとして、静岡鉄道の依頼によって制作されたとされる。

唄はちゃっきり節 男は次郎長
花はたちばな 夏はたちばな 茶のかおり
ちゃっきり ちゃっきり ちゃっきりよ
きゃあるが鳴くんで 雨ずらよ

「きゃあるが鳴くんで 雨ずらよ」は、「蛙が鳴くから雨だろう」の静岡方言であるが、一種の観天望気である。

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2014年5月23日 (金)

「美味しんぼ」騒動と原発事故の風化・風評/原発事故の真相(115)

「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)に連載中の「美味しんぼ」が話題になっている。
登場人物が語る東京電力福島第1原発事故後の福島県の状況を巡って、閣僚らが次々に記者会見で批判を口にしているのだ。

 安倍晋三首相は17日午後、小学館の「週刊ビッグコミックスピリッツ」の漫画「美味(おい)しんぼ」に主人公らが東京電力福島第1原発を訪問後に鼻血を出すなどの描写があった問題に関し「政府としては、根拠のない風評を払拭をしていくためにも、しっかりと正確な情報を分かりやすく提供していく。国として全力を挙げて対応していく必要がある」と述べた。
安倍首相「根拠ない風評に国として全力で対応」

東京電力福島第一原発の汚染水漏れ問題について 安倍首相は、内外に「完全にブロックされている」ということを繰り返し言っている。
しかし、現実はどうか?
とても「完全にブロックされている」とは言えない状況にあることは、核種除去装置(ALPS)がまともに稼働していない一事を以てしても明らかであろう。
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東京新聞5月23日

 東京電力福島第一原発の汚染水を処理する多核種除去設備ALPS(アルプス)で20日、運転を続けていた最後の1系統でも異常が見つかり、全系統で処理が止まった。昨年3月に試運転を始めてから運転と停止を繰り返してきたものの、全系統で不具合が重なるのは初めて。タンクにたまった高濃度の汚染水を今年度中に処理するという国と東電の目標の達成は心もとない状況だ。
ALPS、全系統で処理止まる 福島第一の汚染水対策

石原伸晃環境相は、9日の閣議後記者会見で「その描写が何を意図して、何を訴えようとしているのか全く理解できない」と不快感を示した。
また、「漫画がノンフィクションなのかフィクションなのかも分からないが、風評被害を引き起こすようなことがあってはならないと思う」と述べている。
一方、井戸川克隆前福島県双葉町長は漫画の場面について「間違っていない」と述べている。

原発事故当時に双葉町長だった井戸川克隆氏はこの日、都内で記者団に自らも同様の症状があると説明した上で「風評被害ではなく実害だ。被害を受けている人は、正々堂々と賠償請求するべきだ」と訴えた。漫画には、井戸川氏が「福島では同じ症状の人が大勢いますよ。言わないだけです」と発言する場面がある。
「美味しんぼ」の鼻血描写に賛否 石原環境相と前双葉町長が対立

「美味しんぼ」は、雁屋哲原作・花咲アキラ作画で、1983年に連載が始まった。
東西新聞社文化部の記者、山岡士郎を主人公にした食をテーマとするマンガである。
私は、グルメブームの火付け役の一端を担った程度の知識しかない。
基本的にマンガはよほどのことがない限り手にしない。
話題になっているので、1冊くらい見ておかないとと思って、近くの書店に行ってみたが、売り切れなのか見当たらなかった。

福島第一原発事故から3年3カ月になろうとしている。
しかし、未だ事故はまったく収束していない。
一方で、再稼働を急ぐ電力会社と自民党政府。
その意味で、事故の風化は進んでいると言わざるを得ないであろう。

「鼻血描写」が適切であるか否かは、より多くの事例を知ってから判断するとしたいが、少なくとも、井戸川前双葉町長は、「自らも同様の症状がある」「福島では同じ症状の人が大勢います」と語っているのである。
権力側が、「風評被害を招くのは遺憾」と断罪するのは早計ではないか。

東京電力福島第1原発事故の健康影響を調べている福島県の「県民健康調査」の検討会が開かれ、甲状腺がんが悪性と診断された子どもが、疑い例も含め89人になったと報告された。
今回、公表されたのは3月31日までのデータで、原発事故当時18歳以下だった約29万人が検査対象となっている。
・・・・・・
会見では、甲状腺がんの因果関係について質問が相次いだが、検討委員会の星北斗座長は、がんと診断された子どもの年齢がチェルノブイリより高いことや、発生頻度に地域差がないとして、「現時点では被曝の影響だとは考えにくい」と話した。
甲状腺がんの子、疑い含め89人に〜福島県民健康調査

比較対照する地域の調査データがないと、奥歯にモノが挟まっているような感じである。
風評と断ずるためには、低線量被害の実態調査をもっと丁寧に行うことが必要なのではないか。

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2014年5月22日 (木)

「吉田調書」を全面開示して真相解明の一歩に/原発事故の真相(114)

朝日新聞の大スクープである。
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福島第一原発の事故当時の所長・吉田昌郎氏の政府事故調査・検証委員会の調べに答えた「聴取結果書」(吉田調書)である。
事故究明のための一級資料といえよう。
朝日紙上で逐次発表するという。
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朝日新聞が福島原発のスクープをソーシャル予告

久しぶりに朝日新聞が放ったホームランではないか。
長期連載「プロメテウスの罠」(2011年10月~)のような取り組みの成果といえよう。
かつてと比べて朝日新聞は劣化していると思っているが、さすがに「腐っても鯛」(?)である。
⇒2013年10月14日 (月):朝日新聞社はどうなっているのか?/ブランド・企業論(3)

吉田氏は、事故対応に重要な働きをした。
惜しくも2013年7月に亡くなり、ふたたび肉声を聞くことが叶わない人になってしまった。
事故との因果関係は、東電は否定しているが、まったく無関係ということはあり得ないであろう。
⇒2013年7月10日 (水):死の淵の人・イチエフ元所長吉田昌郎さん/追悼(31)

 吉田調書や東電の内部資料によると、15日午前6時15分ごろ、吉田氏が指揮をとる第一原発免震重要棟2階の緊急時対策室に重大な報告が届いた。2号機方向から衝撃音がし、原子炉圧力抑制室の圧力がゼロになったというものだ。2号機の格納容器が破壊され、所員約720人が大量被曝(ひばく)するかもしれないという危機感に現場は包まれた。
 とはいえ、緊急時対策室内の放射線量はほとんど上昇していなかった。この時点で格納容器は破損していないと吉田氏は判断した。
 午前6時42分、吉田氏は前夜に想定した「第二原発への撤退」ではなく、「高線量の場所から一時退避し、すぐに現場に戻れる第一原発構内での待機」を社内のテレビ会議で命令した。「構内の線量の低いエリアで退避すること。その後異常でないことを確認できたら戻ってきてもらう」
 待機場所は「南側でも北側でも線量が落ち着いているところ」と調書には記録されている。安全を確認次第、現場に戻って事故対応を続けると決断したのだ。
 東電が12年に開示したテレビ会議の録画には、緊急時対策室で吉田氏の命令を聞く大勢の所員が映り、幹部社員の姿もあった。しかし、東電はこの場面を「録音していなかった」としており、吉田氏の命令内容はこれまで知ることができなかった。
福島第一の原発所員、命令違反し撤退 吉田調書で判明

東電は、今までこの事実を公表してこなかった、と言うよりも隠蔽してきた。
そういう企業が、電気料を脅迫材料のようにして、原発再稼働を目論んでいるのである。
朝日新聞の報道の通りであるとすれば、企業犯罪ではないか?

「吉田調書」について、次のような説明がある。

政府事故調が吉田氏を聴取した内容を一問一答方式で残した記録。聴取時間は29時間16分(休憩1時間8分を含む)。11年7月22日から11月6日にかけ計13回。そのうち事故原因や初期対応を巡る聴取は11回で、事務局に出向していた検事が聴取役を務めた。場所はサッカー施設Jヴィレッジと免震重要棟。政府事故調が聴取したのは772人で計1479時間。1人あたり約1・9時間。原本は内閣官房に保管されている。
同上

吉田氏は、2011年11月に食道がんが見つかったとされる。
おそらくは体調不良の中で、約1時間の休憩はあるものの、29時間余の事情聴取である。
聴取したのは事務局に出向していた検事ということであるが、過酷な聴取であったと想像できる。
吉田氏の肉声を聞くことはもうできない。
とすれば、肉声がそのまま書き残され、やりとりが録音されているという「吉田調書」は、吉田氏の遺言のようにも思える。

政府事故調は、報告書に一部を紹介するだけで、多くの重要な事実を公表しなかった。
「9割の所員が待機命令に違反して撤退した」という事実は、今まで知られていなかったのである。
政府事故調解散後に調書を引き継いだ政府(菅義偉官房長官)は、閣議後の記者会見で「吉田元所長を含めヒアリングは公開しない」と語り、調書を今後も非公開とする考えを示した。
まさか、特定秘密に相当するというわけでもあるまい。
政府は、政府事故調の資料を公表すべきではないか。

 吉田氏は政府事故調の聴取に対し、聞き取り内容の公開を了承している。調書を非公開とする理由について菅氏は「事故を二度と起こさないように施策を政府をあげて行っている。それ以上でもない」と明言を避けた。政府に保管されているとされる調書は「読んでいない」とした。
菅官房長官、吉田調書は「公開しない」 理由は明言せず

これでは説明になっていない。
しかも、保管されている調書を「読んでいない」というのは、再稼働を進める立場にある者として、不真面目ではないか。

ただ、今朝の記者会見では、含みを残しているようである。

「聴取結果書」(吉田調書)について、開示しない方針を示しながらも、「もしご遺族から違う形の申し出があれば当然(開示を)考えるべきだ」と述べた。
吉田調書「遺族から申し出あれば開示検討」 菅官房長官

「吉田調書」によれば、住民が大量被曝の危機一髪の状態であった。
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朝日新聞5月21日

事実を公開してこそ、真相に近づき、新たな対策の道が開ける。
吉田氏の声を無にするようなことがあってはならないだろう。

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2014年5月21日 (水)

画期的な2つの判決/花づな列島復興のためのメモ(328)

奇しくも同日に、時代を画するような2つの判決が下りた。
関西電力大飯原発3、4号機の運転差し止めを命ずる福井地裁の判決と、厚木基地の自衛隊機の午後10時~午前6時の間の飛行差し止めを命じた横浜地裁の判決である。
いずれも控訴される見通しであり、確定判決ではないが、少なくとも地裁レベルで判断が下されたのである。

大飯原発の当該号機は、福島原発事故以後稼働した唯一の原発であって、その再稼働には大きな問題があった。
⇒2012年4月23日 (月):なぜ急ぐ、大飯原発再稼働/原発事故の真相(27)
⇒2012年7月 2日 (月):「国民安全の日」に大飯原発を再起動させる無神経/花づな列島復興のためのメモ(100)

福井地裁は、地震の揺れに対する安全性の判断に、厳しく一石投ずるものものと言えよう。

福井県にある関西電力大飯原子力発電所の3号機と4号機の安全性を巡る裁判で、福井地方裁判所は「地震の揺れの想定が楽観的で、原子炉を冷却する機能などに欠陥がある」と指摘し、住民側の訴えを認め、関西電力に対し運転を再開しないよう命じる判決を言い渡しました。
東京電力福島第一原発の事故のあと、原発の運転再開を認めないという判断は初めてで、原発の安全性を巡る議論に影響を与えそうです。
大飯原発 運転再開認めない判決

当該号機は、福島第一原発の事故のあと運転を再開したが、去年9月に定期検査に入った。
裁判を起こした周辺住民などは「安全対策が不十分だ」として運転を再開しないよう求め、これに対し関西電力は「安全上問題はない」と反論していた。
大飯原発については、かねてから安全性に問題があると指摘されていたところだ。
⇒2013年9月 7日 (土):大飯原発活断層判断の怪/原発事故の真相(83)
⇒2012年10月24日 (水):活断層定義問題と大飯原発の稼働/花づな列島復興のためのメモ(154)

福井地裁の樋口英明裁判長は、「原発の周辺で起きる地震の揺れを想定した『基準地震動』を上回る揺れが、この10年足らずの間に全国の原発で5回も観測されていることを重視すべきだ。大飯原発の基準地震動も信頼できない、楽観的なものだ」と指摘した。
福島第一原発の事故のあと、原発の運転再開を認めないという判断は初めてでであるが、全国の原発で行われている地震の想定の根拠について「楽観的な見通しに過ぎない」と厳しく批判したことは、今後の原発政策にも影響を与えることになる可能性がある。

厚木基地訴訟の原告は、基地がある大和市、綾瀬市のほか東京都町田市など計8市の住民約7千人である。
住民側はこれまでの騒音訴訟で退けられてきた民事上の飛行差し止め請求に加え、行政訴訟でも、飛行を差し止め、米軍機の滑走路使用を認めないよう求めていた。

横浜地裁の佐村浩之裁判長は21日、自衛隊機の夜間飛行差し止めを命じた。
全国の基地騒音訴訟で飛行差し止めの判断が示されるのは初めて。
・・・・・・
過去の同種訴訟では米軍機への飛行差し止め請求は「国の支配が及ばない第三者の行為に対する請求で主張自体失当」などとして認められてこなかった。住民側は第4次訴訟で、国が管理する基地の滑走路を米軍が使用する許可は「防衛相の行政処分」と主張、行政訴訟でも訴えていた。
自衛隊機夜間飛行差し止め命令 厚木基地訴訟で横浜地裁

いずれの判決も、従来にない新しい判断である。
このような裁判の場合、高裁レベルで逆転されるケースが多いが、司法の存在意義が問われているといえよう。

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2014年5月20日 (火)

アルツハイマー型認知症/ケアの諸問題(12)

認知症の原因には、病気やストレスなどさまざまであるが、原因になることがわかっている病気はいくつかある。
高齢者の認知症の原因で一番多いのはアルツハイマー病である。
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認知症の理解・予防

それでは、アルツハイマー病とはいかなる病気か?
「アルツハイマー病」の名は、最初の症例報告を行ったドイツの精神科医アロイス・アルツハイマーに由来する。
アルツハイマーは、1901年に嫉妬妄想などを主訴としてはじめてアルツハイマーの元を訪れた、世界で最初に確認された患者アウグステ・データー(女性) (Auguste Deter) に関する症例を、1906年にテュービンゲンのドイツ南西医学会で発表した。
この症例はドイツ精神医学の大家のクレペリンの著述した精神医学の教科書で大きく取り上げられ、「アルツハイマー病」として広く知られるようになった
発症時アウグステ・データーは46歳であったが、56歳で死亡した。

「ニューズウィーク日本版」(2014年5月13日号)がアルツハイマー病の特集を載せている。
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同誌によれば、アメリカには現在、推定で520万人のアルツハイマー病患者がいる。
この病気には、今のところ、予防法も進行を遅らせる治療法もない。
アルツハイマー病の第一のリスク因子は加齢である。

アルツハイマー病の症状は、進行性の認知障害(記憶障害、見当識障害、学習障害、注意障害、空間認知機能や問題解決能力の障害など)である。
重症度が増し、高度になると摂食や着替え、意思疎通などもできなくなり最終的には寝たきりになる。
徐々に進行する点ことが特徴的であり、症状経過の途中で、被害妄想や幻覚(とくに幻視)が出現する場合もある。
暴言・暴力・徘徊・不潔行為などの問題行動(いわゆる周辺症状:BPSD)が見られることもあり、介護上大きな困難を伴うため、医療機関受診の最大の契機となる。

アルツハイマー病の原因は、長い期間をかけて脳の中で生じる、複雑な一連の事象によって発症することが次第に明らかになってきているが、まだ完全には解明されていない。
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アルツハイマー型認知症の危険因子

遺伝子構成や生活習慣は人によって様々なため、それぞれの因子がどの程度重要な役割を果たすかは、人によって異なる。
脳の老人斑など、この病気に特徴的な病理学的現象は、発症の大分前から検知でできる。

脳からの老廃物「アミロイドβ」が、脳の表面を覆って、その下の脳神経を破壊するそうです。
普通は分解されて沈着しないそうなんですが・・・、老人ともなると機能が失われるようです。
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アルツハイマー治療 最新の開発状況!

しかし、治療法がないので、早期発見がいいのかどうか、意見が分かれている。

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2014年5月19日 (月)

総介護社会への準備を急げ/ケアの諸問題(11)

私は、回復期のリハビリ病院に5カ月ほど入院していた。
その時、これは近未来の日本の社会の姿ではないかと思った。
2025年に団塊の世代が後期高齢者になる。
あと10年である。

先ごろ、認知症の人が起こした電車事故の損害賠償訴訟について、高裁判断が示された。
認知症の罹患者は91歳の男性で、損害賠償請求をしたのは、JR東海である。
判決は、85歳の妻に賠償を命ずるものだった。
⇒2014年4月29日 (火):認認介護という現実/ケアの諸問題(6)

地裁では、遺族の長男も損害賠償の対象になっていたが、控訴審の名古屋高裁でも妻の賠償責任があると判断された。
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認知症徘徊は妻のみ責任 JR事故、賠償は半減

この判決をどう見るか?
民法は、損害賠償について、次のように規定している。
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この判決をどう考えるかは立場によってさまざまであろうが、多少でも介護の現場を知っている人ならば、介護の現場を無視した教条的な判決と考えるのではないか。
⇒2014年5月13日 (火):軽度認知症とその対策/ケアの諸問題(9)
実際、もし自分が遺族の立場だったらと考えると、どうできただろうか?
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週刊現代5月24日号

団塊の世代が後期高齢者になる2025年には、認知症患者も増大しているのではないだろうか。
それに伴い、事故件数も増大すると予測されている。
在宅医療・介護の方針が打ち出されているが、判決は逆行しているようにも思えるし、十分な体制が確保できるとも思えない。
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http://www.fukushishimbun.co.jp/topics/3020

2025年に向けて、ほとんどすべての人が、介護をする人かされる人になるであろう。
すなわち総介護社会である。
自公両党は、野党の審議が十分ではないという反対を押し切って「医療・介護総合推進法案」を強行採決した。
一方で、集団的自衛権も強権的に行使容認の方向に動くようである。
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静岡新聞5月15日夕刊

どう見ても、介護人材の拡充は焦眉の課題であろう。
しかるに、介護職が3Kと呼ばれる悪環境にあることは、社会通念となっている。
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東京新聞5月11日

この国の将来はどうなるのであろうか?
杞憂を抱くのは私だけではあるまい。

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2014年5月18日 (日)

安倍首相の憲法解釈論/花づな列島復興のためのメモ(327)

最近、若い人と話していると(私の場合、若い人には20歳代から50歳代まで含む)、安倍首相の評価が高いことが多い。
それは、中国、韓国等に対する反感、いわゆる嫌中・嫌韓とセットになっていることがほとんどである。
特に、南シナ海での中国の覇権主義的な態度、珍島沖での客船セウォル号沈没事故における韓国の対応等のニュースにより、嫌中・嫌韓のボルテージが上がっている。
安倍首相が強引に、集団的自衛権の行使を容認すべしと意欲的なのは、このような嫌中・嫌韓感情が高まっている現在が絶好のチャンスだと捉えているのかも知れない。

最初に、安倍首相が記者会見で説明に使用した2枚のパネルを見てみよう。
A 紛争地から邦人を救出する米艦の防護
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B PKOの駆けつけ敬語
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集団的自衛権、限定的行使容認へ

邦人救助のパネルには、母子の図が添えられている。
赤ちゃんを抱いた母親を護ろうとするのは、訴える力が強い。
「自分の家族が殺されるんなら家族を守るため戦争もやむを得ない」という気持ちにもなるだろう。
つまり、家族や邦人の防護は戦意高揚の常套手段でもある。

邦人救出の問題は、1993年の朝鮮半島有事を想定した時から検討されてきた。
統合幕僚会議(現統合幕僚監部)は、米軍や民間人に頼らないで救出する成果をまとめた。
20年も前に想定済みで、しかも安保法制懇で検討してきた集団的自衛権の事例には含まれていないという。
国民の共感を呼べるような事例を、官僚に考えさせたのではないかと言われる。

Bのパネルについて、「NGOの日本人ボランティアや他国の国連平和維持活動(PKO)の要員が、現地の武装集団に攻撃されても、PKOで派遣された自衛隊が警護できない」と訴えた。
しかし、これは集団的自衛権とは無関係の問題ではないか?
PKOの武器使用の問題である。
わざわざ集団的自衛権という概念を持ち出さなくてもいい事例を用意して、集団的自衛権の行使容認の必要性を訴えているのである。

2枚のパネルに、集団的自衛権問題の本質からそれたものをわざわざ選んでいるわけである。
国民の感情に訴えやすい事例をあえて選んでいるのは、首相自ら「命を守るべき責任を負っている私や日本政府は、本当に何もできないということでいいのか」と情緒的に訴えるのを強調しるためであろう。
集団的自衛権の行使容認に向けた空気を醸成する狙いが滲んでいる。

ヒトの脳は、大まかに言えば次図のような構造をしている。
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http://www.sets.ne.jp/~zenhomepage/brainscience1.htm

脳の中で一番早く反応するのは、大脳辺縁系の感情を司る扁桃体である。
つまり、論理的な判断以前に、感情的な判断がある。
⇒2013年4月20日 (土):脳の3層構造とコミュニケーション/知的生産の方法(49)
あえて集団的自衛権と言わずも、個別自衛権で十分対応できる事例による安倍首相の説明には、感情に響くことを狙いとしていることが、見え透いている。

ドイツは、ワイマール憲法という当時最も優れた憲法を持っていながら、ヒトラーを選びファシズム国家になった。
麻生副総理兼財務大臣、金融担当大臣は、憲法改正についてナチスを引き合いに出して、「うまく」改正すればいい、と言ったことがある。
⇒2013年8月 4日 (日):撤回では済まされない麻生副総理の言葉
いま、まさに、そのように事態は進行しているのではないか。

集団的自衛権の本質は何か?
行使事例をあるtwitterで紹介されている図で見てみよう。
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https://twitter.com/no_soy_bonito/status/466957718436057088/photo/1

これらの事例から帰納されるのは、大国の軍事介入である。
端的に言えば「他国のケンカ(戦争)を買う」ということである。
自衛という言葉に惑わされてはならない。
集団的自衛というのは、「他衛」のことである。

若い人とのメールのやり取りでは、自分の意見を確立できていないとしつつ、「集団的自衛権を行使するような有事が想像しにくい」「限定的な行使とはどういった場合を想定しているのか?」「グレーゾーン状態とは?」「憲法9条に込められた思いは消してはならない」というような意見であった。
最後に、歌人岡野弘彦氏の歌集から引用する。

親ゆづり祖父(おほぢ)ゆづりの政治家(まつりごとびと)世に傲(おご)り国を滅ぼす民を亡ぼす

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2014年5月17日 (土)

汚染水は完全にブロックされている?/原発事故の真相(113)

集団的自衛権行使が必要な場合を、安倍首相がパネルを用いて熱の入った説明をした。
納得的であったか?
私はそうは思わないが、人によって感じ方はそれぞれであろう。
安倍首相の熱意は伝わってくるが、言葉に酔っているのではなかろうか?

安倍首相が、東京オリンピック招致のプレゼンにおいて、福島原発事故は「状況はコントロールされている」「汚染水は港湾内で完全にブロックされている。健康問題は今もこれからも全く問題ないことを約束する」とスピーチしたことは記憶に新しい。
⇒2013年9月 6日 (金):オリンピック招致と福島原発事故/原発事故の真相(82)
⇒2013年9月24日 (火):「嘘も方便」首相と日本の将来/花づな列島復興のためのメモ(264)

しかし、コントロールされている状況とは言えないことは明らかだった。
⇒2013年10月23日 (水):汚染水の流出は止められるか?/原発事故の真相(91)
周りの人間が、王様・安倍に、的確な情報を伝えないのかとも思う。
⇒2013年10月17日 (木):安倍首相は裸の王様か?/アベノミクスの危うさ(16)

福島原発事故から漏れ出ている汚染水は、今でもコントロールされているとは言えない。
国は財団法人海洋生物環境研究所などに委託し海水中の放射性セシウム137濃度などを高精度で分析してきた。
原子力規制委員会が公開した、福島第一の沖合30キロ付近のデータを元に、東京新聞が作成したグラフが、5月17日の同紙に載っている。
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2011年の事故で、福島沖の同地点の濃度は直前の値から一挙に最大20万倍近くに急上昇した。
半年後には1万分の1程度にまで急減したが、2012年夏ごろから下がり具合が鈍くなり、事故前の水準の二倍以上のの水準で一進一退が続いている。
福島第一から外洋への継続的なセシウムの供給があることを意味している。

福島沖の濃度を調べてきた東京海洋大の神田穣太教授は、「溶けた核燃料の状態がよく分からない現状で、沖への汚染がどう変わるか分からない。海への汚染が続いていることを前提に、不測の事態が起きないように監視していく必要がある」と話している。
現に、放射性物質の流出が続いていることは、東電が発表していることである。

 東京電力は14日、福島第1原発1、2号機の取水口付近で11日に採取した海水から、放射性物質のトリチウムが1リットル当たり4100ベクレル検出されたと発表した。第1原発の港湾内で検出されたトリチウムでは過去最高。前回8日の採取分は同2000ベクレルで、2倍に上昇した。
 第1原発では放射能汚染水が地下水を汚し、海に流出している。東電は汚染された地下水が海に出ないよう薬液で護岸の土壌を固めているが、「地盤改良は暫定対策。100%地下水が抑えられるわけではない」という。採取場所の外側に遮水壁があり、東電は外洋への流出はないとしている。 
次のように言っている。
港湾トリチウム最高値=福島第1、取水口付近―東電

また、汚染水を処理するための多核種除去設備「ALPS(アルプス)」のトラブルが続いている。

 東京電力は17日、福島第1原子力発電所の汚染水処理施設「多核種除去設備(ALPS)」で、試運転中の2系統のうち1系統の水が白く濁っているのが見つかり、処理を停止したと発表した。原因は調査中。
 東電によると、毎日実施している処理中の水のサンプリング調査で、カルシウム濃度が通常より高くなり、水が白濁していることが分かった。
 この系統は、3月にも水の白濁で処理を停止。フィルター交換や洗浄をして、4月23日に運転を再開していた。
 ALPSでは、フィルターの不具合で汚染水が浄化できなかったり、作業員の確認不足で汚染水が漏れたりするなどトラブルが続いている。
福島第1の汚染水処理、また停止 1系統で水が白濁

いくら安倍首相が集団的自衛権行使の必要性について熱く語っても、眉に唾をつけて聞かなければならないであろう。

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2014年5月16日 (金)

成長戦略の実体は原発と軍需産業か/アベノミクスの危うさ(31)

「妄念恐るべし」ということだろうか。
安倍首相が、記者会見でパネルまで用意して、解釈改憲に意欲を示した。
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毎日新聞5月16日

南シナ海やウクライナで、緊張が高まっている。
あたかも100年前の第一次大戦前に戻ったかのような感じである。
世界史の動向

だからこそ、いま、集団的自衛権の行使容認のために、歴代内閣の積み重ねてきた憲法解釈を変更すべきなのか?
あるいは、だからこそ、平和憲法と呼ばれる根拠たる憲法第9条を護るべきなのか?
日本は大きな岐路にあるように思える。

安倍首相の記者会見は、パネルの用意など、明らかに念入りな準備をしてきたことを窺わせる。
いわゆるプレゼンの演出者は誰か?
私はその辺の事情には疎いが、おそらく電通などの広告代理店が関与しているのであろう。

それにしては、シナリオが余りにも浅い。
安倍首相の私的懇談会「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)が、15日に集団的自衛権の行使を憲法解釈を変更して容認するよう求める報告書を提出した。
それを受けての記者会見である。
しかし、私的懇談会のメンバーは、首相の息の掛っているメンバーである。
報告書の結論はすでにメンバー選定の時点で見えていた。

私は、2003年の3月のイラク開戦を思い出す。
大量破壊兵器や弾道ミサイルの脅威が差し迫っているとして開戦に踏み切った米英。
しかし、その大義は偽りだった。
当時の小泉首相は、国連と日米同盟の両立を言っていたが、それが不可能な事態になると、いち早く米国支持(つまり2国同盟優先の判断)を明確にした。
集団的自衛権は、ここまで、という歯止めがかけにくい。
果たして米英に参戦を求められて、断ることができるであろうか?

さらに、相手の集団的自衛権も認めざるを得ないであろう。
たとえば、アメリカに敵対する国は、日本をも敵とみなすであろう。
さすがにマスメディアも批判的である。

 日本を取り巻く安全保障環境の変化は理解できる。行使容認が抑止力を高め、東アジアの平和と安定にプラスになるという安全保障論の見解は知っている。また、現行解釈の範囲内で対応したつもりでも、後に国際社会から「逸脱している」という批判を受ける可能性があり、それに備える必要性も全否定するつもりはない。
 しかし同時に、政府がいくら否定しようと、自衛隊の活動に歯止めがかからなくなり、米国が始める戦争に限りなく付き合うことになるリスクを抱えていることも忘れてはならない。
 こうした大転換は国民の課題であり、やはり憲法改正という手続きによって国民に提起するのが筋だ。衆参各院の3分の2以上の多数で発議し、国民投票で過半数を得る。こういう丁寧なプロセスが求められる。
集団的自衛権:容認を指示 これでは筋通らぬ

なぜ、急ぐのか?
「憲法改正では時間がかかりすぎ、国際情勢の変化に対応できない」という意見もあるが、環境変化を理由に、解釈改憲を行うなど本末転倒であろう。

アベノミクスが喧伝されるようになってからの、TOPIXのチャートを見てみよう。
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アベノミクスの「3本の矢」といわれるもののうち、最初の2本、金融政策と財政政策は一定の効果を上げたように見える。
しかし、それはあくまで期待効果であって、実体経済には効果がないことを国民は感じ始めている。
⇒2014年1月 9日 (木):金融緩和で実体経済に資金は回っているか/アベノミクスの危うさ(24)
今日も、株式市場は全般的に大幅に下落した。

だとしたら、3本目の矢である成長戦略か?
安倍首相の頭の中を覗いてみると、成長のエンジンとして原発産業、軍需産業を位置づけているように思ってしまうのは、邪推というものだろうか?

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2014年5月15日 (木)

認知症の傾向と対策/ケアの諸問題(10)

気のせいか認知症に関するニュースが多いようだ。
⇒2014年3月23日 (日):認知症患者の増大と在宅ケア/ケアの諸問題(2)
⇒2014年4月21日 (月):行方不明の認知症高齢者/ケアの諸問題(5)
⇒2014年4月29日 (火):認認介護という現実/ケアの諸問題(6)
⇒2014年5月13日 (火):軽度認知症とその対策/ケアの諸問題(9)

認知症は、後天的な脳の器質的障害により、いったん正常に発達した知能が低下した状態をいう。
先天的に脳の器質的障害があり、運動の障害や知能発達面での障害などが現れる状態は知的障害といい、先天的に認知の障害がある場合は認知障害という。

かつては痴呆と呼ばれていたが、2004年に厚生労働省の用語検討会によって「認知症」への言い換えを求める報告がまとめられた。
狭義には「知能が後天的に低下した状態」の事を指すが、医学的には「知能」の他に「記憶」「見当識」を含む認知の障害や「人格変化」などを伴った症候群として定義される。
従来、非可逆的な疾患にのみ使用されていたが、近年、正常圧水頭症など治療により改善する疾患に対しても認知症の用語を用いることがある。

単に老化に伴って物覚えが悪くなるといった誰にでも起きる現象は含まない。
また統合失調症などによる判断力の低下も、認知症には含まれない。
頭部の外傷により知能が低下した場合などは高次脳機能障害と呼ばれる。

程度や発生順序の差はあれ、全ての認知症患者に普遍的に観察される症状を「中核症状」という。
脳の細胞が壊れることによって直接起こる症状であり、記憶障害、見当識障害、理解・判断力の低下、実行機能の低下などである。
患者によって出たり出なかったり、発現する種類に差が生じる症状を「周辺症状」あるいは「行動・心理症状:BPSD(Behavioral and Psychorogical Symptoms of Dementia)という。
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認知症の症状が出てくると、周囲が気づく前から、本人は漠然と気がつく。
料理などの手順が悪く、時間がかかるうえに、うまくできなくなる。
できたものも、「これまでと味が違う」等といわれ自信を失い、客が来たら出前をとったり、日頃の食事も出来合いの惣菜ですますようになる。

認知症の症状-中核症状と行動・心理症状

家事全般がそういうことになり、片づけるつもりが散らかって収拾がつかなくなって、室内はごちゃごちゃになる。
意欲や気力が減退したように見えるので、うつ病と間違えらることも多い。
すべてが面倒で、以前はおもしろかったことでも、興味がわかないと感じる場合も多いようである。
密かに認知症に関する本で調べたりして、自ら認知症を疑って将来に望みをなくし、うつ状態になることもある。

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2014年5月14日 (水)

「サッカー王国・静岡」は復活するか/ブランド・企業論(25)

静岡県は、多くの指標において、日本全体の3%程度にシェアだ。

例えば人口(2012年)。
静岡県:約375万人
日本:約127百万人
2.95%

あるいは県別総生産(2010年)。
静岡県:15.8兆円
全国:496兆円
3.19%

サッカーW杯の日本代表選手23人が発表された。
静岡県関係としては、長谷部誠(ニュルンベルク、藤枝東高出)、内田篤人(シャルケ、清水東高出)、伊野波雅彦(J2磐田)の3選手が選ばれた。
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静岡新聞5月13日

<3/23=13.0%>であるから、一般的な「静岡県は全国の3%のシェア」ということからすれば、多い。
さすが、サッカー王国と言われているだけのことはある、と言えるだろう。

しかし、伊野波選手は鹿児島実業高の出身である。
伊野波選手を別にして計算すると、<2/23=8.7%>となる。
これでも、やはり高いと思う。

しかし、過去の実績を見ると以下のようである。
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静岡新聞5月13日夕刊

1998年のフランス大会以降、県内の高校出身者は常に3人以上選出されていた。
しかもフランス大会の時は、10人の県勢がいて、6人は県内の高校の出身であった。
6/23=26%である。
まさに「王国」の名に相応しい勢いであったといえる。

Jリーグ創設を機に若年層の育成、指導態勢が全国に広がった。
結果として、高校の力量の地域格差が縮小した。
静岡県人としては残念なような気もするが、オール日本として考えれば、切磋琢磨の範囲が広がるということであり、喜ばしい。
静岡県人としては、そういう状況を前提にしつつ、「王国」が復活する日を期待しよう。

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2014年5月13日 (火)

軽度認知症とその対策/ケアの諸問題(9)

厚労省は昨年、「軽度認知症(MCI)」に人が全国に400万人いると発表した。
認知症ではないがボーダーライン上にいる人である。
放っておけば認知症を発症する予備軍ともいえる。
加齢とともに認知症発症のリスクは高まる。
年齢が75歳を超えたあたりから、急激に有病率が増えていく傾向にあり、高齢者を前期と後期に分けるのにも理由がある。
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認知症の有病率は高齢になると急上昇する

先日も、91歳になる夫の起こした列車事故の損害賠償を85歳の妻に命じるという高裁判決が出た。
⇒2014年4月29日 (火):認認介護という現実/ケアの諸問題(6)
介護の現場を無視した教条的な判決というべきである。
さすがに週刊誌でも批判している。
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週刊現代2014年5月24日号

5月11日に放映されたNHKスペシャル「行方不明者1万人」という番組で紹介された女性の身元が判明したと昨日報道されていた。
女性は、7年間も群馬県内の施設で暮らし続けていたという。
さすがに全国ネットのTV の威力であると思うが、もう少し早く何とかならなかったものかと思う。

夫は、女性の行方が分からなくなった直後、警察に届け出たほか、自分たちでもチラシを作って地域に情報提供を呼びかけたものの、手がかりは得られなかったという。
女性が保護されたとき身に着けていた靴下に「ヤナギダ」、下着に「ミエコ」といずれもかたかなで書かれているなど多くの手がかりがあったが、7年もの間元不明のままだった。
女性は大学を卒業後、ラジオ局でアナウンサーなどとして勤めていたという。
聡明な女性であったと推察されるが、60歳くらいで発症したことになる。
誰にでも発症リスクがあるということだろう。

ところで、認知症のチェックポイントは何か?
岐阜市で「もの忘れ外来」を開く奥村歩医師によれば、以下のようである。

(1)同じ事を何度も言ったり聞いたりする
(2)人と会う約束を忘れる
(3)最近の印象的な出来事を覚えていない
(4)電話で聞いた事を家族に伝えられない、覚えていない
(5)財布、鍵など大事な物を置き忘れる
(6)薬の管理ができなくなった

まあ、誰にでも思い当たるようなこともあるので余り神経質になることもないのではないか。
MCIの進行を止める予防法として、国立長寿医療研究センターの島田裕之部は、日常生活で有効な記憶力改善方法として以下のような提案をしている。

・スーパーでの買い物で後戻りNG:どんな食材を買うか、どこに並べられているかの記憶をたどり、1度も後戻りをしないで買い物をする手順を考えて、その通りに実行する
・歩幅を5センチ広くして歩く:やや強い有酸素運動をすることで、脳の神経細胞の物質を多く作れる
・2日前の日記をつける:何も見ないで書く事で、認知症で衰えるエピソード記憶を鍛えることができる

要は、普段使っていない神経細胞を蘇らせるということだ。
脳梗塞発症者は、前科持ちということになるので、気をつけたい。

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2014年5月12日 (月)

人口減少の過程と問題②/ケアの諸問題(8)

人口の減少によって将来成り立たなくなる恐れのある自治体は、地方ばかりではない。
東京の都心部と言ってもいい豊島区が消滅する危機だという。
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東京新聞5月10日

豊島区といえば、池袋という有数の盛り場を抱えている。
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人口約27万人。人口密度は1平方キロあたり2万673人(13年)と、全国の市区町村で最多だ。JRなど鉄道4社・8線が乗り入れる池袋駅は1日乗降客数が約250万人に上る。「消滅」のイメージとは結びつきにくい土地柄だけに、高野之夫区長のコメントにも当惑がにじむ。「これまで進めてきた施策をさらに推進し、住みたいまちとして選ばれるまちづくりを進めたい」
消滅可能性:東京都豊島区「昼人口多いのに」「寝耳に水」 

その豊島区が消滅するとは?
人口がどう変化するかを研究する分野が、人口動態学である。
人口動態に影響を与える要因は、出生数と死亡数、流出(移出数)と流入(移入)数である。
出生は、若い女性だけが関係する変数である。

若い女性の数が少なくなれば、「死亡数+流出人口」が出生数を上回って人口は減少する。
豊島区の20~39歳の女性は、2010年時点の50,136人から40年時点では22,173人に減少すると予測されている。
女子大生や若い女性会社員などの地方からの流入者が、将来的な少子化で減ってくる。
豊島区は、このような傾向が、特に顕著なのだという。

豊島区には、女子栄養大学、川村学園女子大学などが所在する他、日本女子大、お茶の水女子大等も近くである。
そのような人口増大期の利点が逆転する人口減少時代を象徴しているような気がする。

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2014年5月11日 (日)

力により現状変更を迫る時代/世界史の動向(13)

中国、ベトナムなどが領有権を争う南シナ海のパラセル(中国名・西沙)諸島海域で、中国が石油を掘削し、両国船が衝突する事態となっている。
先日、オバマ米大統領がアジア歴訪した直後である。
オバマ大統領はフィリピンと基地を共同利用できる新軍事協定を結び、「南シナ海を含む地域の安定に寄与する」と表明した。
これは、中国の力の行使を抑止する狙いであろう。
しかし、中国は米国の思惑どおりにはならないとばかりに、むしろ力を誇示しようとしている。
中国が掘削作業準備を始めた海域はベトナム中部沖約220キロの地域である。
中国は領有権を持つ西沙諸島の海域内と主張するが、ベトナムは自国の排他的経済水域内と反発し、掘削阻止のため、海軍や海洋警察の艦船計29隻を展開させた。
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今月になって起きた船舶衝突では、両国はいずれも相手の船舶が意図的に衝突してきたと批判合戦を行っている。
南シナ海の南沙諸島(英語名:スプラトリー)は、ベトナムのほか、フィリピン、マレーシア、ブルネイも領有権を主張しているが、掘削現場近くの西沙諸島(同パラセル)に関しては、ベトナムのみが中国と対立している。
外交筋によると、ベトナムは中国の西沙諸島をめぐる動きを問題視し、対話の機会を求めているものの、中国側は西沙諸島について、同国の支配下にあり主権も有しており、係争中ではないとの姿勢を崩さないという。
中国の政府系シンクタンク、南海研究院の呉士存院長は「ベトナムが何を言っても何をしても、中国は(西沙諸島での)計画を推し進めるだろう」と語る。
両者の言い分はそれぞれあるだろうが、私の印象としては、中国中国の行為は力ずくで現状変更を試みるものであり、横暴のように見えることは確かだ。
民主党の菅政権時代の尖閣諸島での中国船衝突事件を想起する人も多いのではないか。
2010年9月7日、尖閣諸島付近の海域をパトロールしていた巡視船「みずき」が、中国籍の不審船を発見し日本領海からの退去を命じるも、それを無視して漁船は違法操業を続行、逃走時に巡視船「よなくに」と「みずき」に衝突し2隻を破損させた。
海上保安庁は同漁船の船長を公務執行妨害で逮捕し、取り調べのため石垣島へ連行し、船長を除く船員も同漁船にて石垣港へ回航、事情聴取を行った。
中国政府は「尖閣諸島は中国固有の領土」という主張を根拠に、北京駐在の丹羽宇一郎大使を呼び出し、日本側の主権に基づく司法措置に強硬に抗議し、船長・船員の即時釈放を要求した。
これを受けて13日に日本政府は船長以外の船員を中国に帰国させ、中国漁船も中国側に返還した。
この時の政府の対応は釈然としないものだった。
同様のことが、南シナ海でも行われようとしている。
中国はさまざまな国内問題の解決のために対外的な問題を起こしているように思える。
とすれば、満州事変時の日本と同じことではないのか?
第一次世界大戦の開戦から100年。
再び、力で現状変更を迫る時代ということだろうか。

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2014年5月10日 (土)

人口減少の過程と問題/ケアの諸問題(7)

少子高齢化の問題はずいぶん前から指摘されている。
少子化の帰結として、わが国の総人口は、これから先急減していくと言われている。
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http://blogs.itmedia.co.jp/business20/2011/02/3000-2eb8.html

このことは比較的よく知られていることであるが、私たちは日本史上きわめて特異な時代を生きていることになる。
最近、改めて地域との関係で、将来人口の問題が取り上げられている。
5月1日のNHKのクローズアップ現代で「極点社会~新たな人口減少クライシス~」という番組をやっていた。
同様の内容が、「中央公論」誌の2013年12月号に『壊死する地方都市』で特集されている。
東京大学大学院客員教授・増田寛也(前岩手県知事)を中心とする「人口減少問題研究会」による研究結果である。

その内容が、5月9日の各紙で報道されていた。
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増田氏らは、これから地方が消滅する時代であるとする。
人口減少が 進むことにより、地域コミュニティの機能が低下するばかりか、医療や教育などの必需的な公共サービスが維持できなくなるというのだ。

団塊の世代が後期高齢者になる2025年には、介護の世界で悲惨な事態が発生すると予測されている。
人数の多い団塊の世代の要介護のリスクが高まり、介護需要が急増すると見られるのに対し、介護する側の人数が圧倒的に少ない。
⇒2014年4月 6日 (日):平均寿命の延伸と高齢化社会/ケアの諸問題(3)
⇒2014年3月23日 (日):認知症患者の増大と在宅ケア/ケアの諸問題(2)
⇒2014年2月17日 (月):「徴介護制」はあり得るか?/花づな列島復興のためのメモ(308)
⇒2014年2月 6日 (木):揺れる介護福祉士養成制度/花づな列島復興のためのメモ(304)

以下は、義母の介護を始めたある女性の投稿である。

私は義母の介護を始めて、現在3ヶ月目です。
弟嫁と交代で看ています。
月に数回大学病院に通院しているのですが、少し慣れてきて病院でふと周りを見渡すと、義母と同じような要介護の老人と私のような付き添いの人であふれ返っていました。
付き添いの人は女性に限らず男性も結構いました。
みんな働く年代です。
これだけたくさんの老人一人につき、一人の働く世代が拘束されているという現実を目の当たりにして、なんだか怖くなってしまいました。
これから少子化でますます老人だらけになるというのに、私達が老人になる頃には日本はどうなってしまうんだろう。
働く人が皆老人に取られてしまって、会社が廃墟になったイメージが頭に浮かんできて、暗澹たる気持ちになりました。
ああ、長生きしたくないとつくづく思いました。
皆さんはどう思われますか?
日本は将来年寄りに食いつぶされる?!

高齢者は、どこを終の棲家とし、誰に介護されながら人生を終えるのであろうか?

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2014年5月 9日 (金)

理研は説明責任を尽くしているか?/知的生産の方法(94)

理化学研究所(理研)は、8日、理事会を開き、「STAP細胞」論文不正問題について、小保方晴子・理研研究ユニットリーダーが求めていた再調査をしないことを決め、論文不正が確定した。
理研は小保方氏に結果を通知し、論文の取り下げを勧告すると共に、懲戒委員会を設置し、小保方氏らの処分を決める。
小保方氏側の主張と理研調査委の結論は以下の通りである。
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万能細胞:STAP論文問題 不正確定 小保方氏の反論却下 理研調査委「悪意明らか」

1つの組織の機関決定ではあるが、ある意味で社会問題化しており、さまざまな論議を呼ぶことになるのではないか。
理研の規定は、研究不正について、「悪意のない間違い及び意見の相違は含まない」とある。
このため、小保方氏側は画像の不備について「過失であり、不正でない」と訴えた。
調査委は「悪意」について「偽装など加害目的のような意図を必要とするものではない。故意と同じ」と説明した。
また、渡部委員長は「小保方氏側に『悪意』という言葉に誤解があった。同じ規定で、一般的な意味で『悪意』という言葉を使った記載もあり、規定の文言にも問題がある」と述べた。

しかし、理研の説明は、十分に説明責任を果たしてはいないような気がする。
「規定の見直しを検討する」と表明するなど、言葉遣いが混乱を招いたことを認めていながら、今後改定するとして処分するとしたら一方的ではないか?

「改ざん」とされた画像は、小保方氏は二つの実験を切り張りした事実を認めたものの、「結果自体は影響を受けない」と主張した。
だが調査委は「小保方氏が一方の画像の大きさを科学的な考察や手順を踏まずに目で見て調整した結果、真正な画像でなくなった」と、その主張を退けた。
疑惑を指摘されて調査委委員長を辞任した石井俊輔・理研上席研究員らの論文についてはどうなのか?
問題なしとするなら、そのことを説明すべきではないか。

「捏造(ねつぞう)」との認定には、小保方氏は「取り違えで、単なる過失」と訴えていた。
しかし、調査委は、米「サイエンス」誌への投稿に際しても同じ画像を使うなど、画像の由来を確認する機会があったのにしていなかったとして、以下のように認定した。
「異なる実験のデータである可能性を認識しながら使用していたと考えられ、失念したとは言えない」と結論づけた。
この点は、小保方氏に不利な点だと思われるが、「失念したとは言えない」ことを積極的には立証できないのではないか?

調査委は、小保方氏が不服申し立て後、調査委が求めた資料の提出を拒んだことを明らかにし、「弁明の機会を自ら放棄した」と指摘した。
また、小保方氏が聞き取りに応じず、医師の診断書の提出もしなかったと批判した。
この辺りのやり取りは、当然弁護士が介在していて、弁護士の判断も加わっているのではないか。

記者会見で、調査委の信頼性を問う質問も相次いだが、川合真紀・理研理事は「規定にのっとって審査しており、誰が委員であっても結論は変わらない」と強調した。
しかし、印象でいえば、理研は幕引きを急いでいるようである。
これでは、表面的な問題にケリがついたとしても、今回のような問題が起きた構造に切り込んでいないのではないか。

小保方氏が未熟な研究者であったことは本人も認めていることであり、公表された実験ノートの断片からも窺える。
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万能細胞:STAP論文問題 再調査せず 小保方氏申し立て退け 理研調査委方針

しかし、未熟と「不正」は明らかに異なる。
研究者の未熟性が不正と等しいというのならば、そのような未熟な研究者にリーダーの立場を与えた理研、一流誌に投稿した共著者ち、の責任が問われるべきではないか?
早急に結論を出すのではなく、じっくりと誠実さが感じられるような調査をして欲しかった。

小保方氏側は、法廷の場に持ち込むと言われている。
しかし、科学の真理と法的正義は根本の論理が異なる。
本来敵対的ではないはずの両者が、法廷で争うのはいかにも残念なことである。

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2014年5月 8日 (木)

金融機関の役割と矜持/ブランド・企業論(24)

気持ちのいい季節になった。
先日、早朝の散歩に出掛けたとき、立ち寄ったコンビニで内田康夫『中央構造帯』角川文庫(2011年9月)が目に留まった。
中央構造線とフォッサマグナは、日本列島を大きく分ける大断層である。

フォッサマグナの東側が東北日本、西側が西南日本である。
さらに西南日本は、中央構造線によって、内帯と外帯に分けられる。
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日本列島の大規模な地質構造

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紀伊半島-四国の中央構造線の衛星写真

昔、小出博『日本の河川―-自然史と社会史』東京大学出版会 (1970年)で、この区分の重要性を教えられていたので、タイトルに惹かれて購入した。
塩化ビニル(?)で包まれていて中味は確認できないようになっていたので、帰ってから開いてみると、冒頭に沼津のことが出てくる。
史実かどうか分からないが、終戦時の旧陸軍に起きた事件で、全体の重要な伏線である。

事件は、日本長期産業銀行(日本長期信用銀行(長銀)がモデルと思われる)という政府系の銀行を舞台として起きる。
現実の長銀は、1998年に破綻し、政府により特別公的管理銀行として一時国有化された。
⇒2008年7月19日 (土):旧長銀粉飾決算事件

2000年(平成12年)3月にアメリカの企業再生ファンド・リップルウッドを中心とする投資組合「ニューLTCBパートナーズ」(New LTCB Partners CV)に売却され、6月に『新生銀行』に改称した。
大野木克信元頭取ら旧経営陣3人は、粉飾決算の疑いで起訴されたが、2008年8月に無罪が確定した。
⇒2009年1月26日(月):長銀粉飾決算事件再考
⇒2009年1月27日(火):長銀粉飾決算事件再考②

小説の時期設定は、破たんが避けられそうもない時期だから、1998年頃であろう。
長銀の破たんは、膨大な不良債権が原因である。
その不良債権を、関係会社に付け替えて隠ぺいし、決算を偽装した。挙句に、偽装しきれなくなったのである。

小説で描かれているような出来事は、ほぼ類似のことが実際にあったのであろう。
しかし、長銀と平将門の関係については、大手町の三井物産ビルの東側(旧長銀本店)に、将門の首塚があること以外は創作である。

5月1日のNHKスペシャルで『極点社会~新たな人口減少クライシス』という番組をやっていた。
その関連記事が、「中央公論」誌の2013年12月号に載っているので、図書館で借り出してパラパラとめくってみた。
同号に、「森功の社会事件簿 第9回 みずほ銀行、暴力団融資のさらなる闇」という記事が載っていた。
みずほ銀行の暴力団融資については触れたことがある。
⇒2013年10月9日(水):みずほ銀行の暴力団融資の闇/花づな列島復興のためのメモ(266)

森氏の記事には、オリコ経由の手口が書かれているが、詳しく書かれているわけではない。
統合・合併を繰り返した銀行業界にあって、みずほ銀行は残った数少ないメガバンクである。
自己紹介をするのに、元メガバンクの支店長という男がいる。
メガバンク支店長が何ぼのもんじゃ、と突っ込みを入れたくなるが、聞き流すに留めている。

本当かどうか分からないが、平将門が活躍し終焉した史跡は、中央構造線上に重なるということが、村上春樹『平将門伝説』汲古書院(2001年5月)という本に書いてあるらしい。
村上春樹は、ベストセラー作家とは同姓同名の別人である。
ちょっと興味をそそられたが、Amazonで検索してみると、古書で20,000円の値がついていた。
それでは手が出せない。

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2014年5月 7日 (水)

リンスとトリートメント/「同じ」と「違う」(73)

自慢ではないが、私は美容室(美容サロン)と呼ばれるところに入ったことがない。
もっぱら理髪店(床屋)である。
ヘア・スタイルなどというものも、床屋任せである。
馴染みの店だと、「いつものようでいいですか?」と聞かれ、「はい、お願いします」である。

しかし、最近は男子でも美容サロンを利用する人は多いらしい。
美容と理容は業務内容が違い、業法も異なる。

美容と理容の違いは、男女の違いではなく、法律によって業務範囲が示されていて、理容師法によると、理容とは頭髪の刈り込み、カット、シェービングやそれに付随することなどで容姿を整えること。一方、美容は、化粧、結髪、パーマなどにより容姿を美しくすることです
http://www.excite.co.jp/News/bit/00091187882827.html

初めは理容美容が一緒だった法律「理容師法」が昭和23年1月につくられたが、昭和32年に、単独の法律「理容師法」「美容師法」に分かれた。
理容と美容で共通するのはシャンプーである。
「あおむけでシャンプーするのが美容、前かがみは理容」と説明する人もいるが、最近は理容でも「あおむけ」が増えているそうだ。
私の行く店では、前かがみであるが。

ところで、シャンプーとセットになっているものに、リンスとかトリートメントがある。
「リンス」とは英語で「すすぐ」(rinse) の意味から来ている。
製造技術が発達していない時代、シャンプーは石鹸に近いアルカリ性の成分だったため、洗髪後にアルカリ成分が付着しキューティクルが開いてしまい、これを中和するため最後に酸性の水溶液(クエン酸等)で髪をすすぐ必要があったことに由来する。
その習慣から派生した日本特有の意味であるということらしい。

現在の一般的なシャンプーに対して用いるリンスはそれとは意味合いが異なる。
リンスには、毛髪のごわつきを抑えて櫛どおりをなめらかにする、毛髪をしなやかにしてツヤを出す、静電気の発生を抑える、毛髪の保護といった効果がある。
英語では「ヘアコンディショナー(hair conditioner)」が一般的な呼称である。

今日ではリンスをコンディショナーと呼ぶメーカーも多く、厳密な区別はないが、石鹼シャンプー用のリンスに比べてコンディショナーのほうが毛髪保護という点に特化している。
先日、美容に関連するシステムを提供している会社で、ある男の人が、「リンスとトリートメントの違いを初めて知りました」と言っていた。
彼の奥さんが美容室にいって「トリートメントしてもらったら髪が全然違う」と言ったのだが、意味が分からなかったという。
それで「リンス」と「トリートメント」について、調べてみたらしい。

<リンスの役割>
髪の静電気防止や手触りを柔らかくすること。
効果は髪の表面のみで、あくまでもダメージを防止する程度。

<トリートメントの役割>
英語で“処置、治療、手当て”という意味をもつもので、髪のダメージを内側から治すためのもの。

また、最近は、リンスと(ヘア)コンディショナーは同義であるが、コンディショナーはリンスとトリートメントの中間位の効果のものを指すという意見もある。
明確な基準はなく、メーカーがそれぞれ効果に合わせて名称をつけているらしい。

リンスとトリートメントの違いは、careとcureの違いというところだろうか。
辞書を引くと、以下のように解説されている。

care:心配する,気にかける; 関心をもつ,かまう
cure:治療する,治す,矯正する,直す

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2014年5月 6日 (火)

鋭敏と鈍感の間・渡辺淳一/追悼(50)

作家の渡辺淳一さんが、4月30日に都内の自宅で亡くなった。80歳だった。
2008年に前立腺がんと診断され、脊椎に転移するなど治療を続けていた。
昨年から体調を崩し、今年1月に開かれた直木賞の選考委員会に欠席し、その後選考委員も辞任した。

1958年、札幌医科大学医学部卒業し、1964年札幌医科大学助手、1966年同大医学部整形外科教室講師になった。
並行して、北海道の同人誌に執筆し、1969年に同大学の和田寿郎教授による和田心臓移植事件を題材にした『小説・心臓移植』を発表して、大学を去った。
1970年、37歳の時に総理大臣寺内正毅をモデルとしたとされる『光と影』で第63回直木賞を受賞し、本格的に作家活動を開始した。
直木賞、吉川英治文学賞、中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞、島清恋愛文学賞選考委員等を務めたから、現代の文壇の重鎮と言える。

初期の作品は、医師としての体験を生かし生と死をみつめた医学小説が多かったが、次第にテーマを広げて行った。
1970年に「光と影」で直木賞を受賞し、1980年には「遠き落日」「長崎ロシア遊女館」で吉川英治文学賞を受賞した。
読者層を広げたのは、「ひとひらの雪」「うたかた」等の性愛をテーマにした作品であろう。
「失楽園」や「愛の流刑地」は、映画化、テレビドラマ化されて大ヒット、流行語にもなった。

中国では、「言情大師(叙情の巨匠)」という異名で知られる人気作家となっているという。
1990年代末以降、中国で最も翻訳されている日本の作家は村上春樹と渡辺淳一だといわれる。
渡辺の恋愛小説の影響を強く受けた作家も登場し、都市化による家族の紐帯の希薄化により、精神的支柱としての家庭が崩壊しつつあることが背景にあるようだ。

自伝的小説『何処へ』(1992年)では、逃げた彼女を追いかけて警察ざたになった自分の体験をベースにしている。
リアリティ追求のためには、自分の体験をも対象化した。

文学者である以上、鋭敏な感性の持ち主であったであろうが、1997年には、鈍感になって生きることを提唱した『鈍感力』を提唱してベストセラーになった。
小泉純一郎元首相が、「目先のことに鈍感になれ。『鈍感力』が大事だ。支持率は上がったり下がったりするもの。いちいち気にするな」と発言して有名になった。

率直な発言でも知られ、(07年)、恋愛の指南書「欲情の作法」(09年)などエッセーでも人気を博した。 「作家として生き残っていくためには、自らの欲望と好奇心をギラつかせなければいけない。品よく落ち着いたら消えますよ。金がほしい、有名になりたい、女にもてたい、家を建てたい−−」。次いで「これ、結構大変なんですよ」と声を落とした後、一転「どの世界もスターはギラついている。だからスターなんだね」と語り喝采を浴びた。
まさにこの言葉通りに生きたスター作家だった。夜の銀座で遊び、女性とのうわさも絶えなかった。常々、「僕の小説はある種“私小説”なんだ」と話していた。小説になった恋愛の核の多くは実体験ということだ。例えば、京都の女性と縁ができれば京都が舞台になる。その半面では、帯や反物の製作現場から取材するなど世界観を構築するための努力を欠かさなかった。
訃報:渡辺淳一さん死去 恋愛小説の核の多くは実体験から

私は熱心な読者とは言えなかったが、評判になった作品のいくつかは目を通した。
エネルギッシュに見えたが、やはり寿命というものはあるのだ。
合掌。

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2014年5月 5日 (月)

砂川判決が解釈改憲の根拠になるか?/花づな列島復興のためのメモ(326)

集団的自衛権行使をめざす安倍政権は、砂川事件の最高裁判決を根拠にしようとしている。
2014年4月16日 (水):アクロバティックな解釈改憲/花づな列島復興のためのメモ(320)

その倒錯した論理については上記で触れた。
砂川判決を根拠にしようという考えは、高村正彦自民党副総裁らが「限定容認論」として提唱しているものである。
砂川判決とは、1957年に米軍立川基地に立ち入った学生らが逮捕・基礎されたが砂川事件の最高裁判決(1959年)のことである。
争点は、米軍駐留の合憲性などであったが、判決の中で、憲法9条との関係において日本の自衛権について以下のように言及している。

同条(憲法9条)は、同条にいわゆる戦争を放棄し、いわゆる戦力の保持を禁止しているのであるが、しかしもちろんこれによりわが国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではなく、わが憲法の平和主義は決して無防備、無抵抗を定めたものではないのである
(中略)
わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない

文言的には、「自衛権」について「個別的」や「集団的」という区別に言及せずに、「(自国の平和と安全のために)必要な自衛のための措置」を取ることができるとしている。
このことから、集団的自衛権についても、内容によっては憲法上も認められるというのが最高裁判断だ、とするのが「限定容認論」の主張である。

高村氏は、弁護士資格を有する法律のプロである。
そのためかどうかは分からないが、自民党内で一定の支持が広がっているといわれる。

この考え方によれば、例えば、アメリカに行ってアメリカを守るような事例は認められないが、安保法制懇で問題提起されたケース➀「公海におけるアメリカ艦船の防護」については、「(自国の平和と安全のために)必要な自衛のための措置」として行使可能とする。
2014年5月 4日 (日):集団的自衛権の論点/花づな列島復興のためのメモ(325)

「限定容認論」は、集団的自衛権について、全面的に認めるのではなく、国を守るために必要最小限な行為と評価できるものに限って、「限定」的に認めるという考え方といえよう。
この立場からは、集団的自衛権はすべて認められないとしてきた内閣法制局の憲法解釈は、最高裁判決に照らして、自衛権を制限しすぎた、ということになる。

確かに、一定の合理性のある解釈であろう。
しかし、判決そのものが、集団的自衛権の解釈が固まる以前の1959年に出されたものである。
米軍駐留の合憲性が争点になっていた裁判に対する判決であって、集団的自衛権を念頭に書かれたものとはいえない。
歴代の政府見解を変更する根拠としては薄弱と言わざるを得ない。

憲法9条と自衛権をめぐる解釈は、1981年5月29日の政府答弁によって固まったとされ、以後この解釈が踏襲されてきた。

国際法上、国家は、集団的自衛権、すなわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもつて阻止する権利を有しているものとされている。
我が国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然であるが、憲法第九条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであつて、憲法上許されないと考えている。
なお、我が国は、自衛権の行使に当たつては我が国を防衛するため必要最小限度の実力を行使することを旨としているのであるから、集団的自衛権の行使が憲法上許されないことによつて不利益が生じるというようなものではない。

つまり、日本は、国連憲章に明記されている個別的自衛権も集団的自衛権も保有しているものの、憲法9条の制約によって、集団的自衛権については行使できない、という立場といえる。
この点は、安倍首相の祖父の岸信介元首相も同じだった。
であるからこそ、岸元首相は、憲法改正に意欲を燃やしたとも言える。

やはり、有識者会議のような機関の見解を元に、一内閣の解釈変更で済ませるのは問題であろう。
堂々と、憲法改正の王道を踏むべきではないか。

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2014年5月 4日 (日)

集団的自衛権の論点/花づな列島復興のためのメモ(325)

安倍首相が集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈の見直しに向けて動いている。
しかし、憲法改正に困難が予想されるからといって、そのために今までの憲法解釈を変更するということが正しい方法とは思えない。
2014年4月16日 (水):アクロバティックな解釈改憲/花づな列島復興のためのメモ(320)

そもそも個別自衛権ではなく、集団的自衛権が必要だと考える根拠は何か?
個別自衛権と集団的自衛権の差異については、以前に書いたことがある。
2014年3月25日 (火):個別自衛権と集団的自衛権/「同じ」と「違う」(69)

図で表せば以下のようである。

2
集団的自衛権問題をわかりやすく解説する 

つまり、自国ではない自国と密接に関係している国家が他の国家に攻撃されたとき、自国が攻撃されていなくても、反撃する権利である。
言い換えれば、集団的自衛とはもっぱら「他国のために」行う防衛行動である。
たとえば日本自体が攻撃されていないのに、攻撃されているアメリカなどのために自衛隊を派兵してアメリカなどを防衛するようなことである。

従来の政府見解は以下のようであった。
日本は、国連憲章に明記されている個別的自衛権も集団的自衛権も保有しているものの、憲法9条の制約によって、集団的自衛権については行使できない。
個別的自衛権についても行使には以下の3要件が必要。
【自衛権の行使3要件】
・我が国に対する急迫不正の侵害があること
・これを排除するために他の適当な手段がないこと
・必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと

菅官房長官は、昨年8月、前内閣法制局長官の山本庸幸最高裁判事が、集団的自衛権の行使容認には憲法改正が必要だとの認識を示したことについて、「最高裁判事は合憲性の最終判断を行う人だ。公の場で憲法改正の必要性まで言及することは極めて違和感を感じる」と批判したことがある。
3権分立からして、憲法解釈を最終的に確定するのは司法であろう。

その司法の人の意見に「極めて違和感を感じる」と批判する方が違和感があるように思うがどうだろうか。

大手メディアも立場が分かれているようである。
たとえば、公海におけるアメリカ軍の艦船が攻撃を受けた場合、その防護を行うというケースを想定してみよう。
全国紙の論調は下図のように分かれる。
Photo

まさに国論は二分されている。
そのようなイシューを一内閣の判断で変更していいものかどうか?

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2014年5月 3日 (土)

日本国憲法の初心/花づな列島復興のためのメモ(324)

今日は憲法記念日である。
国民の祝日に関する法律(祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)では、「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する」ことを趣旨としている。
1947年5月3日に日本国憲法が施行されたのを記念して制定された。

今年は、安倍政権が憲法改正に意欲的なこともあって、護憲か改憲かがリアリティのある問いになっている。
各政党のスタンスは以下の通りである。
Photo_2
憲法改正、2年後実現目指す=「環境権」創設に照準-自民

現時点で憲法改正を考える視点として、以下の2点が重要だと思われる。
1.制定時と現在の状況変化
2.憲法の初心とも言うべき理念・趣旨

現在の国際情勢はまことに微妙なものとなっている。
中国の海洋進出や新疆ウイグル地区の問題、ウクライナ・クリミヤをめぐる問題 etc.
こういう状況において、「持ってはいるが行使はできない」という中途半端な集団的自衛権を、(憲法解釈を変えてでも)行使できるようにすべきだ、という主張にも一理ある。
しかし、そのことが緊張を高めるという相互作用もある。
2014年4月25日 (金):東アジア情勢と非超大国のアメリカ/世界史の動向(12)

憲法の初心を考えるとき、いつか講演で聞いたベアテ・シロタ・ゴードンさんのことを思い出す。
彼女は、ウィーン生まれでウクライナ系ユダヤ人(ロシア統治時代)の父母を持ち、少女時代に日本で育った。
1946年の日本国憲法制定に関わった人物として知られており、2012年に亡くなった。
来日したのは、世界的ピアニストだった父レオ・シロタ氏が東京音楽学校(現東京芸大)の教授に招かれたからである。

日本を離れた2年後、太平洋戦争が勃発し、両親は強制疎開先の軽井沢で、憲兵の厳しい監視下に置かれた。
親子は、お互い安否すら分からない音信不通の状態に陥った。
ベアテさんは大学卒業後、米タイム誌のリサーチャー(調査員)をしていたが、戦争が終わると、GHQの民間人要員に応募、採用された。

22歳で連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)民政局に所属し、GHQ憲法草案制定会議のメンバーとして日本国憲法第24条(家族生活における個人の尊厳と両性の平等)草案を執筆した事実が1990年代になって知られ、著名となった。
私たちは当たり前のように男女同権と思っているが、憲法で規定されるには若い米婦人の力が大きかった。
大日本帝国憲法と比較すれっば、日本国憲法の目指したものがはっきりする。
第9条を含め、現実に憲法を合せるのか、現実を憲法の目指すものに合せるよう努力するか。
憲法は規範であり、理想論でいいと考える。

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2014年5月 2日 (金)

言語の歌起源論/進化・発達の謎(4)

動物行動学者の岡ノ谷一夫さんは、言語の起源に関してユニークな説を展開していることで知られる。
言語の起源は実験的に確認することのできない課題である。
免疫論で有名な故多田富雄さんは、『生命の意味論』新潮社(1997年2月)において、人類が最初に発した言葉は、新生児が初めて発する言葉のようなものだっただろう、と書いている。

新人と旧人区別するのは、言語の使用ということである。
言語を使い始めたのは、旧人類が生まれてからでさえ10万年以上経過した後で、たった4万年位の歴史だと推測される。
言語は少しずつ創り出されたのではなく、非常に短期間に生まれたらしい。
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http://www.seibutsushi.net/blog/2013/06/001395.html

人間の言葉がどうして生まれたかについては、人間を研究していても分からない。
他の動物との比較研究が必要である。
他の動物にはない人間の言葉の特徴を整理すると、以下の4つが挙げられる。
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岡ノ谷一夫、石森愛彦・絵『言葉はなぜ生まれたのか』文藝春秋(2010年7月)

たとえば、ジュウシマツのオスは、求愛のため歌をうたう。
オスがうたう歌は、1羽ずつ異なる。
複雑な歌をうたえるオスほど、メスをひきつける力が強い。
複雑な歌をうたって目立つことは、敵に見つかる危険性が高く、「自己の生存」のためには不利である。...
しかし、複雑な歌をうたえるということは、余力がある証拠でもある。
メスは余力のあるオスにひかれるのである。

ジュウシマツのオスは、どうやって自分独自の歌を編み出すのか?
どうして、歌を複雑化しているのか?

ジュウシマツの鳴き声を分析すると、8種類ぐらいの短い鳴き声を出すことが分かった。
これは日本語でいえば、五十音に相当するものであり、「エレメント」という。
ジュウシマツはエレメントを組み合わせて、自分独自の歌を作る。
あるジュウシマツは、7種類のエレメントをつなぎ合せて歌をうたう。
この歌を調べると、3つの塊があった。この塊を「チャンク」という。「チャンク」は単語に相当する。
ジュウシマツの歌は、まずエレメントがあり、エレメントが組み合わさってチャンクになり、チャンクがつながって歌になるという構造がある。
Photo
上掲書

ジュウシマツのオスが成鳥に育つまでの間、歌の変化を観察すると、35日ほどで歌い始め、次第に上手になって4カ月ほどで「歌文法」をもつ歌が完成する。
親子で比較すると、似ている部分もあるが、違う部分も多いことが分かった。

ヒナは誰から歌を学ぶのか?
驚くべきことに、自分の親を含めた複数のオスの歌を聴いて、それを「切り貼り」して、自分独自の歌を作っていた!
つまり、発声と歌文法を、周りの複数のオスの歌をお手本にして、学習しているのである。
「切り貼り」は、チャンクの切れ目ごとに行われていた!
チャンクの切れ目を認識することは、外国語のヒヤリングや音楽を聴くときなどに実感できる。
Photo_2
上掲書

つまり、ジュウシマツも人間も、生まれつき鳴き声や言葉が脳に刷り込まれているわけではなく、生後、鳴き声や言葉を学習する。
人間の言葉はいろいろな意味を表せるが、ジュウシマツの歌には「求愛」の意味しかない。
ジュウシマツの歌にも人間の言葉にも「文法」がある。
ジュウシマツも人間も、歌の中に一定の規則を見つけ、音の切れ目を認識する能力を持っている。

これが、「言語の歌起源説」の仮説である。

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2014年5月 1日 (木)

いまこそ聞くべき「わだつみの声」/花づな列島復興のためのメモ(323)

日本戦没学生記念会『きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記岩波文庫(1995年12月)は、第二次世界大戦末期に戦没した日本の学徒兵の遺書を集めた遺稿集である。
BC級戦犯として死刑に処された学徒兵の遺書も掲載され、1949年(昭和24年)10月20日に出版された。
編集顧問の主任は医師、そして戦没学徒の遺族である中村克郎、編集委員として渡辺一夫・真下信一・小田切秀雄・桜井恒次が関わった。

東京大協同組合出版部が1947(昭和22)年に出版した『はるかなる山河に-東大戦没学生の手記』を、全国の学徒に広げたものであり、1982年に岩波文庫に入り、改訂を加えた1995年に新版となり現在もロングセラーを続けている。

わだつみ(海神)とは、日本神話における海の神さまである。
海神は、世界各地の神話においても比較的高位の神とされている場合が多い。
学徒兵の遺稿を出版する際に、書名を公募したが、京都府在住の藤谷多喜雄のものが採用された。
藤谷のそもそもの応募作は「はてしなきわだつみ」であったが、それに添えて応募用紙に「なげけるか いかれるか/はたもだせるか/きけ はてしなきわだつみのこえ」という短歌を添付した。
この詩は同書の巻頭に記載されている。
現在「わだつみ」は戦没学生をあらわす普通名詞のように使われる。

同書の中でも感動的な内容で知られる木村久夫の遺書が、もう一通存在したという。
Photo
東京新聞4月29日

木村久夫の遺書は、特別に重要なものだとして「本文のあと」に掲載されているものである。
見つかったのは父親宛てに書かれたもので、「処刑半時間前擱筆ス」と書かれていた。
木村は、大阪府吹田市出身で、京都帝大に進学。
召集されて、陸軍上等兵として、インド洋・カーニコバル島に駐屯。
通訳などをしていたが、住民をスパイ容疑で取り調べた際、拷問で死なせた容疑でB級戦犯に問われた。
シンガポールの戦犯裁判で死刑とされ、1946年5月執行された。

 この遺書で木村は、先立つ不孝をわび、故郷や旧制高校時代を過ごした高知の思い出を語るとともに、死刑を宣告されてから哲学者で京都帝国大(現京都大)教授だった田辺元の「哲学通論」を手にし、感激して読んだことをつづった。また、戦後の日本に自分がいない無念さを吐露。最後に別れの挨拶(あいさつ)をし、辞世の歌二首を残した。
 木村の遺書は、旧制高知高校時代の恩師・塩尻公明(一九〇一~六九年)が四八年に「新潮」誌に発表した「或(あ)る遺書について」で抜粋が紹介され、初めて公になった。「凡(すべ)てこの(「哲学通論」の)書きこみの中から引いてきた」とされ、「わだつみ」でも同様に記されたが、いずれも二つの遺書を編集したものだった。
 「わだつみ」の後半四分の一は父宛ての遺書の内容だった。二つの遺書を精査したところ、「哲学通論」の遺書で陸軍を批判した箇所などが削除されたり、いずれの遺書にもない言葉が加筆されたりしていたことも分かった。「辞世」の歌二首のうち最後の一首も違うものになっていた。
「わだつみ」に別の遺書 恩師編集、今の形に

遺書を編集したのは恩師の塩尻公明だと推測されるが、今となってはその経緯は確定はできない。
しかし、2つの遺書が揃ったことで、木村の心中がより確実に理解できる。

安倍政権は、憲法改正の手続きを踏まないで、憲法の解釈を変えようとしている。
かつて通った道を再び歩むことのないようにしなければ、私たちは戦没学生たちに顔向けできない。
まさに今こそ、「わだつみのこえ」に耳を傾ける時であろう。

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